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黄金のプチねた#123消滅呪文

「Anfang(セット)」
 凛が左右に腕を広げる。夜の帳が降りた遠坂邸の裏手の森に、赤と青の光が生まれる。
 右手の指に挟まれ輝く紅玉はルビー(火)であり、左手の指に挟まれ輝く蒼玉はアクアマリン(水)だ。

 ──古代ギリシャにおいて、万物の根源(アルケー)は火であると考えられ、あるいは風と考えられた。別のものは地であると考察し、またある者は水であると主張した。
 哲学者プラトンはこれらをまとめ、階層的に概念をまとめ上げた。
 曰く、火は風より軽く上昇し、水は地より深く下降する。つまり──

 火    :熱にして乾。上昇原理の強。
 風(空気):熱にして湿。上昇原理の弱。
 地    :冷にして乾。下降原理の弱。
 水    :冷にして湿。下降原理の強。

 という四つの元素(エレメント)によって万物は構成されるというのが魔術における形而上学的な世界の捉え方の根幹だ。
「つまり、魔術師にとって大切なのは、第一に心の作用であるということですか」
 そう呟いたのは言峰薫。遠坂凛の後ろに控え、彼女の魔術を見守っている。
 凛は両手を前に差し出す。
 右手のルビーを上に置き、左のアクアマリンを下に置く。
 火(上昇原理)と水(下降原理)を象徴する宝石が光り輝き、光輝は鈴の音をたてて鳴動した。
 凛はつぶやく。
「Ich befreie Sie.Einer(一番、開放).Jetzt noch.Zwei(続けて二番)」
 ルビーが輝き炎と変じ、アクアマリンの青い光が水流となって渦を巻く。
 炎は常の炎にあらず、物質を構成する四大(エレメンツ)の一、火の元素(ファイア・エレメント)
 水も常の水にはあらず、四大の一つ、水の元素(ウォーター・エレメント)である。
 この世の全ての物体は、地水火風の元素(エレメンツ)が混じり合って出来ている。
 火は火にして火にあらず。その働きを以て「火」と呼称する。
 水もまた、水にあって水にあらず。下降原理を以て「水」と呼称する。
 つまり働き・作用・事象の把握こそ、元素魔術(エレメンタル・マジック)のキモである。
 それを理解するならば────
「Vereinigung der Kraft(相乗)!!」
 それは本来は禁呪とされる異なる魔力の混合術式。五大元素(アベレージ・ワン)という奇跡の資質を持つ凛であるから使える危険行為。赤と青は混じり合い、しかし無色の光となって膨張する。
「────!!!」
 それを凛は前方に撃ち出した。光弾は人の背丈ほどの岩に着弾する。

 岩の上半分が、跡形なく消えていた。しかし辺りには音も無く、衝撃もなかった。

「うげぇ」
 消滅呪文(ディスインテグレート)を目にした薫は呻き声を上げた。
 万物を構成するのは地水火風の四元素(エレメンツ)、それに火(上昇原理)と水(下降原理)の魔力を相乗させて作用させ『存在』を形而上学的に上下に引き裂いた。
 つまり、存在を元素に分解消滅させたのだ。
 目を見開き、顔の引き攣った自分の弟子を、凛は不機嫌そうに嗜める。
「ちょっと薫? あんたがどうしても見たいって言うから火と水で消滅呪文の術式を組んだのよ。なのに「うげぇ」とは何よ。失礼しちゃうわね」
 すみません。薫は言うがその動きはぎこちなく、首の動きが人形のようである。
「何よ? 『火炎呪文と氷結呪文をスパークさせて物質を消滅させる』ちょっと違うけどダメなの?」
「あー、いや。そうじゃないんですけど、こうあっさりやられるとは思ってなかったなー。などと思うのですがどうでしょう」
「言っておくけど薫。貴女は火属性で魔術回路も少ないんだから真似したら死ぬわよ。相乗は基本的に禁呪であって禁止だからね。判った?」
「判りました。しかし、これは」
 薫は残った岩に手を当てる。断面? はツルツルだった。
「それに消滅呪文なんて何に使うの? 同じ宝石の複数開放のほうが火力が出るし薫も出来る。火を使わない破壊でもしたいの?」
「えーと。いや、ちょっと見たかっただけですので、……これって凛には簡単なんですか?」
 未だ引き攣る顔で振り向いた言峰薫を、遠坂凛は呆れたように叱りつけた。
「そんな訳無いでしょう! 私が『五大元素』じゃなかったら手が吹き飛んでるわよ。 二度とやらないからね。判った?」
 人間を塩の柱に変えるほうが簡単よ。そう言ってむくれる凛に、言峰薫は真面目な顔で言葉を掛けた。
「凛、あなたに大魔道士の称号を贈ります」
 はぁ?
 凛は「何言ってんの?」と首を傾げた。


あとがき
 古代ギリシャ哲学(科学も含んだ総合学問)では、万物は地水火風の四大元素(エレメンツ)から構成されると考えられた。それぞれの元素(エレメント・またはアルケー)は物質の最小単位、すなわち原子や分子のようなものではなく、むしろ素粒子的なものとイメージされたようである。
 つまり地水火風とはいっても、地も地水火風から構成され、水も地水火風から構成され、火も地水火風から構成され、風も地水火風の『エレメント』から成ると考えれた。
 上昇原理、下降原理のくだりは易経の『太極から陰陽に別れ、陰陽から四象が生じ、以下略』の四象、陽の陽、陽の陰、陰の陽、陰の陰。の考え方に極めて似ている。
 つまり四大元素とは物質ではなく、事象・エネルギー体・波長域などと捉えるべきものかもしれない。というかモノじゃねーのか? そろそろ自分で何を書いているのか解りません(笑)

 火と水の魔力をスパークさせると聞いて「打ち消しあうじゃん」と考えるのは科学脳(健全です)
 火と水の(中略)と聞いて「火は上昇原理で水は下降原理、スパークさせればそりゃあ物質崩壊を起こして消滅するな」と理解してしまうのは古代ギリシャ哲学を知ってるファンタジー脳? という話。常識を大切にしましょうね(はぁと)
 ついでに言うなら四大元素は三角で表現されるので、魔方陣は六芒星を使うのが伝統だそうです。五芒星と四大元素が結びついたのは十九世紀、インド哲学が入って仏教などの地水火風空の空にエーテルを当てはめてからだとか。
 マニアの世界です。
2011.8.31th
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