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五章 小さな罰
寒くてなかなか眠れない。
ここ数日は、ジュリアと同室になったおかげで暖かいベッドで休んでいた。
そのせいなのか、硬い寝床が背中に痛い。
シーマは毛布に包まって、横向きで丸くなってみた。板の上に直接寝ているので、下にしている肩が痛む。
始めて入った懲罰室は、思っていたより随分と狭い。部屋を照らす灯りも無かった。
壁際の、片側を鎖で吊るされて支えられたベッドはドアのような大きな板で、マットもシーツも何もない。持ち込みが許されたのは毛布が一枚だけなので、板の上で毛布に包まって寝るしかないのだが、この季節はまだ寒い。
まだ十二歳のちっちゃなシーマには辛かった。
ここは礼拝堂のある建物の一角にある懲罰室。シーマとロザリンドは、今夜それぞれ一人ずつ懲罰室に入れられているのだった。
「懲罰室に入ってもらうわよ」
修道院の警備を勤める白の騎士団。
学士であり、白の神官騎士であるビアンカは、シーマに向かってそう言った。
多くの者が見ている中で、あれだけの騒ぎを起こし、取っ組み合いまでしてしまったのだ。罰があって当然だ。
学士騎士達が集まった者達を解散させて、当事者を集めて事情を聞き取り、決定した。
ニータを叩いてしまったシーマは、当然そのつもりで頷いたのだが、周りのものが一斉に反論した。
「お待ち下さい。元はと言えば、私が彼女の機嫌を損なうような物言いをしたのが原因なのです。懲罰室には私が入ります」
マリエッタがニータに近付く様に、前に進んだ。
「レディ・ビアンカ! シーマはまだ子供です。懲罰室はきつ過ぎると思います、あたしが代わりに入ります!」
アニタがシーマを庇う様に、ビアンカとの間に割り込んだ。
「いえ、シーマもマリエッタも私の班の娘です。今回のことは私の指導の至らなさが原因ですから、班長である私が罰を受けるのが適当です」
リンダがマリエッタとアニタの腕を取り、自分の後ろに引き下がらせる。
「みんな待ってちょうだい。貴女達は私の従者。貴女達のやったとこの責任は、全て私にあるの、シーマが怒ったのも私のせいだわ」
ジュリアがみんなを黙らせる。
「責任というのは、人の上に立つものが取るべきものなの。
懲罰室は私が入るわ。構わないでしょうビアンカ?」
ビアンカとガブリエラが困った顔で相談している。その間も、四人はシーマを囲むようにして立っていた。
「どうしようかカーメラ」
ビアンカとガブリエラは決めかねたようで、黒騎士カーメラに意見を求めた。
「そうね。ニータとシーマ、二人とも感情的になっていたようだし、今回の件は指導者の配慮が十分ではなかった、ということでいいのではないかしら?」
「そんな所かしらね」
「シーマは騎士に推挙されたと言ってもまだ子供だし、ニータの感情的になってしまった気持ちも判らなくはないわ。
やはりニータの班長であるロザリンド、シーマは見習い班だけど、今は従者扱いだからジュリアに責任を取ってもらうのが適当かしらね」
カーメラの言葉に、ビアンカは頷いた。
「では修道学士班長ロザリンドと赤の神官騎士ジュリア、二人には騒ぎの責任を取って、今夜は懲罰室に入ってもらうわ。
反省の誓約文や、その他の罰については明日あらためて言うからそのつもりでね」
では解散。ビアンカはそれで終りにしようとしたが、ちっちゃなシーマが終わらせなかった。
「待って下さい」
仲間達の輪を抜けて、シーマはビアンカに歩み寄った。
泣き腫らした目はまだ赤く、頬の引っ掻き傷もあって顔がひりひりするのだが、真直ぐにビアンカの目を見て話しかける。
「懲罰室にはわたしが入ります」
落ち着いた声で言ったシーマに、ビアンカはにやりと笑う。
「ええっ!」
「シーマやめて!」
止めようとするリンダとジュリア。
「待ちなさい!」
ビアンカがリンダとジュリアを制止する。
「貴女は自分で罰を受けると言うのね?」
「はい」
シーマはしっかりと頷いた。
「ジュリアが貴女の代わりに罰を受けると言っているのだけれど?」
「悪いのはわたしです」
ビアンカが面白そうにシーマを見ている。シーマはそれを平然と受け止めた。
緊張も恐れもない。自分は当然のことを言っているだけだ。
視線を外したのはビアンカが先だった。
「これは参ったわね」
彼女はガブリエラと顔を見合わせ、肩をすくめておどけた表情を作った。
後ろにいたガブリエラも、苦笑とも困惑ともとれるような複雑な顔をしている。
「判ったわ。貴女の望み通りにしてあげる。
ジュリアの従者、見習い修道士シーマ、今夜は懲罰室に入りなさい」
「はい」
「待ってビアンカ!」
「駄目よジュリア。彼女が自分で決めたのよ」
「でも! ちっちゃなシーマに懲罰室は厳しいわ」
「ジュリア」
シーマがジュリアの袖を引っ張るが、彼女はビアンカの方を向いたままだ。
「でも、は無しよ。自分で意思決定が出来る子を、半人前扱いはしないものよ」
「でも、シーマはまだ十二で!」
「ジュリア」
シーマの声は届いていないようだ。
「その十二歳のシーマを神官騎士に推挙したのは貴女でしょう? 諦めなさい。
それに、騎士になる前に懲罰室に入っておくのも、悪くないと思うわ」
「悪くないとは何ですか! 貴女は面白がっているんですか!」
「ジュリア」
「そんな、私はただ、」
「大体ビアンカはいつもいつもそうして人が真面目にやっているというのにそれを冷やかすようなことを言ってばかりで私のシーマを懲罰室に入れるなんて私が責任を取ると言っているのにそれをビアンカ、貴女は……」
「ジュリアってば!」
シーマに腕を強く引かれて、彼女はやっと振り向いた。驚いた顔をしている。
そんなジュリアをシーマは微笑んで見つめた。
ジュリアはシーマの笑顔を見て、そしてがっくりと肩を落とす。
そしてジュリアはシーマの頬を撫で、シーマはその手を自分の手で包み込む。
「貴女の負けね、ジュリア」
ビアンカがそう言ったが、二人は聞いちゃいなかった。見つめ合って二人の世界に浸っていた。
「もしもし? もしも〜し」
「ジュリア? ジュリア!」
ビアンカに呆れられ、ガブリエラに呼び掛けられて、二人は我に帰る。
「何だかどうでも良くなっちゃうわよね、ガブリエラ」
「私に言われてもちょっと……」
シーマは首を傾げるだけだが、ジュリアは顔が赤くなっていた。
とにかくシーマが懲罰室に入ることになった。
ニータも多少ぶつぶつ言ったが、それはロザリンドがはっきりと言い止めた。
これ以上もめるならマリエッタと共同奉仕をさせると脅かされ、これはさすがに嫌だったのかニータもおとなしく引き下がった。
そうしてシーマとロザリンドは揃って懲罰室で一晩を過ごすこととなる。
(う〜、やっぱり寒いなぁ)
懲罰室の奥、壁の高い所には鉄格子のはまった小さな窓があり、月明かりがかすかに入ってくる。
(せめてあそこが開いてなければ)
外の空気が入ってしまうので、気温はかなり下がっている。毛布で口元を被っておかないと、肺がやられるかもしれない。
ふうっと息を吐いてみる。かすかな月明かりでも、吐いた息は白かった。
眠れないので色々なことを考える。
班のみんなのこと、ジュリアのこと、学士騎士達のこと、ロザリンドのこと、ニータのこと、そして自分のこと。
みんなには迷惑をかけてしまった。反省しよう。もっと頑張って足を引っ張らない様にしなければ。でもマリエッタには一言言っておこう、あの性格は改善の余地がある。
ジュリアにも申し訳ないことをしたと思う。でも自分で選んだことなのだから、彼女に助けられてばかりでは駄目だと思う。でもここから出たら謝ろう。
自分を子供扱いしなかったビアンカには感謝していた。聖歌隊でもお世話になっているのに、今日はこんな騒ぎを起こしてしまった。よく謝ってお礼を言おう。
ニータとはいつか話をしよう。仲良しにはなれないかもしれないけれど、判ってはくれると思う。思いたい。
そしてシーマは考える。
隣の部屋にいるはずのロザリンド、彼女も毛布に包まって、色々なことを考えているのだろうか。それともとっくに眠りの中で、今日の夢でも見ているのだろうか。
ちっちゃなシーマは考える。
きっとロザリンドは起きていて、自分と同じ様に考え込んでいるに違いない。
コンコンコン。
微かな音が聞こえたような。
コンコンコン。
隣の部屋で、壁を叩いているようだ。シーマも壁をノックした。
コンコンコン。
コンココン。
コンココン。
ココッコンコン。
コココココン。
……何やってるんだ私達。
シーマは毛布を体に巻き付け、体を起こした。壁に手を当て目を瞑る。
指先で冷たい壁をくるりと撫でて、シーマは目を開け『力』を込めた。
岩のルーン文字、砂のルーン、さざ波のルーン、やまびこのルーン、そして翼のルーンを刻み込んで声をかけた。
「聞こえますか、シーマです」
(……聞こえるわ)
ほのかに光る壁面から、少しぼやけたロザリンドの声が聞こえた。
「まだ起きていらしたんですか?」
(ええ、寒くてなかなか眠れないわ。これは貴女の魔法なの?)
「はい。お話ししたくてルーン魔法を使っちゃいました。内緒にしてくださいね」
(いいわ。二人だけの秘密ね)
ロザリンドの声は優しく聞こえた。
寒いとか、硬いとか、肩が痛いとか言って盛り上がってから少しして、ロザリンドが囁いた。
(ニータのこと許してあげてね)
「許すだなんてそんな! わたしこそニータに謝らないと」
壁に向かってふるふると首を振るシーマ。当然向こうからは見えない。
(貴女は良い子ねシーマ。聞いてちょうだい。私の姉が赤の神官騎士だったってことは知っているかしら?)
「はい」
以前、ジュリアと一緒の部屋にいた人だ。直接話をしたことはなかったが、顔くらいは憶えている。
(姉が学士で騎士をやっていた時、私達が従者をしていたの)
「そうなんですか」
(ええ、姉は私と違って面倒見がいい人だったから、色々な人に好かれていたわ。きっとニータも姉に憧れていたのね)
「そんな! レディ・ロザリンドは素敵です。ニータが怒ったのは、わたしなんかより貴女が騎士になるべきだと思ったからに違いありません」
(そう言ってくれると助かるわ。でもレディはやめてもらえると嬉しいわ。私はただの修道学士よ)
「じゃあロザリンド、」
(ロザリー)
「……」
(貴女にはロザリーと呼んで欲しいわ)
「……、ロザリー」
(ありがとうシーマ。レディ・ジュリアが貴女を選んだのは、どうやら間違いじゃなかったみたいね)
くすくすと笑う声が聞こえた気がした。
「そんな、あたしなんてまだまだ子供で」
(貴女は強いわ。私の姉なんかよりずっと強い)
「私がですか?!」
(姉はやさしい人だったの。でもね、やさしくって戦わない人、立ち向かわない人なの)
何と言ったらいいのか判らず、シーマは黙る。
(神官騎士になってすぐ、父は姉に結婚するように言ってきたの。相手は十五も歳の離れた末席の貴族よ。ようするに騎士の称号をだしにして父が無理矢理結婚させたの。姉のためじゃなくてね)
「そんな」
(でも姉は逆らわなかったの。父のことが嫌いになれなくて、何も言わずに結婚したわ)
ロザリーは怒ってはいない。普通に話している。でもすこし寂しそうにシーマには聞こえた。
(私はそんな父が嫌い、優しいだけの姉が嫌い。
だから神官騎士になっても父の思い通りになんてならない。徹底的に戦うつもりだったの。でもレディ・ジュリアは貴女を推挙した。
前にも言ったけれど、少し複雑な気持ちになったわ。
貴女が召喚した天使はきれいだった。でもジュリアが貴女を騎士に選んだのは、ひょっとしたら姉の代わりに私を助けるつもりじゃないかってね)
「そうだったんですか」
自分の知らない所で多くの人が考え、思い悩んで行動しているのか。
シーマはジュリアや仲間達の顔を思い浮かべた。
(でも貴女を見ていて、そうじゃないって判ったの。貴女は確かにちっちゃいけれど、自分の好きなものを好きだと言えるものね。きっとレディ・ジュリアはそれを知っていたのね)
「それって子供だってことなのではないかと」
思わず力が抜けるシーマにロザリーは言う。
(違うわ。好きなものを好きだと言い続けるのは、なかなか大変なのよ)
「はあ、そういうものでしょうか」
(でも貴女なら大丈夫よ、今日、貴女に睨まれた時、私はとても怖かったもの。逃げちゃおうかと思ったわ)
「ええっ! いやそのあれはその。わたしも頭に血が上るというか虫の居所が悪かったというか。ちょっと怒り過ぎですみませんごめなさい」
(ふふふ。いいのよ)
ロザリーの笑い声が聞こえる。シーマも釣られて笑う。壁を隔てた向こう側にいる人は、きっといい笑顔をしているに違いない。
(ありがとう。お話しできて嬉しかったわ。もう寝ましょう。おやすみなさいシーマ)
「おやすみなさいロザリー」
彼女をシーマは知っていた。でも良くは知らなかった。
前は素敵な人だと感じていた。それは今も変わらない。だけど彼女はそれだけじゃない。
誇り高い女性だった。
次の朝、起きると体が痛かった。幸い風邪は引かずに済んだようだが、胸の奥が少し重い。
懲罰室を出られたのは次の日の夕方近く、ああ、自由とはこんなに素晴しいものだったのか。
可能な限りここには来ないようにしよう。そう心に誓うシーマだった。
学士寮にある騎士のサロンに呼び出され、シーマとロザリンドが訪ねて行くと、ビアンカとガブリエラ、そしてジュリア達とニータ達が揃って待っていた。
「懲罰室は二人とも始めてだったはずよね。寝心地はどうだったかしら」
ビアンカが二人に尋ねた。
「寒くて硬くて、最悪でした」
「でした」
ロザリンドは平然としていたが、シーマは胸を抑えて顔をしかめた。
「どうやら十分に反省できたみたいね。よろしい。今夜はもう自分の部屋に戻っていいわよ」
「はい」
ロザリンドはともかく、シーマにはかなり堪えた。体力がないのが恨めしい。
ジュリアとアニタが心配そうに見ているのに気が付いて、シーマは姿勢を正した。これ以上、心配掛けるのは嫌だ。
「貴女達二人には罰として、今日から七日間、一緒に夜の見回りをしてもらうことになったわ。
元々たいした問題になってないから、就寝前に行って帰ってくるだけよ。場所はここ」
ビアンカは一枚の書類をロザリンドに手渡した。シーマもそれを覗き込む。
「封霊の洞窟、ですか?」
「ええっ!」
ロザリンドが顔をしかめ、シーマは嫌そうに声を上げる。
「その通り」
ビアンカが意地悪げな笑顔を作る。
「裏手の丘にあるあれね。洞窟といっても、真直ぐ行けば突き当たりで、途中に十字路が二つあるだけ、迷うことはまずないわ。
ただし夜になると死霊や悪霊が出てくるから危ないわよ〜」
ビアンカは覆い被さるかの様に両手を広げて、シーマに近付いてきた。
「あわわわわ」
「もう。シーマったら」
思わず逃げたシーマを、ジュリアとロザリンドが笑った。
ガブリエラが説明を続けた。
「封霊の洞窟は、黒の騎士団が封印した悪霊や、埋葬儀礼では眠りにつけなかった迷える死霊をまとめて封じた場所です。
一体ごとに封印されていますし、洞窟全体に封印が施されていますから普通は死霊達が出て来ることはありません」
「判ってるわよ。あなたは真面目ねぇガブリエラ」
ビアンカは拗ねた口調で冷やかす。
「ですが封印は徐々に弱まるものですので、霊が動きやすい夜間に、点検を兼ねて見回りをします。ロザリンドとシーマにはこれをやってもらいます」
「万が一、死霊が出たら戻ってきて報告して頂戴。入り口から外に出ないようなら、朝になってから黒の神官騎士が封印しに来ることになってるから」
「ロザリンド、ウィザードリィは使えますね?」
ガブリエラが尋ねた。
「はい。死霊を抑えるくらいでしたら何とかなります」
「わたしもルーン魔法を使えば、追い払うくらいは出来ます!」
ロザリンドが答え、シーマが手を上げる。
「判ったわ。でも報告するだけで良いのよ。二人共いいですね」
ガブリエラは念を押して二人を見た。
「ま、肝試しだと思って頑張ってちょうだい」
そう締めくくり、ビアンカとガブリエラは出て行った。
ロザリンドも班の者を連れて出た。
アニタとマリエッタがシーマに駆け寄る。
「シーマ大丈夫か? あそこは寒かったろ、だからあたしが代わりに入るって言ったのに!」
「さすがアニタは経験者ですから、良く知っていますのね」
「うるさいわよマリエッタ、あんたの場合、一度入ったほうが良かったんじゃないの?」
「そうですね。貴重な体験を逃しましたわ」
「二人共、何バカなこと言ってるの!」
リンダがアニタとマリエッタの頭を小突いた。
「班長。すみませんでした」
「いいわ。風邪は引いてないのね?」
「ハイ大丈夫です。ちょっと胸の奥が重い感じがするだけです」
「気を付けなさい。熱いものを飲んで、寝る時は暖かくするのよ」
「そんな、班長。わたしもう子供じゃありませんよ」
「はいはい。そんな台詞は立派な神官騎士様になってから言ってちょうだい」
「むぅ」
ちょっとむくれたシーマの前に、ジュリアがやって来た。
「おかえりなさい。ちっちゃなシーマ」
ジュリアはシーマの髪を撫でる。
「……はい」
本当は色々と言いたかったことがあったはずだったけれど、それだけ言って、シーマはジュリアに微笑んだ。
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