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SP100a.さくらと矢を撃つお姉さん・中編
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 ──── クロウ・カード ────

 闇属性魔術師クロウ・リードが作り上げた魔法のカード。総数は19枚とも52枚とも噂され、一枚一枚が生きている。
 魔術で生み出された精霊がカードに変じた魔術工芸品(アーティファクト)であり、それぞれが名前を持ち形がある。意志と個性を持ち、自己を支えるだけの魔力を秘める。
 その性格は様々で、友好的な者、好戦的な者、イタズラ好きな者、臆病な者、賢い者、意志を持たぬ者などバリエーションに富む。
 一枚が一つの魔術に対応しており。
『地』『水』『火』『風』の四大元素と『光』と『闇』の根源要素。
『跳』『闘』『力』『駆』といった能力強化。『剣』『盾』『弓』といった魔術武器。
『樹』『花』『雷』『霧』『雪』『砂』『嵐』『雲』『雨』『凍』『波』などの自然操作。
『幻』『影』『鏡』『夢』など、実体のない事象を司る虚数元素のカードもあり、さらには洗い物に便利な『泡』や、何でもお菓子に変えてしまう『甘』など、冗談のようなカードまであるという。
 封印の書には月と太陽を象徴する守護者までもが憑いており、その一体が『封印の獣・ケルベロス』である。
 クロウの死後、永く眠りに付いていたのだが、ここ友枝町でカードは目覚めた。主人を持たぬクロウカードは、さ迷いながら騒ぎを起こす。
 ケルベロスに新たな所持者と選定された木之本桜は、闇の力を秘めた『封印の杖』を与えられ、お友達が用意するコスチュームで今日もカードを追いかける。

 頑張れさくら! 戦え、カードキャプターさくら!!!

「という理解でよろしいでしょうか」
 どことなく生暖かい言峰薫の視線に、さくらは顔を赤くした。
 お願いですから冷静に指摘するのはやめて下さい。恥ずかしいです。
「そして封印する木之本さんに限らず、その力を抑えた人物にカードは従う、そういうことですね?」
 そう言い彼女は『THE ARROW』すなわち『矢』のカードをかざしてみせた。
 薫さんは溜息なんかを付いている。強い力を持つクロウカード。クロウ・リードのお母さんの実家だという李家から来たシャオランなどは、手を引け・寄越せ・最後は全部手に入れると凄い剣幕なのだけど。
 しかし薫さんは違うみたいだ。むしろ嫌そうな顔をしている。
 李くんはこの人を魔術師だと言っていた。調べに来たとか言ってたけれど、クロウカードが欲しくはないのだろうか。
「一枚一枚に精霊が宿るカードなんて扱えませんよ。私は自作の魔術礼装を使います。人様が作ったものは使用も修理もメンテナンスも大変なのです」
 たぶん修理とかメンテナンスは全部魔法で大丈夫。それは秘密にしておこう。
 ふよふよ浮かぶケロベロスが、よっと手を上げ前に出た。
「姉ちゃんあんた自分のことよー判っとるやないけー。そやな。姉ちゃんの魔力やとイイとこ三枚のカードと契約するのがやっとやろな。それ以上は暴走するのがオチや」
「あー、そんな感じっぽいですねぇ」
 あはははは。ケルベロスと言峰薫は共に笑った。
「ほなクロウカードはこっちに渡してもらえるか?」
「いくら出します?」

 ──── ひゅぅぅぅううう ────

 冷たい風が吹き抜けた。
「金とるんかいっ?! 手強い! この姉ちゃん手強いで?!」
 プルプルと拳(ぬいぐるみハンド)を震わせるケルベロス。胸を押さえてニコニコ笑う言峰薫。
 さくら・小狼・苺鈴は目が点となっていた。しかし知世はカメラを構えオホホと笑っているあたり大物である。
 言峰薫はニッコリ笑う。
「私は呪文書(スペルブック)やスクロールを自作します。これだけ強力なカードが手に入ったのです。調査して・検査して・分析して・解析して。……解剖しちゃったりすれば良いデータが取れるかな。等と思ったりするのですがどうでしょう」
 素敵な笑顔が怖いです。
「待て待て待て待てーぃっ!」
 ケルベロスが詰め寄った。
「クロウカードをどないするつもりや?! さくら、さくらも何か言いやー!」
「え? わたし?」
「さくら、しっかりしぃや。ワイが選んだクロウカードの主人はさくらやで」
 そうでした。
 おずおずとだが前に出て、言峰薫と向かい合う。知世ちゃんとよく似た長い髪、背筋は伸びて格好良い。柔らかな笑みを浮かべて頬を緩ませ、優しい目でこちらを見ている。
 さくらは杖をキュッと抱き、薫に数歩近づいた。
「あの」
 なんですか? 微笑む薫を真っ直ぐ見つめる木之本桜は、意を決して口を開いた。
「あの、……さっき刺したところは大丈夫ですか」
「「「だぁぁああ」」」
 ケルベロス、小狼、苺鈴がずっこけた。
「くぉら・さくらぁぁぁあああ?!」
「だってーっ。さっきナイフで胸を刺したから大丈夫かなって」
 ケルベロスに詰め寄られ、木之本桜は頭を抱えた。
 クスクスと笑う声に顔を上げると、言峰薫が困ったように眉を寄せ、口に手を当て笑っている。
「大丈夫ですよ。この服は特別製で、刀剣の類いはそう簡単に通しません。ちょっとチクッとしたくらいです。それからナイフとは片刃のもの。両刃だとダガーですから私のはナイフではなくダガーですよ」
「そうなんですか」
 笑われちゃった。恥ずかしい。さくらは杖を握り締め、少しうつむき下を見た。
 どうしよう。
 クロウカードを集めてるのは自分の意志だ。始めは成り行き、巻き込まれたからだった。
 だけど今はそうじゃない。自分の意志で集めると決めました。
 ケルベロスに導かれ、大道寺知世は助けてくれた。李小狼とは競い合い、李苺鈴は彼を手伝う。
 最後にどうなるのかは判らない。でもきっと大丈夫。みんながいるから大丈夫。なんとかなると信じてる。
 封印が解かれると世界に災いが訪れるというクロウカード。大好きな人達が暮らすこの街を守るため、木之本桜はクロウカードを集め続ける。
 何枚ものカードを集め、カード達とも仲良くなった。
 心優しい『風(ウィンディー)』や『樹(ウッド)』や『翔(フライ)』
 いたずら好きな『跳(ジャンプ)』や『雨(レイン)』
 たくさんの精霊に囲まれて、クロウカードが好きになっていた。
 暴れん坊のカードもいるが、きっとその子は寂しいのだ。大好きなクロウさんがいなくなり、長い間を眠り続けたクロウカード。いつか自分が全部集めて、集めたみんなを抱きしめる。そんな気持ちは秘密だけれど、だからカードは渡せない。
 さくらは深く頭を下げた。
「クロウカードを譲って下さい。お願いしますっ!」
「いいですよ」
 何と言われようとクロウカードを譲ってもらって、……あれ?
 下げた頭で薫を見ると、困った顔で笑っていた。
「ごめんなさい。クロウカードを持っていくつもりはないのです。いくつか条件を飲んでくれれば、カードはそちらにお渡しします」
「ありがとうございます!」
「姉ちゃん、あんた性格悪いで」
「ケロちゃん!」
 気が変わったら大変だ。怒らせないよう気を付けて。ケルベロスに注意してると、小狼が問いかけた。
「条件というのは何ですか」
 その表情は少し厳しい。クロウカードを集める彼だ。自分のモノにしたいのだろう。
「おー、そやそや。はよ教えてやー」
 ケルベロスも負けじと前に出た。
「ではまず一つ。……そちらのお嬢さん」
「わたくしですか?」
 薫が声をかけたのは知世だった。訳が分からず、彼女は首を小さく傾げた。
「はい。貴女がカメラで撮影した今夜の記録、メディアごとここで破棄して下さい」
 ケルベロスと小狼が「あっ」と叫んで知世を振り向く。
「まあ、どうしてでしょうか」
「あっはっは。李小狼? 中国では符咒や仙術はオカルトではないかもですが、撮影を許しているのは軽率ではありませんか?」
 小狼は、ぐっと息を飲んだ。
「こらあかんわ。知世、今回は諦めてや」
「どういうことでしょう」
「あんな。中国やと符咒、これはお札と呪文ちゅう意味で超能力や魔術を指すんやけどな。符咒師とか仙術使い、中国魔術師は秘密でも何でもない。秘伝はあっても普通の職業なんや。日本やと式神なんかも秘密やけど、香港行けば本屋で売ってる本に詳しく載ってるんやで、秘傳萬法帰宗とか中国のグリモアール(魔道書)とかいうて有名やな、本屋で買えるけどなっ」
「そうなんですの」
「だけどな、この姉ちゃん西洋魔術や。西洋魔術はオカルトいうて、存在そのものを隠さなあかんことになってる。話が通じるだけ大分マシやで。普通は問答無用で襲いかかってくるんやで」
「まあ」
 知世は表情を曇らせた。
「わたくしは魔法ではなく、さくらちゃんのご活躍を撮影しているつもりですわ。決して人に見せたりはいたしません。それでもダメなのでしょうか」
 知世の言葉に、薫は深くため息を付いた。それから指を口に咥えて肉を噛み、滲んだ血でクロウカードに『KAWORU』と血文字を書き込んだ。
「さようなら」
「待てっ?!」
 身を翻した薫の前に、小狼が立ち塞がる。薫はしゃがみこんでから後ろに飛び退き、アゾット剣を手にして身構えた。
「クロウカードを渡して下さい」
「簡易パスを繋げただけですから、拭き取れば簡易契約は解けますね。しかし私もビジネスなので、譲れる部分と譲れない部分があるのです」
「そんな理由で!」
「なら私を倒して奪いなさい。そうすればクロウカードは貴男の物です。後日、魔術協会から来る執行者との殺し合い、頑張ってくださいね」
「ふざけるな!」
「魔術の撮影を許すほど、ふざけた憶えはありません!」
 激昂した小狼が獅子咬剣をかかげ、薫が目付きを鋭くする。
「ちょっとシャオラン?!」
「李くん?!」
 苺鈴とさくらが呼ぶが二人は視線を動かさず、呼吸を整え間合いを詰めた。
「「ハッ!」」
 真っ直ぐに踏み込む薫が早い。体を沈めた小狼の動きが早い。
 交差し走り抜けた後で膝を付いたのは言峰薫だ。体がふらつき呼吸が荒い。
「これはキツイですね。宝石の自爆で霊体が悲鳴を上げていますよ」
 弱々しくも薫は笑う。しかし小狼の顔に笑みはなく、手にした剣を突き付けた。
「クロウカードを渡して下さい」
「条件が飲まれないなら嫌だと言った。すみませんね。中国語は不勉強なので判りません」
 中等部二年だという言峰薫。初等部四年の李小狼。それぞれの顔が子供の顔では無くなった。
「ダメだよ。李くん!」
「小僧、あかん! キョーカイが動いたら戦争になる!」
「──── 黙ってろ!!!」
 小狼の一喝に、さくらはビクっと肩をすくめた。こんな小狼は見たことがない。転校してきた頃も怒りん坊で怖かったが何かが違う。これはいけない。きっと何かを間違えてる。
 李くんはやさしい。小狼の不器用なやさしさ。さくらはそれを知っている。
 薫さんはやさしい。あんな素敵に笑う女の人が、やさしくないはずがない。
 そんな二人が怖い顔で視線をぶつけ合っている。なんで? どうして? そうしないといけないの?
 メイリンちゃんが泣きそうな顔をしている。
 ケロちゃんがマズイと小声で繰り返す。
 自分の足は動かない。
 薫さんの呼吸が静かになって、力を貯めているのが判ってしまった。
 李くんが剣を握る手に力を入れた。

 ──── もう、

 唇の端を笑みで吊り上げ、言峰薫が立ち上がる。歯を食いしばった李小狼が、手にした剣を振り上げる。

 ──── ダメ?!

 さくらは恐怖に目を閉じた。
「わかりましたわ」
 しかし知世の声に目を開けた。
 いつの間にか知世は進み、小狼と薫の間に割り込んだ。剣とダガーに挟まれていてもなんのその。大道寺知世は笑顔のままだ。
 彼女はハンディカメラからメディアを取り出し、どうぞと言って薫にそれを差し出した。
「手遅れ、という言葉を知っていますか」
 短剣を下ろさず、薫は冷たい言葉を口にした。
「まだ間に合いますわ。どうぞお受け取りを」
 差し出した手を知世は下ろさず、短剣の目の前にまで踏み込んだ。
「どうぞ」
 アゾット剣の切っ先に物怖じもせず、真っ直ぐ見つめるその瞳。言峰薫が息を飲む。
「……参りましたね。お嬢さん、お名前は?」
「大道寺知世と申します。カードキャプターさくらちゃんのマネージャー。さくらちゃんの友達です」
「知世さんですね。魔術師にはパトロンや協力者がいるものです。さくらちゃんを助けてあげてくださいね。でも撮影には気をつけて。魔術協会・聖堂教会、この二つの名を聞いたときにカメラを回してはいけません。死にます」
「覚えておきますわ」
 薫はアゾット剣の切っ先を下げ知世の手からメディアを取り上げ、次の瞬間握りつぶした。

「知世ちゃーん」
「知世、最強やで自分」
 さくらは知世に抱きつき離さない。ケルベロスも小さな腕で知世の頭を撫でている。
「それでは明日にでも状況の説明を父にお願いします。時計塔が監視員を送る予定はありませんが、派手に問題を起こしたりしないよう気をつけて。クロウカードの所持者が正式に決定したら、私か父に連絡を。あー、でも私は数カ月後に聖堂教会の調査員になる予定なので、連絡は父の綺礼にお願いします。時計塔に直接コンタクトを取ってもらっても構いません。エルメロイ派の魔術師にロード・エルメロイ二世と呼ばれる優秀な男がいます。穏健派ですので話を付けておくといいかもです」
 言峰薫が小狼に名刺なんかを渡している。薫はともかく、小狼は苦い顔だ。苺鈴は向こうで座り込んで脱力している。
「ではそういうことで」
 パンと薫が手を打つと、小狼が「わかりました」と項垂れた。

 お片付けタイムです。

「うーん。どうしましょうか、これ」
 言峰薫が、校庭に穿たれた直径3メートルのクレーターを覗き込む。このままにしてはダメだろう。
「姉ちゃんがやったんやでこれ。頑張って何とかしたってや」
「俺は知らない」
「あなたがやったんでしょう。自分で何とかしなさいよ」
「おほほほほ」
 反応が冬のように冷たかった。
「ううっ、すみません。取り憑かれていたもので」
 お姉さんは小さくなった。
「ほんま死ぬかと思ったで」
「俺もだ」
「何よあなた、修行が足りないんじゃないの?」
「おほほほほほほ」
 お姉さんは月光をスポットライトにように浴びながら、正座してしまいました。反省している様子です。つく風かもしれません。
「あのあのっ。わたし手伝いますから」
 さくらの言葉に薫はなんとか復活した。
「有難うございますさくらちゃん。ああ、やはり桜という名の女の子は優しいですね。きっとそうだと信じてました」
 薫は涙を拭っている。はははと引きつるさくらだった。

 木之本桜はクロウカードを取り出した。
 指に挟んだカードをかざし、空中に固定する。封印の杖をクルクル回し、カードの魔力を開放する。
「風よ。散らばりし土くれをここに戻せ。『THE WINDY』(ウィンディー)!!!」
 杖のヘッドがカードを叩く。グラスを鳴らしたような澄んだ音が鳴り響き、クロウカードは光を放つ。輝きは溢れ出し、風が流れ精霊の姿となって現れる。
 精霊は校庭をぐるりと旋回し、風の帯を地上に這わせた。すると飛び散った土くれは浮かび上がり、風に乗ってクレーターに運ばれる。
「ランクA? A+? なんてデタラメな」
 薫の顔が引き攣った。ケルベロスがつつっと近付く。
「どーや姉ちゃん。これがクロウカードの力や。ワイが選んださくらやから使いこなせるんやで」
「うーん、これは私では無理ですねぇ」
「ハッハー、そうやろそうやろ。判ればええんや、判れば。クロウカードは置いてってなー」
「はいはい。父に詳細を連絡していただければお返ししますよ。李小狼、お願いしますね」
「判った。今夜にでも連絡する」
「それを確認したら血文字は消します。李君とさくらちゃん、どっちが取るかはそっちで話し合って下さいな」
「今回は知世のお手柄やさかい、当然さくらのもんや。小僧?」
「……ぬいぐるみ」
「なんやてコラ! 相手になったるで?!」
 しゅっしゅー。シャドーボクシングの如くパンチを繰り出すが、ぬいぐるみサイズで迫力はない。
 そうしているうちに風は止み、穴の上にこんもり山ができました。
「どうするのこれ? みんなで踏む?」
 苺鈴が問いかけるが、ここで薫が前に出る。
「あとは私がやりましょう。お近付きの印ではないですが、少しだけ。──── 聖典紙片、舞い上がれ」
 薫の袖から紙片が飛んだ。十数枚のページが渦を巻く。
「黒鍵・顕現」
 紙片が剣に変化する。山を囲んで突き刺さる。
「泥葬式典・術式起動」
 刺さった細身剣が仄かに光り、土の小山を優しく照らす。土がどろりと溶け出した。しかし高温を感じない。
「ケロちゃん、これは?」
 さくらは目を丸くした。
「ほー、概念干渉とはまた回りくどいことをしとるな」
「がいねん鑑賞?」
「ちゃう。火で焼いたり水で流したりせんで火や水の『意味合い』を作用させとるんや。ま『溶けてちょうだい』って魔術でお願いしてるってとこやな」
「ほえー」
 クロウカードや小狼が使うお札の外にも、たくさん不思議がありそうだ。
 しばらくすると、地面は平らでなめらかになりました。薫が額の汗を袖で拭った。
「これでいいでしょう。もう遅いですし、話を聞くのは明日にお願いできますか? それとこの近くにホテルはないですかね。もう今日は寝たいです」
 あー疲れた。そういう薫に皆が苦笑する。しかし薫が首をかしげた。
「あれ? 何か変な感じがしませんか。霊脈が乱れたかな……」
 薫は手の平を地面にかざす。
 さくらとケルベロス、李小狼がハッとなった。
「「「クロウカードの気配?!」」」
 足元の地面が激しく波打ち薫はひっくり返る。さらに地面は高く盛り上がり放り出された。四つん這いで着地して、薫は何とか無事だった。しかしその顔に余裕がない。苦しげに歯を食いしばる。
「きゃーっ」
 上がった悲鳴にそちらを見ると、木之本桜が倒れていた。うねる地面が小狼を追いかけている。どうやら魔力の持ち主を追っているらしい。
「さくら!」「さくらちゃん!」
 さくらはゆっくり目を開ける。しかし体を起こさない。大波に投げ出され、体を打ち付けてしまったようだ。
「これは『THE WAVE』のカード?! 暴れん坊がいらん時に起きおってからにィ」
 うぎぎぎぎ。歯軋りするケルベロス。
 向こうでは、小狼が木行春雷の電撃を放つが地面の上を舐めるだけ。波打つ大地に効果はない。
 彼は飛び退き逃げながら、風を放つがそれも波を砕けない。
「さくらちゃん。動かないで下さい」
「大丈夫だよ知世ちゃん。なんとかしなくちゃ」
 知世の静止を手で抑え、さくらはふらふら立ち上がる。そして杖を構えるが、よろけて地面にしゃがみこむ。
 ケルベロスと知世が静止するのを横目で見やり、言峰薫は立ち上がる。こんな子供に頑張らせているばかりでは立つ瀬が無い。
 しかし気力・体力は磨り減り、魔力も回復していない。神酒の神気とロードライトの聖波動が抜け切れず、霊体に負荷がかかった状態だ。これでは魔術が暴走しかねない。
 それでも薫は世界に呼びかける。
「告げる(セット)」
 外へと魔術が使えないなら、内へと力を呼べばいい。
「降霊術(セアンス)憑依降霊(ダウンロード)言峰綺礼(エクスキューター)」
 それは言峰綺礼の生霊(情報体)を呼び降ろす降霊術。
 使う魔術は激減するが、気力と体術・祈りの力で対抗する! しかし ────
「ガハッ?!」
 薫は強烈な吐き気に襲われ前に倒れた。魔術が失敗した反動で、吐き気とめまいに襲われる。
(……しまった)
 薫は事態を理解した。
 今の自分のコンディションは平常時とは違っている。言峰綺礼の属性は『魔』に近い。『聖』に染まった肉体が、綺礼のゴーストを弾いたのだ。
(おじさまの馬鹿・ばか・バカ!)
 神父のクセに性根が腐った言峰綺礼。ちなみに薫は養女である。
「あかん、来るで!」
 大地の波が再びこちらに迫ってくる。さくらはしゃがんで動かない。知世は寄り添い、小狼・苺鈴は離れている。

 ──── さくらちゃんを ────
(──── さくらちゃんを ────)

 すぐ近くで声がする。しかしかまっていられない。

 ──── 助けないと! ────
(──── 助けてあげて ────)

 頭の中で声がする。しかし薫の気力はそこで尽き、意識は落ちて、暗くなり。

 ──── 言峰薫の肉体が、閃光を生み出した ────

 全身を光らせ辺りを照らす。柔らかな輝きが薫を包み、強い光が手から放たれ大地のうねりを受け止めた。
「なんや?! 天使召喚か?!」
「天、使、?」
 さくらを庇う様に背を向けた薫から、やさしい光が溢れてる。
 しばらくすると光は止まり、大地のうねりも消え去った。『波(ウェーブ)』は逃げてしまったようだ。
 さくらはやっと立ち上がり、薫にそっとお礼を言った。
「あの、ありがとうございました」
 しかし薫は振り向かず、立ち尽くして動かない。
 ?????
 さくらとケルベロスは顔を見合わせ、横から薫を覗き込む。すると彼女はさくらに視線を合わせ、ふんわりやさしい笑顔を見せた。
 さくらの胸が高鳴った。
 この笑顔を知っている。それは毎日みている写真の笑顔。大好きなあの人の、取っておきの笑顔と同じ。
「さくらちゃん」
 薫の声が優しすぎた。
「さくらちゃん」
 ゆっくりと伸ばされた薫の手が、さくらの頭を優しくなでる。
「……お母さん?」
「「「「は?」」」」
 みんなが目を丸くするなか、言峰薫はお母さんの、さくらが三才の時に亡くなった木之本撫子によく似た笑顔で微笑んで、
「そうだよー、さくらちゃんのお母さんの、なでしこさんだよー」
「ほぇぇぇえええーっ?!?!?!」
 木之本桜は絶叫した。


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後編へのプチ予告
 木之本撫子(お母さん)を降霊させた言峰薫が木之本邸にお泊りする。
 亡き母を降霊した少女に父と兄は愕然となる。そして天然系お母さん(薫)から爆弾発言。
「いっしょにお風呂に入ってー、いっしょに寝ましょう?」
 お父さんとお兄ちゃんはどうするのか?! 『THE WAVE』との決着は?!
 撫子が結婚したのは16歳。あのパパは危険だぞ?! 果たして薫の運命は?!
後編に続く。
2010.5/8th

追記:危うく殺し合いを……。原作それぞれの雰囲気を大事にしようと思います。本当に。
 力は問題を解決しない。しかし力は問題をねじ伏せる。という言葉がありまして……。違う話でやろう(反省)
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