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黄金のプチねた#113甘さの極み

「本日はお招きいただきありがとうございます」
 ニッコリ笑顔のシスターはフランス人の教会関係者。
 髪は黒いが眼鏡の奥の瞳は青い。しかし母方の祖父たる日本人の血が強く出たのか、その顔は童顔で東洋系にも見紛うほどだ。
「ようこそシエル七位。この度は娘が世話になった。私も一度挨拶をせねばと思っていたのだが、雑事があり出向けず申し訳ない」
 冬木教会の専任司祭、言峰綺礼はシスターに軽く頭を下げる。
「おじさまー、仮にも神父さんが結婚式やお葬式を『雑事』と言うのはダメですよー」
 台所から来たお小言に、綺礼とシエルは苦笑した。
 あと少しで食事の用意が終ります。そう言う薫の言葉を聞いて、綺礼とシエルは食堂の席に着く。飾り気はなく少々さっぱりし過ぎの感はあるがこれで良い。しっかりと掃除され、清潔感ある小綺麗な食堂だ。
 一人の少年が先に席についていた。
「こんにちはお姉さん。ボクのカヲルがお世話になっています」
 天使のような笑顔を見せるのは、金髪紅眼の少年だった。
「はじめまして。シエルと申します。ギルフォード君でしたね」
「はい。そう名乗っています」
 目を細め、ふふんと笑う少年に、シエルは内心いぶかしむ。
(名乗っています。ですか)
 ニコニコ笑う少年ギルフォード、面白そうな顔の言峰神父。そして台所からは女の子の鼻歌が聞こえる休日のお昼前。
 シエルは浮かべた笑顔の裏側で、少々気分を引き締めた。

 コース料理でメインはカレー。それが今日のおもてなし。

「まずは前菜です」
 出てきたのはトロリと溶けた大麦の煮込み料理。麦の黄色が出ているが、おかゆと見栄えは変わらない。
「イランの伝統料理でハリムです。このままだと味がないのでこうします」
 薫は砂糖をこれでもかというくらいに振り掛ける。
「「なにっ?!」」
 シエルと綺礼はおののいた。そうするうちにも砂糖は盛られ、更にシナモンパウダーがふんだんに掛けられた。まざに大盛り、凄まじき砂糖山盛りだ。
「薫さん、それは一体?!」
「薫、これはどういうことだ?!」
 気色ばむシスター&神父さんにも言峰薫は涼しい顔をしてみせる。
「今日のテーマは『甘いもの』です。ここんとこ辛いのばかりだったので、王様のリクエストです」
「「馬鹿なッ?!」」
 なぜか声をそろえるシエルと綺礼。睨まれた小さな王様は、ふぅと溜息ついて眉を寄せた。
「辛いものにも飽きました。たまには甘い料理を食べましょうよ」
「そんな! カレーの味は千変万化、私は後十年は戦えます!!」
「飽きるだと? それはお前が辛味の極地を極めていないだけの話だ」
「カヲル、配膳しなさい」
 小さな王様は、あっさりスルーし先に進めた。
 ハリムである。
 とりあえずかき混ぜる。しかし砂糖が溶けません。完全に飽和している。しかしそれでイイらしい。
「砂糖がジャリジャリするのだが」
 綺礼が顔をこわばらせている。
「これはそうものらしいです。イスラムは禁酒で飲酒の習慣がない訳ですが、酒の代わりに甘いもので体を緩めるそうで、甘い料理や甘い飲物が好まれるのだそうですよ」
「イスラム教の料理なんですか?」
 甘すぎて目が悪くなりそうだった。大麦:砂糖が1:1とかそんな感じだ。これは限界を越えている。
「イスラム文化圏の料理、ですかね。あ、現地では砂糖の一万倍も甘いネオテームという甘味料が流行っているそうですよ」
 あまーい。言いながら薫はハリムをぱくついている。やはり彼女も女の子だということか。
「すまん、もう無理だ」
 綺礼は皿を遠ざけた。見るとギルフォード少年も、一口食べて終わりのようだ。食べ物を無駄にするのは心苦しいが、シエルも残すことにした。

「スープは羅漢果の中華スープです」
 羅漢果は瓜の仲間で万病の薬とされる。甘味は糖ではないので吸収されず0カロリーだ。
「これはまるで汁粉だな」
 黒豆と干しアンズも入ったそれは、ほとんどお汁粉だった。お餅は入っていませんが。
 綺礼神父がテーブルに両肘を付いてお汁粉、ではなく羅漢果スープを睨んでいる。お行儀が悪いが気持ちが解らなくもない。
 食べてみる。
「うっ?!」
 シエルは甘味に戦慄する。羅漢果の甘味は砂糖の三百倍である。口いっぱいに広がる甘さのインパルスが駆け上がり、衝撃波となり脳へと伝わる。
 しかしブロック! 凄惨な戦いをくぐり抜けた歴戦の代行者、それがシエル。彼女は砂糖の甘味に負けたりしない。
 視線の先では言峰綺礼もレンゲを片手に甘さという名の一撃に耐えていた。我々は神の使徒、信仰という鎧で身を包み、狂信という名の剣を掲げるエクスキューター。イスラムの(自主規制)など(自主規制)ですよ言峰神父!
 ちなみに羅漢果スープは中華であってイスラム料理ではないので注意が必要です。

「メインはカレーです」
 待ってましたと思いつつ、シエルは額の汗を拭った。これで勝てる。辛い戦いに休息を。乾いた心にカレーライス。それがシエルの癒しである(多分)……しかし。
 シエルと綺礼が顔をこわばらせた。
 出されたカレーはシチュー皿に盛られた具沢山のスープカレーか? 色はいわゆるカレー色。見た目はカレー。だがしかし、黄金色のソースがかけてある。

 ──── 蜂蜜だった。

「カメルーン料理のピーナッツバター・カレーです。糖度を高くして腐りにくくする伝統があり、たっぷりの蜂蜜を入れるのだそうです」
 どうぞ。甘い香りが強烈なスープカレー。ピーナッツの香りも甘い匂いを引き立てる。
「こ、これは羊羹クラスかっ?!」
 綺礼神父が口元を押さえている。食してみると、甘い。
 甘い・甘い・甘い・甘い・甘い!!!
「これが! これがカレーだと言うのですか?! 薫さん!!!」
「いや、カレーとは元々『スパイス料理』って感じの意味で辛い料理じゃないですよ。あー、でもこれ本当にようかん食べてるみたいで、ちょっとキツイですね」
 ならば普通のカレーを食べなさい。お願いします。そう言いたかったが自制する。
 世界は広い。カレーとは味の爆発にして芳醇な味覚のオーケストラ。一点突破の真っ赤なマーボーとは異なる進化の融合形態。そうだ、カレー食べよう。
 そろそろ脳がとろけてきたようです。

 食後のデザートには紅茶とドーナツ。
 紅茶は練乳が入ったマレーシアのテタリ紅茶。マレーシアもイスラム圏で、酒の代わりに甘いものをたくさん飲むと聞かされる。
 ドーナツはインドのドーナツだと薫は言う。シエルはその一言に全てをかける。
 インド、それは心のシャングリラ。最後のドーナツでインドin.さようならスイーツ、グッドモーニング聖地の料理。
「インドには辛い料理の後に甘い料理で味覚を癒すという考え方があるそうです」
 濡れたドーナツが配られた。
 3リットルの水に5キロの砂糖を溶かしたシロップに、甘いドーナツを数時間漬けて仕上げるインドのドーナツ、クラブジャムン。
「そんな?! これもインドだというのですか?! 私は今日、初めてインドが憎い!!!」
 シエルは拳を振るい、涙ぐむ。そして綺礼が立ち上がった。
「急用を思い出した。失礼する」
 しかし薫が綺礼を腕を掴んで離さない。
「一口は食べてください。これはこれで突き抜けてますよ」
「薫、よく聞くのだ。日本人の糖尿病患者は増え続けている。覚えておけ」
「いや、それは話が違いますから」
「故に私は唐辛子を摂取し、新陳代謝を上げようと思う」
「いやいや、そう言わずに」
「もしもし泰山ですか? こんにちは魃さん。ええボクです。教会にいつものを頼みます。ええ、そうなんですけど耐えられなかったみたいなので。ええ、ええ」
 漫才のようなやり取りを眺めつつ、シエルはドーナツを齧ってみる。
「!”##$%&’())=! !! !!! むぐふっ」
 今日一番の甘さに悶絶し、シエルはテーブルに突っ伏した。
「ああっ、大丈夫ですか?!」
「しっかりしたまえ、すぐに麻婆豆腐の出前が来る」
「あはははは。お姉さん、ガッツです」
 冬木教会おそるべし。
 シエルは消え行く意識の中で、目が覚めたらすぐに帰ろうと心に決めた。


あとがき
 他には『ピラフのシラップ掛け』とかが凄そうです。コップ一杯(200ccくらい)のシロップを一皿のピラフにかけて食べるとか。
2011.2/25th
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