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03カレイド・ツインズ公園デビュー・前編

 古くからの町並みが残る冬木市の深山(みやま)町、その中央付近にある交差点に通学バスが停車する。
 ちらほらと降りていく子供達の中に、仲むつまじく手を繋いで歩いていく二人の少女がいた。
 先を行くのは長い髪を頭の左右で結んでツーテールにまとめた女の子。こころなしか口元に歪んだ、……いや、微妙な笑みを浮かべている。
 手を引かれている子は眉を寄せ、ちょっと泣きそうな表情だったりするようだ。その足取りはささやかな抵抗なのか、ややふらついているのだが、先を行く少女がしっかりと手を握って引っ張っているので只ひたすらに前に進んでしまっている。
「凛。ちょっと待ってくださいよぉ。今日は修行の日じゃありません。私、教会で手伝いとかあるんです。ちゃんと早く帰らないとおじさまに叱られます」
 引っ張られているというか、引きずられているというか、とにかく後ろの少女が前を行く女の子に声をかける。その調子はちょっと泣きが入っている。
「……なに?」
 立ち止まって振り返った少女、遠坂凛の青い眼がギロリと音を立てるかの如く言峰薫を睨み付けた。
「ひぃぃっ、何でもな、いやいやいや、ですから教会の掃除とか花壇の世話とか色々あるので、今日は帰りたいなー。なんて思ったりする訳ですが、どうでしょう?」
 微妙に身を縮めて話す薫の様は、どことなく飼い主に怯える子犬のようだ。
「うふふ。なに? 師匠に逆らうつもりなの? そうなの? 教育的指導がたりなかったのかしら? 薫、どうなの? やっぱりもう少し伸ばしておいた方がいいいのかしら?」
 ふふふ。と笑って両手を伸ばす凛。
 薫はひぃっ。と小さく叫び、両手で頬を押さえて後ずさった。
「ダメです! 私のほっぺたはもう伸びません! 大体貴方は人の頬肉を何だと思っているんですか?!」
 朝の記憶を思って泣きそうな顔になった薫に対し、凛は聖母のような慈悲深き顔で言った。
「大丈夫よ薫。貴方の魔術特性は「融解」だから、きっとどこまでも伸びていくわ」
「んな訳ないでしょぉぉおお!」
「それにね、薫のほっぺたを一センチ伸ばす毎に私のストレスが一パーセントずつ減っていくのを感じるの。だからお願い薫。師匠である私のストレス解消のため、貴方のほっぺたを伸ばさせてちょうだい」
 そう言って合計十本の指がワキワキと蠢いて、少女薫のソフトなほっぺをロックオン。
「嫌です! くせになったら困ります! それに頬が伸びて突き刺さるみたいな変化の技とか、マスターしたくありません」
 まだ痛むのか頬をさすりながら薫は更に後ずさる。
 だが凛は何言ってるの? という表情で立ち止まり追いかけてくる様子がない。そして考え込むそぶりまで見せ始めた。
「凛、どうしました?」
「薫、あなた変化の魔術を誤解してるんじゃないかしら?」
 あれ? と思って声をかけた薫に、凛は講義調になって話し出した。
 薫は思わず周囲に人がいないか視線を飛ばすが、幸い近くに子供やおばちゃん達など市民の皆さんの影はない。セーフ。凛の魔術は裏の世界のいわば「本物」一般人には知られてはいけないのだ。
「ちょっと聞いてるの?」
 視線を戻すと、お師匠様がむくれていた。
「え? あ、はい。聞いてます聞いてます。変化魔術の解釈を間違ってないかという話ですよね。
 んー。……間違ってます?」
 はぁー、ため息をついて手で顔を覆うお師匠様。薫には何が間違っているのか判らない。
「薫、あなた「物の形を変える」のが変化の魔術だと思ってるでしょう?」
「違いましたっけ?」
「違うわよ! いい?! 私たちは魔術師なんだから、物事を物理的にじゃなくって「本質的に」「概念的」に捉えなくっちゃダメじゃない! 変化の魔術っていうのはね、そこにはないはずの要素を加える魔術なのよ」
 ??? 首をかしげて腕を組み、左右にゆらゆらと揺れる言峰薫。
「あのね、例えば「剣」があるとするじゃない? これを魔術で「強化」する時、私たちは剣の「斬れる」という本質、あるいは概念を強化するの。鉄を強くするんじゃない。魔力によって「本質」を強化する。これが「強化の魔術」よ」
 そういえば構造を把握して素材を強化する衛宮士郎のやりかたは、なんか違うとかいう話があったような?
「つまり食べ物を「強化」すると栄養度が増し、紙飛行機を「強化」するとどこまでも飛んでいく、という感じですか」
 そしてメイドさんを強化すると萌え度が増す。とは心の中だけでささやいておく。
「そうね。それから「変化」はね、例えば剣に「炎上」っていう「本来ありえない概念を付け加える」魔術なの。この剣の例ならどうなるでしょう、はい言峰君」
「はい先生、剣は「燃え上がる剣」になるのではないでしょうか」
「正解です。よくできました。判ったかしら? 変化魔術っていうのは形を変える魔術じゃないわ。概念を付け加えてありえない状態に「変化」させる魔術なのよ」
「なるほど、似て非なるものですね。それでいくと私の頬肉に「柔軟」とか「ゴム」という概念を与えることで、びろーんと伸びるほっぺたに「変化」する。そういう事ですか。
 そして例えば小枝に「弓」という概念を付け加えれば、木製の弓に変化するというわけですね。
 むぅ、それならば聖典紙片に「剣」「火炎」「投擲」「矢」などの概念を書き込んで投擲剣「黒鍵」に変化させる魔術工芸品(アーティファクト)となるのも判ります」
 なるほど、材質の形状を変化させるのが変化魔術ではない。概念を加えて別の機能を発現させるのが変化魔術なのか。面白い。変化魔術が強化の延長というのもうなずける。
 というか付与魔術(エンチャント)がジャンルとして独立していないということか。強化も変化も付与といえば付与だし。
「お師匠様、大変勉強になりました。今は強化の魔術を集中的にやっていますが今日の講義は忘れずに、後の修練に生かしたいと思います。今日はありがとうございました。それでは私はこの辺で、そういう訳でまた明日」
 身を翻した薫だが、むんずと手首を握られた。
「待ちなさい」
 逃亡は失敗に終わったもようです。

Fate/黄金の従者 #03 カレイド・ツインズ公園デビュー。前編

「だーかーらー、今日は本当に教会の手入れがー」
「そんなの放っておきなさいー、もっと師匠のいうこと聞くのー」
 腕につかまる遠坂凛を、薫はずるずると引きずるように逆走する。凛も必死に抵抗するので三歩進んで二歩下がる様態だ。
「あーもぅ、薫は強情なんだから。判ったわ」
「判ってくれましたか?! おお! それでこそ尊敬するお師匠様です」
「許可をもらえばいいんでしょ」
「は?」
 凛は交差点横の電話ボックスに突入し、十円玉をシュート。素早く電話番号をプッシュする。
「何ぃ?! 凛が! 機械音痴のハズの遠坂凛が公衆電話を華麗に使いこなすとはっ! これは夢かっ!!」
「……薫。後で絶対に伸ばしてヤル」
 再び薫は頬を両手でガードします。ああ、ひょっとしら千切られてしまうのかマイ頬肉。
「あ、綺礼? 私よ。なんだとはなによ。ふん、憶えておきなさい。なによ。余計なお世話よ。そんなことより薫を借りるわ。ええ、そ……」
「ちょっと待ったあ!」
 薫は受話器をひったくる。
「おじさまですか? 薫です。ええそうですよね忙しいですよねはいはいもう直ぐにでも帰りますからすみません以後気をつけますのでそれじゃもう本気でダッシュで戻りますからということで悪いんですが凛。やっぱり私はかえ、痛いイタタタッ」
 手首をねじり上げて受話器を取り戻す遠坂凛。
「それじゃ綺礼、今日は遅くなるから」
 人様の関節を極めておきながら素敵な笑顔で電話をチンする初等部二年の女の子。将来が実に楽しみです。
 その横で、切れた電話を見つめながら、うめき声を上げる女の子。ああ、君の将来に幸あれ。
「さて、綺礼の許可も取ったしこれで文句はないでしょう?」
「凛。貴方は「説得」という言葉を知ってますか?」
「さあ行くわよ! お金は有限。時間も有限。無駄遣いなんてできないのよ」
 凛は再び薫の手をとり鼻歌交じりで坂を上っていく。
「スローライフっていいと思うんだけどなー」
 あきらめ顔でつぶやいた薫の言葉は、きっと凛には届かない。

 チン。
 教会で言峰綺礼が受話器を置くと、そこに声をかける者がいた。
「どうしました?」金髪紅眼の少年、小さな王様ギルガメッシュである。
「凛からの連絡だ。薫を借りると一方的に言ってきた。今日は遅くなるそうだ」
「遠坂のお嬢さんですか。カヲルはボクの従者なのに困ったものです」
 ギルガメッシュはやれやれと首を振る。
 綺礼は電話の前で腕を組み、顎に手を当て考え込んでいたのだが、少しして口元に笑みを浮かべた。
「ギルガメッシュ、私は少々出かけてくる」言峰綺礼はクククと笑う。
「楽しそうですね? 何か想うことでもあるんですか? コトミネ」
「怒った凛と必死な薫。これだけで嵐の予感というものだ。くくく。胸の高鳴りを感じるな。我が娘に祝福あれ。だ」
「うわ。最悪ですね。うっ!!」
 うめき声を上げてギルガメッシュはうずくまった。どうしたと視線で問う綺礼にギルガメッシュは少年の顔でニヤリと笑う。
「はぁはぁ。大人のボクが出てこようとしただけです。どうやら大人のボクも何か起こると思ったみたいですね。まったく酷い話です。面白そうなことだけは自分で楽しもうとするんですから。でも今回のイベントはボクがいただきです」
 ふふふと笑い、くくくと応えるマスター&サーヴァント。
「行くか」
「行きましょう」
 こうして二人は教会を後にした。

「りーん。これで最後ですかー?」
 凛の部屋、書斎、物置、そして地下室を行ったり来たりすること十数回。そろそろ片付けも終わりそう。
 段ボール箱の中身は本だったりフラスコだったり羊皮紙らしき紙の束だったり。今運んでいるこの瓶詰め、これは薬草なのか毒草なのか。
 他にも天球儀やら秤やらお鍋やらがあり、薫には読めない文字が刻まれた石とか皿とか壺なんかもあった。小さな革袋を紐解いてみたところ、宝石の原石らしきものもありました。
 君子危うきに近寄らず。
 何が危険でどれだけ危険なのかも判らない。むやみに触らず言われたとおりに運んでいく。
 それにしても今日は小物が溢れている。魔術師としての工房である地下室、そこに少々ものが多いのはしょうがない。しかし弟子入りから3回ほど、薫は地下室の整理をしています。
 突然に荷物が増えたのか。例えば遠坂時臣氏の遺品がロンドンの時計塔から届いたとか。
 よいしょと荷物を机の上へ。部屋の外から、凛がひょこっと首を伸ばしてのぞき込む。
「うん、ありがとう薫。運ぶのはもういいわ」
 家に戻る前と比べて凛は元気がない。どうやら片付けをしている内に冷静なったようである。頬肉をむしられる心配はなくなったものの、少々落ち込んだ凛の姿にちょっと微妙な薫ちゃんです。
「それにしても急に小物が増えてませんか? どこかから届いたとか、貸倉庫にいれておいたやつを出したのですか?」
「違うわ。あのね薫。大師父の宝箱をあさってみたの。そうしたらもう色んな物が出てくる出てくる、それも判らないものばっかりなのよねー。あはは」
 少々元気が足りないが、それでも笑う遠坂凛に言峰薫は一安心。
「大師父っていうと魔法使いのですか。「遠坂」に宝石魔術を伝授したとかいう」
「そうよ、魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。科学では代替え出来ない「魔法」を使える数少ない「魔法使い」そして遠坂の大師父よ。言っておくけど薫だってウチの系譜なんだからキチンと大師父と言いなさいよね。判った?」
「判りましたよ凛。それで今日の荷物は大師父の、えーっと、宝箱ですか、から出したんですか?」
「出したというか、出てきたというか、手に取れた物を出してみたら山になっちゃって。えへ」
 三白眼でじっと見つめる薫に向かって、凛は舌を出して苦笑い。
「ふぅ。まあいいです。じゃあ片付けは終わりですか?」
「もうちょっとあるけど私がやるわ。薫はお茶の用意をしてくれない?」
 そういうことで凛は自室で残りの荷物をお片付け。薫はキッチンでお茶の用意である。
 お湯を沸かしてポットに移す。ティーポットとカップ&ソーサー、それに金色のスプーンだって用意します。ミルクポットも用意して、角砂糖入れをトレイに乗せる。
 応接間に持って行って待つことしばし、なかなか凛は降りてこない。それにしても。
「大師父の宝箱、ねぇ」
 そういえばそんなのもあった。欲しいときに欲しい物が出てこない。忘れた頃に宝石が出てきた。などいう話があったようななかったような。
「ん? 宝箱?」
 薫の顔から血の気がサーッと引いていく。大師父、宝箱。まあいいだろう。
 しかし、歌を歌ってしゃっくりして「遠坂はお歌も一番じゃないといけないんだから……」って、何かあった。ありました。
「しまった! 凛?! りーーん!!! うぐっ」
 薫がソファーから立ち上がったその時、どこまでも強力でありながらちょっと不気味な魔力の波動が、遠坂邸を揺るがせた。

 十秒経過。
 はっと我に返った薫の耳に、階段を下りてくる軽快な足音が聞こえてきた。
「あ、あ、、あああ、あ、あ、、、あ、あ、あ、、」
 嫌な予感が駆け巡る。ああ、もうダメだ。どうして気が付かなかったんだろう。言峰綺礼。貴様だ。貴様が悪い。きっと貴様が悪いんだ。そして王様、薫は貴方を恨みます。

 ーー ぱたぱたっぱたっ ーー

 ああ、階段の最後の二段を飛び越しましたね? 危ないから飛び降りるのはやめましょう。きっと0.2秒は破滅の未来が近くなったと思います。足音が近づいてくる。ドアの前でそれは止まって一呼吸。沈黙の中に力が漲ってくるような間が空いて。
「ハァイ! お待たせ!」
 ばぁんとドアを開けて現れた遠坂凛。既に瞳の焦点が合ってません! そしてその手にはステッキ! そうステッキです!!!
 薫は頬を抑えて無言で絶叫した。その表情はそれこそムンクの叫びに似ています。
 凛の手には日本人にはおなじみの「魔女っ子ステッキ」が握られていた。
 朱色の握り柄、その先に付いた白い輪。輪の中央にはクリスマスツリーに飾るようなヒトデ型のお星様。そして輪の左右に白くて可愛い三枚羽が翼のように付いていて、白い輪っかと柄の境に水晶かダイヤみたいな鉱石がキラキラしてる。
 かわいい。まさに小さな女の子が手にして遊ぶに相応しいおもちゃのステッキ。魔術師遠坂凛なら魔女っ子ステッキを持っていても全然変じゃありません。
 そう、これが「普通の」ステッキならば。

 ……ありえない。

 この魔女っ子ステッキからは放射能じゃねぇかというほどの不気味な波動が放たれている。なんというか納豆系?
「薫、待たせてごめんなさい。さあ街に出かけましょう。伝説の始まりよ」
 凛。焦点の合ってない君の瞳は電波ぎゅんぎゅん。それはいわゆるグルグルですよ、こんな危険人物をご町内に解き放つわけにはいきません。
「凛、私の顔が見えますか? 私の声が聞こえますか?」
「当然よ、明日の朝刊の三面記事は私たちがいただきよ。さあ愛と正義(ラブ&パワー)を広めるために、命をかけて遊びましょう」
「まぁ待てや」
 意思の疎通が出来てるようで出来てない。ああ凛。君は遠くに行ってしまったのか。ボクは寂しいよ。でもどうしてもというのなら、せめて人を巻き込まないで欲しいのです。特に私を。
「えーっと、ごほん。どうしたんですか凛。ちょっと変ですよ。それになんですそのステッキは?
 遠坂のお嬢さんがそういう物を持って外に出てはいけません。何事も余裕をもって優雅たれっていうのが遠坂の家訓なのでしょう?
 もっと優雅に上品に、スマートかつエレガントなレディーを目指す。それが貴方の使命でしょう。ストレス溜まったのなら私のほっぺた少し伸ばして良いですから、さあオモチャはしまってお茶にしましょう」
 隙を見せてはいけません。自然かつさりげなく危険人物から危険物を取り上げなければならないA級ミッション。まずは薫の冷静な一手。これでどうだ!
 凛の体がびくんと震えて固まった。そしてそのまま動かない。
「凛? どうしたんです?」
 効果有りと判断し、薫はゆっくりと凛に近づく。狙いはズバリ魔女っ子ステッキ、手刀の一撃をもって凛の手から打ち落とせ!
「凛?」
 心配そうな表情なんか浮かべたりして近づく薫。まずは一歩。
 さりげなく右手の指先を伸ばし、軽く丸めて手刀を作る。二歩。
 そして三歩で間合いに入った! ちぇすとーっ!!!
「なんとー!」
 恐るべき魔女っ子ステッキ! 可愛らしい乙女ボイスで驚きつつも、くにゃりと曲がって薫の手刀を避けたのです! イナバウワーかっ! やるなステッキ!
(注:イナバウワーとは本来、スケート靴を180度開いた状態で滑る技であり、仰け反って滑る技ではありません)
 ちっ。と舌打ちして構えをとった薫から、ステッキをもった凛は距離をとる。
 そして響き渡る乙女ボイス。声の主、それは二枚の羽で器用にファイティングポーズとる不思議ステッキ。
「やりますね貴女! 今の一撃、ルビーちゃんはどっきどきです。さすが凛さんのお友達、この私を真っ先に攻撃するとはただ者ではありません!」
 いえ、不意打ちをぐにゃりと曲がって避けるステッキさん、貴方ほどではありません。
「しかも迷いも遠慮もない手刀打ち! 一体どんな育ち方をすれば、少女の夢が形になった素敵ステッキ・ルビーちゃんに攻撃しようなどと思いつくのでしょう? 親の顔が見たいとはこのことです。ああ日本の少女達の未来がルビーちゃんは心配です」
 いいだろう思う存分見るがいい。親の顔なら言峰綺礼だ、貴様に耐えることが出来るかな。
「愛と正義のカレイドステッキを攻撃なんて、薫あなた正気なの?」
「凛。そーゆーセリフはせめて目の焦点を合わせてから言いなさい。瞳孔開いて怖いから」
 じりじりと間合いを計る薫と凛、いやカレイドステッキ。
「待ってください。戦いからは何も生まれません。話し合い魔性(ましょう)! ああルビーちゃん良いこと言ってますよ、あはー」
「生憎と私は「あはー」と言う奴は人でも物でも信用しないと決めてます。それから途中、変な変換入ってるからそれはやめろ」
「ひどいです、偏見です! ルビーちゃんに対する警戒心! 手強い! これは手強いですよ!! ルビーちゃん燃えてきました!!!」
 よよよ、と丸くなったかと思えばシャキーンと伸びる不思議ステッキ、いい加減何とかして欲しい。
「心配要らないわ。そう、何の心配も要らないのよ薫。直ぐに気持ちよくなって後には何も残らない。さあ、ソウルメイトになりましょう」
「すまない凛、今の君とはノーサンキュー」
「薫さんとおっしゃいましたね? どうしてそんなに警戒していらっしゃるんです?
 あ、判りました! いやですねぇ、私ったら自己紹介がまだじゃないですか。ルビーちゃん。うっかりです。
 申し遅れました。私、愉快型魔術礼装「カレイドステッキ」の機能、指針、気持ちを代弁する人工天然精霊マジカルルビーと申します。どうぞルビーとお呼び下さい」
 お辞儀をするステッキさん。ドイツ語っぽい音が聞こえるが、心に響くのはなぜか日本語。そしてキュートな乙女ボイスに変換された、人工なのに天然とのたまう精霊さんの声(テレパシー)。
「それはどうも、愉快型魔術礼装カレイドステッキの人工天然精霊マジカルルビーさん、これからお茶の時間なので凛の手から離れていただけませんか?」
「手強い! 手強いですね薫さん! 私の名前を一発で復唱しつつ、お茶も出さずにさようならとは強敵です! もうルビーちゃんは興奮してぎゅんぎゅんです!!!」
 なんか羽がこう、ぐぐっと拳を握っているような感じ? いや羽には拳はないですが。
「ダメよ薫。私とルビー、そして薫は一心同体。それは運命共同体。さあ、世界中にスイートな悪夢とストロベリーな自然災害を広めましょう」
「だから待てや。人がやったら自然じゃなくて人災だから、それから頼むから私を仲間にしないでください」
「そうはいきません! ルビーちゃんは凛さんとお友達になりました!」
「いやそれはもう洗脳っていう、」
「そして薫さんともお友達になると決めたのです!」
「……聞いてないですね、ルビーちゃん」
「やっと掴んだこのチャンス! ルビーちゃんは逃がしません! 私と凛さんはお友達。ペットの薫さんともお友達。もう決定です! あはー」
「待て! この電波ステッキ、人をなんだと思ってる?!」
「違うんですか凛さん?」
「間違いなんて何も無いわ。薫は私のお友達。薫は私の(自主規制)。さあ、薫。お手」
「お手してどーすんだぁぁああ!!! くうう、ダメだ。相手をしてはいけない。相手をするからダメなんだ」
 こめかみをマッサージしながらも、凛の手首に狙いを定める言峰薫。こうなったら蹴りも使うか。
「待ってください薫さん。どうしてそんなに攻撃的なんですか? ルビーちゃんとっても悲しいです。私はしがないマジックアイテム。使ってもらいたいという想いを持ちながら、誰も契約してくれない。ずっと一人で暗くて狭い箱の隅にしまわれていました。
 それが今日! 運命の出会いがやってきました。この才能溢れる(面白い)お嬢さん。凛さんが私を手に取り、ものは試しと起動してくださったのです! ああ! 私は神に感謝します!」
 神よ。やはり貴方は俺の敵か。
「聞いてください。私は愉快でお茶目な魔術礼装。かのゼルレッチ翁が作り上げた類を見ない一品です。つまらない日常をスパイスまみれのワンダーランドに変えて差し上げます! どうです?! 我ながらなんて素敵なアイテムでしょう。これはもうご家庭に一本用意して平和な世界を築くしかありませんよ。あはー」
 ぱたぱたと羽を動かすカレイドステッキ、しかし薫の目は冷めている。
「良いことを教えてあげます。面白可笑しい・イコール・平和、ではありません。平和とは退屈で、故に弱き者は平和に耐えられず争乱を好む。そう言った先人がいるのです。
 使って欲しいというその気持ち判らなくもありませんが、私は既にスパイスまみれの不思議環境にどっぷり浸かってますので、これ以上はもう嫌です。あああ、もうダメ、これ以上は勘弁してください。あああ、良い子になりますから、もうこれ以上はぁあ」
 突如、頭を抱えてもがき苦しむ言峰薫。その様子を見て(?)ルビーのお星様がキラリと光る。
「つらいんですね?」
 びくっと震える薫。
「判ります。判りますよ薫さん。ルビーちゃんは貴方のハートとシンクロ率は実に41.3パーセント!(起動には十分です)貴方のつらさはよく判ります」
 ……さっきから気になっていたのだが、このステッキ、裏の思考がだだ洩れだ。
 なるほど、ゼルレッチもこいつはヤベェと思ったか、それともテレパシー会話機能のせいなのか、これでは誰も契約などしないであろう。しかしである。
「……判りますか?」
 涙目で見上げる薫にマジカルルビーはやさしく語る。
「判ります。判りますとも。ルビーちゃんの契約機能は適格者をサーチ&フィッシュするため感度良好、高機能。そんなルビーちゃんは貴方の辛さが手に取るように判ります。辛かったですね? 苦しかったですね? 悲しかったですね?」
「うっく、ひっく。辛かったんです。ひっく。この世に神様なんかいないって判ってるのに、ひっく。毎日毎日、祈らずにはいられない日常生活。うっく。日常とはもっと平和であるはずなのに、ひっく。ジェットコースターとお化け屋敷がマイ・ハウスになってしまったような数ヶ月。色々なものを諦めて、もう、もう、もう、」
「判ります。判りますよ。その辛さ、その苦しみ。さあ薫さん! ルビーちゃんの胸に飛び込んでおいでなさい!」
「ああっ! ルビーちゃん!!」
 ひしっと抱き合う薫とルビー。というか凛。それはともかく人とステッキはかように友情をはぐくめるのだ! などというはずがない。
「……握りましたね」キラーンと光るステッキ中央のお星様。
「あ」
 ついはずみで、薫は両手でもってカレイドステッキを握りしめていたりした。
「ゲェットォォオオ!!!」
「しまったぁぁああ!!!」
 飛び退こうにも薫の両手がステッキを握った状態で離れない。動かない。
「接続固定・強制施錠・アクセス! アクセス! アクセス! 魔術回路パターン解析・同調開始! 波長分析・ハーモニクス近似置換・同調確認! タイプ「火属性・炎上」魔術特性「融解」と認証!  オッケー!! 愉快型魔術礼装「カレイドステッキ」ご主人様ゲットのために、フル・ドラァーーイブ!!!」
「ぎゃぁぁああ!!! やめてぇぇええ!!! 手がしびれる! うわ、なんか入ってくる?! うわうわうわ、助けてぇー。凛! しっかりしてください。凛ーん!!!」
「さあ、みんなで一つになりましょう? それはとても気持ちいいこと」
「違う! それは色々と違います! いけません凛。それだときっと溶けちゃいます」
「エーテル体・形骸フレーム認識終了。アストラル体・変動振動可変域フレーム固定。メンタル体・透過減衰率観測終了。コザール体・光波観測波形認識。グッド! グッド! グゥゥゥゥッド!!」
「あああ!!! なんかどんどん進んでる?! やめてー。離してー。話し合うんじゃなかったのですか?! ルビーちゃん! 貴方は嘘をついたのか?!」
「……(ちっ)フル・ドラァァーーイブ!!!」
「無視すんな!!」
「薫」
 必死に抵抗する薫に、凛は穏やかな声で語りかけた。やさしい笑顔に薫の動きが思わず止まる。
「薫。人生あきらめがかんじんよ」
「ぅぅぅあああ、もう、もうダメなのか、ぁぁぁ」
 がっくりと崩れ落ちる言峰薫。ぶぉんぶぉんと脈動を続けるカレイドステッキの、まさに勝利の瞬間だった。
「ありがとう凛さん。ありがとう薫さん。そしてありがとう人類。これで世界はルビーちゃんがいただきます。あれ?」
 ノリノリで薫に対して霊魂レベルのハッキングを仕掛けていたルビーが動きを止めた。ついでに凛も止まっている。
 肉体と霊体に感じる違和感が消えたので、試しに手を離してみると、実にあっさり薫はステッキから手を離すことが出来た。
 あれー? おかしいですねー? などと呟きくねくねと変形するカレイドステッキから、薫は飛び退き距離をとる。おのれ電波ステッキ。何があったか知らないが、今度こそ蹴り飛ばしてくれる。
 重心を降ろして丹田に力を集めて準備オッケー、もう手加減はしていられない。渾身の一撃で凛の手首を蹴っ飛ばす!
 まさに踏み込もうとした薫の気合はしかし、
「薫さん。あなた男の方ですか?」というルビーの問いに霧散した。

 ──── カチ・カチ・カチ・カチ ────

 静かになって、置き時計の振り子の音が、遠坂邸の応接間に静かに響く。
「なぜ、それ、を?」
「あ。やっぱりそうなんですか? あはー。困りましたねぇ。実は私「カレイドステッキ」は女性限定の魔術礼装。男性の方にはお使いできない仕様となっているのです。ああ、せっかくご主人様(手駒)をゲット出来ると思ったのに、ルビーちゃん、ショックです」
 よよよ、着物の裾で涙を拭き取るマジカルルビー。いや、あくまでもそんなイメージなのだ。
「……そうか、そうか男か。そうだ! 俺は男だった!! ははははは。よっしゃー!」
 テーブルに片足をのせて気炎を吐く薫。その顔は喜びに満ちていた。
「大丈夫です! ルビーちゃんは負けません!!」
 ごち。音を立てて薫のすねがテーブルの縁にぶつかった。ぬおおお、と悶絶する薫。
「薫さん! 貴方はなぜか男性の魂をもっておられます。しかし! カレイドステッキとアクセスできるその肉体は性別:女で間違いありません! 判りました。これはいわゆる性同一性障害というヤツですね? ルビーちゃんその位は知っているのです」
 それは違う。断じてそうではないのだが、何と言えばいいのやら。
「そう、薫は性同一性障害だったのね。だから男物のぱんつを穿きたがり、女物のぱんつを嫌がった。納得だわ」
「凛! それは違う! それは違うのです凛」
 洗脳が解けていないと判っていても、薫は訴えずにはいられない。
「まあ。こんな小さな女の子が男の下着に興味津々ハァハァなんて、もう、薫さんてば、お・ま・せ・さん」
「やめてくれぇぇええ、俺をおませさんと呼ばないでー! 頭が割れるぅ」
「薫さん。ナイスキャラです! ルビーちゃんはますます薫さんが大好きになりました。もう絶対に逃げしませんよー、あはー」
 ああ、悪魔の杖が嬉しそうに羽をパタパタしています。
「いやだ! もういい私は逃げる。許せ凛。力尽きた頃に回収に来るから許してくれ。さらばだっ! ってあれ?!」
 体が、足が動かない。足が床から離れない。うふふと嗤うカレイドステッキに薫は振り返る。
「甘い! 甘いですよ薫さん。先ほどの友情確認(霊子ハッキング)で貴方は既に、カレイドステッキのマスター認証を終了しているのです。それはつまり貴方は既に、ルビーちゃんのベストフレンド! ソウルメイト! 面白可笑しいお人形です! おーけー?」
「んな訳あるかっ! 女性限定ってのはどーしたんですか?! 私の魂は「男性」です。ふっ残念ながら貴方と契約できないのですよ」
「判ってます。判ってますよ薫さん。貴方は男の子に憧れているのです。かっこいいお父さん。かっこいいお兄さん。そんな人がいるのでしょう? だから貴方は憧れて「男の子になりたい」などという願望を持ち、女の子である自分から逃げようとしているのです。いけません。ルビーちゃんは許しません」
「違う。それ事実からだいぶ違うから」
 一瞬、綺礼とギルガメッシュを思い浮かべた薫だが、首を振って否定する。
「ルビーちゃんは誤魔化せません! 「カレイドステッキ」そのエナジーはずばり! 男性にどきどきする女の子の甘酸っぱい気・持・ち。なのです!」
「うそだぁぁああ!!!」
「嘘などではありませんよ。今日の凛さん。そして薫さん。貴方たちの心の中にはこの「男の人って大胆。私、恥ずかしい。だって女の子だもの。きゃ」というトキメキエナジーが大量に存在していたのです! そうです! 凛さんのときめき。薫さんのきらめき。それがルビーちゃんを覚醒させた原動力。貴方たち二人は素晴らしい! おませさん、最高です」
 言峰綺礼、やはり貴様が元凶だ。そして王様、今日という今日は貴方が悪い。犯人を貴方です。
「それにしても惜しい! せめて二次性徴を迎えて身も心も「女性」であれば、一気に本契約まで持って行けるのに。今はマスター認証が精一杯。これでは数日を待たずして眠りにつかねばなりません」
 よし、つまり名簿に氏名・住所は書いたがサインはしていないということか、まだ逃げられる。
「ああ、せめて今日という日を思い出に刻み、私のことを忘れないでいただくために「ルビーちゃんしばしのお別れ、素敵イベント」をやってもらって満足しないといけないのでしょうか。よよよ」
 着物の袖、ではなく羽で顔を、ではなくお星様をぬぐうそぶりのスッテキさん。言ってることがデンジャラス極まりない。
「その通りだわルビー。さあ薫。素敵な思い出作りをするために、お外へGO!」
「GOじゃないでしょぉぉおお!!! 凛、頼むから正気に戻ってください」
「ありがとう凛さん! ありがとう薫さん! ルビーちゃんは幸せです」
「やめてお願い! お外は、お外はマズイ!」
「んもう、薫さんってばテレ屋さんですねぇ。いけませんよ、女の子は人に見られて磨かれていくのです。見られること。それがレディーになるために大切なワンステップ。あはー、見られることが快感だなんて、薫さんのエッチーィ!!!」
「誰がエッチだぁぁああ!!!」
「いきましょう薫。いきましょうルビー。世紀末の伝説、それが今こそ始まるの。記念すべき第一歩をこの私が踏み出せる。なんて光栄なのかしら」
「凛。世紀末は過ぎましたよ。もうやだ。私に平和を返してください。しくしく」
「行きましょう凛さん。逝きましょう薫さん。光り輝くあの世はすぐそこですよ。あはー」
「助けてー」
 こうして三人(?)は遠坂邸を後にした。

 ──── 伝説が始まる ────

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あとがき
 ホロウで確認したところ「カレイドステッキ事件」は本編の六年前、これは初等部五年だろうと思います。
「とおさかはお歌でも一番じゃないといけないんだから」というセリフと影絵の丸っこさに惑わされ、可能な限り小さい時に事件を起こそうとしたのですが、確認が甘かった。
 二次創作でタイムテーブル気にしてもしょうがないですけどね。オリキャラものだし(でも、オリジナル要素入れるといい加減って訳じゃないですよね)
 以後気をつけよう。うん。
 色々とプロットを変更したので長くなり、前編・後編に分けることにしました。

 それにしてもマジカルルビーは思ったよりも難しい。

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