トップ Profile オリジナル小説 二次創作トップ 頂き物・絵 頂き物・Text 掲示板 メール リンク ぶろぐ日記
Fate/黄金の従者#18正義の価値は

前の話へ 次の話へ

 校舎の一角、とある教室の扉が開き、生徒達が廊下に出流(いず)る。
 その制服はどういう訳か色々で、学ラン&セーラー服。ネクタイを締めたブレザー姿。ブラウスの上にベストを羽織り、リボンタイを結んだ生徒もいれば、私服の上にカーディガンを引っかけた少年少女の姿もあった。
 ここは冬木市深山町にある公立の中等部。 今日は冬木市中等部生徒会の総合会合が開かれた。よって広く生徒が集い、バリエーションに富んだ制服姿が見て取れる。
 会議は終わり時刻は夕方。窓からは赤い夕日が斜めに差し込み、人の影を斜めに伸ばす。そんな赤い景色の中に、並ぶ二人の少女が歩く。
 緩く波打つ長い黒髪。明るく澄んだ青い瞳の遠坂凛。
 しっとりとした髪を腰まで伸ばし、血色の良い頬を緩ませている言峰薫。
 二人も生徒会の役員なので、ここにこうしてやってきた。会合は無事に終了し、解散したので後は帰るだけである。

 うーんと薫は伸びをする。それを凛がはしたないとたしなめる。薫は笑い、キリッと顔を引き締め姿勢を正す。もうこの子はと凛はため息。薫はあははと苦笑した。

 ふと薫が立ち止まったのに気が付いて、廊下を進む遠坂凛は振り返る。
 薫は窓の外を見ているようだ。はて何かあるのかと視線を送ると、あかね色の校庭で高飛びをしている生徒がいるようだ。
 男子生徒は走り、そして飛ぶ。残念。棒は落ちました。すると彼は立ち上がり、再びバーをセットする。見続ける言峰薫のその横で、遠坂凛もそれを見守ることにした。

Fate/黄金の従者#18正義の価値は

「何やってるのよアイツ」
 凛は眉を寄せて呟いた。夕日に染まる校庭の片隅で、男の子は高飛びを続けている。
 しかしさっきからバーを跳べてない。跳べてないのに高さを変えず、しかし高さに挑み続ける。バーは落ちる。彼は跳べない。だが彼は立ち上がり、バーを支柱に置き直す。
 凛はきゅっと手を握る。
 きっと彼は判ってる。その高さを超えられないと判ってる。判っていても彼は跳ぶ。跳べないと判っていても彼は跳ぶのを諦めない。
 いや違う。きっと違う。
 あの子がやっているのは限界を超えようとする事じゃない。出来ないことに挑戦し、出来ないのだと判っていてもぶつかって、失敗すると、報われないと、その結果を理解しても挑むのだと、諦めたくないのだと、そう思っているのではなかろうか。
 握った手から力が抜けた。
 あんな真似は出来ない。報われないのは悲しすぎる。結果が出ないのは辛すぎる。不可能と分かり切ったことに挑むには、遠坂凛は頭が良すぎた。
 だからつらい。だから悲しい。
 決して届かぬ所へ手を伸ばそうとする人を、見続けるのはつらかった。
 しかし視線は逸らさない。
 辛くても、悲しくても、目を逸らすほど遠坂凛は弱くない。弱い女ではいけないのだ。
「チッ」
 しかし凛の感慨は、舌打ちによって中断される。意外に思い隣を見ると、薫が顔をしかめていた。こんな彼女は珍しい。
「薫、どうかしたの?」
 その問いに、彼女は我に返ったように表情を緩ませ苦笑した。
「ああ、すみません。ちょっと知った顔だったので」
「あら、知り合いだったんだ」
 ふーんとうなずく凛をよそに、薫は窓から顔を出す。そして上下左右を見ているようだ。
「ちょっと薫、何してるのよ」
「桜ちゃんを発見です! 行きましょう」
「桜?! そういえばこの学校だったっけ。ちょっと薫、待ちなさいよ。薫ーっ?!」
 お行儀悪く廊下を走る言峰薫を、遠坂凛は追い掛けた。

「薫先輩、遠坂先輩。どうしたんですか?」
 驚いている間桐桜に生徒会の会合で来たと説明する。
「そうだったんですか。びっくりしました」
 桜はセーラー服の胸元で手を合わせ、えへへと微笑み嬉しそうに頬を赤くした。
「調子が良さそうね。何? 今日は何か用事でもあるのかしら」
「いいえ、もう帰ろうかと思っていたところです」
 凛の問いに間桐桜が笑顔で答える。そんな彼女に凛の頬も少し緩んだ。しかし薫は外を見て、固い声で呟いた。
「ねえ桜ちゃん、あの男子生徒、どう思いますか」
 どうやら桜も見ていたようで、ああと言って窓際に身を寄せた。
「凄いですよね。私、あんな風には出来ませんから」
 間桐桜は少しだけ悲しそうな顔になる。彼女の視線の先では、男子生徒が今だ跳べない高飛びに挑み続けている。
「でも“頑張れ”って思います。私には出来ませんけど、頑張れって思いました」
 そう言い桜は窓枠をそっと握った。憧れを写した瞳で外を見て、笑みを浮かべてそう言った。
「そうですか」
 しかし言峰薫の言葉には、はっきりと苛立ちが滲んでいた。
「何よ薫。あの子あなたの知り合いなんでしょう?」
「そうなんですか薫さん?」
 ええと薫は肯定するが、何やら顔をしかめている。
「私、あそこに行っちゃダメですよね」
「「は?」」
 意表を突かれ、凛と桜はあんぐりと口を広げた。
「効果のない方法を続けてるのを見てるとイライラします。自分で跳べないなら道具でも使えばいい。棒高跳びをやるとか、トランポリンでも用意すれば軽々跳べるでしょうに」
「薫先輩、それは違いませんか?」
 桜に言われ、言峰薫は苦笑した。
「そうですね。でも思うのです。たとえば私があそこに行って、膝と肩とか背中を貸して馬になれば、士郎君はあの高さを飛び越える。
 道具を使えば飛び越える。人の力を借りても飛び越える。なのに一人で無理を続けて、でもそれで満足だとかおかしいでしょう。なんなら本当にあそこに行って、空に向かって吹っ飛ばしてやりたいですね」
「やめなさい。薫、あの子はきっとそんなこと望んでないのよ」
「それはどういうことですか」
「あの子は飛びたいんじゃないのよ。出来ないことに挑み続けるって自分に言い聞かせているだけよ」
 凛の言葉に薫はなぜか、ギリッと歯を食いしばった。
 凛と桜が顔を見合わせる。なぜと首を傾げていると、知った顔が通りがかった。
「あれー、二人ともうちの学校でどうしたの?」
 言ってきたのは沙条綾香。着ているのはこの学校のセーラー服。眼鏡の奥の瞳は気だるげで、体からは早く帰りたいぜオーラが出ている気がします。
「こんにちは沙条さん」
 凛の声にも沙条綾香の反応は今イチ鈍い。んー。と横領の得ない声を出すだけだ。
「沙条さん、あれ、どう思いますか」
 薫の指差す夕焼け色の校庭を一瞥するが、沙条綾香はきびすを返した。
「興味ない。じゃあね」
 バイバイと手を振って、沙条綾香は廊下を進み姿を消した。
 あははと桜は苦笑する。まあいいけどと肩をすくめて、凛は薫に問い質す。
「で、あの子はどこの誰でどうして薫が知ってるのかしら」
 ちょっとニヤニヤしたりする。遠坂凛は薫の師匠。そうです。弟子の交友関係は、きっちり抑えておく必要があるのです。
「知っている人なんですよね?」
 桜と二人で薫を挟む。言峰薫包囲網を展開し、これで薫は逃げられない。
 しかし薫は苦々しげに顔をしかめた。
 凛と桜は再び顔を見合わせる。こんな薫は珍しい。
「知ってる子です。士郎君。衛宮士郎といいます」
「えみや? 衛宮って確か……」
「ええ凛、去年の初めまで私のトレーナーをしていた切嗣さんの子供です。ついでに言うと彼は養子で、私と同じく7年前の大火災の生き残りですよ。更に言うと切嗣さんは去年の春に亡くなっています」
「ちょっと待ちなさい。聞いてないわよ」
 凛は声を固くし桜は絶句し、しかし薫は目を外に向けたままだ。
「ごめんなさい、凛。でもですね、切嗣さんとの契約で「士郎君が高等部を卒業するまでは、魔術や教会に関わらせない」ということになっているのです」
 顔を外に向けたまま、薫は自嘲しているかのようだ。凛はハァと息を吐く。
「あのね薫、そういうことは私には話してちょうだい。何もとって食いやしないわよ?」
「「えー」」
「待ちなさいよアンタ達。どうしてそこで「えー」なのよ?!」
 睨んだ凛の視線の先で、桜と薫が左右に顔を背けてみせた。

「で? どうゆうことか説明しなさい」
 腰に手をやり遠坂凛はにっこり笑う。
「酷いです遠坂先輩」
「凛、貴女は「手加減」という言葉を知っていますか」
 くすんと鼻をすすりつつ、桜と薫は頬をすりすりし続ける。二人とも涙目だった。
「伸ばすわよ、銀河の果てまで」
「「ごめんなさい」」
 遠坂凛は強い子だった。

「ふぅん。つまりあの子も「使える」ワケね」
 凛は眉を寄せて腕を組む。
「生き残った子供達は何かしら素質があるかもです。でもですね凛。切嗣さんは士郎君に魔術師にはなって欲しくなかったので、最低限のことしか教えていませんよ。魔術は秘匿しろという最低モラルは言い聞かせたと聞いています。あと彼自身にはあまり才能はないみたいです」
「魔術師の家系じゃないならしょうがないわよそれは」
「いや、それがですね。構造解析にだけ天性の適性があり、そのせいか投影魔術(グラデーション・エア)をいきなり憶えたそうですよ」
 凛は目を丸くした。
「はぁあ?! 投影?! 強化と変化をすっとばして投影魔術ぅ?! 何それ?! 頭おかしいんじゃないの?!」
「あっはっは。凛、言い過ぎです」
 投影魔術(グラデーション・エア)
 オリジナルの鏡像、つまり贋作を魔力で物質化する魔術である。
 系統としては言峰薫が専攻する「強化」魔術の系統で、強化魔術・変化魔術・投影魔術と応用が展開されていく。
 しかしその実用性は低く、効率が非常に悪い。失われてしまった何か(オリジナル)を、魔力を練って数分間だけ自分の時間軸に映して代用するだけ。外見だけのレンタル魔術だと揶揄される。
 そんな無駄なことに魔力を使うくらいなら、材料集めてレプリカを作った方が手軽であり、実用に耐える物が出来るのだ。
「薫先輩。先輩は投影魔術って使えるんじゃなかったですか?」
「どの程度かは秘密ですが、何とか使えます。でもですね、正直に言って魔力をしこたま使ってガラス細工かアメ細工ですよ。私のは」
「そうなんですか?」
 桜は目をぱちぱちさせる。加工技術が発達した現代、修練するだけの意味がないのだ。
 遠坂凛はおでこをおさえ、ハアと呆れた声を出す。
「なんて無駄な才能なのよ。でもどうしようかしら、野放しって訳にはいかないわよ。私(遠坂)のことは知ってるの?」
「いいえ。知らないです。この土地は管理者(セカンドオーナー)がいる霊地であり、おじさまと私が聖堂教会関係者だとは知っています、遠坂や間桐が魔術師の家系だとかは知りません。高等部を卒業したら、私が凛の所に案内すると約束してます」
 真面目な薫の物言いに、しかし凛は顔を曇らせる。
「何言ってるのよ。それまで何の勉強もさせないつもり? ダメよ。きちんと勉強させないとあの子が危険よ。切嗣さんはどの位あの子に教えたの? 薫、貴女はちゃんとそれを判って言ってるの?」
「あー、いや。大人しくしていろよ。みたいな感じだと思うのですが、ダメですか?」
「ダメに決まってるじゃない。どうしたのよ薫。貴女らしくもない」
 魔術を使うためには歴史と伝説、神話と伝承、思想と宗教、芸術・哲学・美術・音楽・天文学に物理学、言語・人文・数学などを基礎教養として勉強するのが当然だ。
 だから薫。それから桜も。目をそらせるのやめなさい。怒らないから(うそ)

「まあいいわ。でも薫、様子はちゃんと見ておくこと。それと少しくらいは勉強するようにし向けておくこと。いいわね」
「判りました、凛。では桜ちゃん。ちょっと手伝ってくれませんか?」
「お手伝いですか?」
 間桐桜は首を傾げた。
「ええ、士郎君はこの学校ですからね。桜ちゃんに監視を協力して欲しいのです。後日、間桐の家には公式にお願いに行きますからやってくれませんか?」
「ええと、どうでしょうか。お爺様と兄さんがいいと言えばいいんですけど」
「そして桜ちゃんへの個人的な報酬も用意しましょう」
 ふっふっふ。聞いているのかいないのか、言峰薫は不敵に笑う。
「薫先輩、私は別に報酬なんて」
「桜、もらっておきなさい“そうゆうもの”よ」
 ためらう桜に言い聞かせて「はい」と言わせる。
「では報酬として『Yエローキ〇ブ公式、K池A子を育てた豊胸エクササイズ』を教えてあげましょう。これで慎二君もイチコロです」
 ぶっと凛は吹きだした。桜は凛と薫を交互に見てから強く頷く。
「頑張ります!」
「待ちなさいよ?! あんたたちおかしいわよそれ!!!」
「おかしいですか桜ちゃん? 報酬は先払いです」
「そんなことありません! 判りました、じゃあこっちでお願いします」
「待ちなさい」
 こそこそと自分から離れようとする二人を呼び止める。貴女たち、どうしてどこかへいっちゃうの?
「何を言っているのですか凛。みんなに知られたら情報の価値が下がるじゃないですか」
「そうですよ遠坂先輩。独占するから価値があるんです。神秘と同じじゃないですか」
 そう言い桜は薫から凛へと視線を移し、つつっと視線を下げました。
 フッ。
「ちょっと桜!!! いま笑ったでしょ?! 何かに笑ったでしょ?!」
「何のことですか遠坂先輩、私さっぱり判りません。フフフ。行きましょう薫先輩、帰りに大判焼きとかおごっちゃいます」
「あっはっは。では凛、そういうことで」
「ちょっと待って。私にも教えてくれてもいいじゃない?」
 しかし間桐桜と言峰薫は悲しげな視線を向けるのです。
「凛、これは危険な方法なので、遠坂の跡取りたる貴女には教えられないのです。残念です」
「そうですよ遠坂先輩、先輩にはこんな危険なものは必要ないんです。残念です」
「なんで? 残念って何が?! ねえ薫? 桜? ねえったら」

 数日後、深山町の外れにある柳洞寺に言峰薫の姿があった。円蔵山から続く尾根に置かれた境内は荘厳で、山地に広がる墓地は古刹ゆえに結構広い。
 手桶を手に取りひしゃくを手にし、花を片手にあるきだす。
 曇天の暗い昼下がり、とあるお墓に辿り着く。墓石にはお水を掛けて、お花を墓前にお供えする。お線香に火を付けて、手を合わせて静かに祈る。それから地面にしゃがみ込み、草むしりを開始した。
 墓石には「衛宮家之墓」とある。
 尼僧服を着た薫の姿は場違いで、周囲の雰囲気からは浮いている。しかし気にする風もなく、砂利を踏みしめ草をぶちぶち引き抜いた。
 あらかたきれいにした頃に、衛宮士郎がやってきた。
「こんにちは士郎君」
 ぱんぱんと手を叩き、言峰薫は立ち上がる。三月半ばの曇り空から吹く風は、少し冷たく肌寒い。

 衛宮切嗣の墓前において、衛宮士郎(正義の味方)と言峰薫(インベーダー)が一対一で向かい合う。

「こんにちは士郎君」
 立ち上がった言峰薫に衛宮士郎はぶっきらぼうに「ああ」と答えた。
 しかし何のようだろう?
「冬木教会には近づくな。言峰綺礼に関わるな。しかし何かあったら言峰薫に相談しろ」切嗣からの遺言である。
 可能な限り教会には関わるなと言われていたので、士郎が教会に出向いたことはない。
 綺礼神父から連絡が来るようなこともなく、希に薫が顔を出す程度の付き合いだ。
 それが先日電話があって「話がある」と呼び出された。指定された場所がここ、切嗣の墓である。
「久しぶりです士郎君。何かお変わりありませんか」
 彼女の口調は柔らかい。穏やかな笑みを浮かべたその顔は、やさしくこちらをうかがっているようだ。
「ああ、一人暮らしにも慣れてきた。と言いたいところだけど、藤ねえが毎日飯をたかりにくるんだよなぁ。大丈夫だって言ってるのに。俺が心配とか言ってるけど、面倒見てるのはこっちの方だ」
「あっはっは。藤村さんはいい人ですね。士郎君が羨ましいです」
 言峰薫はころころ笑う。
「そうかぁ」
 彼女の砕けた物言いに、士郎は力の入った体を解きほぐす。
 切嗣から聞いていて、士郎は薫を知っている。
 言峰薫の父親は聖堂教会の代行者。養女となった薫は綺礼神父に仕込まれて“異端狩り”の力を持つと切嗣から聞かされた。
 しかし綺礼神父はこの地の管理者と知己であり、養女の薫は教会と魔術協会とのパイプ役(こうもりさん)の仕事をするという。
 凄いなと士郎は思う。同い年とは思えない。士郎も負けてられないな。そんな風に言われたことも何度かあった。
「今日は急に呼び出してすみません。管理者(セカンドオーナー)に士郎君のことがバレまして、ちょっと面倒なことになりました」
 あははと頭をかく言峰薫。士郎はちょっと驚いた。
「俺って知られてなかったのか?」
「いやー、色々と事情がありまして、管理者(オーナー)の代行をウチがやってたりするのです」
「そうなのか。でもお前と綺礼神父って教会側だろ。それはいいのか」
「その辺も色々と事情がありまして、父は魔術協会に出向しているのです。よって今の所属は魔術協会なのですよ。ちなみに私は聖堂教会側です。あ、教会と協会の違いは分かりますよね?」
「ああ、そのくらいは教わった。聖堂教会がバチカンの異端狩り裏組織。魔術協会がロンドンに本部がある魔術師たちのコミュニティーでいいんだよな」
 薫は笑顔で頷いた。よくできましたとか言いたそうだ。
「そうですね。それでです。この冬木は魔術師が龍脈の管理を行う霊地です。その魔術師は魔術協会に所属してセカンド・オーナーという称号というか役職みたいなことをやってます」
 そこまでは知っている。よって士郎は頷いた。
「ですが事情がありまして、あと三年くらい先まで父が管理者代行を務めているのです。士郎君のことは父は知ってるのでいいやと思い、本来の管理者には伝えていませんでした。それが先日バレまして」
「まずいのか?」
 いえいえと薫は手を振った。
「拙いと言うほどではないですよ? でもですね。ここの魔術師は熱心でして、師匠のいない士郎君がまともな魔術師になれるか心配なのです」
 そう言い彼女はあははと笑う。
「そんなこと言っても俺は魔術師になるつもりなんか無いぞ」
「いや、だからそれが問題なのですよ。魔術師になる気がないのに魔術に関わるその姿勢。それがヤバイと言っているのです。ですから士郎君、幾つか忠告と警告をするので聞いて下さい」
 言峰薫は一歩引き、墓石の近くに立ち直す。そこで士郎は踏み込んで、墓石の前に進んで立った。
「本題の前に前フリですが、士郎君。逮捕権というものを知っていますか」
「逮捕権?」
 何だそれはと士郎は思う。いきなり話が飛んでいる。
「まあそう言わずに。逮捕権というのはですね“現行犯に限り、国民全員に逮捕行為を行うことを権利として認める”という権利のことです。つまりお巡りさんでなくても現行犯なら捕まえていいのです。知ってましたか?」
「そうなのか?!」
「意外と知られてないんですよ。警察とセットになった権利なので、警察がある国なら絶対に保証されている権利です。だから目の前で引ったくりとかあった時には逮捕していいんですよ」
「そうなんだ」
「ですから「何だよ警察ぶりやがって」とか言って何もしない連中は逮捕権を放棄しているわけですから、本当は文句を言う権利がありません。ぴーちくぱーちくさえずるような連中には逮捕権のことを教えてあげると良いでしょう。とは言ってもこれはそういうバカが悪いんじゃなくて教育の問題ですけどねー」
「おい」
 判った。こいつ性格悪い。
「ちなみに不正や横領、脱税を持ち掛けられた時にもふんじばって良い訳なので、従業員研修の時には教えることにしています。おかげで不正会計が激減しました。あっはっは」
 コイツひでぇ。士郎は秘かに恐怖した。
 うぉっほん。と咳をして、言峰薫は居直った。

「次に行きます。ときに士郎君。正義の味方の元祖と定義とその原型を知っていますか?」

 薫は浮かべた笑顔の裏で、早鐘を打つ心臓を必死でなだめた。これから伝えようとしていることは、衛宮士郎の根幹を揺さぶる時限爆弾。この世界と未来を揺さぶる危険行為だ。
 だがしかし、践み込まずにはいられない。
 運命(Fate)の流れを変えるには、どうしても衛宮士郎の力が必要だ。だからこそ、伝えたいことがある。言わねばならないことがある。
 薫はぎゅっと両手を噛み合わせる。本当は怖くてたまらない。目の前にいる人の良さそうな少年が、恐ろしくてたまらない。
「なあ言峰、正義の味方は正義の味方じゃないのか?」
 衛宮士郎が不思議そうな顔をしている。彼にとってはそんなものかもしれないと薫は思う。
 自分の中の善。当たり前の正義。守るべき規範。それらが自然と混じり合い。彼はそれに名前を付けた。
 それがきっと「正義の味方」それは士郎にとって当たり前のものであり、深く考えることではないのだろう。
 そもそも衛宮士郎は「正義の味方バカ」じゃない。
 原作で、正義の味方になるのが士郎の夢だと間桐桜が聞いたのは、実に通い妻状態が一年以上続いてからだ。しかも士郎本人からでなく、藤村大河が「小学校の頃に」と過去のネタとして話をしたから知ったのだ。
 つまり士郎は小学校高学年時には「正義の味方」を目指していると人には話さなくなっていたことになる。
 また「なぜ人助けをするのか?」という問いにも「正義の味方になりたいから」とは答えない。
 まず「困っている人を助けるのはあたりまえだ」と彼は答える。
 次に「自分に出来ることをしているだけだ」となり。
 更に「人を助けて何が悪いんだ」と怒りだし。
 ついには「うるさいな。助かった人がいるならそれでいいじゃないか」となる。
 深く踏み込み「なぜなのだ?」と大真面目に聞かない限り、彼の口から「正義の味方になりたい」などとは出てこない。彼にとってその夢は、その誓いは、それだけ大切なのだろう。

 ──── だからこそ、踏み込まずにはいられない ────

 薫はメモを取り出した。
「正義の味方という言葉を作ったのは川内康範(かわうちこうはん)という脚本家。兼、作詞家。兼、作家。兼、政治評論家です。
 彼は特撮活劇「月光仮面」の脚本を書く際に「正義の味方」という言葉でその在り方を表現しました。つまり月光仮面が正義の味方の元祖でありルーツです」
「そうなのか?! 月光仮面?!」
 士郎は怒鳴るほどに驚いている。
「平和に暮らす人々が、悪人によってピンチになると月光仮面は現れます。そして悪人をやっつけて追い払う“平和に暮らす人達の「平和を守る」正義の使者”それが月光仮面のコンセプトであり、正義の味方の定義です。
 これは仏教の“無償の愛こそこの世で最も尊い”という思想から生まれた物だそうです。善人悪人の区別無く、月光はあまねく照らす。この月光を象徴する月光菩薩がモデルなのだとか。
 しかし月光仮面は菩薩であって仏ではなく、代行者であり使者なのです。よって悪を懲らしめ善人を助けはするが裁かない。
 つまりです、痛めつけて追い払うだけで、殺さない・逮捕しない・悪人もいつか善に目覚めると信じてる。という微妙な性格のヒーローなのです」
「本当か?!」
「川内さんは「憎むな、殺すな、許しましょう」と言って説明したそうです。ちなみに月光仮面は超能力とか超兵器とか使いませんよ? ピストルは撃ちますが、それも威嚇や敵の武器を弾き落とすだけで殺したこととかないそうです。
 つまり! 正義の心と自らの技によって悪を懲らしめ“平和を守る”でも逮捕しない! せめて警察に突き出せよお前! これが正義の味方の定義です!!!」
 薫の力強い宣言に、衛宮士郎は驚愕に固まった。
 しかし薫はたたみ掛ける。
「月光仮面の三日月は、欠けた月を不完全な人の心になぞらえ、今は欠けていてもやがて満月になる。つまり完全になり正義に目覚めることを願うという理想が込められているのだそうです。
 川内さんの実家はお寺だそうで、仏様に薬師如来というのがおられるのですが、薬師如来の脇に月光菩薩は飾られるそうです。よって“正義の味方”という言葉も正義そのものである如来の脇役である“菩薩の位置づけ”を表現するために川内さんが作ったんだそうですよ」
「そうなのか、知らなかったよ」
 はー。と士郎は深く息を吐いている。両目は今だOの字だ。
「まとめると、平和な街に現れて、平和に暮らす人達の「平和」を守るのが正義の味方。罪を憎んで人を憎まず。強盗未遂も殺人未遂も未遂で防げば逃げて良し。法治国家なめてんのかあんたは。これが正義の味方的ジャスティスなのです」
「待て、それは違う気がする」
 どうやら我に返ったらしい。衛宮士郎が慌てている。
「違いませんよ。だって作った人がそう言ってるんですからしょうがないじゃないですか。あと月光仮面のモチーフは「鞍馬天狗」だそうです。弱きを助け、強きをくじくというヤツですね。つまり正義の味方の元祖は月光仮面で、原型は鞍馬天狗ということです。ちなみに鞍馬天狗はいわゆる「変身ヒーロー」の元祖でもあるのです。仮面ライダーとか〇〇戦隊とかの変身ヒーローは鞍馬天狗が元祖だそうですよ」
「今度は鞍馬天狗かよ?! 本当なのか?」
「自分でも調べてみることをお奨めすます。wikiってみるといいですよ?」
 うぉぉおお?! などと言って頭を抱える衛宮士郎。ショックが大きかったらしい。
「それからもうちょっと言うとですね。海外じゃ「正義の味方」って通じませんから。大体ヒーローって訳されますけど“英雄”と“正義の味方”って違いますよねぇ」
「つ、通じないのか?」
「全然通じないし理解されません。そもそも概念がありません。良いことするなら顔を隠すな。これがワールドスタンダードというものです。ちなみに隠すと“ダークヒーロー”扱いになると思います」
 ばっとまーん。などと腕をパタパタさせてみる。衛宮士郎はがくっとよろめいた。
「まあいいじゃないですか。日本限定のローカル英雄像でも。殺さない。憎まない。人を許す。大切なことですよ。逮捕権は放棄してますが」
 衛宮士郎は膝を着いて、手を付いた。

「実像はともかくですね、警察官とか正義の味方に近くないですか? ご近所にいて平和を守る。殺さないし憎まない。逮捕しますけどね」
「いや、逮捕権はもういいから」
 士郎は何とか立ち上がる。体から力が逃げていくが頑張った。
「言峰お前、そんなことが言いたかったのか? いや、教えてくれて感謝してるけどさ」
 呆れた声で士郎は薫に問いかけた。衝撃の事実であったが知らないことばかりであった。後で色々考えよう。
 ハハハと渇いた笑いをしてみるが、言峰薫は言いたいことがまだあるようだ。士郎はこほんと咳をして、再び薫に向き直る。
「実はこれも前フリでして、士郎君にはどうしても判って欲しいことがあったのです」
「なんだ?」
「はい。正義の味方は平和に暮らす人の“平和を守る”ものであり“全てを救う”ものではないということです」
「なっ?!」
 反射的に士郎は怒鳴ろうとしたが息を飲む。すぐそこで、言峰薫が必死の視線でこちらを見ている。
「士郎君。私たちは七年前の大火災の生き残りです」
 再び士郎は息を飲む。焼けた空を思い出す。肉の匂いを思い出す。火の中で、何も出来ずに見捨てて歩いた嫌な気持ちを思い出す。
「でも士郎君。私たちは生き残りました」
 そうだ、自分だけが生き残った。だから生き残った自分は人の役に立たなくちゃいけない。そうでなければ……。
「しかし士郎君、生き残った人は結構います」
「は?」
 いつの間にか入った力が一気に抜けた。知らずに下がった視線を上げると、しかし言峰薫は今だ必死な視線のままだ。
「士郎君、私たちは幸運にも今もこうして生きています。貴男は衛宮切嗣に助けられ、私は言峰綺礼に拾われました」
 それにより、衛宮士郎と言峰薫の立ち位置は致命的に遠くなったと薫だけは知っている。
「しかし孤児院には他にも生き残った子供達がいるのです。今ではみんな元気に暮らしていますよ」
 教会地下で手足を落とされ、死なないように加工されることもなく、彼らは普通を手に入れた。
「焼け跡は公園にして慰霊碑を建てました。柳洞寺にお願いして、お地蔵様も出来ました。新しく冬木総合芸術ホールも完成して、劇場はオペラハウス調にしたのでゴージャスですよ」
 少しずつ怨念を浄化して、霊を鎮め続けてきた。
「だから士郎君、お願いです。死んだ人達を怨霊にしないで下さい。死んだ人達を理由にして、生きている自分に価値が足りないとか思わないで下さい。たくさんの人が死んだ人のために祈りました。その祈りは無駄ですか? 死者は安らかに眠っていませんか? 亡くなった人達は、全員地獄に堕ちたと思うのですか? そうだとしたら七年間、祈り続けた私はバカですか? お地蔵様に祈ってくれた零観さんや一成君の気持ちは無駄ですか? お願いです士郎君、世の中には色々な人がいて、色々な方法で人を助けます。火事のときには消防士が、怪我したときは救急隊が飛んでいきます。みんなみんな出来ることを一生懸命しています。だから士郎君「みんな」を救うとかやめて下さい! 一人を助け、一人を助けて、それを続ければいいじゃないですか! みんなって誰ですか?! 全ての人を助けなくてはダメですか!? ……無理ですよぉ」
 薫はボロボロと泣き出した。
「今でも夢に見るんです。海みたいな火の中を歩き続けて、足下にまだ生きてる人がいて、火が走って飲まれていって、助けてって声は聞こえなくても、火の中で動いてる人がいたのが忘れられない。そんな人達を避けて歩くことしかできなかったのが忘れられない。避けることが全力だった弱い自分が嫌で嫌でたまらない。私は弱い、弱いんです!! みんな助けるなんて無理なんです! みんな助けなければいけないのなら、わた、しは、避けて、歩いた、あの、ひと、達を、永遠に、助け、られ、ません。うぇぇぇぇええええーん」
 しゃがみこんで士郎を見上げ、言峰薫は号泣した。

 少しして、言峰薫は泣き止んだ。ちーんと強く鼻をかみ、ハンカチで洗うように顔を拭く。
「すみませんでした士郎君。支離滅裂なことを言っちゃいましたね。ごめんなさい」
 薫はペコリと頭を下げた。
 しかし士郎は顔をしかめて「ああもうっ」などと言って自分の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「参ったな。言峰、すまない」
 今度は士郎が頭を下げる。
「いえ、無茶苦茶なのはこっちだと思いますよ? それにまぁ、私が言ったことも絶対に正しいわけでもないですし、士郎君は士郎君で考えてみて下さいな」
 ああ判ったと彼はうなずき、ぽりぽりと頬をかく。
「ではそろそろ本題に行きましょうか。って、なぜコケるのですか?」
 聞いた士郎がずっこけていた。
「これからが本題なのか。勘弁してくれよ」
「??? 時間がないのですか?」
「そうじゃなくてさ、言峰おまえ顔とか洗った方が良くないか? 女の子はそういうの気にするんだろ?」
「はぁ。今日はお化粧しているわけじゃないですし、でもそうですね。ちょっと失礼して」
 薫は手桶の水で顔を洗い、拭き直す。士郎が珍獣でも見たかのように顔を引き攣らせたが気にしないことにする。
「では士郎君、改めまして管理者からの言葉を伝えます」
 士郎がムムッと身構えた。
「魔術師を目指さないなら魔術に関わることは許さない。高等部卒業までを試験期間とし、魔術未満といえる一般教養を身に付けておくこと。以上です」
「それだけなのか?」
「言っておきますが士郎君。私の先生に言わせると“魔術師は研究者であり探求者、哲学者であり芸術家”なのだそうです。言い得て妙だと思いますよ。つまりです、バカは魔術やるなって事ですよ」
 明らかに悪意のある薫の物言いに、士郎は頬を引き攣らせた。
「一つ例え話をしましょうか。プロ野球の試合がやっていたとしましょう。オールスターで満員御礼、選手もお客も大興奮。そこに乱入者が現れます」
 薫はニヤリと邪悪に笑った。
「そして言うのです。俺にも何か出来ることがあるはずだ! 選手を助けたい気持ちは本物なんだ! ルールなんて知らない! マナーなんてクソ喰らえ! 俺は助けたい! 助けたいんだ! そんな俺は魔術が使えるぜヤッホー!!!」
「言峰、テメェ!」
 衛宮士郎が詰め寄るが、言峰薫は怯まない。
「魔術が秘密なんて知らない! 隠さなくちゃいけないなんて判らない! だって人を助けたいんだ! 人を助けるんなら魔術師のルールなんか知らねーぜ!」
「やめろ!」
「魔術師がどうして魔術を隠すのか知らねーぜ! なぜ隠さなくてはいけないのか知らねーぜ!! 教会がなぜ魔術を禁忌とするのか知らねーぜ! そんな俺が魔術で人を助けたら、魔術師たちの立場が悪くなるとか知らねーぜ! だって俺は魔術が使える! だけど知らない。魔術師のルールも業界のルールも魔術に関わる者としての規範も歴史も伝統も!! 守らなくてはいけない大事なことも!! 貴方より魔術を大事にしている人がいる! 貴方より魔術に真摯に向きあう人がいる! 貴方より魔術に人生掛けてる人がいる! そんな魔術師たちが身を守るために作った組織が魔術協会で! 暴走するイカレタ魔術師をぶっ殺すのが聖堂教会なのですよ! それを理解しないなら、貴方は危険人物以外の何者でもないと言ってるんですよ!」
 叩き付けるような薫の言葉に衛宮士郎は凍り付く。
 士郎と薫の相対距離は、歩いて僅か一歩に過ぎない。しかし薫の強い視線が、士郎に近づくことを許さない。
「士郎君、魔術を捨てろとは言いません。魔術の修練はきっと貴方の人生にプラスになります。でも士郎君、魔術で人の命を救ってはいけません。魔術はそういうことに使ってはいけない力なのです」
「待てよ。どうしてそうなる?!」
 士郎は薫を睨み付ける。
「これは基督教の価値観なのですが、基督教徒は魔術に関わると地獄に堕ちることになっています。仏教と違って基督教は、輪廻転生の概念がありません。天国に行けるチャンスは一度だけ。その人生で魔術によって命を永らえたのならそれは罪悪。よって確実に地獄行き。基督教の地獄、煉獄と言いましょうか。そこには仏教の地獄のように助けに来る存在は現れません。一度落ちたら永劫に苦しみ続ける。それが基督教徒の煉獄です。貴方が魔術で誰かの命を助けた場合、基督教徒であったなら煉獄に堕ちます。永遠の地獄です。魔術とは神秘の探究に使うべきなのであり、人の命を救うことに使ってはいけないのです」
「おかしいだろそれは?!」
「何もおかしくありません。そもそも基督教では運命を変えようとすることは罪悪なのです。病気になったら祈る。祈りが届けば助かる。届かなければ死ぬ。災害に巻き込まれる。祈りが届けば助かる。そうでなければ死ぬ。つまり基督教では“運命は受け入れるもの”であって変えようとするものではないのですよ」
「待ってくれ。じゃあ人を助けてはいけないのか?」
「いえ、そんなことはないですよ。魔術を使わなければいいだけです」
 あっと士郎は息を吸い込み、ぱくぱくと口を動かした。
「お願いです士郎君、ちょっと勉強してください。こんなの基督教のことを勉強して魔術について調べれば、すぐに出てくることですよ? さっきの“正義の味方”のこともそうです。士郎君、あなた“切嗣さんは正義の味方”で思考を停止してません?」
「あ、いや、それは」
「別に魔術やめろとか正義の味方ダメとか言ってる訳じゃないのです。宗教にも魔術にも思想にも、背景となる歴史や文化、国家や民族などがあるのです。それを知って欲しいのです。
 それに魔術師にしか助けられない人達というのも確かにいます。ここは分業だと考えて、そういうケースに対応するマジカルレスキュー的な活動を目指してみてはどうですか? それならありですから。
 でもですね。多分、士郎君にとって魔術は切嗣さんとの絆であり、助けられなかった人達を次はきっと助けたいとの決意の象徴なのだと思います。私も似たような感じなので少し判ります」
「あー、あれ? お前も魔術使うのか?」
「……あ。あー、私と父はここの管理者と付き合いがあるせいで、魔術の修練もしています。まぁ穏健派というヤツだと思ってください。その立場を生かして二つの組織をつなぐ外交屋(こうもりさん)なんぞをしています」
「そうか、それは凄いな」
 薫はがっくりと肩を落とした。
「前から思っていたのですが、マイペースですね士郎君」
 そうか? そうです。
 なんとなく、ダメな空気の二人だった。

「ということで、本棚に並べる書籍も評価対象になるので百冊・千冊・一万冊と本を読んで良いと思ったヤツを並べてください。美術展にはときどき足を運ぶと良いですよ。あと監視してますので、藤村さんが入れるところに魔術の痕跡は残さないでください。露見したら士郎君を半殺しにして藤村さんの記憶をいじります」
「本気かよ」
 半ば呆れたように士郎はうめいた。
「それから英語はもちろんやるとして、そうですね。将来欧州で活動したいなら他の言語もやっておくといいでしょう。魔術との関連で言うと、ルネッサンス期の自然魔術や精気魔術ならイタリア語、近代の高次召喚ならフランス語、生命操作や魔術礼装の錬金術ならドイツ語、古代儀式魔術ならギリシャ語、基督教神学を用いた天使召喚や悪魔の使役ならラテン語で、ケルトやゲルマンの神話系ならそうですね……」
「待て待て待て」
 士郎は戦慄を憶えて言峰薫を呼び止めた。
「なあお前は今言った全部を出来るのか?」
 すると彼女はニッコリ微笑み「いいえ」と言って首を振る。
「言語はともかく、基本的に師匠に合わせるか自分の資質によって範囲を絞るものですよ。私の場合、細かくは言えませんが英語・イタリア語・フランス語・ラテン語あたりは使います」
 聞いて士郎はゲッとなる。
「やらないとダメなのか?」
「あっはっは。気持ちは判りますけどね。士郎君の場合、英語と……。そうですね。ドイツ語あたりをやっておくのをお奨めします。ええ、是非やっておくといいですヨ」
 ハハハハハ。なぜか渇いた笑いになる薫ちゃんです。
「ドイツ語かぁ、その前に英語だな。藤ねえに教えてもらうしかないな」
 あちゃー、と士郎は天を仰いだ。
「まあまあ、外国語はそれだけで意思を通じる魔法ですよ。話せば判るって言う人いますけど、英語もスペイン語も韓国語も朝鮮語も中国語もロシア語も台湾の福建語も話せないなら日本が戦争したとき戦争止めるの無理ですよ?」
「言峰、それは話が大きすぎるだろ」
 失礼しました。薫は小さく頭を下げた。
「でもまあ判ったよ。英語とドイツ語は勉強して、歴史とか宗教とか神話の本を読んでおけば良いんだな」
「はい。そんな感じでお願いします。それとくれぐれも魔術の秘匿をお願いします。藤村さんにも見せたりしたらダメですよ」
「判ってる。すぐに片付けるさ」
「……片付ける? 士郎君?」
「片付ける! すぐに片付けるから今回だけは見逃してくれ! 頼む!!」
 薫を拝み出す衛宮士郎。おそらく土蔵の投影品のことなのだろう。特別ですよと見逃しておく薫だった。

 では何かあったら連絡を。高等部卒業までは「普通」を大事にしください。そう言って、言峰薫は立ち去った。

 嵐が過ぎたような脱力感に襲われて、衛宮士郎は墓石の前に胡座を組んだ。そしてまだ新しさのある墓石をジッと見る。
 ここには衛宮切嗣が眠っている。
 自分を助けてくれた人。魔術が出来て剣も強くて、衛宮士郎を救ってくれた「正義の味方」それが養父・衛宮切嗣。
 切嗣(オヤジ)は最後に笑って逝った。
 正義の味方は俺が継ぐ。そんなバカみたいな言葉を信じて、衛宮切嗣は幸せそうに眠りについた。
 衛宮士郎が衛宮切嗣の後継者であるならば、正義の味方にならなくちゃいけない。──── だが。
「うん、なれそうな気がするな」
 士郎はよいしょと立ち上がった。
 幸せに暮らす人の平和を守るいわば守護者(キーパー)
 それが正義の味方であるのなら、きっとなれる。誰でもなれる。なれるのだと士郎は思う。
 遠い雲の隙間から光が差した。曇天はいつの間にか薄くなり、所々に空の青さを見せている。
 笑みを浮かべた士郎は手桶を手に取り、切嗣の墓をあとにした。


前の話へ 次の話へ


あとがき
 衛宮士郎を変えるのではなく、正義の味方について正確な情報を与えるという変則攻撃(?)
 しかし何故かアーチャー・エミヤや言峰薫との対決フラグは消えず、むしろ激化の予感という罠w
 正義の味方の元祖は月光仮面、原型は鞍馬天狗。なんでみんな使わないんだろ? いいネタだと思うのですが。
2010.3/30th

次回予告
 中等部三年生となった言峰薫は、聖堂教会から埋葬機関の第七司祭に助力せよとの依頼を受ける。
 訪れる先は三咲町。
 死徒と真祖と、鬼種と魔人と、代行者と魔術師と、そして直死の魔眼が交錯する。
次回「がくがく動物ランド(仮)」
 月姫編スタートです。


Fate/黄金の従者#XX ポイント・ゼロ


 夜も深まり闇が全てを優しく包む。星の光は伸びた木々に遮られ、参道の階段には届かない。
 柳洞寺の境内に続く石造りの階段は、長く急で、遠かった。
 その階段を長い髪のシスターがてくてく登る。よく見ると、少女の尼僧服は闇色だ。
 それは教会の戒律にはない規格外。よって少女は正式な修道女ではあり得なかった。
 言峰薫は途中の踊り場で立ち止まる。
 そこで左右を見渡して、人の気配を確かめる。次の瞬間姿が消えた。
 森の中を薫は走る。獣道のようなかすかな線(ライン)を走り抜け、小さな沢にたどり着く。するとそれをさかのぼり、水が湧き出る小さな滝にぶつかった。
 薫は滝に踏み込んだ。
 岩に向かって手を伸ばす。するとその手がすり抜ける。言峰薫は岩の向こうにその身を消した。
 幻の岩を通り抜け、ぽっかり開いた洞窟を薫は進む。灯りはないが薫の瞳は闇を見通し、周囲の壁も仄かな光を放って空洞を映し出す。
 広間のような空間を過ぎていく。奥へと進み狭くなる。更に進むと広くなる。そこには ────

 ぶおんぶおんと不気味な音が鳴り響く。大きく開けた空間には巨大な魔力が満ち満ちて、その中心に何か蠢くものがある。
 それは巨大で、内臓で、胎児であるかのようだった。呪いであり、魔力であり、怨念と怨嗟の塊だった。
 今はまだ生まれていない。姿なく、形なく、見える物でもありえない。しかしそれでもそれはそこに存在した。
 聖杯戦争システムの中枢にして全ての始まり。全ての元凶。
 震える体を抱きしめて、カチカチと音を立てる歯を食いしばり、薫はなんとか崩れず睨み付ける。

「──── これが、大聖杯」

 運命(Fate)の聖杯戦争、開始まであと2年10ヶ月。

トップ Profile オリジナル小説 二次創作トップ 頂き物・絵 頂き物・Text 掲示板 メール リンク ぶろぐ日記
inserted by FC2 system