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黄金の従者04泰山に行こう! 魃さんの中華料理講座

 霊地冬木、とある小さな商店街を二人の男が闊歩する。
 一人は神父。百九十を超える長身は教会の僧衣で包まれていて、商店街とはミスマッチ甚だしいことこの上ない。しかしこの男、すなわち言峰綺礼は投げかけられる視線を分厚い面の皮で跳ね返しながら、悠然と歩を進めていく。
 綺礼の横に並ぶのは金髪紅眼の青年だ。梅雨も過ぎて夏の気配が強くなってきたこの頃に相応しく、スポーツカジュアルで全身を着飾っている。そして自身の存在を以て、ちりばめられた装身具に負けないリッチな輝きを放っていた。
「この我(オレ)をこのようなひなびた場所に連れてくるとはけしからんな。綺礼、貴様マスターだからと図に乗っているのではあるまいな?」
 金髪紅眼の青年、即ちギルガメッシュは綺礼に毒づくが、しかしそれほど険悪な雰囲気でもない。
「まあ待て、あらゆる贅をむさぼり尽くしたお前ですらも知らぬ究極の味。今日はそれを食わせてやる。人類の進歩、そして時代の流れ。それをお前は知るだろう」
「ハハハハハハハハハ。大きく出るではないか! 綺礼、そこまで言っておきながら詰まらぬモノしかださぬ店なら、我(オレ)は只ではすまさぬぞ?」
「言っておくが今日の外食は薫のセッティングだぞ? ふっ。いつの間にやら私の好物を知られていたとはな。大方、凛に聞いたのだろうがさて薫がどんな顔をするのか楽しみだな。ククク」
「そうであったな。従者たるカヲルの薦めとあっては、王たる我(オレ)は拒めぬからな。せいぜい期待させてもらおうではないか」

 冬木市は開発の活発な新都と、昔ながらの町並みが残る深山町の二つの地区に分けられる。
 二人が歩くこの商店街は深山(みやま)町。
 深山町の海側には昔からの日本家屋が多くある和風な町並みが見て取れて、山側には外国からの入植者達が築いた洋風建築が立ち並ぶ。
 そんな深山町の中央交差点、そこから少々外れた小さな通りにお店が集まる場所がある。
 そこが「マウント深山商店街」新都のショッピングセンターは深山町からは遠いので、今でも深山町民に愛され利用されているバリバリ現役、活気ある商店街だ。
 八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、揚げ物屋さんにはお総菜も充実してます。お花屋さん、ケーキ屋さん、その他色々。遊興施設こそ皆無であるが、住人達の生活と飢えた胃袋を支えるのに支障ないだけの充実した店揃い。昔気質の店主達が切り盛りする暖かみのある商店街です。

「ここだ」
「ふん、小さい店だな。だが鮮やかな赤と金で店を飾るのは良しだ」
 立ち止まった言峰綺礼。その向こうには一軒の中華料理屋、客商売だというのに昼からカーテンが閉め切られていて、これは一見さんでは近寄りがたいのではなかろうか。もっともそんな事で気後れする神父と王様ではありません。二人は店に入っていく。

 その店の名は「紅洲宴歳館・泰山」という。

Fate/黄金の従者#04 泰山へ行こう! 魃さんの中華料理講座

「いらっしゃいアルー!」
 店に入った二人を出迎えたのは女の子、もとい小柄な女性です。
 半袖のチャイナドレスを着て前掛けを締め、頭の左右で髪をシニョンでお団子にまとめた彼女こそ、ちびっ子店長と名高いこの店の主、魃(ばつ)さんその人である。
「綺礼ひさしぶりアル、時臣サンのこと聞いたあるよ。お得意さんでいい人だたのに残念アルね。凛ちゃん今日はいないあるか? ワタシ美味しいものいぱい作るから今度連れてくるよろし」
「今日は教会関係の客人がいるのでな。次には凛も連れてこよう」
「それが良いあるよ、薫ちゃん奥にいるアルね」
 綺礼とギルガメッシュが目をやると、薫がこっちで〜す。と手を振っていた。
 二人が歩み寄ると薫は立ち上がって二人のために椅子を引く。それを見た魃さんは、お冷やを配りながら感心した声を上げる。
「薫ちゃん良い子あるな〜。こんな可愛い子が綺礼の隠し子なんてワタシ信じられないアルよ」
「いや店長さん。それ違いますから。養女です養女。引き取っていただきまして娘にしていただきましたが、血は繋がっていませんのでそこんとこヨロシクです」
「くくく、何を言うか我が娘よ。笑った顔などそっくりだと信徒の皆様の間で評判だぞ」
「うそつけ」
 満面の笑みの綺礼と、引き攣った笑みの薫がにらみ合う。
「アイヤー。ワタシ綺礼がこんなに楽しそうに笑うのはじめて見たアルね。仲が良いのは良いことネ!」
 ええ〜、と嫌そうな顔をするのは薫ちゃんです。綺礼はその横でニヤニヤしています。
 椅子に座り、例によってふんぞり返っているギルガメッシュに、ちびっ子店長はサッとメニューを差し出した。
「好! はじめましてアル! ワタシこの店の店長の魃(ばつ)アルよ。アナタ教会にいぱい寄付する立派な人、中東から来た王様だて薫ちゃんから聞いたアル。腕によりをかけた美味しい中華、しっかり味わう良いアルよ。ワタシ王様に料理作るの初めてアルから光栄ね!」
「ハハハハハ光栄か! そうであろうそうであろう。店主、貴様に我(オレ)が食す料理を作る栄誉をくれてやる。よし、全てのメニューを持ってくるが良い」
 いきなり炸裂する王様節。そして椅子からずり落ちる薫。
「お、お待ち下さい王様。それは絶対に食べきれません」
「ん? 何を言っているのだカヲル? ああ、お前は王の食事というものを知らぬのだな。良いかカヲル、国を治める王たるものの食事、それが貧相なものであってはならぬのだ。東西南北より集めた食材を用い、常に豪勢な宴を用意させるのが民の上に君臨せし王の務めでもあったのだ」
「なるほど、王様スタイルというやつですね? そういえばトルコ……オスマン帝国? の皇帝だか王様だかが、テーブルいっぱいに料理を並べて、食べたいものを食べたい分だけ摘んで食していたと聞いたことがあるような?」
「それよ! それこそが王の食事というものだ! うむうむ、我(オレ)に断りもなく王を名乗るとは不届きではあるのだが、王の食事を嗜むほどには知能を持つ雑種もいたか」
 あいやー凄い王様ぶりあるなー、などと言って驚く魃さんに背を向けて、薫の冷や汗が止まらない。そんな薫を眺める言峰綺礼の含み笑いも止まりません。憶えてやがれこんちくしょー。
「あー。なるほど、それが王の食卓というものですか。憶えておきます。しかし今日の所は私に免じて「飲茶、四川料理いろいろ、デザート」でお願いしたいのですがいかがでしょうか? もちろんテーブルから溢れる位のボリュームはありますので、はい」
「まあよかろう。店主、疾く用意するがよい。言っておくが、詰まらぬモノを出せばこの小屋のような店など吹き飛ぶぞ?」
 凶暴な笑みを浮かべるギルガメッシュ。しかしちびっ子店長さんは負けじと笑みを浮かべて言い放つ!
「上等ネ! 中国三千年の英知の結晶、中華料理の神髄をこれでもかて見せてやるアルよ! ヒィヒィ言わせてやるから覚悟するアル!!!」
「ハハハハハハハハハ。よしよし。王たる我(オレ)に対して臆せぬその矜持、まずは褒めてやろう。魃と言ったな? せいぜい我(オレ)の舌を楽しませるが良い」
「ふふふふふ。腕が鳴るアル。私の十字鍋が火を噴くネ!!!」

 王様とちびっ子店長のバックに龍と虎を幻視して、薫はちょっと目まいがしました。

 魃さんの手によってテーブルに次々と点心が並んでいく。
 透き通った皮のエビ餃子、茶巾状のシュウマイ、薄生地の皮で肉とスープを閉じた小龍包、きつね色に揚げられた春巻き、お好み焼きのような葱花餅、揚げワンタン、ローピン(肉餅)、ターリャン(棒状の焼き餃子)、水煎包(焼き饅頭)、大根餅、そして肉まんと野菜まんも並べられた。
 さらに魃さんが往復すると、たちまちテーブルがいっぱいになる。
「王様に説明アルね! 中華料理の食事はまず、洋食のメインディッシュや和食の大皿料理にあたる「菜(ツァイ)」そしてスープ料理の「湯(タン)」があるネ。点心(テンシン)言うのはそれ以外の料理を指す言葉アルよ。細かいこと言えば色々アルが、元は食事の間に少し何か食べるのを点心と言たアル。お菓子や軽食も点心と呼ぶアル。中国人、朝ご飯は点心ですます人多いネ。ちなみに朝ご飯は早点、おやつは午点、夜食は晩点いうアル。
 そしてゆっくりとお茶を飲みながら点心を楽しむことを飲茶(ヤムチャ)言うヨ。まず飲茶を楽しむアルね」
 そこで香りの良い金色のお茶が配られた。
「薫ちゃんのリクエストで茉莉花茶(ジャスミンティー)あるネ。緑茶や弱発酵のウーロン茶にジャスミンの香りを付けたお茶アルが、これは本場中国の最高級品あるヨ!」
「この香りは我(オレ)も馴染みがあるぞ、うむ。なかなか良いものだな、褒めてやろう」
 ジャスミンは古代エジプトで既に栽培されていたとされ、中東圏ではポピュラーな香油。ジャスミン(ヤースミーン)とはペルシャ語である。
「金色でキレイだし、香りも良くて美味しいですねぇ」
 点心を皿に取って王様に差し出すのは薫の役目、食べるペースはゆっくりなので薫もちゃんと食べている。一応、全部味見するつもりなので、肉まんなどは綺礼と半分こにしています。
 半分に割った肉まんを、もぐもぐと頬張る薫に魃さんが尋ねる。
「チャーハンは後で菜と湯と一緒に出すアルが、マントウも後の方が良かたあるカ?」
「んぐんぐ、ごっくん。無問題ですよ?。ゆっくりいただきますのでお構いなくです。あれ? チャーハンも点心なんですか?」
「菜と湯以外の料理はみんな点心と呼んでも間違がってないアルね。炊きあげたお米は主食アルが、お米にドライフルーツをトッピングしたらデザート点心あるヨ。中華料理では主食の他に「主副食」という主食とオカズを兼ねたものがあるネ。例えば肉まんや野菜まんがそれアル。肉まんと野菜まんに湯(スープ)を付けて、デザートに甘いあんまんを用意すれば立派な食事アル」
「へぇぇ〜」
 確かにそれはお腹が膨れそうだ。今度やってみよう。

 飲茶を堪能してちょっと休憩。魃さんに中華料理のお話なぞをお願いする。
「中国は広大で、気候や産物、民族がすごく多彩アル! だから料理も色々ネ!
 中華料理は十大料理だ八大料理だ言われるアルが、大体四つの大源に分かれるネ。これを四大料理と言うアル。
 まず今日ご依頼の四川料理アル。中国内陸の四川省を中心に発展した料理で、舌が痺れる麻(マー)と唐辛子の辣(ラー)を効かせる料理アル! 冬の四川省は霧の日が多くて陽が指す日が本当に少ないアル。たから麻辣な料理で湿気の毒を飛ばすあるヨ。代表料理は麻婆豆腐アルかな。炒め物が美味しいアルが漬け物も美味しいネ。
 次に何でも食べる広東料理。飛んでるものは飛行機以外何でも食べる。四本足のものはテーブル以外何でも食べる。なんていう言葉があるくらい、広東料理は色々な食材を使うアルね。
 食は広州に在り、とも言うアルな。飲茶の習慣も広東料理が元アル。それと世界中に散った華僑の店は大体は広東料理あるヨ。素材の風味を生かした薄口料理と、悪名高いゲテモノ料理も大体広東料理。あはははは」
「ゲテモノ料理だと? ほほう、多くの食を制してきた我(オレ)も知らぬような珍妙なものがあると言うのか?」
「もちろんネ! フカヒレ料理やツバメの巣が広東料理ネ。ゲテモノ料理というなら「龍虎闘料理」が有名アル!」
「ほほう。竜と虎が戦う料理とは勇ましいな。それは私も聞いたことがない。魃さん、それは一体どんな料理なのかね?」
 尋ねた綺礼に魃さんはニッコリ笑ってお答えする。
「蛇と猫で作る料理アル。蛇は蒸し焼きにして、猫は漢方薬と一緒にトロトロに煮込むのが美味しいとう話あるヨ」
 蛇と聞いてギルガメッシュが顔をしかめ、猫と聞いて薫がうっと唸る。そしてそんな二人を眺めてニヤニヤするのが最近の言峰綺礼クォリティ。
 とりあえず、王様に広東料理のメニューを見せるのは避けよう。
 そして将来ライダーや藤村先生と仲良くなった場合でも、広東料理は危険だと憶えておきたい薫だった。
「三つ目、上海料理は長江の下流、江南あたりの料理アル。蘇州、杭州、紹興、江西、色々あるネ。ここも豊富な食材を使った色々な料理あるが、あんかけ料理と甘い濃厚な味付けが特徴アルかな。有名なのは上海蟹アルな」
 ほうほうと頷く言峰教会御一同。ギルガメッシュも話を聞きつつメニューを開き、その豊富さに感心しているようである。
「そして四大料理の最後に山東料理を挙げるよろし! 日本で有名な北京料理は山東料理が土台アルよ! 山東省は海と内陸に長い土地で料理も色々と違いがあるネ!
 海の方では伊勢エビやナマコの海鮮料理が有名アルな。山東省は北方あるから内陸はとても寒いアル。体を温める脂っこい肉と内臓の料理が好まれるヨ。魚料理も美味しいネ。
 それと日本でも有名な孔子の一族が創作した「孔府料理」なんてのも有名アルよ。宮廷料理に取り入れられて、満漢全席にも入ってるネ。満漢全席は満州族の料理と山東省、漢族の料理から選りすぐったメニューの宴会料理が始まりアル。後に他の地方料理も取り入れて発展したネ。西太后の時代には数日かけて百種類以上の料理を順番に食べたと言われるアル。
 でも清朝滅亡と同時に伝統が途絶えて、今ある満漢全席は宮廷とは無縁の料理人が資料と想像力で作った創作メニューね」
「フン。我(オレ)を差し置いて王だの皇帝だのと名乗る雑種共め、よかろう。魃とやら、今からその満漢全席を用意せよ。この我が喰らい尽くしてくれるわ!」
 あいやー、急には無理あるよー。と言う魃さんを余所に薫が王様をなだめます。
「王様、満漢全席はまた後日ということでどうか一つ、今日は店長さんお得意の四川料理を美味しくいただきましょう。王様、いいでしょう?」
 ちょっと甘える感じでおねだりする薫。だんだん判ってきたのだが、ギルガメッシュは自分に懐いてくるものにはめっぽう甘いのだ。よって、
「まあ許そう、お前が我(オレ)のために用意した今日の宴だ。献上の品に舌鼓を打つのも王の務めよな。ハハハハハハ」
 こんな感じである。
「よかろう! ならば四川料理とやらを持ってくるがいい! 我(オレ)の舌をピリリとさせたなら、たっぷりと褒美(チップ)をくれてやるぞ」
「おお! 任せろアルよ! たんまり褒美はイタダキあるな。
 ……でも言っておくアルが、ワタシの専門は四川料理なくて山東料理アルから、次は山東の泰山料理で勝負させて欲しいアルよ」
「「何ィィイイ!!!」」
 魃さんのセリフに驚愕したのは綺礼&薫の親子だった。
「そんな馬鹿なっ! 凛からもおじさまからも泰山の料理は地獄のように辛いと聞いていたから、四川料理だとばかり……。あ、これはチャイニーズ・ジョークですね? いやだなぁもう」
「ジョークと違うアル! 四川料理は麻辣(マー&ラー)で辛いアルが、別に辛いのは四川料理の専売特許と違うアルね!! 大体ウチの店の名前は「泰山」アルよ。泰山は山東省の山アルから当然この店の料理は山東の泰山料理に決まてるアルね」
 そんなバカなーと、まるで信じていたものに裏切られたかのようにテーブルに突っ伏す薫。
 むむむと眉間にしわを寄せた綺礼もテーブルに肘を付き、両手で顔を覆っている。
「それは私も知らなかった。なんということだ。四川料理だと思って食べていたこの店の料理が山東料理だったとは。ん? しかし山東料理は北京料理の元だと言っていなかっただろうか?」
「そうアルよ。だけど山東省は広くて長くて地形と気候の変異が大きいアル。さっき言った三つ以外にも沢山の地方料理が存在するアルね。泰山料理はその名の通り、山東省内陸にある「泰山」言う山の辺りで発展した料理アル! ここは特に辣(唐辛子の辛味)を強烈に効かせるのが特徴アル!! 四川料理が麻辣で湿気の毒を抜くのに対して、泰山料理はとにかく体を温める料理だ言ていいアルね」
「なるほどな。北方の山東省、その中でも寒そうな内陸の山地料理という訳か」
「おお! 綺礼、頭いいアルな。その通りネ!!」
 納得いったか綺礼は顔を上げる。ギルガメッシュを挟んだ向かいの薫が、ようやく体を起こします。
「し、知らなかった。いや四川料理なのになんで泰山なのかなー、とは思っていたのですが。どうしましょう? そういうことなら四川料理のコースを泰山料理に変えてもらうとか、あ、いやそれはちょっとヘヴィな気がするな。アハハハハ」
 誇張され、強調された泰山の辛い料理を想像して弱気になる薫です。
「よい。ならば両方を用意せよ。四川料理とサントーのタイザンとか言ったな。この我(オレ)が食べ比べてやろう。店主、構わぬから同じ料理を双方の味付けで持ってこい」
「王様、それは食べきれま、」
「カヲル。それが王の食事だと我(オレ)は教えたはずぞ?」
 そうだった。そういう訳で四川料理と、泰山風味付けの同じ料理が並ぶことになりました。
 まずはお酒が並びます。
 桂花陳酒(さわやかな口当たりで食欲増進効果あり)鼈魚酒(すっぽんエキスを白ワインに併せた薬酒)竹葉酒(肝臓の機能をよくするさっぱりした酒)杏露酒(咳止めにもなるアンズの酒)はまなすの花の白酒、紹興酒などがずらりと並ぶ。王様は薫にお酌をさせてご満悦。
「ははは。慣れぬ味ではあるが偽物ではないようだ。珍妙なる酒もあるがこれもまた良しだ。カヲルよ、お前も飲んでみるがいい」
「王様、この国ではお酒はハタチになってからです」
「なにをぬかす。教会ではワインを飲んでいるではないか」
「しーっ。しーっ。王様、あれは神の血であり、教会という信仰の場でいただくあれは儀式の小道具であって、決してお酒ではないのです」
「アイヤー。薫ちゃん悪い子アルね。やぱり綺礼の隠し子アルな?」
「違います! それは違うのですよ!」
「ククククク」
「そこのおじさま! ここは否定するところでしょう?! なぜ笑ってるんですか?!」
「いやいや、娘が自分に似ているといわれて喜ばない親はいないだろう? くくく、今日は喜ばしい日だな」
「やーめーてー。頭が割れるぅぅうう」
「「「アハハハハハハハハ」」」

 麻婆豆腐(マーボー豆腐)回鍋肉(肉野菜炒め)青椒肉絲(細切り肉とピーマンの炒め物)魚香茄子(マーボー茄子)乾焼蝦仁(エビチリの原型)宮爆鶏丁(鶏肉とナッツの炒め物)といった川菜 (チュアンツァイ。四川料理の代表的な菜)がまず並ぶ。味付けは麻辣、すなわち正宗川味(正真正銘の四川料理)だ。湯(スープ)は酸っぱ辛い酸辣湯(サンラータン)が用意された。
「ほう、たしかにいつも食べるマーボー豆腐とは違うな、これは。どうした?」
 綺礼がのぞき込むマーボーのお皿、薫とギルガメッシュは言葉を無くしてそれを見ていた。
「いえ、黒いなと思いまして……」
「……ああ、黒いな。それは食い物なのか?」
「失礼アルな。全部立派な正宗川味(正真正銘の四川料理)アルよ。日本でもポピュラーだと思うアルね。
 麻婆豆腐。これが四川の本物アル。黒いのは四川料理の大特徴、花椒粉(ホワジャオ・フェン)の色アルな。花椒は中華料理の代表的な調味料の一つアル。日本でうなぎの蒲焼きに振りかける山椒の一種アルよ。舌が痺れるような辛味が付くね。この辛味が麻(マー)いうアル。唐辛子の辛さである辣(ラー)も併せて深みのある味アルな。ささ、食べてみるよろし」
 薫はおそるおそるレンゲを差し入れ、ひとすくいを口にする。もぐもぐもぐ。
 思ったほどは辛くない。しかし痺れる。本当に舌が痺れる。そして一噛みごとに奥歯がスパイスをコリコリと噛み砕き、それが新たなスパイシーな刺激を生み出す連続攻撃。すげぇ、四川のマーボー。それはすなわちスパイスのマグマではなかろうか。温かいのに冷えたカレーよりもどろり濃厚スパイシーとはこれいかに。
「ん? これは食ってよいのか?」
 ギルガメッシュが原型そのままの唐辛子を見つめて困っていた。
「あー。王様、それは薬味だと思います。食べられないことはないですが、香り付けだと思って横に置いておくのが吉です」
 そうかと頷くギルガメッシュのお皿から、唐辛子を綺礼がひょいと摘んで自分の口に放り込む。
「食わないのならもらうぞ、むふうううううううううううう」
「「……」」
 血走った目で鼻息荒い神父様から、娘と王様は距離をとる。
 顔面に汗を浮かべて笑みも浮かべる言峰綺礼。なんか幸せそうなのは目の錯覚だと思いたい。
「おじさま、辛いのが好きなんですか?」
「いや、私はこの店の激辛マーボーが好きなだけだ。別に辛いものが好きという訳ではない」
((うそだ!!!))
 この瞬間、薫と王様は心を一つにして疑惑の視線を叩き付けた。しかし綺礼の面の皮はそんなものにはびくともしません。
「お待ちどーアルー。紅洲宴歳館泰山、自慢の泰山風アレンジあるね〜♪」
 ニコニコ顔のちびっ子店長が新たな大皿を並べると、王様と従者の顔が青くなる。

 ーー 赤かった ーー

 マーボー豆腐が赤かった。ホイコーローが赤かった。チンジャオロースーが赤かった。マーボー茄子が赤かった。エビチリソースは元から赤いが、鶏ナッツ炒めも赤かった。チャーハンまでも赤かった。
 さあ、Let's go 唐辛子!
「これが泰山! 唐辛子の辣(ラー)を効かせた最強の中華アルね!!!」
 最強は関係ないだろ……。薫は声にならない突っ込みを入れました。
「赤いな……」
 小さく呟く王様の声にも力がない。王様、私は王様と仲良くなれる気がします。
 これが噂の外道マーボー。Fate最強の破壊宝具か。
 あまりの赤さに混乱気味の薫、とりあえず王様の分を取り分けようとレンゲを差し込むと、ごぽり、と気泡がはじける魔界のソース。うわぁ、大丈夫かなこれ? アーチャー・ギルガメッシュは対魔力Cだっけ? うんきっと大丈夫。
 投げかけられる王様の視線がマジでヤメロといってる気がしたが、小鉢にてんこ盛りにして渡してしまう従者、薫。
「さあどうぞ召し上がれ」
 両手でもってなるべく遠くに押しやるように小鉢を差し出す薫。いや、辛い匂いで目がしみるのです。
 くっと小さく呻く王様ギルガメッシュ。
 さっさと自分の小鉢を大盛りにした綺礼を横目に、薫も自分の小鉢に少しマーボーを盛ってみた。
 おーけー。この量ならば七つの子供でも大丈夫に違いない。ありがとう女の子。この世界に流されて(?)私は初めて小さな体に感謝しよう。
 しかし少女薫のささやかな幸せを神父と王様は許さない。それが言峰教会の掟である。
「なんだ薫。たくさん食べないと大きくなれないぞ。それっ」

 ーー どろり ーー

「ぎゃぁぁああ!!! 何すんですかおじさま?!」
「ハハハハハ。カヲル、貴様に褒美をやろうではないか。それっ」

 ーー どろりどろり ーー

「いやぁぁああ!!! 王様! 私を殺す気ですか?!」
「何を言っているのか判らんぞカヲル? それではまるで貴様が盛ったこの料理が我(オレ)を殺す毒のようではないか、言いたいことがあるなら言うが良いぞ、ん?」
 笑顔なのに青筋が額に浮かぶ王様です。
「うう〜。それはぁ、それはぁ〜」
 王様には逆らえない悲しい従者、それがカヲル。
「薫ちゃん、ワタシの料理に何か文句あるアルか?」
 笑顔のちびっ子店長さんも許してくれそうにありません。
「イエ、イタダキマス」
 他に道はありませんでした。
「「「むふううううううううううううう」」」
 赤いマーボーを口にして、三人同時に唸りをあげて汗もかく。
 綺礼だけは汗の浮き出た顔に笑みも浮かべているのだが、ギルガメッシュは目尻をピクピクと振るわせ、薫は顔を赤くする。
 薫は小さな手でお皿を除けて、震える声でこう言った。
「おやすみなひゃい」
 ごつんっ。と音を立てて机に沈む従者カヲル。
「ぐはぁっ。カヲル! しっかりせよカヲル?! 我(オレ)の背中で強くなると言ったの忘れたか?! ぐふっ、水。水は何処だ?!」
 びくっびくっと危険な痙攣を繰り返しながらもうっすらと目を開けた薫が目にしたもの、それは綺礼の手からお冷やを受け取るギルガメッシュ。
「いけません王様! それは罠です!!!」
 遅かった。
「ハァハァ、おお無事であったかカ、ヲ、ぐぉぉぉおおお!!!」
 苦しげに綺礼を睨むギルガメッシュ。そしてそれを見て嗤う言峰綺礼。確信犯に違いない。
 辛いものを食べた直後に冷たい水を飲みますと、辛味成分カプサイチンが口中に広がることになって、辛さ倍増なのです。辛さを抑えるならヨーグルトか牛乳、なければぬるま湯が良いでしょう。

 ごきゅっごきゅっごきゅっ。ぷはーっ。王様と従者は並んで牛乳瓶を一気飲み。
「ふぅ、ミルクは偉大な飲み物だな。時を超えて永遠に飲まれ続けるに違いない」
「ふぅ、まったくですね。ぜひあそこの男にもそれを教えてやってください」
 二人が目尻をピクピクさせて見る先で、綺礼は一人で激しく赤いマーボーをかっ込んでいる。
 噴き出る汗、震える指先、時折聞こえる「むふうううう」といううなり声、一体何が彼に赤いマーボーを求めさせるのか、多分理解できない方が幸せである。
「ワタシのマーボーを食べれるは綺礼だけアルか? 薫ちゃん修行足りないアルよ」
「いや、修行しないと食べられないというのは問題ありなのでないかと思うんですがどうでしょう?」
「それにしても王様は大したことないアルな。ワタシの故郷泰山では、子供でも余裕で食べちゃうアルね。なのにミルクないとダメあるとは情けないアルよ」
「何っ!」
 ギルガメッシュは気色ばむが、魃さんは肩をすくめて首を振る。
「いいアルいいアル。大人しく四川の黒いマーボー食べてるアルね。ふぅ」
 お前には失望したといわんばかりのちびっ子店長。ギルガメッシュの顔が恥辱に歪む。
「よかろう! そこまで言うなら貴様の赤い料理をこの我(オレ)が食い尽くしてやろうではないか!」
 どかっと椅子に座り直すギルガメッシュ。
「いけません王様! 挑発に乗ってはいけません! グルです。きっとおじさまと店長さんはグルなのです!」
 ギルガメッシュにしがみつく薫の向こうで、綺礼と魃さんがククッと嗤う。
「なんのことかな? 無理をすることはないぞ。まあ貴様もその程度と言うことだ。世界の広さを知ったのだ、教訓になったことだろう。クックック」
「なんのことアルか? どこの王様か知らないアルが、満漢全席は止めておくのがいいアルね。ふぅ」
「おのれおのれおのれぇぇええ!!!」
 怒りをあらわにしたギルガメッシュは、泰山料理の載った大皿を引き寄せた。

 ーー 十五分が経過しました ーー

「ああ、川が見える。あれはチグリスかユーフラテスか。なつかしのメソポタミア……」
「王様! しっかりしてください王様!! その川はきっと違います。渡っちゃダメです!!!」
 意識朦朧となったギルガメッシュを介抱する薫。
「むふうううううううう」
 言峰綺礼。赤いマーボー二皿目を完食、みたいな。

 メインディッシュを堪能し、ギルガメッシュも何とか戻って来られて、デザートとして甘い点心がテーブルを飾ります。
 豆沙包子(あんまん)桃包(桃まんじゅう)芝麻球(胡麻だんご)月餅、杏仁豆腐、芒果布丁(マンゴープリン)蛋撻(エッグタルト)などである。
「甘いものって美味しいですねー。涙が出ちゃいます」
「泣くなカヲル。このようなものなど我(オレ)がいくらでも買ってやろうぞ」
 薫とギルガメッシュは慰め合うようにデザートを勧めあう。さすがに点心までは激辛ではありません。
「でもやっぱり食べきれなかったですね。結構あまってもったいないです」
 まぁ英霊の顕現体であるアーチャー・ギルガメッシュがいれば、もったいないお化けも怖くはないが。それはそれ、これはこれだ。
「良かたら残り物をパックに詰めるアルがどうするアルか?」
 魃さんは、にぱっと笑って透明パックを見せてくれる。だが問題があるのです。
「カヲル。まさか我(オレ)に残り物を食わせようなどとは思うまいな?」
 そうです。王様は昨日の残りなどを次の日出すと怒るのです。
「ですよねぇ。う〜んどうしましょう。私とおじさまが夜食に、いや、大体は王様も一緒に食べるしそれはちょっと、う〜ん。そうだ!」
 ポン! と薫は手を打った。

「で、私の所に持ってきた訳ね」
 ここは日暮れ時の遠坂邸。日が傾いて夕食の用意をしようかと思っていたところに玄関のチャイムが鳴って、凛が珍しいなと思って出てみるとそこにいたのは言峰薫。
 話を聞けば、今日はおやつの時間あたりから泰山にいって中華料理を堪能していたらしい。
 薫と綺礼。そして教会の後援者が一緒だったと言い、食べきれなかった料理を包んでもらったのだがどうでしょう? ということらしい。
 なんだか一人で料理するのも面倒くさい。油の香ばしい匂いもするし、凛は素直にそれを受け取った。
 じゃあまた明日。そういって薫は去っていき、遠坂邸は静かになった。凛はテーブルにパックを並べて食べ始める。
「何よ、私も呼べばいいじゃない。冷めた中華なんて犯罪的に不味いんだから」小さな声で呟いた。

 ーー 数週間後 ーー

「いらっしゃいアル〜」
 マウント深山商店街、唯一の中華屋さん「紅州宴歳館・泰山」に、ちびっ子店長の元気な声がこだまする。
 入ってきたのは言峰教会御一同。
「始めに点心とジャスミンティーで飲茶。それから……」
「「マーボーだ」」
 薫の声を遮って危険領域に踏み込むマスター&サーヴァント。
「くっくっくっくっく」
 綺礼は汗と笑みを浮かべて真っ赤なマーボーをかっ喰らう。
「くっ。危険な食べ物だと判っているのだが、食わねば負けたような気がするのだ」
 王様も頑張ってます。
「ぐはっ、はぁはぁ、キツイとわかっているんですけど、この店に来たらこれを食べないといけないような気がするのです」
 そして薫も修行中。

「「「むふうううううう」」」


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 あとがき

 私は四川料理の黒いマーボー豆腐は食べたことがありました。
 そして調べていくうちに、どうも山東省の地方料理として、泰山の辺りは唐辛子まみれの激辛料理である。という証言にたどり着くことが出来ました。
 と言うわけで、かなり真面目(?)に中料理の話となりました。
 私はこういう日常的な平和(?)な話は好きだったりするのですがどうでしょう?
 ところで十字鍋っていうのはなんなのでしょう? これが判らなかったのです。
 怪しい中国人で語尾に「〜アル」などと付けるのは、フランキー堺さんというコメディアンの芸風だそうです。
 「泰山」は「一番」という意味で使われることがあるのだそうです。たとえば「中華飯店・泰山」なら「うちが一番美味しい中華料理屋だ」というような宣伝にも取れるそうです。

 次回予告
 ショートショート三本をとして書いてみようと思います。
 果たして私はショートショートにまとめることが出来るのか……。今回もかなり切ったんですが。
 試しに一本一本上げていこうかと思っています。

 黄金のおまけ4.5 夏の悪夢でオムニバス
 一。妖怪はいてない女
 二。スクール水着
 三。これが悪夢の薫ルート

 第一部終了まであと少し。その後は年単位で時間が進む予定です。 

2007.10/26th

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おまけのおまけ

Fate/衛宮の食卓+マーボー豆腐について

衛宮邸の食卓を飾った料理の数々を一覧にしました。
あと泰山のマーボーがネタではなく本当にあんな感じである可能性がある。という事を書いてみました。

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