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二章 小さな希望

 シーマとリンダ、アニタ、マリエッタの四人は、ジュリアに連れられて学士寮の彼女の部屋にやって来た。
 シーマの処遇についてであるが、二週間後の春分祭まで、リンダの班全員と共にジュリアの従者をすることとなった。
 それはまた、彼女の補助をしながら必要なことを体験しろという指示で、従者ではあるが今日からジュリアと相部屋と決まった。
 そうやって、騎士叙勲を受けるかどうかを考えよ、ということだ。
 一応は拒否することも認められた。
 修道学士の寮は四人部屋、あるいは二人部屋であり、ジュリアは二人部屋を使っていた。
 先日婚礼でこの部屋を去ったのが、もう一人の学士の神官騎士だったのだそうだ。
「うわっ広いじゃん。ベッドも大きいな」
「私達見習いとは違いますわね」
 アニタとマリエッタが部屋を見渡して、はーっとため息をついた。
 大きめのベッドが二つ、クローゼットも二つ、書き物の出来る机までここには二つあった。おまけに部屋の中央にはテーブルと椅子、いくら学士が有力者や金持ちの子女とはいえ、扱いに差があるのではないだろうか。
「適当にくつろいでね。ちっちゃなシーマ、着替えはクローゼットに入れてね。貴女のはそちらよ」
 言われてクローゼットを開けると中は空っぽ。自分の着替えといっても支給された修道服が数着に聖歌隊の衣装セット、あとは下着があるくらい、全部収めてもがらがらだ。
 ちょっとがっくりきている所をジュリアに呼ばれる。各々が椅子やベッドに腰掛けた。
「お話とは何でしょうか、サー・ジュリア」
 リンダが訊ねる。ジュリアは苦笑して答えた。
「サーはやめてちょうだい。私はまだ成人前で、騎士といっても借り物のような物だわ。だから貴女達もそんなに気を使うことは無いわ」
「ではレディ・ジュリア」
「そんなところかしらね。
 では話なのだけれど、貴女達には私が彼女を神官騎士に推薦した理由を、もっと詳しく伝えておこうと思ったの」
 シーマは身を乗り出し、他の見習い三人も頷く。
「ここにいたルームメイトが学士を辞めて結婚することになった。そして赤の神官騎士に空きが出来た。これはさっき聞いたわね。
 彼女がいなくなる前から、後任については目星を付けるようにって言われていたの」
 ジュリアはシーマに視線を向けた。
「学士の神官騎士が飾りのようなもので、権力者連中を喜ばせるのに与えられるといっても、全部が全部そうではないわ」
「いえ、決してそんな風には思ってはおりません」
 アニタがのけ反って首を振る。リンダの顔も珍しく引きつっていた。
「いいのよ。でも少なくとも人の上に立つことの出来る人間でないといけないし、各騎士団の特性に合わせた資質も要求されるわ」
「じゃあ、わたしはダメなんじゃないでしょうか」
「こらシーマ!」
 リンダがシーマの肩を押さえる。
「確かに貴女は、他の騎士団ではちょっとダメかもしれないわ。
 青騎士は腹黒い外交屋でないといけないし、黒騎士は戦うのが勤め、白騎士なら聖歌隊もあって平気かもしれないけれど、あそこも剣が使えない人間には勤まらない」
「確かにシーマは嘘を付くと顔に出ますし、まだまだ子供ですから剣を持って鎧を着たら動けなくなると思います」
「班長、それはフォローになっていないのでは?」
 リンダとマリエッタの物言いにシーマが落ち込んでいる。
「でも、赤の騎士なら立派にやっていけると思うの」
 ジュリアの言葉に少し楽しそうな雰囲気を感じ取り、シーマは顔を上げた。
「だって貴女は本が好きでしょう?」
 ジュリアはくすくすと笑っていた。
「私は図書館での勤めが多いから、貴女のことは何度も見ているわ。
 何度も本を借りに来ているし、勤めの無い自由日には朝から夕方まで、ずっと本を読んでいたりしていたし。
 そうそう、時々本を読みながら寝てしまったこともあったわね。それで幸せそうに笑っていたわよ」
 周囲からの視線が痛い。シーマは恥ずかしくて小さくなった。
 確かに自分は本が好きで、図書館には良く行く。
 勤めが免除される貴重な自由日には一日中入り浸ることもあったが、それは辺境からこの都市に来たので修道院の外に知り合いがおらず、行く所が無いからでもある。
 まあ、教会近くでパンケーキを売っているおばさんとは仲良しだが。
 ともかく本が好きと言うのは本当で、旅行記や魔法の技術書などが特に好き。
 それこそ朝から晩まで読み続け、読み疲れて寝てしまったことも何回かあったような気がする。
「シーマは本の虫ですからね」
「あれ、歌が好きなんじゃないの?」
「読みながら歌ってることも多いですよ。とても幸せそうにです」
 そうだそうだと頷く三人。シーマは頭を抱えた。
「ふふふ、だから私は昨日のイスラフェルのことが無くても、本好きの貴女なら赤の騎士になってもいいのではないかと思ったの。
 書類整理や写本の仕事も、問題なくこなしていたようだし、帳簿整理の仕事も確かやっていたわよね? 貴女は計算尺を使って間違いなく計算していたわよね」
 内心シーマは驚いた。
 前の教会でも写本や帳簿の記帳はやっていたので多少の事務は出来るのだが、自分のことをジュリアが見ていてくれたのかと思うと嬉しかった。
「それに魔法にも興味はあるのでしょう?
 赤の騎士になればウィザードリィの奥義書の閲覧も可能になるわ。ルーン魔法が使える貴女なら、きっと素晴しい魔法使いになれると思うの」
「魔法使い、ですか」
 シーマはジュリアを見上げた。
「赤の騎士団はウィザードリィの使い手が多いわ。私も初歩以上のことが出来るのよ」
 赤の騎士団は書庫の管理や文献の研鑽が重要な仕事だから、魔術書や神学に通じれば、様々な魔法の力を理解することが出来るのだとジュリアはシーマに説明する。
 ちっちゃなシーマは考える。
 確かに魔法使いになりたいという漠然とした希望はあった。
 ルーン魔法が使えるせいもあるし、母が薬草やまじないに詳しく、人々に喜ばれていたのを思い出す。
 もしも体系立ててウィザードリィを学べるのなら嬉しい限りだ。
「なれるでしょうか? 魔法使い!」
 ちっちゃなシーマは立ち上がって声を上げた。そんなシーマをジュリアは眩しそうに見て微笑んだ。
「ええきっと。歌と本が好きな貴女なら」

「言っておくけれど、貴族や有力者の子供だからと言うだけで神官騎士に推薦されている訳ではないのよ」
 その気になったらしいシーマが落ち着くのを待ってジュリアは話を続けた。
「他の学士の騎士だって、剣術や魔法、貴女と同じ様に天使召喚が出来る人材がなっているの」
「はい、知ってます」
 少なくとも聖歌隊を指揮する白の騎士、学士の二人は天使召喚が出来る。
 そして二人とも少女であるが、基礎の剣術訓練はこなしているはずだ。
「けれどやはり、いついなくなるか判らない貴族の子女を育成するよりは、将来有望な人材を幹部候補生として迎え入れたいって訳なのよ、全員は無理でも数人くらいはね」
 悪戯っぽくシーマを覗き込むジュリア。
 シーマは慌てた。
「かかか幹部候補生ですか?!」
「何言ってるのよシーマ? 神官騎士と言えばエリートじゃない、当然でしょ」
「だだだ、だってアニタ、」
「だってじゃない! あんた一応見込まれたんだから頑張んなさい」
「ででで、でもでも」
「あっこら。すがりつくのは止めろって」
「だってだって」
「うふふ。大丈夫よ。私達がいるわ。従者としてね。レディ・シーマ」
「マリエッタぁぁ、それ怖いよ〜」
「お困りの時は何なりとお申し付け下さい。レディ・シーマ」
「班長、春分祭までは班長は班長なんですから止めて下さいよ〜」
 泣きそうな顔のちっちゃなシーマ。彼女を取り囲む笑顔の少女達。それを見てジュリアも楽しそうに笑っている。

「貴女がこの話を受けてくれると嬉しいわ」
 最後にそう締めくくられて、四人はジュリアの部屋を後にした。
 とりあえず、ちっちゃなシーマはまだ見習い修道士の身分であるので、正式な騎士叙勲を受ける二週間後までは、日々の雑用その他をこなさないといけない。
 明日からはジュリアと一緒に行動するのだが、彼女が神学講義などの学士をやっている間は、みんなと一緒に見習いの仕事をすることになっている。
「ええと、掃除は免除していただいたから、次の仕事は宿泊房の準備かしら。まだ少し時間があるわね」
 リンダがぶつぶつ言っている。
 彼女が正式にシスターなるのは当然だとシーマは思った。
 責任感があるし、優しいし、仕事も手早く出来る。
 この女子修道院に来たばかりの頃、なかなかなじめないシーマを何かと気にかけてくれた。
 ついでに言うとシーマのことを、ちっちゃなシーマと呼び出したのはリンダだった。
 ちっちゃなシーマ、ちっちゃなシーマと日々大きな声で連呼され、色々な人から声をかけてもらえる様になった。彼女は恩人だ。
 神官騎士はきっと大変だろうけれど、皆が一緒ならきっと大丈夫だろう。
 そんなことを考えているとさっき聞いた声がした。
「あら、ここは私達学士の寮よ。貴女達見習いが何の御用かしら」
 声のした方を見ると、先ほど食堂であった顔があった。
「ひょっとして私達の部屋を掃除でもしていただけたのかしら? もしそうでしたらごめんなさい」
 ノーマ、マーセラを後ろに従え、ニータが言った。あまり友好的な雰囲気ではない。
「およしなさい」
 背筋が伸びて堂々した、凛々しい顔の少女。ロザリンドがこちらにやってきた。
 挨拶をしようと近づきかけたシーマの前に、リンダ、アニタ、マリエッタが壁を作る様に並んだ。
 向こうではロザリンドの横にニータとノーマが並び、後ろでマーセラがおどおどとこちらを見ている。
 え? 何これ?
 空気が張りつめようとしている。シーマもやっと気が付いた。
「何かご用でしょうか」
「あら。用がなくては話しかけてはいけないのかしら? 見習いの方はお忙しそうで大変ね」
 マリエッタがやや間延びした口調で尋ねたのに対し、ニータには友好的なものが感じられない。
「用がないのでしたら私達は失礼します。勤めがあるものですから」
「待ちなさいよ」
 ニータがマリエッタを睨み付ける。
「ちょっと聞きたいことがあるのよ、あんたじゃなくて、そっちのちっこいのにね」
 睨まれたシーマは首をすくめた。何か気に障ることをしたような憶えは無いのだが。
「シーマがどうかしましたか」
 リンダが一歩前に出てロザリンドに尋ねた。
 むっとした顔で何か言おうとしたニータを手で制し、ロザリンドは口を開く。
「貴女が赤の騎士に推挙されたのではないかって、さっき噂を聞いたの。どうなのかしら。
 ああ、別に気に入らないとかそういう訳ではないのよ。複雑な所ではあるのだけれど」
 ニータに比べれば彼女からは嫌な感じを受けない。
 シーマはどう答えようかともごもごしていると、アニタが言った。
「そうです。レディ・ジュリアの推薦を受けて、神官長が承認しました」
「アニタ」
 リンダがアニタをたしなめる。しかしそれを聞いてニータがわめく。
「何ですって?!」
 睨まれるシーマ。
「いえ、あの違うんです。まだまだ正式に決まった訳ではなくって、どうしようかと思っていたりしてますし、わたしまだ見習いで、何が何やら」
「シーマ、少し黙ってて!」
「……はい」
 リンダに言われ、シーマは後ろに下がることにした。
「そうレディ・ジュリアが」
 ロザリンドはあごに手をやり、考え込んでいるようだ。ノーマとマーセラも驚いた表情を浮かべて何か話していた。
「そんなの可笑しいわ!」
 ニータが大声を上げた。
「どうしてあんたみたいな子供が神官騎士になるのよ! この街の出身でもないくせに!」
「出身地は関係ないんじゃありませんの」
「下賤の分際で大きい顔して欲しくないわ」
「下品な物言いよりは、数段ましだと思いますよ」
「誰が下品ですって!」
「あら? わたくしは別に貴女のことだとは申しておりませんわ。どうしてお怒りになるのか判りませんわ」
「ふぅん。何? もう従者気取りってワケ?」
「シーマが正式に騎士叙勲を受ければ、そうなる予定ですわ」
 マリエッタとニータが睨み合う。
「あちゃー。怒ってる怒ってる」
 アニタが小さな声で言う。リンダも困った顔になっている。
 向こうの方でも、考え込んでいるロザリンドはともかく、ノーマとマーセラは逃げ腰な風だ。
「シーマは天使召喚で実績があります。
 ルーン魔法の使い手である彼女が赤の神官騎士となって勉学に励むのは、理に適っていると思います」
 マリエッタとニータの言合いは続く。
「は。天使が何よ。ルーン魔法だって元は異教の妖術じゃないのさ、なんでそんなものが評価されなきゃならないのよ」
「赤の騎士団には魔法使いが多くいるのですよ。その言葉、暴言ではないのですか?」
「五月蝿いわね、とにかくあたし達は認めない。気に入らないのよ」
「そんな感情論では誰も納得なんて出来ませんよ」
「五月蝿いって言ってるでしょう?! あんた生意気なのよ! 下賤のくせに」
「貴女と私は修道院に学ぶものとして対等ですよ」
「冗談じゃないわ! 私のお父様は交易業では、この街で有数の商人なのよ」
「……。別に貴女がやっている訳ではないでしょう?」
 そう言ってマリエッタはフッと笑った。
 ニータの顔色が変わった。
「この、、、」
「やめてください!」
 たまらずシーマは割り込んだ。
「二人とも止めて下さい!」
「退きなさいよ!」
 ニータがシーマを突き飛ばす。ちっちゃなシーマはひっくり返った。
「何すんだよ!」
 今度はアニタが掴み掛かる。
「何よ」
「何だよ」
「アニタ、お止めなさい」
「マリーは下がってろ!」
「こら二人とも離れて、ニータ、貴女もよ」
「見習いの班長なんかに命令されたくないわ」
「そうじゃなくて、これ以上騒ぎを大きくしたくないんですって」
「五月蝿いのよ! あんた達は五月蝿いのよ!」
 凄いことになったと思い、シーマはへたり込んだ姿勢のままであたふたした。
 ロザリンドも考えるのを止めて仲介に入ってニータを引き戻すのだが、興奮したニータはなかなか下がろうとしない。
 リンダに静止されてアニタとマリエッタは大人しくしているが、マリエッタが言い返してしまうので、ニータの大声が止まらない。
 しかし、横から割って入る者がいた。
「貴女達、そのくらいにしておかないと懲罰室へ入ってもらうわよ」
 その声に、全員が振り返る。
 学士寮の入り口横に、苦笑を浮かべた小柄な少女と、やせ気味で少年の様に見える二人の少女が立っていた。
 二人とも修道服の上に長衣を羽織り、そこに天使の翼、女神の横顔、十字架と剣が描かれている。
「白の神官騎士」
 リンダが呟いた。
「はーい、白の騎士のビアンカです。こっちは同じく白の騎士ガブリエラよ。ご存じだったかしら?
 こほん。ところで修道院の中で喧嘩は良くないわよ。
 私達、白の騎士は教会内の警備が勤めの一つに入っているから、あまりうるさい人は懲罰室に連れて行かないといけなくなるんだけど、どうする?」
 ビアンカと名乗った少女が視線を投げかけると、さすがに全員が静かになった。
「よろしい。今回は大目に見ることにするけれど、以後気を付けてね」
「申し訳ありません。レディ・ビアンカ」
 ロザリンドが頭を下げた。
「ロザリーが騒いでいる様には見えなかったよ」
「私の班の娘ですから」
「ロザリーは真面目だね。そこの貴女、班長に迷惑かけない様にね」
 ビアンカに声をかけられたニータは、赤い顔で頷いた。
 ロザリンドと他の三人は連れ立って去って行った。やっと静かになってシーマは深く息を吐く。
「貴女もずいぶん大変みたいね。ちっちゃなシーマ」
 ビアンカが複雑な表情でシーマを見ていた。
「はぁ、恐れ入ります」
 へたり込んだままで返事をする。
「貴女達も色々と面倒かもしれないけれど頑張ってね。あとジュリアのこともね」
「レディ・ビアンカは今回のシーマのことをご存じなのですか」
 リンダが代表して聞いてみた。
「まあね。ジュリアから聞いたのもあるし、上の方から自然と噂は聞こえて来るものなのよ」
 彼女は、くるくると指を回して苦笑を浮かべた。
「それから、あの娘達のことも大目に見てやってね、彼女達はきっと、姉さんの次はロザリーが神官騎士になると思っていたんじゃないかしら」
 お姉さん。はて何かが引っ掛かる。シーマは考えることしばし。
「あああっ! 婚礼が決まっていなくなった赤の騎士の修道学士って、レディ・ロザリンドのお姉さんじゃないですか!」
 気が付いて大声を上げたシーマに周囲の視線は冷たかった。
「貴女ねぇ、知らなかったとでも言うつもりなのかしら」
「信じられない。なんでこんなに天然なんだ」
「あらあら、ちっちゃなシーマはお馬鹿さんですわ」
 さりげなくひどいことを言われている気がするのは気のせいだと思うことにするシーマだった。
「じゃあじゃあ、ニータがあんなに機嫌が悪かったのは」
「やはり自分達が、神官騎士の従者になれるとと思っていたからでしょうね」
「そりゃあ気に入らないこともあるかもね」
 マリエッタとアニタは肩をすくめる。
「はあぁ」
 ついさっきまで前向きに考えていたシーマだったが、今ので一気に気分が落ち込んだ。
 自分が神官騎士になることを、あんなに不機嫌に思う人がいるのかと思うと気が滅入る。
 発端となったのは昨日の天使召喚。
 でもシーマには自分で呼んだという憶えなど無い。
 聖歌は歌った。天高く想いが届くようにと願いながら、ただ歌っただけだ。
 天使召喚を狙って歌ったことなど今まで一度も無いのだ。
 歌が好きだ。
 聖歌詠唱で、想いを天に届かせようとして意識を高く高く延ばしていくあの感覚が好きだ。
 天使が好きだ。美しい天使と一緒に歌を響かせるのは嬉しい。天使が応えてくれるのが嬉しい。
 今まではそれで良かったはずだったのに。
 浮かれた気持ちがどこかに行ってしまった。
 なぜだろうか? 立ち上がる力が出てこない。
「大丈夫?」
 手を差し伸べてくれた人がいた。白の騎士の一人、ガブリエラだ。
 彼女はシーマの手を取って立ち上がらせてくれた。立たせてもらったら涙が出た。
「え? ちょっと何?」
 聖歌隊では、落ち着いた顔しか見たことの無いガブリエラが慌てる顔を、シーマは始めて見た。
「何泣かしているのよガブリエラ」
「違います! 別に私が泣かせたんじゃありませんよ」
 ビアンカがシーマに近付き、ハンカチで涙を拭いた。
「聖歌隊で歌っている時の貴女はとっても素敵な笑顔をしているわ。
 泣いてるあなたも可愛いけれど、私は笑っている方が好きよ。さあ、もう泣かないで」
「ふぁい」
 涙はすぐに止まり、シーマは鼻を一度だけすすった。
「あの、もうお勤めで宿泊房の準備に行かないといけません。お二人とも、どうもありがとうございました」
 リンダが二人に礼を言い、全員で立ち去ろうとしたのだが、呼び止められた。
「もし良ければ、ちっちゃなシーマを貸してもらえない? もうちょっと話がしたいのよ」
「判りました。ではシーマをよろしくお願いします」
 大丈夫だと判断したようで、リンダはシーマを二人に預け、アニタとマリエッタと三人で宿泊房へと向かって行った。
 こちらにいらっしゃい。そう誘われて付いて行った先にあったのは、学士寮の一角にあるドアだった。
 ノックしてビアンカが入りガブリエラとシーマも続いて中に入ると、そこは小さな会議室のようで、長いテーブルと、椅子がいくつもあり数人がお茶を飲んでいた。
「あら、その娘はちっちゃなシーマじゃないかしら、ビアンカ」
「そうよカーメラ」
 シーマは驚いて声を上げそうになった。
 カーメラと呼ばれた少女はテーブルの中央に座っていて、長い髪を後ろに流し、微笑みを浮かべている。
 こちらに送られる視線には強い力を感じる。彼女も有名人だった。
 黒騎士カーメラ。
 見習いと学士を指揮する神官騎士団の末席二人、学士が多い中で唯一成人前でありながら正式な騎士を与えられた、いわば学士騎士のリーダー格。
 剣術とウィザードリィを使い、黒の騎士の中でも有力なエクソシストだと噂されていた。
 そして天使召喚も経験があるそうだ。
 見渡せば、ここにいるシーマ以外の六人全員が騎士の長衣を身に付けていた。
(ここってどこ〜!)
 目を見開いたままで固まってしまったシーマに、カーメラは微笑みかけた。
「我々のサロンにようこそ、ちっちゃなシーマ」
(何が始まるの〜?!)
 今日、目が醒めてから、三時間も経っていなかった。


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