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 序章 天使が聖歌に舞い降りる

 讃えあれ、女神アリアよ、聖なるかな、聖なるかな、 天空からの祝福よ
 雲の隙間を抜ける光よ、山の狭間を抜ける風よ、精霊達の祝福を我らの元へ届かせ賜え
 女神アリアよ、世界の母よ、尊き聖母よ、優しき笑みを与え賜え
 祈りを捧げる我らの声を、どうか女神よ、聞き届け賜え
 Amen. (かくあれかし)

 光が差し込む礼拝堂に、世界の母たる女神アリアを称える歌声が響き渡る。千人近くを収容できるこの教会の礼拝堂には、多くの信者達と巡礼者が集い、祈りを歌声に託して天上へと届けようとしているようである。
 鮮やかな色彩が散りばめられたステンドグラス。それを通して入り込む光の筋は神々しさと厳粛な雰囲気を作り出す。
 礼拝堂の壁面には宗教画と天使たちの像が飾られ、正面には、差し込む光と吹き抜ける風を象徴する十字架が掲げられている。
 そして正面脇には、美しく装飾された女神の像が優しげな笑みを浮かべて鎮座されていた。
 その女神像の前、美しい歌声で賛美歌を歌っているのは聖歌隊の少女達。
 聖歌隊の少女達は、他のシスターや修道学士と異なり、ぞろっとした修道服ではなくて紺色のワンピースを着て帽子を被り、清楚な純白の上着を着込んでいる。
 美しい歌声で歌いながら、それぞれが手にした楽杖、天使の聖印が刻まれた祈りの杖をゆっくりと振りかざしていく。
 集まった人々は少女たちの歌声に導かれるように祈りを重ねていくのだ。
 聖母讃歌が歌い終わり、続いて天使賛美儀礼が始まって歌が始まる。

 聖なるかな、優しき女神
 聖なるかな、優しき女神、聖なるかな、聖なるかな
 ここに祝福を
 ここに祝福を、……

 歌声が高まるに連れて、歌うシスターや聖歌隊の者たちの体が光り出した。歌に併せて光は躍動し、流れを作って大きくうねる。信者達が感嘆の声を上げる。

 そして光は数人の歌い手の上に収束し、柱のように天に伸び、そこに天使が舞い降りた。

 賢者達の言葉に曰く。世界は秘密で出来ている。
 神秘を象ったルーン文字はルーンマスターによってその不思議を示す。
 呪文を唱え、方陣を用いて精霊を動かすのはウィザードリィを使う魔法使い。
 そして呪文を専門とするスペルキャスターたちの中から、天の御使いに歌を届けて降臨を願い、奇跡の御技を顕す者が現れた。
 聖句を散りばめたその歌は「聖歌」と呼ばれた。

 天使が降り立ったのは聖歌隊の少女達の上だけではなかった。
 大人のシスターの上にはひときわ輝く天使が翼を広げていたし、集まった信者の中にも歌声とともに光を集めて天使を呼び下ろしている者がいる。
 多くの人が集まる日曜礼拝、しかも天使讃歌を歌う時であるからして、天使がその姿を見せるのは決して珍しいことではないのだ。
 だが、今日は違った。
 礼拝堂に満ちあふれる光が、見た目にはっきりと聖歌隊に向かって流れていく。
 そして聖歌隊の片隅で歌っていた、栗髪の小さな女の子に収束していく。
 周りの少女たちと比べても背が低い。どんぐり目の可愛い顔は少女と呼ぶにも幼く見える。天使の聖印が両端に付いた楽杖を掲げ、本人は気持ち良く歌っているらしい。
 周囲からは視線が注がれ始めても楽しそうな表情は変わらない。
 集まった光が今日一番の強烈な輝きとともに天へと伸び、その輝きの中に大きな天使が出現した。
 その天使は、他の天使と同様に白い衣を身に纏い、輝く翼を広げた。だが明らかに他の天使よりも強い存在感を示している。
 手にはラッパを持ち、聖歌に併せて緩やかに舞い踊り、礼拝堂の全ての人を見おろしているかのようだ。
 ラッパを持った天使がくるりと回ると、虹のように鮮やかな幻像が生まれた。礼拝堂のあちこちから歓声が上がる。
 聖歌隊もシスター達も、そして信者達も段々と歌声を小さくしていく中、栗色の髪の小さな少女だけが天使と一緒に歌を歌っている。

 ……祝福あれ、祝福あれ、祝福あれ

 歌の終わりと共に天使は光の中に消えていき、そして栗色の髪の少女はその場に倒れ込んだ。



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