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黄金の従者03カレイド・ツインズ公園デビュー後編

 梅雨時の曇り空が今日はいくらか晴れている。きらめく光が差し込み、心地よい風が吹き抜ける夕涼み前の深山町を、二人の少女が駆け抜ける。
 髪をツーテールにまとめた少女はイッちゃった目でしかし満面の笑みを浮かべ、その手にはカラフルでキュートな魔女っ子ステッキを握りしめていた。
 焦点の合っていない目とちょっと傾いた首、そして聞こえるうふふ笑いに、すれ違う人々は振り返らずにいられない。奥さま、お願いですから見なかったことにしてくださいね。
 そしてその後をついて行くおかっぱの少女はちょっと泣きそう。ていうか今にも涙がこぼれそうです。
 ぁぁぁ。と喉の奥で呻きつつ、眉を寄せて泣き笑いの表情であった。体は少々仰け反り気味で、まるで前に進みたくありませんと言いたいかのようである。事実、彼女は行きたくないのですが。
「やーめーてー。たーすーけーてー」
 仰け反りつつもカックンカックンと大股で歩いていく少女、言峰薫は天を仰いで懇願した。
 ああ神様どうか哀れな子羊、言峰薫を助けてください。しかし真摯な祈りに神が応えることはない。
 なぜならば薫を引き連れる遠坂凛は神と敵対するあくまだったり、彼女が握る魔女っ子ステッキの強力な呪いの波動に、薫は既に捕らわれていたりするからだ。
「あはー。久しぶりのシャバの空気は最高ですねぇ。ルビーちゃん感動です!」
 まるで刑務所帰りのヤクザ者のセリフである。
 ひょこひょこと羽根飾りを動かしているのは「カレイドステッキ」凛が手にする魔女っ子ステッキだ。
 ただのオモチャと思うなかれ、一見オモチャちっくなこの魔女っ子ステッキこそは、かの魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが作った魔術礼装。科学では再現不可能な奇跡を操る神秘の魔術工芸品(アーティファクト)なのだ。
 そして聞こえるキュートな乙女ボイスは、カレイドステッキに宿る人工天然精霊マジカルルビーの心の声(テレパシー)なのです!
「ルビーちゃん、やはりダメです! 魔術の秘匿こそ何にも勝る管理者(セカンド・オーナー)たる凛の仕事です。まずいんです! 凛のためにも帰宅すべきです。もう契約でも何でもしますから遠坂の屋敷に戻りましょうよ。ね? ね? ね?」
 薫の声にはもはや泣きが入ってる。
「どうしましょうか凛さん。愛と正義(ラヴ&パワー)を広めるために、やっぱりあちらに見える建築物密集地域に出張ってみます?」
「そうね。愛と正義(ラヴ&パワー)を広めるためだもの、多くの人に電波を降り注がなくちゃいけないわ」
 虚ろな目をした凛が指差す、冬木市新都の開発区。ビルがいっぱい建ってます。
「待て待て待て待て! それダメー! つうか人の話聞けー!」
「もう、何ですか薫さん。女の子が大声を上げてはしたないですよ。ルビーちゃんは薫さんに注意1です」
「だ・か・ら! 俺の魂は男! 男なんだってば! そんなことはどーでもいいから、帰りましょう。凛! そっちに行ってはいけません! こっちに戻ってくださいよー。あーもう助けてー。しくしくしく」
 薫の必死な訴えに、凛はきりりと顔を引き締め、そして言う。
「大丈夫よ薫。愛と正義と笑いがあれば、あなたもきっとレディーになれる。私とルビーであなたをリトル・レディー(お嬢さん)にプロデュースよ」
「訳判りませんですぅぅうう!!!」
 自由のきかない体であるが、それでも薫はイヤイヤと体を捻る。だけど呪い? からは逃げられない。
「そのもじもじする動きは女の子ポイント+1! グッド! グッドですよ薫さん! 世間の妖しいお兄ちゃん達の好感度が今、アップしたこと間違いありません。さては狙ってますね薫さん!」
「狙ってねぇぇええ!!!」
 血管が切れそうな勢いの薫に、ルビーが嬉しそうに羽をぱたつかせる。
「イイ! いいデスよ薫さん! 凛さんがボケ、薫さんがツッコム。そして可愛い小道具のルビーちゃん。素晴らしい! これはもう大阪に行くしかないのではないでしょうか?!」
「なんで大阪?! ルビーちゃん! 君は大阪をなめている!! って、そーじゃないでしょ! 何の話をしているんですか?!」
「え? 凛さんと薫さんのマンザイデビューじゃないんですか? おまかせください。二人の未来はこのマジカルルビーが素敵に無敵に大爆発! ぺんぺん草も生えないように放射能でなぎ払ってご覧に入れます!」
「期待してるわルビー」
「任せてください凛さん! ああ、私にも春がやってきました。耐えて耐えて、やっと掴んだこの好機! こうなったら永遠の春をキープするため「友っ達っ百っ人っ出っ来るかな♪」に挑戦すべきなのでしょうか。薫さん、どう思いますか?」
「やーめーてー。おーねーがーいー」
 ああ、言峰薫は無力です。

 二人の少女(+1)は深山町の中央からやや外れ、マウント深山商店街の裏にある公園に差し掛かる。
 公園ではご老人達がゲートボールに興じており、初等部低学年らしき少年達がサッカーなんぞをしています。それを一瞥して遠坂凛が足を止めた。
「まずはここだわ。行くわよルビー。逝くのよ薫」
「待て待て待て! 凛、貴方は一体何をする気ですか?!」
「えー? 少々ギャラリーが少なくないですか? ルビーちゃん寂しいです」
「心配いらないわルビー。千里の道も一歩から。初めの一歩は小さく手堅く地元から。そういうことよ」
「さすがです凛さん! 大胆と見せて小心。隙ありと見せてボンバー! 小さく始めて爆心地から離れるごとに大破壊。凛さん! ルビーは凛さんを見直しました!」
「ふっ、それほどでもないわ」
「おかしいです! おかしいでしょそれ?! ねぇ? 聞いてる? 聞いてますか?!」
 頷き合う凛とステッキに問いただす薫の声がむなしく響く。ええ、きっとこいつら薫の言葉なんて聞いてないです。
 くっと歯がみする薫。公園にいるのは総勢二十数名、やむを得ない。マジカルハザード(魔術汚染)に巻き込むのは申し訳ないのだが、もはや薫には止められない。後で言峰綺礼に報告して記憶操作なり情報操作をしてもらおう。
 なに、代理とはいえ綺礼は正式な管理者である。凛が暴走しても責任は責任者である綺礼にとらせればいい。そうだそうに違いない。私は頑張った。そうさ、大師父の遺産を相手に頑張ったんだ。あの凛でさえ止められなかったんだ。なんちゃって魔術師レベルの自分に何が出来るというのだ。そうなのです。これはもう不可抗力。悪いのは運命。薫は悪くない。だからおじさま&王様、お仕置きは軽めでお願いします。
 るーるーと涙しつつ言い訳を考える薫ちゃんです。

 そんな薫の視界の端に、子供達の集団が割り込んだ。見ればそれは保育士が連れた十数人の子供達、幼等部? それとも保育園とかかもしれない。
 保育士の笑顔、子供達の笑顔、ああ、無邪気な笑顔って可愛いよね。でもどうして君たち達は今、ここにいらっしゃいましたかこんちくしょー。
「凛さん凛さん! 来ました! 増えましたよ! 私たちのギャラリー(犠牲者)が!」
「ふっ、私たちのライブに遭遇するなんて、あの子達のラックはクライマックスに違いないわね」
「いや、むしろファンブル(判定・大失敗)でしょう……」
 薫はもうぐったりしてます。
 ああ、すまない子供達。ごめんなさい保育士さん。でも大丈夫ですよ、あとでウチの妖しい神父が耳元で洗脳の子守歌とか歌ってくれますから、安らかに眠って全て忘れてくださいね。
 まあ増えたのが小さな子供で良かったと思うべきだろう。大丈夫、凛が魔女っ子ステッキを振り回しても、幼等部や初等部低学年の子供達やご老人が相手なら、そう奇異な目で見られることもないだろう。そうさ、カレイドステッキを持っているのは凛。凛なのだ! 私は持ってない! そうだ! 持ってないよ私!
 ささやかな現実逃避を試みる薫の耳に、元気な声が聞こえてきた。
「穂群原ー。ファイ!「「「おー!!!」」」ファイ!「「「おー!!!」」」穂群原ぁー」
 顔を引き攣らせて薫が見たのた高等部の学生らしきジャージ姿の少年少女、陸上部かなにかだろう。二十人ほどの集団が公園へとなだれ込み、体をほぐしてストレッチや筋トレなどをするようだ。
「キターーー!!! 来ましたよ凛さん! ギャラリー(犠牲者)が一気に倍増です!」
「素晴らしいわルビー。今日は人生最高の日になりそうね」
 凛、君はきっと今日という日を後悔する。いやきっと根性で忘れなくてはならない最低の日になってしまうと思うのです。薫はうなだれ、あははと笑うが声に力が入りません。
 薫は思う。ホムラハラ。聞いたことあるぞちくしょー。恨んでやるぞ穂群原。たどり着けたら結界ごと校舎を吹き飛ばしてやるからな、絶対だ、絶対だからな。本当にやっちゃうからな。物騒な恨み言を思う薫の視界が涙でにじむ。
 公園の向かい側で子供達の歓声が上がった。どうやら仲間が増えたらしく、サッカー少年の頭数が三割り増し。そしていつの間にか女の子達がゴム跳びなどをやっている。
 ああ、日本の子供達よ。遊んでないで塾でも行けよコノヤロウ。日本人の人材的価値が世界評価で大暴落なの知らないのか?
 グローバルスタンダードの時代では、地域差が言い訳に出来ない残酷な競争社会になるのですよ。
 只でさえ教育の質が低く教養の価値を理解できない日本人。日本の文化を身に付けていないアメリカン雑種民族。リアルで外国人に言われたことあるけどあれはもう死にたくなるぞ。
 塾に行け、ここから去れ。せめて機械的知能くらいはトップレベルを維持しなければ、先進国から転落だぞ。
 そしてお願い私を見ないで。
「逝くわよ! 今こそ愛と正義の伝説が始まるの。GO!」
「きゃー!! ルビーちゃん感激ですゥ!!!」
「待って待って待ってー!!! そもそも何する気なんですかー! 私、何も聞いてないですよー!」
 目が据わった凛と、興奮気味に(?)羽を動かすカレイドステッキの動きが、薫の言葉で停止した。
「あはー。いやですねぇ薫さん。盛り上がってるときにそんなこと言っちゃうなんてルビーちゃん興ざめです。ツッコミはタイミングが命なんですからもっと……」
「何の話ですか! それよりルビー! 貴方は凛に何をさせるつもりなんですか?!」
 つんつんと自分を突っつくステッキに対し、薫は顔を赤くして問い質す。少しでも時間を稼ぎたい。全身に力を入れれば多少は動ける。完全に自由にはなれないが逆らえば動きはぎこちなくなり、端から見れば変にも見える。
 カレイドステッキへのマスター認証によって、何かつながりが生まれたのは判る。
 しかし本来は魔術師が道具を使うのが正しいのだから、カレイドステッキの支配をはね除けることも普通に可能なハズなのだ。
 薫はたった二本の魔術回路を起動する。火属性「炎上」である薫の魔術回路は起動と共に体の中に燃える液体が流れるような感覚を作り出す。
 さらに薫は経絡を開いて外気(マナ)を取り込みこれを凝縮、その上で魔術回路に気の流れを直結した。
 その刹那、経絡に集めた気が火属性に染め上がり、薫の魔力精製能力は数倍に跳ね上がる。
 魔力が体の外へ漏れ出さないように気を付けながら、肉体の「動く」概念を「強化」する。
「お見事です薫さん! メインの魔術回路とサブの連動、この歳でしかも修行を始めてから間もない貴方が見事にこなすなんて、さすがはマイ・マスター候補です!(絶対に逃がしません)ですが薫さん。何か勘違いされていませんか?」
 自身に強化魔術をかけて抵抗する薫に、マジカルルビーは語りかける。
「私、カレイドステッキはマジックアイテム。その願いは「誰かに使ってもらいたい」それだけです」
 ことのほか穏やかなルビーの声に、薫は思わず抵抗の手を弛める。
「薫さん。私は道具に宿る精霊です「遠坂」に預けられてから二百年。只の一度も起動することもなく、箱の中で眠り続けていたんです。それがです! 聞いてください薫さん! 私を手に取った凛さんが言いました! 「遠坂はお歌もいちばんじゃないといけないんだから……」と!」
「それは別に貴方と関係ないのでは?」
「それを聞いてルビーちゃんは思ったのです!」
「あはは、やっぱり聞いてませんね私の話」
 ぐぐっとこう、羽で拳を突き上げるかのような形を作る不思議ステッキ。そしてあーダメだこりゃと、げっそりする薫。
「今そこ私の出番だと! 千載一遇のチャンスだと!! この可愛らしい(面白そうな)お嬢さんを助けることがカレイドステッキの使命であると!!! その証拠に凛さんの乙女ハートには、嬉し恥ずかしときめきエナジーがいっぱいでした! 運命の出会いにルビーちゃんもときめいたのです!! ああ。ついについに私のマスターとなる素晴らしい(コメディー)才能の持ち主に出会えたのです。判りますか薫さん?! カレイドステッキの悲しみが! マジカルルビーの喜びが!」
「ルビーちゃん……」
 ルビーの叫びは本物だった。マジックアイテム「カレイドステッキ」思えばどれだけの年月を暗い箱の中で過ごしてきたのだろうか。意志を持つ道具が数百年の時の果てに出会った初めてのマスター候補、多少は強引にでも契約を迫るのも当然かも知れない。
 だが、そんな同情も妖怪ステッキにしてみれば、ビッグチャンスに他ならない。
「ありがとう運命! ありがとう神様! そして油断した薫さんの魔力はルビーちゃんがいただきます」
 え? と思う間もなく脱力感と共に魔力が抜き取られ、薫は目眩と共にしゃがみ込む。
「ぱわーあーっぷ! ああ薫さん、このみなぎる力は正義の印。二十四時間戦いますよー。あはー」
 ギラギラと輝くような魔力を放つカレイドステッキ。
「ぁぁぁ。ルビーちゃん。お前は、お前というヤツはぁぁ!!」
 薫は今度こそ本気で泣いた。
「薫さんの疑問にお答えします! 私はマスターの願いを素敵に叶えるリリカルアイテム! よって凛さんの願い「お歌を上手に、そして私がナンバーワン!」を全身全霊で叶えて差し上げようと思います!!!」
「まて! それ違うでしょ。どこか違うよそれ違う!」
「そうですか、凛さん?」
「マジカルルビーに間違いなんて何もないわ。そう。遠坂のお歌はナンバーワン。私と薫で世界一。悪夢と現実が一つになるときが来たのね」
「なぜそこに私の名前が入ってるんですかぁぁああ!!!」
 座り込んだままでクラクラする薫をよそに、凛とルビーの気炎が上がっていく。
「行くわよルビー!!!」
「逝きましょう凛さん!!!」
 魔力みなぎるカレイドステッキを掲げる遠坂凛、横から見れば魔女っ子ステッキを笑顔で見せびらかす女の子。管理者凛。魔術師凛。それでいいのか遠坂凛?! ああ、薫の憂いはもう彼女には届かないのだった。
 そして凛とルビーは振り返る。言峰薫に微笑みかける。薫は思わず視線を外して後ろを見たりするのだが、当然そこには誰もいないのです。ぎぎぎと首を鳴らすように向き直ると、そこにあるのは凛の浮かべる満面の笑み、そしてキラキラと輝くカレイドステッキのお星様。
「えぇと。いってらっしゃい? えへっ」
 魂をすり減らして繰り出した薫の可愛い笑顔、それを受けた凛とルビーはうふふと嗤う。
「逝くわよ薫!」
 凛の左手が薫の手首をガシッと掴む! 食い込む指先、突き刺さる妖しい笑顔ビーム、ああ凛、やはり君はあくまです。
「行きましょう凛さん! 逝きましょう薫さん! さあ逝きますよー! 逝きますよー!! 逝っちゃいますよー!!! きゃぁぁぁあああ! 一人でイッちゃうなんて、薫さんのエッチィー!!!」
「だから誰がエッチだぁぁぁあああ!!!」
 ついに二人は公園に突入する。

黄金の従者#03カレイド・ツインズ公園デビュー後編

「ハァイ! みんなー。おまたせー」
 突如として響き渡った元気な声に、公園にいたご老人、サッカー少年達、ゴム跳び少女達、保育士と小さな子供達、そしてジャージ姿の高等部生徒達が目をやると、ドーム構造の大型遊具でこぼこ滑り台に少女二人が駆け上がる。
 ハァイと笑顔で愛想を振りまくツーテールの女の子は、右手に魔女っ子ステッキを振りかざす。その左手はもう一人の女の子を掴んで離さず、引っ張られている方の子は涙目なのが見て取れた。
 みんなは思う。ああ、これはあれだ。小さい子供の魔女っ子アイドルごっこで、ツーテールの子がノリノリ、手を引かれてる方が強引に付き合わされているのだと。
 かなり正確に事実を読み取る皆々様。真実の裏の裏まではさすがに見通せるはずもないですが。
 その生暖かい微妙な視線が注がれて、言峰薫は心の中で悲鳴を上げる。
(ぁぁぁ、見ないで。そんな目で私を見ないでぇぇええ! 違うんです! 私はそんな子じゃないんです! これはあくまの仕業です! 逃げて! みんな逃げてぇー!)
 ああ何という悲劇。薫は自由を奪われて、あくまのライブに強制参加しています。
 ご老人達の優しい視線が痛いです。お婆さん、お孫さんには変なステッキ買っちゃダメですよ。
 子供達のビックリした視線が痛いです。もうダメだ、学校で見たことある顔が混じってる。ボクも明日からアイドル(さらし者)だな、あはははは。
 小さな子達の喜ぶ視線が痛いです。おじょうちゃんたち、危ないから真似しちゃダメですよ。
 あきらめの境地に達していたその時、薫の耳が遠くからこだまするエンジン音を捕まえた。
 そして現れたのはサイドカー付きの大型バイク。
(うおおおお! お父さぁーーーん!!!)
 急停車したハーレーから颯爽と身を翻したのは教会の僧衣を纏った言峰綺礼。こちらを見るやいなや血相を変えて駆け寄ってくる。
 そう、彼こそは霊地冬木の管理者代行。魔術による怪異や神秘の漏洩を許すはずもない。
 ああ私は救われた。そして凛も救われた。この世界線において、私は凛を救ったのだ。凄いぞ私。そしてありがとう言峰綺礼。もう私は貴方をお父さんと認めます。ああもうお父さん大好き(はぁと)
 サイドカーから小さな王様ギルガメッシュが降りていた。ああ王様も来てくれたんですね。ありがとう王様。薫は一生王様にお仕えいたします。やはり子ギルはFateの良心。最古で最後のスイートハートです。今夜のディナーはテーブルいっぱいに料理を並べて極上のワインをお注ぎします。ああもう素敵です王様。なんでしたら「お兄ちゃん」と呼ばせていただきます。
「とうっ!」
 全力疾走で駆け寄った綺礼は大きくジャンプ、空中で二回転半ひねりをかましてギャラリーを飛び越え着地、二メートル近くドリフトターンを披露して停止した。
「「「うおおおお! すげえええ!!!」」」
 突然のアクロバットに歓声を上げる観客達。
 綺礼は僧衣の裾を大きく振り上げる。そして素早く三脚をセット、どこからともなくビデオカメラを取り出した。
「おまたせぇ。イェイ」
 三脚にカメラをセットし、スマイルで白い歯が輝く言峰綺礼。
(な・に・が・「イェイ」だバカ野郎ぉぉおお!!! そーだよ! お前はそういうヤツだ言峰綺礼! あああ信じた俺のバカ馬鹿ばか)
「良いタイミングだわ綺礼。これで私たちの伝説は永遠だわ」
「ルビーちゃんあの方、知ってますよー。凛さんのお父様のお弟子さんですよね? 1カメさんオッケー?」
「オッケー」
 親指をにゅっと突き出す言峰綺礼。なんだかガッツがみなぎっています。
(なにがオッケーなんだ1カメぇぇええ!!!)
 気力を削られ、魔力を抜かれた薫の抵抗力は低くなり、今や自由に喋ることも出来ません。でも視線は送ってます。そう、助けてくれ。と熱い視線を送ってるのです神父さん! どうして判ってくれないのです神父さん! なぜ嬉しそうにはち切れんばかりの笑顔なのです神父さん、言峰綺礼お前だよお前!
「2カメさーん。オッケーですかー?」
 2カメさん? 薫が何とか視線を向けると、小さな王様ギルガメッシュが一眼レフカメラをこちらに向けて、笑顔で手を振っていた。
(王様あんたなに手なんか振ってんだぁぁああ!!! 助けてぇぇええ!!!)
 絶望した! 小さな王様ギルガメッシュはFateの良心。言峰教会の善なる心であると薫は堅く信じていたのに! 裏切られた! ああもう何も信じられない。お願いです! 実家に帰らせてください!!(無理)
 心中で血涙を流す薫を尻目に、神父と王様はのほほんと会話をしています。
「ふむ、あれはカレイドステッキか? よし記録しておこう。くくくくく」
「いいんですか言峰? 薫泣いてますよ」
「大したことはなかろう。時臣師から聞いたことがある。あれは一種の変装アイテムで服を書き換える程度の物のハズだ。どうやら凛は魅入られているようだが意外だな。
 それにあれは女性限定の魔術礼装のはずだが、薫にも影響しているようだ。くくく。いやはや、少女の流す涙は美しい。そう思わないか? これは永久保存版だな。くっくっく」
「うわっ。やっぱり最悪ですよ言峰」
 だったら止めてくださいよ王様、どうして二人揃って楽しそうな笑顔なんですか? どうしてレンズ越しにこっちを見つめているんです? さあ、二人とも私の目を見てごらんなさい。
 操られて笑顔満面の薫だが、瞳は涙に濡れたまま。だって恥ずかしいもん。
「あはー。ギャラリー(犠牲者)も倍増。カメラさんも到着。マスターはノリノリ。ああもうルビーちゃんは幸福の絶頂です! さあいきますよー、いきますよー、いっちゃいますよー! きゃあぁぁああ!! だから薫さんのエッチィー!!!」
(だから俺は関係ねぇぇええ!!! せめてエッチなのは凛にしてくれ頼むから!)
 ずばっとステッキを振り上げる遠坂凛。光り輝くカレイドステッキのお星様。いっそ禍々しいとさえ言える強烈な魔力が収束し、魔術は奇跡を顕現する。
「いくわよルビー! 逝くわよ薫! コンパクトフルオープン! 鏡界回廊最大展開! デァ・シュピーゲルオルム・ヴィルト・フェアティッヒ・ツム・トランスポルト!」
 ビリビリと震える空気に公園の皆々様が、うぉぉっと声を上げる。しかし笑顔の凛とマジカルルビーは止まらない。ぴこぴこと羽ばたくカレイドステッキ。
「ヤー。マイネ・マイステリン! エフング・デス・カレイドスコープス・ガッター!!」
 キュートな乙女ボイスは公園に響き渡り、そして凜と薫は光のベールと閃光のパウダーに隠された。
 そして光がはじけ飛び、天下御免の魔法少女が降臨する。
「一刻も早く! 太陽よりも強く! ご町内の困った子供達にストロベリーな血まみれの愛を!」
 白いふさふさなネコ耳とネコしっぽを付けて、真っ赤なリボンと白のフリルをふんだんに使った恐怖の紅白ゴスロリ衣装となった遠坂凛がポーズを極める。
「焼き尽くせバーニングドラッグ! 激闘・ゴールデンエクセレント地上二千七百メートル!」
 黒いふさふさなイヌ耳とイヌしっぽを付けて、白いリボンと黒のフリルをふんだんに使い、なぜか赤い首輪を付けた白黒のゴスロリ衣装となった薫がポーズを極めた。
「「カレイドツインズ・公園デビュー! に、スカーレットスカッド、クロスファイヤー!!」」
 ちゅどーん。となぜか後ろで立ち上る赤い煙幕。
「「「うおぉぉぉぉおおおお!!!」」」
 ギャラリーから歓声と拍手が上がった。
 すげー、変身だよ変身?! なにこれドッキリ? 最近のオモチャは凄いねぇー。冬木ローカルネットのゲリラ撮影? 遠坂さんと言峰さんアイドルになるの?

 ……歓声の中に明らかに自分と凛を知っている者のセリフを聞いて、薫は静かに涙した。

「みんなー。今日はわたしの為に集まってくれてアリガトー!」
 凛は笑顔でなんだかとっても楽しそう。そして綺礼とギルガメッシュも嬉しそう。ああ薫の涙が止まりません。
 期待のこもったギャラリーの視線を受けて、ネコ耳ゴスロリ衣装の凛は笑顔と気合で見得を切る!
「愛と正義(ラヴ&パワー)のペットあにまる魔法少女カレイドツインズ。ステキで無敵なご主人様を追いかけて、あなたの上でノリノリよ!!」

 ……ひゅぅぅぅぅうううう……

 風が吹きました。ええ、冷たい風です。後日、あの日を記憶する少ない証言者は言った。

 ニコニコと極上の笑顔を振りまくゴスロ凛。小刻みに振動しながらなぜか喜んでいそうなカレイドステッキ。やはりぷるぷると震えながらもレンズを向け続ける1カメさんと2カメさん。
 でも観客の皆さんは真っ青になって目と口でOの字を形取ってステージとなったドーム遊具を見ています。
 そして薫は凛の隣で笑顔です。でも聞いてください皆さん。これはフェイクです! 私は笑ってなんかないんです。人間、大人になると苦しいときに笑うんです。ああそこのおばあちゃん、ハンカチで涙を拭かないでください。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
 心中で必死に謝罪を繰り返す薫をよそに、ルビーと凛は止まらない。
「ぷぷぷっ。つかみはオッケーですよ凛さん! さあ焦土になるまで絨毯爆撃。一人も逃がしちゃダメですよー。あはー」
「オッケールビー。核シェルターでも逃がさない。それが愛。それが正義ね」
(あああああ! 誰か、誰か衛宮士郎を呼んでくれぇぇぇえええ!!!)
 禁断の救世主を思わず求める薫だが、残念。彼はここにはいないのです。

 ちゃららららら〜ん、ちゃ〜ららららららら。
 カレイドステッキの小さな宝石が点滅すると、どこからともなく軽快な音楽が流れてきます。
 凛、そして疲れ果てた薫の体がリズムに合わせてふりふり踊る。ひらひらと舞い上がるフリルとたなびくリボンが愛らしい。
 観客の硬直が解けていき、辺りを見回しながらこちらに視線を戻してくれます。ああ皆さん。どうして逃げてくれないんですか。
「「ショート・ケーキにイチゴを載せてー(GO! GO!)今日もラヴ、ラヴ。ら・ぶ・パワー(UP! UP!)」」
(げふぅっ!)
 見た目はノリノリで歌って踊る薫だが、内面では大ダメージを喰らっていた。むごかった。辛かった。たった八小節で少女チックなお歌は、その破壊力で薫の精神世界にひびを入れる。
「「好きなあの人追いかけてー(Let's go!)わ・た・し可愛いストーカー(NO! NO!)」」
(ストーカーは、犯、罪、だ……。ごふっ)
 もはや耐えることの出来ない薫の精神は、暗闇の中に転落した。

 故郷を離れ幾星霜。戦いに疲れ追っ手を振り切り、逃亡の果てにたどり着いた最果ての地。呆然と立ちつくす薫の面前には、生命の息吹を感じない荒野が広がっていた。
「ここは?」
 もうろうとした意識でつぶやき、しゃがみ込んだままで空を見上げた薫の顔が、ビキッと音を立てたかのように固まった。
「「「夢のマジカル星へようこそぉぉおお!!!」」」
 雲をかき分け砂塵をはね除け、山より巨大なカレイドステッキのヘッド部分が逆さまに浮かんでいる。ごごごごご。唸る風、震える大気。あまりの悪夢に薫の心は崩壊寸前、よだれ垂らしていいですか?
「「「よくぞここまでいらっしゃいました薫さん! あと一歩! あと一歩ですよ、あはー」」」
 そうか、あと一歩なのか。なんだかもうどうでもいいかな。楽になっても良いですよね。
「ここ、どこ、です、か?」
 それでも薫は気力を振り絞って問い質す。混濁する意識、かすむ視界。でも何かを憶えてる。
「これはいけませんねー。ちゃんと自我を保っていただかないとマスターになっていただけません」
 ふと見ると、薫のすぐ横に普通サイズのカレイドステッキが浮いていた。空を見るとそこにはもう巨大ステッキは存在してはいなかった。
「大丈夫ですか薫さん? ルビーちゃん、やりすぎてしまいました。凛さんの願いを叶えてお楽しみいただいておりますが、どうやら凛さんと薫さんでは「楽しみ」の方向性に差異がありますようでして、薫さんの乙女ハートに負荷が掛かってしまったようです。申し訳ございません」
 くにゃりと曲がって頭(?)を下げるカレイドステッキのマジカルルビー。
「え? あ。そうだ、思い出す、出して……。大丈夫、はっきりしてきた」
 くらくらするももの薫の意識ははっきりする。
「ここはどこです? 凛は?」
「まあまあ、落ち着いてくださいまし薫さん。ここは夢のマジカル星。と言いたいところですが薫さんは限界寸前なので正直に申し上げます。ここは人工天然精霊マジカルルビーの心象世界、ルビーちゃんの心の中です。仮契約でのお助けモード(洗脳支配)状態の薫さんは失神してしまいまして、連結連動にて優位にある私の精神世界に薫さんの精神が引っ張られてしまいました。薫さん? 聞こえてますか?」
「固有結界?」
 呆然と薫は呟き、ルビーはなんだー、知ってるじゃないですかー。ちょっと違いますけどねー。と羽をぱたぱたさせる。
「それにしても薫さんは博識ですねー。凛さんが思っているよりずっと優秀です。もう凛さんってば先生なのにうっかりさんです。ルビーちゃんはぷんぷんです」
 ルビーが何か言っているが薫はそれどころではなかった。
「固有結界」自身の心象世界、つまり自分の心の風景や心の形を現実の空間に投射し、現実を塗りつぶして限定空間での支配者となる大禁呪。Fateにおける究極の魔術に今、自分は触れているのだ。だが、
「……判らない」
 絞り出すかのような声で薫は呟いた。判らなかった。何がどうなっているのか判らない。何が特別なのか判らない。どこに魔力が作用しているのかすら判らなかった。
「薫さん? どうしかしましたか?」
「え? ああ何でもないです。ところでどうすれば良いんですか私?」
 どうしようもない。最高の素材を目の前にしていても、それを理解もできなければ使うことも出来ないのだ。悔しいことこの上ないが、世界に充満するこの感じだけは憶えておこう。
「どうもしなくていいですよー。今この瞬間でも現実の薫さんは、凛さんと一緒にノリノリですからノープロブレムです! 見てください。それっ!」
 カレイドステッキがくるりと回ると、空一面に公園の風景が映し出された。
 その中央には歌って踊る二人の少女、遠坂凛。そして自分こと言峰薫である。
「あああああ! まだやってるぅぅうう!!」
 頭を抱える薫の横で、ステッキはえっへんと胸を張る。
「お二人のサポートのため機能限定、映像オンリーですがこのようにですね、お二人は今もノリノリ! ギャラリーの皆さん、魂が逃亡寸前ですよ。あはー」
「ぬぁぁああ! もうやめて! もうやめましょうルビーちゃん! お歌はもう十分でしょう?!」
 泣きつく薫にルビーはそっと手を触れた。
「判りました。判りましたよ薫さん」
「判ってくれましたかルビーちゃん。ありがとう! 本当はやさしい精霊、それがマジカルルビーなんですね?!」
「当然ですよ薫さん! という訳でボクシングにしてみます!」
「は?」
 あんぐりと口を開けて呆然とする薫。ルビーはビシッと空を指してこう言った。
「振り付けチェーンジ! ステキに可愛いボクシングモード!!」
「なんだそりゃぁぁああ!!!」
「見てください薫さん、お二人は今、フリッカージャブのモーションをしています!」
 空に映る映像の中、凛と薫はくの字に曲げた左腕をぶんぶんと振り子のように振っていた。なお、もちろん笑顔です。
「どこがフリッカーだぁぁああ!!!」
「えー? 可愛い振り付けで油断させて死神の鎌のような鋭いジャブを放つんじゃないんですか? あ! 見てください! 次はガゼルパンチですよ!」
 凜と薫はしゃがみこみ、笑顔で大きくジャンプする。
「ぎゃあああああ!!! おへそが! おへそが見えてるぅぅぅううう!!」
「見事です薫さん! まさか七歳にしておへそを使った攪乱殺法を使うとは! ルビーちゃん脱帽ですよマイマスター!」
「違う! 違うンだぁぁああ!! やめてぇぇええ!!!」
 ごろごろと地面を転がる薫。
「来ました! 薫さん! 次はキメ技、デンプシーロールですよ!! これは大技です!」
 もう一度、失神したいと想いながら顔を上げた薫が見たものそれは。

 恥ずかしそうにもじもじとしながら頭を横8字に動かすぶりっ子(死語)チックな自分だった。

「もしもし? 薫さんもーしもーし」
 横に倒れてピクピクと痙攣する薫を、ルビーは羽で突く。しかし薫は返事をしない。もうダメかも知れません。
「ああどうしたことでしょう。やっと見つけたマスター登録者を失ってしまうだなんて、なんて可哀想なルビーちゃん。よよよ」
「可哀想なのはこっちだぁぁああ!!!」
 羽をまるで着物の裾のようにして、ステッキヘッドの涙を拭う素振りを見せるルビーに、薫は泣きながら蹴りを入れた。あーれーと転がるが、すぐに戻ってくるステキなステッキ。
「酷いじゃないですか薫さん、ルビーちゃん貴方に何かしましたか?」
「しまくりじゃねーかこの野郎! いーかげんにしねーとキレまくりだぞこんちきしょー。うう、男なのに、男なのに何だよあれは、酷い、酷いよ。ぁぁぁ。め、目まいが……」
 体力は朝からギリギリ、気力も尽きて魔力も抜かれた。抵抗力が落ちていく。薫の心がひび割れる。そしてこの時こそがルビーが待ちに待ったタイミングだった。
「大丈夫ですよ薫さん。だって貴方は「女の子」じゃないですか?」
 悪魔の杖が、少女薫にやさしくささやく。
「女の子?」
 ふらふらしながら薫が見るのは、ぶおんぶおんと妖しく光るお星様。カレイドステッキのお星様。
「そうですよ。薫さんは女の子です。だから可愛くってもいいんです。歌って踊っても良いんです。おへそを見せても良いんですよ。だって小さな女の子ですから。いいに決まっているじゃないですか、そうでしょう?」
 とろけた目をした薫の顔がへらっと笑う。
「そうかぁ、女の子は可愛くってもいーですよねー」
「そうですよ薫さん。女の子は可愛くっても良いんです。むしろ可愛さを追求せずして何が女の子でしょうか。そして薫さんは女の子ですよ、だから可愛くってもいいんです。女の子ですから」
「そうかぁ、私は女の子だから、可愛くってもいいで、す、よ、ね、」
 そうですよ、あはー。などとカレイドステッキの声がする。意識朦朧となった薫。でも何か憶えてる。それはきっと大事なことだ、だけどそれは多分、女の子でも大丈夫。いや自分は何を考えているのだろう。抵抗力が落ちていく。もうダメだなと自分でも判ってしまった。
 だからこれはごめんなさい。自分の中でごめんなさい。
(ああアニキ。もうダメだアニキ。ランサーの兄貴。俺は強くなって貴方と組んで、貴方をアニキと呼・び・た・かった……げふうっ)
 この時、何か大事なものが、薫の中でぼきっと音を立てて折れた。

「げふっ」
 夢幻空間で薫が吐いたと同時に、現実空間の薫もゲロを吐き出した。勢いよく吐き出されたそれは服を汚し、びちゃりと音を立てて薫の足下にしたたり落ちる。
 観客の一部から、うっと声が上がるがそれも一瞬のこと。カレイドステッキがさっと一閃されると、吐瀉物は夢のように消え去った。
「薫はどうかしたのかしら、ルビー貴方はどう思う?」
 今だ洗脳状態の凛だが、それでも歌と踊りを中断してマジカルルビーに問いかける。
「んー、これはいけませんねー。残念ですが次の一曲でラストにしましょう。いけますか薫さん?」
「大丈夫ですよ凛。ルビー。私たちのライブはこれからです。日が暮れだしたら夕焼けライヴ。日が沈んだらナイトライヴ。夜が更けたらオールナイト。魔女の宴は夜がたけなわ、一人のお客も逃がさない」
 虚ろ瞳、顔色の悪い仮面のような笑顔でそれでも薫はポーズを極める。
「あー。これは本当にいけませんねー。凛さん、申し訳ありませんが、」
「「そこまでだ」」
 観客側から感情を押し殺した男の声がして、凜と薫、そしてルビーが下を見やるとそこには煙が立ちこめ、観客達が倒れ伏していた。
 立っているのはわずかに二人。
「あれー? 1カメさーん?」
 1カメさんこと言峰綺礼の顔にはすでに笑みはない。カメラを放置し、冷たい視線を向けながら一歩一歩近づいてくる。
「2カメさーん? って、ひぃぃぃぃいいいい!!!」
 問いかけたルビーが見たものは、いつの間にか子供から大人になった金髪紅眼の青年だった。
 その手にした香炉からは甘い香りの煙が立ち上り、それがまるで人を絡め取るかのように蠢いている。よく見ると倒れた人達の目は閉じてはいない。しかしその目が現実を映していないことは明白だった。
「ふん。道化師の小道具がどんな芸を見せるかと思えばなんだこれは? この我(オレ)の従者を傀儡にしたあげく吐かせると何ごとだ」
 金髪紅眼の青年の手から香炉がこぼれ落ちて地面に落ちた。そして青年は香炉を自ら踏みつぶす。
 ひぃぃぃぃ。青年の浮かべる怒りに歪む笑みに、さすがのルビーも恐怖する。
「所詮、雑種が作ったくだらぬ玩具ということか、我(オレ)の民に手を出した罪、極刑に値する。持ち主もろとも砕け散るがいい。そこを動くな」
 笑みに歪んだ憤怒の凶相を浮かべるギルガメッシュも歩みを進める。
「な、な、なんですか、あの方は?! 特に大人になった2カメさん。あの方は人間じゃありませんね! 薫さん薫さん?! あのあのあの方達はどなたです?」
 びびりまくったマジカルルビーに、薫が平坦な声で応える。
「神父は私の養父、言峰綺礼。遠坂凛の後見人。聖堂教会の元代行者。魔術師相手のいわば殺し屋」
「どんなお父様ですかそれは! あはぁぁああ!!」
 さすがのルビーちゃんも泣きが入ってます。
「もう一人はサーヴァント・アーチャー。私が仕える世界最古の英雄王。金色に輝く、黄金のギルガメッシュ」
「サーヴァントって、聖杯戦争システムのあれですか?! でもこの前やって終わってますよね? まさか残ってるんですか?! そうなんですか?」
「王様は私を助けて、私は王様の従者になって」
「薫さんは英霊さんの従者さんですのぉぉぉおおお!!!」
 くるりとヘッドを回転させると、ギルガメッシュはニヤリと嗤ってカレイドステッキに視線を合わせた。
「ああああ! ルビーちゃんピーンチ!! まずいですますいですよ凛さん! 怒ってます。あれは怒ってますよ、あああ」
「大丈夫よルビー。私と薫とルビーがいれば、敵も味方もすぺぺのぺ。さあ手早く片付けて、次のライヴに出かけましょう」
「だ、ダメですよ凛さん! あああ、せっかくマスター認証が出来たのに、二人もマスターになっていただけそうな方に出会えたのに、薫さんの魂が女の子であることを受け入れてくれたのに、ルビーちゃんはルビーちゃんは、」
「「なに?!」」
「え?」
 恐怖に震えるルビーが驚愕の声に振り向くと、綺礼とギルガメッシュが目を見開いてお互いに視線を交わしていた。
「お前はカレイドステッキの精霊だな。私の名は言峰綺礼。先代の遠坂当主、遠坂時臣に師事し凛の後見人でもある。そして言峰薫の養父だ」
「薫さんのお父様、ご挨拶が遅れました。私、カレイドステッキの機能、指針、気持ちを代弁する人工天然精霊マジカルルビーと申します。どうぞルビーとお呼び下さい。それとそちらの方は薫さんがお仕えするギルガメッシュ様で宜しいですか?」
「……玩具風情が我(オレ)に話しかけるとは何ごとか?! 玩具は玩具らしく、ただ人に使われていれば良いのだ」
「申し訳ありません。申し訳ありません」
 小刻みに震えるカレイドステッキに、しかし二人の男はにこやかに語りかけた。
「「で、薫が女の子であることを受け入れたとはどういうことだ?」」
「は?」
「は? ではない。玩具、貴様は只、我(オレ)の問いに答えればいいのだ。応えぬなら疾く磨り潰すぞ!」
「はぃぃいい! それはですね、かくかくしかじか、うんぬんかんぬん。
 という訳で、薫さんの魂は今だ男性のそれですが、同時に女の子であることも受け入れています。肉体は女性ですので心も完全に女性化するのは時間の問題となりますねー」
「「くくくくく。ぷぷぷぷぷ」」
 ルビーの説明を聞いた言峰綺礼は自分の顔面を鷲づかみにして笑いをこらえ、ギルガメッシュは顔を逸らして体を震わせている。
 そしてぐわっと体を寄せてルビーを握った凛の両肩を、ばん! と叩く。
「「よくやった! わはははははははは!!」」
 笑い転げんばかりの綺礼とギルガメッシュに、ルビーはくねくね曲がって???とボディーランゲージ。しかしそれをくみ取るものはこの場所にはいないのだった。

「あれ?」
 地面がゆらゆら揺れている。違う。揺れているのは私の方だ。薫は意識を取り戻すと、自分が誰かに背負われているのを理解した。
「気が付いたかカヲル。王である我(オレ)に背負わせるとはけしからん従者だ」
「えええ?! お、王様ぁ?!」
 薫を背負って歩いているのは大きな王様ギルガメッシュ。見渡せばここは新都だ。遠くには言峰教会が見て取れる。深山町からここまでを王様の背中で運んでもらった?
「すみません王様、もう大丈夫ですからどうぞ降ろしてください! あれ? 動かない?!」
 手が動かない、脚もぶらぶらするばかり、首も満足に力が入らず王様の背中に頬を付けたままで離せない。
「おとなしくするがいい。綺礼が何やら処置をしたが、霊体肉体そして魂にまで負荷が掛かっていたと言っていたぞ。なに、民をすくい上げるのも王の役目だ。そして貴様は我(オレ)の従者、只一人の我の民だ。我が背中にその身を預けることを特別に許そう」
「……ありがとうございます王様」
 日が暮れた街、薫を背負ったギルガメッシュは歩いていく。
「王様」
「何だ? カヲル、今日は特別に我(オレ)が寝所まで運んでやる。お前は動けぬのだ。おとなしくするがいい、いっそ寝てしまうが良いぞ」
「王様、弱いっていやですね」
「ふん、我(オレ)は弱い者の気持ちなど判らぬ。王たる我は強くならねばならなかった。そして常に強くあったのだ。カヲル、貴様も我(オレ)の従者なら強くなるがいい」
「そーかー、強くなればいいんですよね。じゃあ私、頑張って強くなりますね。……王様より強くなってもいいですかぁ?」
「ハハハハハ。この我(オレ)よりも強くだと?! ハハハハハハハ。良いだろう。目指してみるがいい。流石は我(オレ)の従者だ! その不敬、特別に許すぞ。無様に足掻くがいい、泥の中をのたうつがいい。それでもなお強くなろうと願うなら、いつの日か我(オレ)の宝をくれてやる。ん?」
 背中を振り向くと、薫は再び眠りこけていた。ギルガメッシュは少女を背負い直し、そして教会へと歩き続けた。

 次の朝、今年の梅雨は明けたのか、明るい光が差し込む言峰教会居住棟。
 そのキッチンからごきげんな鼻歌が聞こえます。
「……おはようございます王様、おはようございますおじさま」
 あちこち痛む体を引きずって降りてきて、引きつった顔で挨拶するのは薫です。テーブルには綺礼が手を組み祈り、大きな王様がふんぞり返ってワインを飲んでるいつもの風景。
 さあここで問題です。台所から聞こえるキュートな乙女ボイスはどちら様?
「おまたせしました。朝のスープとライ麦パンですよ。あはー」
 正解はルビーちゃんでしたー!!
「ちょっと待てぇぇええ!!! なんでここにいるんですかルビーちゃん?!」
「おはようございます薫さん。同志キレー。同志メッシュー。どうぞ召し上がれ」
「まてぇぇえええ! なんだその奇天烈な呼び方はぁぁああ!!」
 我関さずと配膳を続けるルビー。それを笑顔で受け取る神父様と王様。薫にはワケが判りません。
「すまないな同志ルビー。ほうこれは美味そうだ。どうした薫、席に付け。ああ、食前の祈りを忘れないようにな」
「ハハハ。美味そうであるな。褒めてつかわすぞ同志ルビー」
「いえいえ同志メッシュー、同志キレー。さあさどうぞ召し上がれ。薫さんも冷めないうちに召し上がってくださいね。ルビーちゃん頑張ったんですよー」
 ぴこぴこと羽を動かすカレイドステッキ。
「おじさま! これは一体どういう事ですか?!」
 詰め寄る薫だが、言峰綺礼は涼しい顔だ。
「何、お前が気にすることはない。我々は新たな同志を迎えた。それだけだ」
「それはもしや薫で遊ぼう同盟だったりするんですかね、おじさま? 王様? ルビーちゃん?」
「「「なんのことかな」」あはー」
 一斉に視線を逸らす皆様に、薫の忍耐(対石化セービングスロー)が一瞬でレッドゾーンに突入です。
「ああもう! こいつらは! この人達は! んもぉぉおお!!」
 胸をかきむしる薫に、綺礼&ギルガメッシュと+1は声をかける。
 まず最初は言峰綺礼。
「何をやっているのだ薫。お前の体はまだ回復していないのだ。今日は学校は休んで大事をとれ。なにせ女の子だからな」
「確かにあちこち痛みますし頭も何だかクラクラしますけど、」
「カヲル。まずは休むが良い。なにせ女の子であるからな。ハハハ」
 薫の言葉を遮るように、ギルガメッシュが割り込む。
「いや、えーと、じゃあ休ませていただきますけど、なんか引っかかるんですが」
「いけませんよ薫さん。女の子ですからね。さあお母さんが一緒に寝てあげますから、良い子にしてくださいねー」
「誰がお母さんだぁぁああ!!! く、め、目まいがするぅ」
 ふにゃあと机に突っ伏す薫の背中に、綺礼が優しく手をかける。
「薫。女の子のお前が乱暴な言葉遣いをするのは父として許し難い。もっと可愛く、もっとキュートにいこうじゃないか。くっくっく」
「おじさま、何言ってるんですか?」
 なんか変だぞ言峰綺礼。
「そうだぞカヲル。貴様は王である我(オレ)の従者だ。優雅かつキュートなレディーを目指すが良いぞ。ハハハハ」
「いや、そう言われましてもですね」
 綺礼とギルガメッシュの笑顔が怖い。威圧感はなぜか感じないのだが、もっとこう危険な感じがするのです。
「「「薫・カヲル・薫さん」」」
 そうか、そうなのか。自分に注がれる笑顔と視線を受け止めて薫は、あははと笑います。
「「「ゆーあー、ぁ、りっとるがーる。おーけー?」」」
「いぇーす、あいぁむ、ぁ、りとるがーる。……もういいです、もう諦めました」
「「「おおおおおお!!!」」」
 歓声を上げる綺礼、ギルガメッシュ、そしてルビー。ガッツポーズを見せハイタッチを極める三人(?)そしてそれを見ながら涙する薫。

 とりあえず。

 薫は一週間、自分の部屋に引き籠もり、凛が見舞いに来ても顔を見せることはなかった。
 耳を澄ませば「ぐすっ、ひっく。今回は犠牲者一人じゃないもん」とか「見てろよ、絶対に裏切ってやる。しくしく」とか「壊す、いつか壊してやるからな電波ステッキめ」
 等という薫の声が聞こえて、綺礼とギルガメッシュがドアの向こうで腹筋を痙攣させていたりしたのです。そして、

 ーー 凛と薫のお友達ネットワークがリセットされました ーー

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あとがき

 マジカルルビー。私は君が嫌いになりそうだったよ!
 という訳でかなりの難産でした。書いても書いても気に入らない。壊れ方がキャラのカラーと一致しない。描写がイメージを表現できない。など苦しみまくりの一作です。
 それでもなんとか書き上げたので、自分としては気に入っていると言えるものにはなりました。
 でも、好き嫌いは分かれるのではないかと思います。はい。
 しかし前編とその前のおまけ、そして今回のこれで一話の予定だった初期プロット。無謀でした。反省。
 そしてプロットを途中で変えた物語の組み直しがこれほど大変とは……。勉強になりました。
 SSを小出しに発表する作家さん、私は貴方を尊敬します。

次回予告:炎。泰山へ行こう+@(仮)
 マーボー豆腐を食べに行こうというお話です。今度こそ軽く、短く、読みやすく!
(そしてまた長くなるんだろうなと思う私です)
2007.10/5th

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おまけのおまけ

カヲル:こんにちわ「薫ちゃんのミニミニ王様講座」私、言峰薫と。
子ギル:こんにちわ。ギルガメシュ叙事詩を学んで、ボクのことを知ってくださいね。
カヲル:今日は小さな王様。サーヴァント・アーチャー・ギルガメッシュでお送りいたします。
子ギル:それでカヲル、何を取り上げるのですか?
カヲル:はい、今回は「ギルガメシュ」を説明させていただきます。
子ギル:それはボクの名前ということですね?
カヲル;その通りです。Fateやその他ゲームやアニメでは、多くの場合「ギルガメッシュ」となっておりますが、これは一種のサブカルチャー用語みたいなものであり、学術的には「ギルガメシュ」が正しい。と思って下さいませ。
子ギル:へぇ、まぁボクはゲーム中の存在ですからギルガメッシュでも良い訳ですね。
カヲル:ギルガメシュは紀元前二千六百年ごろ、シュメール(メソポタミア)の都市国家ウルクを治めていた実在の王だとされています。その存在が後の世で、と言っても紀元前二千四百年頃には既に伝説となり、神格化されて物語の主人公になったようです。
子ギル:後生の歴史書、シュメール神話の神名一覧、ギルガメシュ叙事詩のそれぞれに、ボクの名前が読み取れます。
カヲル:ギルガメシュ叙事詩が有名になったのは、十九世紀にアッシリアの遺跡で発掘されたものの記述に、聖書の洪水伝説のオリジナルともとれるものがあったためで、これが話題になりました。
子ギル:また、当初は神話扱いだったのですが、その文学性の高さが評価されて「叙事詩」と呼ばれるようになったんですよね。
カヲル:ちなみに「ギルガメシュ」とは古代バビロニア語より以後の発音であり、本来のシュメール語では「ビルガメシュ」と発音したらしいです。
子ギル:ビルガメシュの意味を紐解くと「老人が若者である」となります。
カヲル:参考までに言いますと、ギルガメシュ叙事詩の三大テーマは「友情や異性を知ることで子供は大人になる」「自然破壊を行うとしっぺ返しがくる」「人は必ず死を迎える」であると分析されています。
子ギル:あはは。四千年以上の時が流れても、人はあんまり変わってないってことですかね。それにしてもどうしてギルガメシュがギルガメッシュになったんですか?
カヲル:それはよく判りません。日本人の舌にはギルガメッシュの方が馴染むのかも知れませんが、少なくとも第二次世界大戦より前は「ギルガメッシュ」という読み方はしていなかったようですし、アニメ創成期にはちゃんとギルガメシュと読んでいるのですが。まあ、日本人はその辺かなりいい加減で、有名な王様でも無茶苦茶な読み方してたりしますので、なんともはや……。
子ギル:へぇ、ボク以外の王様で有名な人ですか?
カヲル:トゥウトゥ・アンク・アメンという王様が有名です。意味は「太陽神アメンの姿に似てる者」です。
子ギル:??? その王は日本で有名なんですか?
カヲル:とぅうとあんくあめん、とぅーたんくあめん、とぅーたんかーめん、ツタンカーメン。と一般では呼ばれています。
子ギル:待ちなさい! それはもう連想ゲームでしょう?! それで良いんですか日本人?!
カヲル:それでは今回はこの辺で。
子ギル:うーん、日本人って、一体……。

 ーー フェードアウト ーー

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