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七章 天使

 黒の神官騎士達が、叫びながら指示を出していた。
 霊を封じ込めていた封霊の洞窟、その封印の効力は失われ、岩山表面のあちらこちらから、白い影の死霊や黒い影の悪霊が滲み出している。
 黒騎士カーメラが言ったように、ここに封印されていた死霊悪霊は三百体近く。とても十数人の黒の騎士で抑えられる数ではない。
「全員礼拝堂へ行って頂戴。あそこなら死霊達が入って来ることはないと思うわ」
 カーメラがジュリアに指示を出す。
「待ってください。ここはどうするんですか?!」
 シーマがカーメラに言い寄る。
「こうなっては抑えることは出来ないわ。夜が明けて霊達が活動を止めるのを待つしかないの、判るでしょう?」
「でもこのまま死霊が出ていったら、修道院があるし、街だって近いし!」
「落ち着きなさい。学士は全員避難、近くの住人達にも避難勧告を行うわ。
 夜が明けて太陽が顔を出すまで、とにかくここから離れるの」
「私達に出来ることはないんですか?!」
「死霊が出て来る範囲が広過ぎるのよ。とにかく、昼間になって夜気が消えればもう一度封印出来るから、なんとかそれまで、」
「そんな! まだ夜中じゃないですか! どこまで逃げろって言うんですか!」
「止めなさいシーマ」
 叫ぶように言ったシーマの腕をジュリアが引っ張る。
 シーマがジュリアを振り返る。苦しそうな顔をしていた。改めて皆を見ると、全員の表情に疲労が見て取れる。
 ジュリアもロザリンドも、リンダもアニタもマリエッタも死霊達と向き合って疲れているのだ。
 それが判ったシーマは口をつぐんだ。
 カーメラは黙ってシーマに背を向けた。
 そして大人の神官騎士達と一緒になって、呪文を唱えて死霊を抑え始めた。修道院の避難が済むまで時間を稼ぐつもりらしい。
 トレーシーとクラウディオは、ニータとノーマを連れていった。学士寮に戻って避難の指揮をするようだ。
 黒の騎士に混じって赤の騎士も動いていた。霊障壁を作っている。
 しかし全ては時間稼ぎにしかならない。時間が経てば突破され、教会施設になだれ込んでくるのははっきりしていた。


 昼間になれば夜気が消える。そうすれば死霊は活動を止める。もう一度封印できる。


 逃げれば良いのだ。死霊の足は遅い、それに迷い出ているとはいえ、彼等は死霊の洞窟から無限に離れることは出来ない。彼等の本体である死体や遺物がそこに埋葬されているからだ。
 神官騎士達が時間を稼いでいるし、カーメラほどのエクソシストがいるのなら、死霊の数も、ぐっと減るに違いない。
(でも)
 街が近過ぎる。避難勧告をするといっても間に合うのだろうか?
 一軒一軒の戸を叩き、住人を叩き起こして事情を説明する。そんなことをしていて間に合うはずがないではないか。
 今は真夜中なのだ。きっと誰しもが眠りこけているだろう、幸せな夢でも見ているかもしれない。
 修道院には皆がいる。神官長グラン・シーマ、図書館で仕事を教えてくれた赤の神官騎士やシスター達、同じ寮で生活していた見習い修道士の仲間達、一緒に歌った聖歌隊の人達、たくさんの修道学士、食堂のおばちゃん。
 街の灯りが目に映る。顔なじみの信者達や、仲良くなったパンケーキ売りのおばさんを思い出す。
 そんな人達に死霊や悪霊が襲いかかる。
 シーマは自分の想像に鳥肌が立った。冗談ではない。そんなことを許すわけにはいかない。
 昼間になって光が強くなれば、夜気が晴れて死霊は消える。
 ちっちゃなシーマは考える。
 ルーン魔法。
 駄目だ、そこまでの光は生み出せない。
 カーメラのようなウィザードリィ。
 そのカーメラが逃げろと言っているではないか。
 天使召喚。
 修道院の全員が聖歌詠唱をしたとしても、現れる天使は数体だろう。数が足りない。
 それに天使は召喚者の頭上から動かない。呼ぶとしたらここでやるしかないのだが、自分達は疲れてしまっているのだ。
 大天使を召喚できたとしても、歌い手の神霊力が保ちはしない。すぐに天空に帰っていくに違いない。
 いっそ教会に火を放ち、火事を起こしてみてはどうか。
 街に燃え広がったら大惨事だ。それに必要なのは、火ではなくて光なのだ。
 夜の闇、迷える霊達が纏う夜気を消し去るような、昼の光。
(火、光、昼の光。あれ?)
 おとなしくなったシーマの肩を、ジュリアが抱いた。
「私達がここにいても、足手まといになるだけよ。街の人の避難くらいなら手伝うことも出来るかもしれない。行きましょう」
 ジュリアは強引に歩かせた。
 しかし数歩も行かないうちに、シーマはジュリアの腕を振払った。
「シーマ貴女の気持ちも判らなくはないけれどいい加減に、」
「ジュリア!」
 シーマに胸ぐらを掴まれ、強く引かれてジュリアはよろけた。
「夜気を祓えば死霊は消える。そうですよね!」
 シーマの剣幕に全員が目を見張る。
「そうよ、でも」
「ウリエルって、確か火の天使って呼ばれてますよね!」
 ウリエル。大天使の一人で火を司る。その名前は『神の炎』を意味し、地獄を支配して悪人に苦痛を与える存在として恐れられる。
「そうだけど?」
「ガブリエルは死の天使、ラファエルは癒しの天使そうですよね!」
 神の伝言を地上に運ぶガブリエルは、死の天使とも楽園の統治者とも呼ばれる。
 ラファエルは命の樹の守護者であり、癒しの天使。
 ウリエル、ガブリエル、ラファエルはミカエルと合わせて四大天使と呼称され、およそ知らない者はいない。
「シーマ、貴女一体何を言って、」
 困惑するジュリア、周囲の者もシーマの言動が理解できていない。
「この前わたしが召喚したイスラフェルって、『音楽の天使』ですよね!」
「そうよ」
 シーマは決して錯乱したんじゃない。ジュリアはシーマの目を見て返事をした。
「昼間になれば夜気が消えて、死霊は消える。昼になればいいんですよね! とにかく昼になれば!」
 げっ! ジュリアの後ろでアニタが呻いた。リンダとマリエッタ、ロザリンドが目を見開いている。マーセラが両手を口に当てて固まった。
「シーマ、貴女それはまさか」
 ジュリアの顔が驚愕に震える。
 シーマはジュリアから手を離した。
 その場で身を翻し、死霊の洞窟へ向かって三歩進んで立ち止まる。
 両手を大きく拡げて天を仰ぎ、胸一杯に空気を吸い込んだ。
 一瞬だけ呼吸を止めて、

ーーLAaaaaaaaーー

 シーマは歌った。
 びりびりと空気が震えた。その一声だけでシーマの全身が虹色に輝き、神霊力が吹き出した。光が風のように四方へ吹き抜ける。
「貴女達、何をやっているの!」
 向こうからカーメラの叱責が聞こえたが、シーマの発声は止まらない。周囲に広がっていく、空に向かって伸びていく。
「いくら何でも無茶苦茶だってば!」
 アニタが頭を抱えた。
 ここにいる全員が、シーマのやろうとしていることに気が付いた。
 ジュリア、そしてリンダとアニタとマリエッタは、彼女達が従者になってすぐの時、シーマが召喚したイスラフェルや他の天使についても、天使学で調べていた。
 学士であるロザリンドやマーセラも、同じ答えに至ったようだ。
 神学の一つとして、天使学はもちろん学ぶ。様々な書には御使いとして、多くの天使が登場するからだ。
「シーマ」
 マーセラがよろけるように前に出るのを、ロザリンドが支えた。
 その横をジュリアが通り越した。
「レディ・ジュリア!」 
 リンダが制止の声をかけるが、ジュリアは振り抜いて笑顔を見せると、そのままシーマの横に歩いていった。

ーーLAaaaaaaaーー

 シーマはジュリアに気が付いた。ジュリアはほんの少しだけ、やれやれといった感じで首を振り、それからシーマを見つめて笑いかけ、そっと手を差し出した。
 シーマはジュリアを見つめ返し、笑顔になって手をつないだ。
「ああもうっ!」
 アニタが二人の所に駆け寄った。リンダとマリエッタも追いかける。ロザリンドもマーセラに支えられ、シーマとジュリアのいる場所へ。

ーーLAaaaaaaaaaaaaaaーー

 七人の歌声が虹色の神霊力となって、天空を突き抜けた。
 シーマが選んだのは天使儀礼の一つ、精霊節の感謝の賛歌。

ーー精霊満ちる楽園よ、遙かに遠き楽園よ。精霊を生み出す遠き地よーー
ーー精霊満ちる楽園よ、実りをもたらす精霊達を、光と風に乗せ賜えーー
ーー光と風はこの地に届く、光と風を讃えよう。この地は遠き楽園の写し絵なりーー

 七人の少女達が作り出した光の中に天使が現れる。
『輝きの諸節』『加護の古書』『天使語』『天空塔の書』などにある光の天使。
『日の光』『神の力強き太陽』そして『楽園の守護天使』三百六十五の天使の軍団の長にして、予言者達を導き天へと連れていったという伝説をもつ天使。

『昼の天使』シャムシエル。

 シャムシエルは神霊力の光を受けて、光の翼を大きく広げた。
 翼はさらに強い光を放ち、辺りを明るく照らしていく。
 カーメラの目の前で悪霊達の黒い影が消えていき、岩山に登ったテレサの前で、死霊達の白い影が消えていく。

ーー讃えよう。精霊達に感謝の歌を捧げようーー
ーー讃えよう。精霊達に歓喜の歌を捧げようーー
ーー讃えよう。精霊達と大地に生きる女神の子らに祝福をーー

 少女達の平和の讃歌が響き渡る。
 シャムシエルの放つ光はますます強くなり、まばゆい輝きに星々の輝きは塗り潰された。修道院の丘を中心に夜は退き、太陽のように輝く天使に照らされて、街は昼へと時間を変えた。
 天使は太陽のように明るく輝き、星空は青空になった。
 歌声に呼ばれた天使によって。

 天に星の輝きが戻り、辺りには静寂が取り戻された。
 少女達の歌の終わりと共に、昼の天使は光の中に消えていく。
 しかしその強力な輝きに照らされた辺りの大地からは、昼の温もりが感じられる。人にも木にも、岩山全体からも仄かな暖かさがもれ出していた。
 大人の神官騎士達は呆然として立ち尽くしている。悪霊や死霊の姿は何処にもなかった。天使の光に夜気を祓われ消滅したのだ。
 封霊の洞窟には、もう霊はいなくなったのだ。

 そしてシャムシエルを召喚した七人の少女達。
 彼女達は七人とも地面に転がっていた。一人一人がうめき声を上げる。

「もーだめ、もーだめぇ」

「たてませんねぇ」

「ふたりとも、だいじょうぶ、よね」

「はんちょ〜」

「もう、だめ、か、も、」

「しーまぁ、貴女、」

「だめですぅ、きゅぅぅぅ」

 全員目を回していた。


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