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アラビアの熱き風。
 原案:七音(ななおと)/原文:ヴらど 氏/追加執筆&編集:七音(ななおと)

 照りつける太陽が、広がる大地を渇かせる。灼熱の風が吹き抜け、砂塵が舞って空気が曇る。
 ここは中東(ミドルイースト)I国の国境近くのとある村落。あたりをぐるりと見渡せば、半ば崩れた日干しレンガの家屋が連なり、所々には緑の灌木。多少荒れてはいるものの、人が生きて暮らしている生活の跡が見て取れる。

 井戸がある。くみ取り桶は砕けているが。

 ドアがある。どういうわけか焼けていたが。

 道に瓦礫が墜ちている。竜巻でも発生したか、数軒の家が吹き飛ばされている。

 そして人がいるのだが、誰もが地に伏せ、虚ろな瞳で天を見上げて祈りの言葉を口にしていた。

 そんな村落に現れたのは一人の男、背が高く逞しい。しかし彼は兵士や旅行者などではないようで、その身を基督教の僧衣で包み、胸元には十字架のペンダントを吊るしていた。
 現地人とは異なる肌の色をして、髪はちょっとモジャモジャなこの男は言峰綺礼。日本からやって来た。

 ―― この地で「悪魔」を祓うため ――

Fate/黄金の従者・外伝:アラビアの熱き風

 三日前、雲上を飛び行くジェット機のファーストクラスに、言峰綺礼の姿があった。シートに腰掛け目を閉じて、祈りの言葉を紡いでいる。彼は静かに目を開き、そして小さく呟いた。
「ふむ、やはりエコノミークラスで充分だった気がするな」
 そう言い背もたれに身を預けると、呆れた感じで横から声がかけられた。
「やれやれだ。綺礼、貴様はこの我(オレ)のマスターであるのだぞ? それが安い席を好むなどとは嘆かわしい。言っておくが我には貴様に付き合う気などはないぞ」
 声の主に視線をやれば、そこにいるのは金髪紅眼の男である。笑みを浮かべてふんぞり返り、ワインを手にするその姿。まるで王侯貴族のようであり、さも当然の如くファーストクラスの空気を支配している。
 アテンダントも他の客も、この男を恐れるように身を縮め、顔色をうかがうように息を潜めている。
 おそらくそれで正解である。
 ニヤリと嗤って酒を所望するこの男、本来はこの程度の場所に満足している器ではない。叶うことなら子供となりおとなしくあって欲しかったのだが詮無きことだ。勝手にしろと放置する。
「ハハハハハ、腐るな綺礼。なに、退屈に耐えることも王の嗜みというものだ。我とて少しはこの時代の常識を弁えているのだぞ」
 うそつけ。
 心の中で言っておく。男の話を聞き流し、綺礼は窓の外を見る。眼下に広がる渇いた大地、これから向かうその場所は、死地であるはずなのだ。

 空港に降り立つと、同行していた男は一人どこかに消えていく。再び会うのは予定通りで五日の後か。綺礼は鞄を手に持って、指定の場所へと歩き出す。

 そして今日、悲劇が起こったこの村に到着した。綺礼は指令を思い出す。
 十日ほど前、この村に住んでいた一人の少女の気がふれた。そして村人に襲いかかったのだとか。小さな少女の小さな力、その常識は狂わされ、多数の村人が引きちぎられ、握りつぶされ、殴り砕かれた。
 村人は逃げ出した。逃げ出しながら、そして見た。
 殺した少女は嫌だと叫び、殺さないで死なないでと泣き叫ぶ。すると殺された村人達が、死ぬはずなのに動き出す。神の名前を唱えだし、助けを乞いつつ泣き出した。千切られ、裂かれ、砕かれた体のままで。神よ。救いを。殺してくれと。
 逃げられた者達は逃げた先で教会へ駆け込んだ。そして叫んだ。

 ―― 悪魔だ。悪魔があらわれた ――

 言峰綺礼は先へ先へと歩みを進める。探しているのは悪魔の前に異端の館。魔術協会を追われた魔術師の工房だ。渡された情報によれば、この魔術師は悪魔の召喚、ならびに使役を研究していたらしい。
「発見された異端を審問せよ。悪魔憑きを可能であるなら祓い、不可能ならばこれを滅せよ」
 それが綺礼に出された指令。魔術協会に出向扱いの彼ではあるが、もともと綺礼は聖堂教会の代行者。神意を示すエクスキューター(処刑人)なのである。
 冬木の管理者(セカンドオーナー)遠坂時臣より魔術を学んだ経歴を評価され、外道に墜ちた魔術師への異端審問、すなわち抹殺の仕事にかり出されることもある。故に綺礼は冬木を離れ、悪魔を降ろした魔術師を処理すべく、この土地を訪れた。

 ちなみに別れた連れは遊びに来ただけ。チグリスとユーフラテス川を見てくるなどと言っていた。

 魔術師の工房らしき館は村の外れで見つかった。しかしその館は崩れ落ち、結界は綻びて機能していなかった。調べてみると、瓦礫の中から男の遺体が見つかった。腐食が始まり肉の崩れる体には、魔術師の証たる魔術刻印が見て取れる。ならばこの死体が件の魔術師なのだろう。推測するに、召喚した悪魔の制御に失敗、殺されたということか。
 悪魔、そして悪魔憑き。綺礼は父、璃正の語りを思い出し、師の遠坂時臣の言葉も思い出す。

 悪魔とは、主に西洋にみられる霊障で、日本で言うキツネ憑きに近いものであるという。
 人間に「何か」が取り憑き、内面から崩壊させてゆく呪いのようなもの。日本の憑き物呪法が呪術師の意志によるのに対し、悪魔憑きには呪いを放つ術者がいない。
 自然現象。あるいは人が生活していく上で発生する交通事故のようなものとして「悪魔憑き」という事故が起こるのだ。
 症状は多用で系統化できないが、大抵は「悪魔」という概念によって発生する。
 人の想いが、いつかどこかで悪魔という名の呪いとなって、誰かの中に入り込む。
 悪魔は己の役目を果たすため、全力を以て宿主を苦しみから守り、苦悩を取り除こうと機能する。
 初期ではまず精神を病み、理性が消えていく中で神の教えを罵倒し、家族や隣人を傷付ける。
 重度となると「悪魔」が己の「カタチ」を宿主の肉を以て現そうとする。精神だけでなく、肉体までもが悪魔に引かれて変化する。
 その変化は常軌を逸した運動機能の発現から始まり、肉体の一部が人ではなくなるレベルまで様々だ。
 ラップ音やポルターガイストなどの異常現象、宿主の意識操作、周囲の人間への霊障の拡大なども確認されている。
 末期では悪魔が姿を見せる。しかし人の肉体では魔の再現は不可能なので、取り憑かれたものは奇怪に変形しながら死んでいく。
 希にそれに耐えきり、魂を魔に狂わされながらも魔を従えて生き延びる異端も存在するらしい。
 とはいえ多くの場合は宿主が苦しまないよう周囲の世界を狂わせて、最後は宿主が狂気に墜ちて楽になることとなる。
 心が人でなくなれば、人のようには悩まない。人のようには苦しまない。心が人でなくなれば、悪魔は肉を喰らって実体を得ようとする。そこに人の心は残っていない。あるのは悪魔の心と体。ここに悪魔憑きは完成する。

 魔術で解釈するのなら、悪魔とは第六の架空要素とされている。
「悪魔」とは、人間の願いによって生み出され、呼び出される受動的なモノ(システム)であり、想念が集まってカタチをなした実像幻想。
 実体化には「人々が創造(イメージ)したカタチ」がまず必要で、肉体をこれに変じようとする呪いという名の怪現象。
 真性悪魔(太古よりいた生物としての魔)ではなく「人が思う個体名を持つ化け物」になる霊障であり現象だ。
 名前をつけてしまうと「宿主という制限」を食い尽くし飲み込んで「自由」になってしまうため、悪魔を安易に名付けてはならないという決まりがあったはず。

 悪魔憑きの悪魔を祓えるのは、悪魔が成体になる前に限ってのことであり、成体になった悪魔憑きは既に人間ではなく祓えない。教会の代行者(エクスキューター)が滅ぼす以外に道はない。
 たった一件、埋葬機関の男が成体となった悪魔を祓うことに成功した事例があるといわれているが、それは奇跡と言えるだろう。

 探索は無意味と判断し、綺礼は館を後にした。村落の中心部へと戻ってみると、死ねない村人達から、殺してくれとの囁き声が聞こえてくる。悪魔という怪現象が、死人が死体となるのを許さない。
 異常法則が支配するこの村を開放するには、悪魔を消し去らなくてはならない。悪魔祓いは綺礼にすれば専門外だが、それでも指令は指令である。一応、魔術がらみではあるし、何より悪魔はまだ成体になる前のはず。ならば何とかなるだろう。
 呻く死人に目もくれず、一軒一軒の家を見て回る。
 崩れず残ったとある家に差し掛かると、すすり泣く声が聞こえた。ドアを押して中を覗けば、一人の少女が伏せていた。
「あぁあああ、あぁ、あ、ああ、あああああ」
 痩せて小柄な少女の体、その向こうには二体のミイラが横たわる。いや、ミイラと見まごうばかりのそれは、ひゅーひゅーと呼吸の音を立てている。そんなモノにすがりつく、少女に綺礼は問いかける。
「失礼する。私は教会から来た者で言峰綺礼という。悪魔に取り憑かれた子供とは君のことかね?」
 少女に向けたその言葉には、恐れも怒りも何もない。強いて言うならほんの僅かな愉悦があった。
 綺礼の問いに少女は震える。少女は振り返らずに方を肩を振るわせ息するミイラにしがみつく。
「あたし、ア、タシは、……あ、あくま、悪魔なんかじゃ、あ、あ、ああ!!!」
 少女は仰け反り、膝立ちとなって痙攣した。ガクガク震えるその体、絞り出される悲痛な声が、部屋の空気をかき乱す。

 あああああぁあぁぁぁあーーーっ、ああああぁあああぁああぁあああぁぁぁーーーっ

 声がだんだん低くなる。暗く、野太く、重くなる。少女の体はふるえを止めた。それからゆっくり振り返る。
「あ、あ、あ、あああぁぁあああああ!!!」
 叫びと共に空気が動き、椅子とテーブル、食器や小物、部屋に散らばるあらゆるものが浮き上がり、ぐるりと踊って静止して、次の瞬間、一斉に綺礼へと降り注いだ。
 綺礼は家の外へと飛び退いた。立っていた場所には瓦礫の山が出来ている。しかし彼はふんと小さく鼻で笑った。
 つまらない。一度に全部が一点に飛んでくるなど数歩動けば当たらない。せめて囲んで撃てば良かろうに。
 代行者とは人間兵器に例えられることもある。高純度の信仰心、強靱な肉体、卓越した戦闘技術、言峰綺礼はその全てを持っている。
 綺礼は両手に剣を持ち、再び家へと近づいた。覗いてみれば、少女は顔を怒りに歪め、体から陽炎を立ち上らせて立っていた。
(ふむ、予想していたほどひどい状態ではなさそうだな)
 綺礼は思う。見た目は人の形を保っている。もとより魔術によるものだ。だがそれ故に油断できないとも考える。
「少女よ、自分の名前を応えることが出来るかね?」
 綺礼の問いに、少女の顔が一瞬ゆるんだ。しかしすぐに怒りに染まり、噛み付くように口を開いた。
「我、が、名は、……パズズ」
 ほぅ。綺礼は見つめる目を細め、剣を握る力を強くする。

 パズズ(Pazuzu)とはメソポタミア文明の担い手だったアッカド人の伝承に登場する魔物である。
 胴体こそ人ではあるが、腕と頭が獅子のそれで、額から一本または二本の角を生やす。脚は鷲、背中に四枚の鳥の翼を持っていて、尾はサソリ、更には蛇の頭の男根を持つという。
 熱風とともに熱病をもたらすものとしてアッカド人に恐れられていた。しかし逆に悪霊の王であるから、その彫像が悪霊除けの護符として用いられることもあったとか。
 こうしたパズズやそれに類する魔物により引き起こされた病を払うには、呪文や魔術の儀式に頼る他はなかったという。メソポタミアでは、ペルシャ湾より吹き付ける南東の風は猛暑をともなう為、嵐と共に熱病を運んでくると考えらたらしい。

 冬木に残した家族の一人がメソポタミアを調べたさい、綺礼に語って聞かせたことがある。それを思い出した綺礼は頬を緩ませた。
「パズズとはまた質の悪い話だな」
 悪魔に名前を与えてはならない。名乗りを上げる悪魔憑きはすでに手遅れ。そのはずなのだが少女は未だに原形を留めて人でいる。顔に怒りを浮かべているが、同時に涙を流している。どこまでが悪魔憑きで、どこまでが魔術によるものかは判らない。
 救えるものか? 救えぬものか?
 とはいえ摂理の鍵を振りかざす代行者に出来るのは、魂を救うこと。つまりは少女を殺すこと。
 殺せば少女は苦しみから解き放たれて、悪魔はここから消えて無くなる。悪魔を殺せば村の異変は元へと戻り、死者は人として墓へと葬られるだろう。
 よって殺す。
 悪魔祓いたるエクソシストの出番は過ぎた。ならば代行者(エクスキューター)として役目を果たすのみ。

 しばしの沈黙の後、先に動いたのは悪魔の少女。地を蹴って大きく跳ねて、言峰綺礼に飛び掛かる。
 繰り出された右の拳を綺礼はくるりと受け流す。悪魔と言うほど早くない。自分たちは普段から、これ以上の速さで剣や槍を捌いているのだ。
 たたらを踏んでぐらついた少女の背中、そこに綺礼が踏み込んだ。
「フン!」
 大地よ砕けろとばかりに強く踏み込みレンガが割れる。少女とは背中合わせとなった綺礼は吐息を漏らし、背を使った体当たりをぶちかます!!!
 中国武術・八極門。鉄山靠。
「っ、がっ!!」
 少女の体は大きく飛んで、壁にぶつかり崩して落ちた。ガラガラと音を立てるその向こうで、しかし少女はまだ動く。
「ふーっ! ふーっ!! ふぅぅぅうううっ!!!」
 少女が息を荒げると、揺らぐ空気が風となって広がった。対して綺礼は手に持つ剣、黒鍵を前にかざして間合いを計る。この距離ならば、詰めれば一気に詰められる。今度向こうが動いたならば、間合いを侵して肘を打つ。それで意識を失うのならそれで良し、そうでないなら黒鍵で貫くことになるだろう。
 じわりじわりと近づくと、少女は瓦礫の中から立ち上がる。
「ほぅ、体は変異してないように見えるのだがな。内部はずいぶん強化されたということか」
 少女は獣のように吠え、柱を掴んで引っこ抜く。背よりも高い柱は抜けて、少女はそれを振りかぶる。
 だがそれは動作が大きく、隙がある。
 綺礼は一気に間合いを詰めて、下から腕の内を押さえ込む。そして腕をたたみつつ胸に向かって尖った肘を突き入れた。
 裡門頂肘。
 肘の先でボキボキという音がした。手加減せずに叩き込んだ肘打ちで、少女の肋骨は数本まとめて砕かれた。
 一歩下がった綺礼は体を入れ替え、手にした黒鍵を振りかぶる。気を失わせることは出来なかった。ならばせめて一撃で殺してみせよう。
 そう思い、突き入れようと力を込めたがなぜかふと、少女の顔を見てしまう。
 怒りに歪んだ顔だった。しかし頬は涙に濡れて、その目が助けてくれと告げていた。ほんの一瞬、綺礼の動きが鈍った。
 その一瞬に風が吹いた。
「な、に……」
 綺礼はその場に膝を突く。体に力が入らない。踏ん張ろうとするのだが、意識に雲がかかったように、どうにも思考がまとまらない。
「油断、シタ、な。代行者」
 少女は顔に、嘲笑を貼り付けた。
「そうか、これが「南東から吹く熱病の風」か」
 パズズが吹かせる呪いの風、先ほど感じた熱い風、あるいはこの村を包む空気全てが悪魔の力の呪いなのか。
「ソノ、……通リ、ダ。我、ガ、呪イハ、熱病ヲ、ヒキオコス……」
 言って少女は腕を振るった。悪魔の力は綺礼を大きく跳ね飛ばす。それでも防いだ綺礼であったが、あまりの強さに腕が痺れた。
 綺礼は片膝を付いた姿勢で思考を巡らす。
 いささか拙い。どうやら油断していたようだ。死人を生かすほどの悪魔である。少女の状態などに気を奪われるなど論外だったということだ。
 涙を流しながらもニタニタ笑い、こちらに近づくパズズ憑きの女の子。
 ……悪魔か。
 なんとはなしに凛のことを思い出す。これは綺礼のせいではなくて「あくまめー」と騒ぐ家族のせいである。
 フッと笑った綺礼に腹を立てたか、少女はうなり声を上げ両手を付きだし駆けてきた。言峰綺礼はまだ立てない。しかし動けぬことはない。黒鍵を握る拳に力を込めて、刺し貫こうとしたその時だった。

 少女の後ろの家屋が砕けた。瓦礫が吹き飛び周囲に散った。大地は削られ壁は粉々、空気までもが砕かれた。
 人の認識を超える速さで飛来したのは輝く鎖、少女に巻き付き自由を奪う。ギリギリと締め上げられて、憑いた悪魔は少女の口で悲鳴を上げる。
 土煙の向こうから、よく知る声がかけられる。
「この時代では魔物までもが贋作なのか? 綺礼、貴様は我(オレ)のマスターだ。我の許しなくして死ぬなど許さんぞ。よもや貴様、我とカヲルに無様な都市伝説を作らせたいのではあるまいな」
 よく判らない言葉と共に、金髪紅眼の青年、ギルガメッシュが現れた。
「ギルガメッシュ、何故お前がここにいる?」
「フン、思いの外つまらぬ観光であった。故に貴様を迎えに来てやったのだ。感謝するがいい」
 ひたすらにふんぞり返るサーヴァントに、言峰綺礼は苦笑する。
「出来損ないの悪念ごときの分際で、我が駆けた大地を穢すとは許し難い。このまま磨り潰してやりたい所だが……」
 一片の慈悲も感じられない冷たい視線でギルガメッシュは少女を見るが、しかし殺さず綺礼に向き直る。
「綺礼よ、この我に貴様の魂の在り方をみせてみろ」
 ギルガメッシュは腕を引き、鎖を引き寄せ少女の体を投げ出した。
 もはや動けぬ少女を前に、綺礼はしばし瞑目する。そして綺礼は目を開き、その手を伸ばして少女にかざした。
「この少女は未だ完全には墜ちてはいない。よって当初の目的を完遂する」

 綺礼は聖典の言葉を唱え、秘蹟によって少女に憑いた魔を祓う。そんな彼をギルガメッシュは見下ろしつつも見届けた。

 明くる日の夜、ホテルのラウンジに綺礼とギルガメッシュの姿があった。
 あの後、綺礼の身からは風の呪いが無事に消えた。村に蠢く生ける死人は死体となって、人間として埋葬されることとなった。
 生き残った少女は教会の手の者に連れて行かれた。どうなるのかは綺礼の知るところではない。
 グラスを傾けると、金色のビールがゆらゆら揺れる。何とはなしに眺めていると、ギルガメッシュが口を開いた。
「綺礼、なぜあの娘を助けたのだ。生き残ったとてその罪に耐えられるとも思えぬが」
 二人は目線を合わせない。隣に座り共にグラスを傾けるのみである。
「私は任務をこなしただけだ。救えたから救った。それ以上には意味はない。彼女が罪から逃げ出し死を選ぼうと、それは私の関与する所ではない」
 言って綺礼はグラスに口を付けるのが、何故か味が分からない。嗤う気配に目をやれば、ギルガメッシュがクククと喉を鳴らしている。
 なんだと視線で問いかける。ギルガメッシュはニヤリと嗤い、グラスをあおって立ち上がる。
「綺礼、貴様が無様に揺れる様子も酒のつまみにはなるのだがな。ククククク。迷うがいい、そして道を求め見出すのだ。その足掻く様子はこのギルガメッシュが見届けてやる」

 ―― もっと我(オレ)を楽しませろ ――

 ギルガメッシュはここから去っていく。二人が出国するのは明日の昼。次に行くのは欧州フランス首都のパリになる。綺礼もビールを飲み干して、次の仕事に意識を向けた。 


あとがき
 ……悪魔とか悪魔憑きってこれでいいのかな? 正直、理解しようとして頭痛くなりました。色々あって、悪魔もどきにしましたが。
 この話は管理人(私)が「書けるかこんなもんっ」と没にした原案を、ヴらどさんが作品化してくださったものでした。なのですが、サイト上での公開は気が進まないとのことで、管理人(私)が更に手を加え、ワザと形を変えて書き直したというか書き換えたものとなっています。
 おかげで自分の中からは出てないような雰囲気を出せたと自分では思っています。ささやかながらヴらどさんに感謝を。
2008.10/16th

おまけのおまけ

カヲル:薫ちゃんのミニミニ王様講座・外伝版。司会は私、今回は1カ所の名前のみだがそれも出来れば出したくなかった言峰薫と。
ギル:やれやれだ。せっかく中東を舞台としたのに我(オレ)の出番が少ないな。
カヲル:重要人物なのに強すぎるためちょっと不遇なサーヴァント・アーチャー、ギルガメッシュがお送りいたします。
ギル:それで今回のポイントは何であるか?
カヲル:ポイントというわけではありませんが「中東」について紹介しようかとおもいます。
ギル:中東か、我(オレ)の生きた時代には、そんな言葉はなかったが。
カヲル:そうですね。中東(ミドルイースト・ミッドイースト)という言葉は、西洋列国による植民地支配が盛んになって生まれた言葉です。
ギル:そうであったか、つまり数百年ほど前に作られた言葉というわけか。む、19世紀か。新しいな。
カヲル:そうですね。日本ではイスラム教文化圏を指す言葉として故意に違った意味で使用されますが、地理概念としてはここからここまでという線引きが可能です。
ギル:ほう、そこには我が駆けたメソポタミアも含まれているのだな。
カヲル:ぶっちゃけますと「西ヨーロッパから見て」文化上と地理上の距離感によって決められる領域ですね。
ギル:つまり多少は変化してきた。ということであるな。
カヲル:はい。現在ではですね、ええと。アフガニスタンを除く西アジアとアフリカ北東部の国々を指すようです。
ギル:それは中々に広大だな。欧州の人間はそれを「違う世界」と見ているわけだ。
カヲル:それはさておき、アラブ首長国連邦、イエメン、イスラエル、イラク、イラン、エジプト、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、シリア、トルコ、バーレーン、ヨルダン、レバノン諸国、それとパレスチナ自治政府の管轄域が「中東」に含まれているのが現状です。
ギル:古来よりどうにもきな臭い地域であるな。
カヲル:そうでもないのですけどね。でも冷戦崩壊以降は民族間対立や宗教間対立が表面化したり、核拡散の舞台となったり、ゲリラやテロの温床とされて戦争をふっかけられたり、とにかく情勢が不安定です。
ギル:石油が採れるし、場所によってはレアメタルが採れるからな。先進国から常に狙われるということか。価値観の違う者達が衝突をするのはやむを得ないが、大切に思うものがお互い違うのだな。
カヲル:それについてはデリケートな話題なので自粛するということで。狙っているのは先進国だけでもないですし、では今回はこの辺で。

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