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黄金の従者・月姫編#02.混沌の向こう側

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 ──── 死徒(吸血鬼)
 吸血種たる精霊種『真祖』に血を吸われて作られた、食事用の血袋。
 年月を経るにしたがい力を付けて、真祖の支配から離れた生ける死者にて死に損ないが、死徒と呼ばれる吸血鬼の祖とされる。
 人の血を吸い、身を保ち、下僕を増やし支配する。派閥を作り領地を設け『貴族』という遊びに興じて時を過ごす夜の怪物。
 吸血鬼になるには吸血鬼に血を吸われるか、魔術によって人から成るかだ。
 しかし彼らは魔術師ではなく、存在を支える魔力の操作になれることで異能を為す。
 故にその力は魔術と呼ばれず『超抜能力』と称させれる。
 光に弱く、水を渡れず、洗礼儀式に滅ぼされる怪異であるが、その能力は年月を経るごとに人間を遥かに超えていく。
 銃弾を撃たれた後で回避するようになる。感覚で魔力を操り分身や獣を作り使役するようになる。
 見つめるだけで対象に干渉する魔眼を持つ個体も多いが、魔術を好むものは少数だ。
 力は年月と共に増大し、支えるための食事(血)の量も増大する。千年の時間を過ごした吸血鬼ともなると、必要量はかなりのものだ。
 例えば、十階建てのホテルにいる人間を食い尽くすのに、十分程度の時間で済むほどに。
 目の前に現れた吸血鬼は、それほどの怪物だった。 

黄金の従者・月姫編#02.混沌の向こう側

 聖堂教会の資料に曰く、死徒は『混沌』ネロ・カオス。
 二十七祖と呼ばれるヴァンパイア・ロードの第十位。神話級の魔物に匹敵し、討伐は不可能とされ放置されている吸血鬼。
 魔術師あがりの死徒とされ、魔術協会三大部門の一つ、北の彷徨海に所属していた男だったと記録にある。その記録は千年も昔のものだ。
 この死徒を、言峰薫は知っている。
 肉体に混沌を取り込み同化させ、多くの獣を獲り込み消化し、固有結界とした体内に進化の系統樹を構築した吸血鬼。
 故に、彼の中には666(無限に近い)命が内包され、これを同時に殺さなくては死ぬことのない不死身の怪物。その身の混沌に構築された系統樹から種(しゅ)を取り出し、幻想種すら吐き出し、使う、獣の巣。
 ケモノたちは混沌が形を取った分身にして体の一部。混沌であるが故に生も死もなく崩れるだけで、崩れた獣は混沌の泥へと還り、本体に戻り同化する。
 つまり殺せない怪物だった。

 男から、獣の群れが、吹き出した。

 狼の群れが吐き出された。更に大きな山犬の群れが走りだした。獅子が雄叫びを上げ、虎が立ち上がり駆け出した。鹿が跳ね、牡牛が地を蹴り、羊が角を突き出した。カラスの群れが羽音を響かせ、大鷲が翼を広げて空に跳ぶ。大ワニが長い尾を振り、大蛇がその身をくねらせる。大ムカデが這い出し、人より大きな大蜘蛛までが長い足を伸ばして動き出す。
 赤い瞳の獣の群れは飢えていて、口を開けて獲物に迫る。エントランスにいた十数人の人間たちは、

 ──── 喰われた。

「うわぁぁぁあああ?!」
 薫はとっさに飛び上がった。
 犬系の獣は脚に食いつき、動きを止めて腹や喉への急所に食いつき止めを刺す。
 猫系の獣は上から飛びつく。倒して動きを抑えこみ、うなじを噛んで延髄を破壊する。
 鳥は上から獲物を突付く。鹿や羊は角を振り上げ叩きつける。
 その位なら知っている。
 だから薫は天井に張り付いた。飛行魔術の翼を広げ、手足を広げてへばり付く。
 獣が吹き出してから7秒で、悲鳴が上がり悲鳴が消えた。
 ケモノたちは人を食い、人は喰われてその形を失った。犬が食い、猫が食い、虎が食い、獅子が食う。牛や羊や蛇までもが人の肉に喰らい付き、血を啜り肉を食む。
 ぐちゃ・ぐちゃ・ごきり・ぶち・ぶち・ぱきり・じゅる・じゅる・じゅる。
 肉が裂かれ、骨が砕かれ、血が啜られて人は死ぬ。死んでいくのを目の前で、言峰薫は見せられた。
「テメェェエエ!!!」
 袖から襟からスカートの中から聖典紙片が吹出し剣へと変わる。黒鍵の剣群を引き連れて、獣の群れへと襲いかかった。
「一つ・二つ・三つ! 一つ・二つ・三つ!! 三つ・三つ・三つ・三つ!!!」
 ありったけの黒鍵を、ありったけの力で投げ付けた。
 降りた周囲の獣の体に、投げた剣は突き刺さる。摂理の鍵は力を示し、獣は崩れドロリと溶ける。そして泥は影のように地面を這って、ネロ・カオスの元へと戻り、同化した。
「オオオ!!!」
 薫は吠えた。吠えて剣を投げつける。空気を切り裂き飛来した黒鍵はしかし吸血鬼の身には届かず、湧き出た水牛に突き刺さる。
 牛は崩れる。崩れた泥が、吸血鬼の身へと吸われて同化する。
 薫は飛んで頭を狙う。速さは疾風。しかし吸血鬼には届かない。湧き出た大きなサンショウウオに黒鍵は突き刺さる。サンショウウオはずるりと崩れ、泥となった混沌はネロ・カオスへと吸い込まれる。
 その様子に頭が冷えた。
 殺せない。
 薫の動きが停止したのは一秒、二秒。ケモノたちが襲いかかる。
 狼の群れが脚へと走る。虎と獅子が頭へ跳ねる。烏の群れが渦を巻き、大ワニがひたひたと足音を立てて体をくねらせる。
 薫は再び上へと飛んだ。正対してはいけない。こちらは『個』であり敵は『群』
 勝ったほうが強く、強いほうが勝つ腕相撲的な戦いをしてはならない。
 考えろ、弱みを突け、在り方が生み出す死角を狙い喰らいつけ!
 真上を襲う獣はいない、真上を襲う鳥もいない。よって天井にへばり付いた薫を襲える獣はいない。
 ……はずだった。
 床に広がる影から巨影がせり出す。それは小山のようであり、しかし小山はパックリ割れた。並んでいるのは鋭い牙で、大きな舌も伸びていた。
 鯱(シャチ)イルカ科の哺乳類で体長7メートル、が混沌の海から上へと跳ねた。言峰薫を飲み込んまんと大きな口を大きく広げたそのままで。
「どぉおぉお?!」
 何とか避けた。シャチは轟音と共に天井にぶつかり落ちていく。しかし避けた薫も鷲にたかられ床へと落ちる。狼が膝下に食いついた。山犬が足首に喰らいつき、虎が左腕に噛み付いた。
 薫の服は、表地と裏地こそはコットンとシルクだが、挟んであるのはスペクトラ繊維とコランダム蒸着ワイヤー、聖別銀糸を編んだ特性の防刃布。樹脂で固めたボディーアーマーも仕込んであり、教会の護符をも隠した七つの素材の特別製だ。
 しかし痛い。所詮は布で、当たり前だが服なのだ。刃や牙こそ徹さないが、かかる圧力までは防げない。
 腕の骨がゴキリと音を立てて噛み砕かれた。痛いというより熱い。灼熱感に襲われる。
 蛇が、蜘蛛が、ムカデが、熊が、狐が、イタチが、ネズミが、群で薫を取り囲む。
 そして大鰐(クロコダイル)が顎を開け、薫は

 ──── 喰われた。

 大鰐は左右に身を揺すり、獲物にたかる仲間(?)の獣を振り払う。長い口を上下に揺すり、はみ出た手足を飲み直す。
 ごきゅり。
 言峰薫の全身は、あっさり喰われて飲み込まれた。
「レーストォ!!!」
 絶叫と共に魔力が吹出しほとばしる。大鰐の頭に穴が開き、アゾット剣を掴んだ腕が飛び出した。ガーネットが輝くアゾット剣は手の内でクルリと回り逆手になってワニの体に突き刺さる。
「うわぁぁあああ?!?!?!?!」
 ワニが溶けた混沌の泥の中から薫は逃げた。地を蹴り魔力を吹き出して、囲む獣を突破した。
 噛まれる。突かれる。引っ掻かれる。痛い、熱い、何より怖い。お願い魔術を使わせて。
 しかしこれ以上は逃げられない。目の前には入り口の自動ドア。ここを開ければ、多分、自分は逃げられる。
 しかしそれは許されない。開ければ獣が外へと溢れ、被害がこの町全体にまで拡大する。だから逃げるのは教会的にルール違反だ。被害を抑えて死ぬのも仕事の内、当たり前のことだった。
 ドアを背にして薫は振り向く。囲むは混沌の獣達。低く唸り声を上げ、赤い目に飢えを示して取り囲む。薫はアハハと震えて笑った。
 考えが甘かった。僅かな武具はボストンバッグと部屋にある。手持ちは聖典紙片(黒鍵モドキ)と聖典の書にアゾット剣。
 武器が欲しい。宝石が欲しい。剣が欲しい。槍が欲しい。ランスが欲しい。鎧が欲しい。盾が欲しい。銃が欲しい。欲しい欲しい。
 弱いのは嫌だ。弱いのは悲しいことだ。弱いのは惨めなことだ。
 だから鍛えた。だから魔道に手を出した。体が変わるくらいに頑張ってきた。心が変わるくらいに頑張ってきた。だから嫌だ。弱いままでいるなんて耐えられない。だって言峰綺礼の娘なのだ。ギルガメッシュの従者なのだ。遠坂凛の弟子なのだ。衛宮切嗣にだって師事したのだ。
 だから死ねない。負けられない。聖杯(災い)を打ち砕くその日まで、気が狂ってでも戦い続ける。
 だから────
「ああ、そういえば」
 薫はスカートの中に手を入れた。
「これは持って来たんでしたねぇ!!!」
 それは鎖でつながれた棒と刃の四節構造。ガチャリと鳴って振り回されて伸びました。
 すると鎖がドロリと溶けて、金具へ形を変えて長柄と変じた。
 長い鎌刃と黄金ドクロの死神像、一つとなった長柄は全長180センチの処刑鎌(デスサイズ)
 新型・処刑鎌『インフェルノ』を手に取って、魔術師・言峰薫が反撃を開始した。

 ──── Per me si va ne la città dolente(我を過ぐれば憂いの都あり)

 ──── per me si va ne l'etterno dolore(我を過ぐれば永遠の病苦あり)

 ──── per me si va tra la perduta gente.(我を過ぐれば滅亡の民あり)

 言峰薫は聖句を唱える。それは14世紀に活躍したイタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』地獄篇の第3歌。

 ──── Giustizia mosse il mio alto fattore(正義は尊き我が主を動かし)

 ──── fecemi la divina podestate(聖なる威力、比類なき知恵)

 ──── la somma sapïenza e 'l primo amore(第一の愛は我を造り)

 飛んだ獅子を処刑鎌がなぎ払う。
 強化魔術に裏打ちされ、魔力放出(オーラバースト)に加速された体捌きにて振られた鎌が、獅子の首をブチッと一気に撥ね飛ばす。

 ──── Dinanzi a me non fuor cose create(永遠の他、我より先に造られし物はなし)

 ──── se non etterne, e io etterno duro(よって我は永遠にここに建つ)

 薫は凶暴に顔を歪ませて、処刑鎌を振りかざした。

「──── Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate'(汝等、ここに入るもの一切の望みを棄てよ)」
 処刑鎌の死神像が仄かに光る。
「地獄門は開かれん! ここに吹き出せ地獄の炎!! 我が敵の火葬は苛烈なるべし!!!」
 大鎌が、地獄の炎を吹き出した。

 デスサイズ・インフェルノ。
 それは宝石と聖典なしで火葬呪文を使うための魔術礼装。地獄の炎で肉を焼き、強制的に魂を地獄に堕とす断罪の処刑鎌(デスサイズ)

 殺す殺す獣を殺す。
 狼を殺す。山犬を殺す。虎を殺し、獅子を殺す。鹿を殺し牛を殺し羊を殺し、蛇を殺しワニを殺してムカデを殺す。
 目に写った獣達の全てを殺し、しかしネロ・カオスの姿が消えている。
 階段からチラホラと獣が下りてくるのでそれも殺すと、階上から獣の声と人の悲鳴がかすかに聞こえた。
 エレベータが上へと移動しているのに気が付いた。ネロ・カオスがエレベータ? 可笑しくて気が狂いそうになる。
 たった一人も助けられない。致命的に手が足りず、足りてもアレは殺せない。
 さすがは二十七祖の第十位。言峰薫にネロ・カオスを滅ぼす手段はないようだ。
 殺せない。言峰薫にネロ・カオスは殺せない。
 しかし殺せる。殺せるぞ。殺せる手段を知っている。お前を殺し滅ぼす力、殺す力が存在すると、言峰薫(インベーダー)は知ってるぞ。
「殺してやる」
 よくも私(オレ)の目の前で、
「殺してやる」
 人を喰った、貪った。血をすすり命をすすり、食事だなどとうそぶいた。
「殺してやる」
 だから私(オレ)がお前を殺そう。あらゆるものを利用して、この私がお前を殺す。
 デッドエンドもバッドエンドも許さない。吸血鬼。死体を動かす蛆虫め、腐肉にたかるクソ虫め。
 混沌の影が引き、食い残しの肉塊と血溜りあふれる地獄の中で、薫はもう一度だけ呟いた。
「……殺してやるよ吸血鬼」

 薫は階段を駆け上がり、雄叫びと共に豹かジャガーを斬り殺した。二階へ。
「邪魔です!」
 薫は階段を駆け上がり、絶叫と共に立ち塞がる熊を斬り殺した。三階へ。
「熊は下りは苦手なのです!」
 薫は階段を駆け上がり、軽く地を蹴り滑り落ちるサメを飛び越えた。四階へ。
「場所を考えろカマボコ材料!」
 薫は階段を駆け上がり、虎を突き刺し振り回して獅子ごと潰す。五階へ。
「慣れました!」
 薫は階段を駆け上がり、立ちふさがったクロサイを炎で焼き殺す。六階へ。
「走れなきゃ意味ない!」
 薫は階段を駆け上がり、大鷲を叩き落とした。七階へ。
「私(オレ)を落としたければ火の鳥でも連れてこい!」
 薫は階段を駆け上がり、狼の群の隙間を渦を巻いてすり抜け殺す。八階へ。
「猛犬と呼ぶに値しません!」
 薫は階段を駆け上がり、処刑鎌をムカデの頭に突き刺し焼き殺す。九階へ。
「飛べないお前はタダの蟲!」
 薫は階段を駆け上がり、狼男を空中で斬殺した。
「空を走る私に空中格闘戦とは笑止!」
 そして十階にたどり着いた。

 ネロ・カオスが立っている。獣の群を引き連れて。その向こう側に、人がいる。
 一人は女、一人は男。
 女は金髪紅眼、白い肌の若い美人だ。傷を負った左腕から血を流し、獣越しにこちらを見ているようだ。
 男は典型的な日本人。学ランを着た青少年だ。彼に目立った傷はなく、短刀を手にしているが若干腰が引けている。
 ──── 見つけた。
 薫はニヤリと口端を吊り上げた。ネロ・カオスを殺せる手段はここにいた。ラッキー、まだ死んでない。殺されてなかった間に合った。
「我が敵の火葬は苛烈なるべし!」
 炎の渦が、獣の群ごとネロ・カオスを飲み込んだ。形が崩れる獣達。向こうから男の悲鳴が聞こえたがそれは華麗にスルーする。
 しかし吸血鬼、ネロ・カオスは微動だにせず立ち竦む。ポケットから手すら出さずに動かない。
 吸血鬼は振り向くが、その顔には驚嘆も感慨もなく、些事が増えたと言わんばかりで詰まらなそうだ。
 その頭に、黒鍵が突き刺さる。
「とりあえず、喰らっとけ吸血鬼。──── 炎上」
 火を吹いた。そして薫は突進した。ネロの横を通り過ぎ、鎌で首を引っ掛ける。一気に首を撥ね飛ばす。
 足をついてドリフトターン。女と男に背中を向けて、薫は構えを崩さない。
「やったのか?!」
 少年が叫ぶが薫はそれを否定する。
「いいえダメです。何をしても無駄です。核ミサイルでも死にません!!」
 うそっ。と上ずる声を無視して薫は女に視線を送る。
 金の髪は肩の長さで切り揃えられ、輝く瞳は紅玉の赤。白くなめらかな肌で均整のとれた顔。タートルネックの白いサマーセーターに紺のタイトスカート、ストッキングと足にパンプス。この女性を知っている。
 しかし薫は内心焦る。
 女性の魔力が弱すぎた。存在感が弱すぎた。
 背中に汗が噴き出る。まずいマズイこれは良くない。今の彼女は強くない。宝具を持たないギルガメッシュに比べても強いとは思えない。
 ネロの首が生えてきた。
 撥ねた首の断面に混沌が泡立ち、ネロ・カオスの頭部が生えて治った。
「教会の手の者か」
 ゾッとするような低い声が、言峰薫に向けられた。しかし薫はそれを無視して後ろの女性に問いかけた。。
「私は聖堂教会、第八秘蹟会所属の異端調査員で言峰薫と申します! 貴女は真祖の処刑人アルクェイド・ブリュンスタッドで宜しいか?!」
「そうよ」
 間髪入れずに返事があった。
「私は同時に貴女の後見『宝石』の弟子筋たる魔術師です。共闘を申し入れます! 逃げましょう!!」
「判ったわ」
「え? 逃げるって、おい、ちょっと?!」
 言い切る女と戸惑う男。だが次の瞬間、女、アルクェイド・ブリュンスタッドは爪を伸ばして腕を振り、壁と床を砕き引き裂いた。コンクリートが割れて砕け散り、鉄骨も引きちぎられて、ビルの横に爆発したかのように吹き飛んだ。
 粉塵が収まると、そこにはネロ・カオス以外の者はいなかった。
「うおおおお?!」
 壁の外。十階の高さに放り出された少年は悲鳴を上げる。すると誰かに腰を抱かれた。彼は目を向け、目を剥いた。
 それは炎、それは黄金。
 輝く炎の翼を広げ、金の火の粉を撒き散らし、赤い翼の黒い少女が自分とアルクェイドを抱き寄せる。
 すると翼はひるがえり、風を受けて空に舞う。
「姫様! 拠点として使える場所はありますか?!」
 風の中、叫ぶように少女は問いかける。
「私の用意したマンションがあるわ。あっちよ」
 アルクェイドの指差す方向に、三人は飛翔する。
 薫は二人を強く抱く。真祖アルクェイド・ブリュンスタッド。そしてこの少年が遠野志貴!
 これで殺せる滅ぼせる。ネロ・カオスに止めがさせる。
 薫は笑う。凶暴に。
 そして『混沌』ネロ・カオス。オマエの死角は理解した。殺せない化物であるお前の在り方そのものが、お前に死角を作り出す。
 (けれど武器が欲しいですね)
 薫は一つ決意を決めて、二人を抱えて飛び続けた。

 穴が開いたビルの中、ネロ・カオスが空を見る。視線の先には獲物がそろって空を飛んでいるのが見えた。腕を伸ばすと体の混沌から大鷲がせり上がり、分離しようと大きくもがいた。
 その刹那、鷲の体を黒鍵が貫き床に突き刺さる。
 それは聖典紙片(モドキ)ではない正規品。薫ならざる第三者が投げたモノ。
 ネロ・カオスはホテルの通路を振り向く。床を何かが走ってくる。
 それは短剣の群だった。
 床に突き立てられた五本の短剣が、床を切り裂きながら走りより、ネロを囲む軌跡を描く。ネロは低く呟いた。
「私を括るつもりか。……だが」
 腕を伸ばし、グッと拳を握ると短剣の刃が砕けた。すると剣は走ってきた亀裂を辿り、走り去る。結界に括ることに失敗したのだ。
「興が削がれたな」
 ネロは身を翻す。
「次の会う時、その生命、貰い受ける。……真祖の姫よ」
 そして吸血鬼は夜の狭間に姿を消した。

 短剣は床を切り裂き滑るように走りゆく。戻った先に、一人の女性が待っていた。
 着ているのは教会の尼僧服。戒律に叶う黒であり、袖と襟にはローマンカラー。そして髪を隠す頭巾(ウィンプル)を被ったシスターだ。
「急拵えの結界では抜けられてしまいますか、さすがネロ・カオス」
 驚きもなく、シスターは町の空へと目を向ける。
「それにしても……」
 視線の先に真祖が見える。学生服の少年もいる。二人を抱えて空を飛ぶ、少女が着るのは尼僧服?
「少々やっかいな事態になってきましたね……」
 風が吹き、ウィンプルが飛ばされた。
 あらわになったその顔は大人にならない少女のものだ。ショートカットの黒い髪。しかし青い瞳をしたシスターは、拳に黒鍵を握りしめ、夜の街を見続けた。

「わかった」
 そう言い綺礼は携帯電話を折りたたむ。
 ここは言峰教会居住棟の応接間、火のない暖炉の前に置かれたテーブルには酒とツマミと麻婆豆腐が置かれている。
 そんなテーブルを挟んで置かれた革張りソファーに影二つ。
 通話を終えた神父、言峰綺礼。そして今日はツィード(毛織物)のスーツを着込みエグゼクティブ風なギルガメッシュだ。
 それぞれの体を包む服の差額は軽く200万円を超えている。しかし不貞不貞しさにおいて言峰綺礼は英雄王に劣らない。
 そんな綺礼にギルガメッシュが赤い目を細めて問いかけた。
「綺礼よ。カヲルからであったようだが」
 綺礼は頷き、立ち上がる。
「ギルガメッシュ、私はこれから薫の元へ資材を運ぶ。どうやら想定外の大クソ虫が来たらしい。ドリルランスを持ち出すが構わないかね? それと薫から伝言だ『神酒の消費を許して欲しい』とのことだ」
「ほぅ」
 ギルガメッシュは細めていた目を更に細めた。緩やかに口端が釣り上がる。
「許す。カヲルには存分にやれと伝えろ。我(オレ)が下賜した宝を使いたいと従者が言うなら、それは我が判断したに等しい。何時までも小娘気分でいては困る。好きにやれと言っておけ」
「承知した。しかし頭に血がのぼっているようなのでな。少し手を貸すことにする。数日の間、留守にするぞ」
「構わぬ。元よりカヲルが戻らぬ内は、我が国(会社)を率いる約束だ。商いなどの些事は王たる我の役ではないが、あれの望みだ。しかたあるまい」
「支社の立ち上げは国の立ち上げに等しいのだろう? せいぜい楽しむことだ」
「ハハハハハ。それがな。50を超えたあたりで慣れてしまった。我(オレ)としたことが、増えれば国も煩わしいと思い至らぬとはなんとうっかりか」
 酒を掲げてギルガメッシュは自身を笑う。しかしその目に狂気はなく、それなりに楽しんでいるようだ。
 ギルガメッシュはニヤリと笑い、グラスを掲げて綺礼にかざす。
「行け、綺礼。貴様ら親娘の想いの形を、この世界に示すのだ」
 綺礼は無言で頷き背を向ける。歩を進め、地下聖堂へと進み出す。

 言峰綺礼がネロ・カオス殲滅戦に参戦する。

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あとがき
 これでもマイルドにしました。初期のものでは喰われまくってあちこち欠けてました。一般人が喰われていく様も併せてカットカットカット。でもこっちのほうがクレイジーで良いと思うのですがどうでしょう?
2010.12/13th
1シーン&おまけを追加。2010/12/31th

次回予告
 遠野志貴は夢を見る。吸血鬼との出会いの夢を。そして夢から覚めたとき、魔術師を名乗る教会の親子と出逢い真祖と共に、殺せない死徒を殺すための作戦を開始する。
 科学と魔術の兵器を織り交ぜ、しかし狙うは一撃必殺。言峰綺礼、参戦します。
次回「偽りの大嵐(タイラン)」

おまけのおまけ

カヲル:薫ちゃんのミニミニ王様講座・まだ続く。司会はわたくし、ついに月姫に出張した言峰薫と。
ギル:そして我(オレ)は留守番か。
カヲル:と言いつつ後でやってくる気マンマンなサーヴァント・アーチャー、ギルガメッシュでお送り致します。
ギル:しかし我が言うのもアレだがこのコーナーは続くのか?
カヲル:ギルガメッシュ叙事詩やっちゃいましたからね。管理人としては満足のようですが。
ギル:うむ。我の物語を広く知らしめたのだ。少しは褒めてやろう。でだ、今回は何だ。
カヲル:はい。今回はズバリ! 『ギルガメッシュ王、その後』です!!
ギル:何っ?! それはいかん?! 待つのだカヲル!!!
カヲル:そう言われても止まらないのがおまけテイストのようなのです。
ギル:おのれ! 雑種共は只、我の活躍に目を輝かせていれば良いのだ!
カヲル:えー、森の木を切ったことにより下流のウルク国は洪水で滅びます。
ギル:ぐはぁっ!!
カヲル:そしてギルガメッシュ王は砂漠となったウルクの跡地で、
ギル:ごほっ!!
カヲル:私はただ、ウルクを豊かにしたかっただけなのに。と言って死ぬのです。
ギル:在り得ぬ! この我の最後がそんなものとは我は認めぬ!!!
カヲル:ちなみにこれは幾つかあるギルガメッシュ王の物語の典型的なラストであり、
ギル:違う! 違うぞ!!
カヲル:ギルガメッシュ叙事詩のラストではありませぬのでご注意を。
ギル:おのれおのれおのれ、神官を呼べ! 詩人を連れて来い! 歌いなおせ書きなおせ!
カヲル:関係ありませんがギルガメッシュ叙事詩はアニメ映画『もののけ姫』のモチーフだったりするのですがご存知でしょうか?
ギル:くそっ! 監督自身が参考にしたと言った記事があるのだぞ。
カヲル:子供は他人と交わり大人になる。自然を破壊するとしっぺ返しを食らう。人は必ず死ぬ。以前にも書きましたが、これがギルガメッシュ叙事詩の三大テーマと言われています。
ギル:それが四千七百年の時を超え、現代映画に影響を与えたのだ。想いは時を越えると知れ。
カヲル:では今回はこの辺で。
ギル:カヲル、躾の時間だ。
カヲル:王様?! 私のせいじゃないですよ?!

──── フェードアウト ────

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