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黄金のプチねた#84薫が犬になる日

 冬木教会。通称言峰教会の居住棟、その一室のドアを開け、ギルガメッシュが硬直していた。

 わんわんわん。

 彼の前には黒毛の子犬。これは確か柴犬とかいう犬種ではなかったか。赤毛(茶色)のものがメジャーだが、黒い毛のものがいるくらいは知っている。大きな王様ギルガメッシュはそんなことを考えた。
 柴犬の子犬はちぎれんばかりに尻尾を振って、ギルガメッシュの足に擦り寄った。とんとんと、遊んで遊んでと言わんばかりに跳ね回る。
 ギルガメッシュは子犬のつぶらな瞳を覗き込み、はふはふと舌を出す子犬を抱き上げる。そしてやおら携帯電話を取り出した。
RRRRR.RRRRR.
「……凛か? 我(オレ)だ。緊急事態だ。すぐ教会に来い。構わん、綺礼には我から言っておく。すぐに来い。後で金を払ってやるからタクシーで来い。すぐにだ!!!」

 〜〜 少々時間が経過しました 〜〜

「こんにちはキングさん。あの、緊急事態とは一体なんでしょうか。それに薫と綺礼はいないんですか?」
「我の後に付いてこい」
 そう言って、ギルバート・キングを名乗る男は凛に背を向け歩き出す。訳もわからず遠坂凛はそれを追う。
 一体何が起きたのか。凛は男を追いかけながら考える。
 普通なら、キング兄弟との接触は薫によって妨害される。あの子は自分が彼らと会うのを嫌がるのだ。
 聞くな、話すな、関わるな。死にたくなければ絶対に近づくな。
 そう言って、薫はこの男を遠ざける。おかげで凛は、弟のギルフォードとは会ったことがないほどだ。
 恐らくは、彼らは中東圏の魔術基盤と関係があるのだろう。
 魔術師ではないようだが神秘とは関わりを持っており、聖杯戦争の折には父・時臣に力を貸したという。英霊召還の触媒を用立ててもらったのかもしれないなどと考える。
 そんな彼が日本に住むことになった理由は知らないが、彼らはとってもお金持ち。そして薫の後見人。仲良くしても損はない。
 それに彼と綺礼と薫と行く、中華飯店・泰山での食事は凛にとって貴重な家族の団らんになっていた。薫の手前、彼とは距離をとってはいるが、助けがいるなら助けたい。

「見てみるがいい」
 案内されたのは薫の部屋だ。中をのぞくとベッドの上に尼僧服が大の字になっており、床にはブーツが横倒し。そしてタンスが数段引かれて開いて、中身の下着が散乱していた。
「これは?!」
 眉を寄せた凛にギルバート・キングは無言で子犬を突き出した。
「……キングさん?」
「我(オレ)が部屋をのぞくとだな、この犬がその服の上に座っていたのだ」
 真面目な顔で、彼は凛に状況を告げた。
「はい?」
 ベッドの上の尼僧服、散乱した下着類、そしているはずのない一匹の子犬がいたという。
「そしてだ。我(オレ)の記憶が確かなら、カヲルは最近「変身薬」とかいう魔法薬に挑戦していたはずだ」
 うげっ?!
 常に余裕を持って優雅たれ。遠坂の家訓をいっとき忘れ、凛は思わず振り返る。

 わんわんわん。

 つぶらな瞳の豆柴が、凛を見つめて尻尾を振った。そんな子犬に凛はそっと手を伸ばす。
「お手」
 ぱふ。子犬は小さな前足を、遠坂凛の手に乗せた。
「おかわり」
 ぱふ。子犬はもう片方の前足を、凛の手に置き換えた。
「「……」」
 二人の額に、嫌な感じの汗が浮かんだ。
「ど、どうしましょうかキングさん?! この子、ひょっとしたら薫かもしれません?!」
「なにっ?! やはりそうなのか?! いや、待つのだ。カヲルの才では変身の魔術には届かないと綺礼は言っていたはずだ」
「そうですけど、薫が最近手を出していたのは魔法界系の魔法薬で凶悪なんです。何でもありかもしれません」
「そうなのか?!」
 見下ろす二人を、パタパタと尻尾を振る子犬が嬉しそうに見上げている。
「いかん、このつぶらな瞳を見ていると、本当にカヲルのような気がしてきたぞ」
「薫? あなた薫なの?!」

 わんわん。

「いかん、これはいかんぞ。凛、どうすれば元に戻るのだ。我(オレ)の従者が犬では困る。食事の準備から会社の決済の承認まで、色々と面倒なのだ。なんとかしろ」
「そんなっ?! 変身魔法の解除なんて知らないですよ。綺礼の霊媒治療か摂理の鍵で、効果を打ち消せないか確認しましょう」
「そうか綺礼か! そうだな、あれはあれで有能だ。それに綺礼もカヲルが働けぬとなれば只では済まぬ。
全力で解呪に当たるであろう」
「そうですよね。綺礼はあれで薫のことを構ってますから、きっとなんとかなりますよね」
 アハハハハ。
 乾いた笑いが薫の部屋に木霊する。二人して額の汗を拭っていると、ふと静かになっていることに気がついた。
「あれ? キングさん、あの子はどこに行ったんでしょう?」
 見渡すが、子犬の姿が消えていた。凛は彼を置き去りにして廊下に出る。そこにもおらず、階段を覗き込む。
 するとちょうど子犬の尻尾が、階段下の角を曲がって消えていく。
「あの子、外に出ちゃいそうです」
 言って凛は階段を駆け下りた。
 居住棟から外に出る。中庭には子犬の姿はすでにない。凛はざっとあたりを見渡した。教会本棟への扉は閉じている。地下礼拝堂への階段は知らないが、犬と化した薫では人除けの威圧には耐えられないはず。するとどうなる? 教会を回り込み、表へ行ったのか!?
「やばっ」
 凛は駆け出し、教会を回り込む。礼拝堂から通路が伸びて、花壇に囲まれ道路へ続く。
 そこに見つけた。黒い子犬がちょこちょこ駆けて、道路の向こうの人だかりへと一直線に突き進む。だがしかし、凛は顔を青ざめた。
「危ないっ!」
 緩やかな坂の下から、大型バスが走ってきていた。子犬はそれが目に入らないのか止まらない。そのまま道路に飛び出した。
「ええいっ! なぜこの我(オレ)がっ!!!」
 硬直した凛の横手を金髪紅眼の青年が駆け抜けた。彼はそのまま加速して、道路へ向かってダイブする!

「あの、大丈夫ですか?」
 凛の問いかけに、子犬を抱えたギルガメッシュはフンと小さく鼻を鳴らした。
 バスに轢かれる寸前に、彼は子犬をすくい上げた。走り抜けて急停止したバスの運転手が何か言いたげだったが黙らせた。英雄王の一瞥を受けて挑める運ちゃんなどいないのだ(多分)
 アクション映画のような展開に、坂を上ってきた一群、これは孤児院の子供たちだった。が、興奮して騒ぎ立てている。
「ギルかっこいいー」「スゲーぞギル。俺、ギルのこと見直した」「ギルー、その犬、オレも触りたい」
 ぎるー、ぎるー。まくし立てる子供らに、ギルガメッシュはチッと忌々しげに舌を打つ。

 わんわんわん。

 自分を見上げ、無邪気に擦り寄る子犬をなでて、ギルガメッシュは眼を細めた。
「手を焼かせ追って、全く以て許し難い。判っているのか? カヲル」
「そうよ薫、もっと先のことを考えて動かないとだめじゃない。痛い目に遭ってからじゃ遅いんだからね」
 紅眼の青年と、青い眼の少女に見つめられ、それでも子犬は嬉しそうに尻尾を振っている。それを見て、ギルガメッシュと凛は、困ったモノだと苦笑した。
 そこに声がかけられた。
「申し訳ありません、王様。その子を助けていただいてありがとうございます」
 子供たちの後ろから、言峰薫が前に出た。さらに後ろを見ると言峰綺礼がにやついた顔でこちらを見ている。
「おいで」
 薫の呼びかけに、黒毛の子犬はギルガメッシュの腕から飛び降りた。わんわんと元気に鳴いて、薫のお腹に飛びかかる。
 よーしよーしとなでる薫に、我に返った凛が問いかけた。
「薫、その子は?」
「はい。この子犬はマッケンジーさんから預かった子でベルベット君です」
 ほら、ベルベット君、ご挨拶。
 薫が言うと、黒毛の柴犬ベルベットが、わんと一声鳴きあげた。
「「……」」
「でもどうしたんですか? 首輪がくたびれていたから代わりを後で買ってくるまではと、部屋に置いていたのですが」
 その言葉に、ギルガメッシュの額に青筋が浮かび上がった。
「ねえ薫、あなたの部屋のベッドに服が広げてあったんだけど?」
「見たのですか? ええ、裾がほつれていたのに気がつきまして、後で直そうと思って置いたのですが。どうしたのですか凛。そんな怖い顔をして」
 言っておくが笑顔であった。しかし凛のこめかみには血管が浮かんでピクピクいっていたりする。
 ギルガメッシュは手を伸ばし、遠坂凛も手を伸ばす。ふたりはそれぞれ言峰薫の肩の上にそっと優しく手を置いた。
 スリー・ツー・ワン、GO!
「痛い痛い痛い! なんですか?! 私が何かしましたか?! 凛、痛いです?! 王様?! 私が何か粗相でもしましたか?! 肉が! 肩の肉と骨がぁぁぁあああ?!」
 二人がかりのアイアンクロー(正しくは顔面のはずである)が薫の肩に食い込んだ。

 夜になり、教会の居住棟にある応接室にはギルガメッシュがソファーに腰掛けふんぞり返る。
 そんな彼の足下には大きなクッションが置かれており、顔を赤くし酒に酔った薫が子犬を抱え、うんうんと苦しげに唸っている。
 そんな薫を足先で小さく蹴って、ギルガメッシュはグラスに酒を注ぎ直した。
「ククククク」
 向かいに座る綺礼がのどを鳴らしてニヤニヤとこちらを見ていた。
「なんだ綺礼、言いたいことがあるなら言ってみろ。特別に許す」
「いや何でもない。ところでギルガメッシュ、一体何があったのか、それを教えてはくれまいか」
 笑みを浮かべる言峰綺礼、真摯そうな態度であるが、それでだまされるほどギルガメッシュは綺礼を知らぬ男ではない。しかし彼は酒を一息であおって言った。
「……我(オレ)は今日、初めて"穴があったら入りたい"と思ったぞ」
「ククク、ハハハハハ、ハッハッハッハッハ! ギルガメッシュ、おまえ私を笑い殺すつもりだろう?! ハッハッハッハッハ」
「うるさいぞ綺礼、殺すぞ」
 憮然としたギルガメッシュを置き去りに、言峰綺礼の笑い声が教会中に響き渡った。


あとがき
 ギルガメッシュはこんなに優しい(?)男ではないだろうとは思うのですが、こんな話も後々を考えてげふんげふん。
 ギルガメッシュと凛は相性が悪くないはず。従者としてはともかくとして、マスターとしてなら薫よりも凛でしょう。

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