黄金のプチねた#64ファスナー
ざわめきと共に人の群が二つに分かれる。商店街を行き交う人々が、目を合わせないようにしながら意識を向けるその先に、少年少女が並んで歩く。
一人は少年、一人は少女。
少年は何故か紳士用下着を上半身に身に付けて、さらに肩に円盤のような謎のボードを装着している。
少女は奇抜なアクセサリーなど付けてはいない。しかし教会の尼僧服を着て、それが周囲の視線を集めていた。
だが二人の歩みが人々を分かつその訳は、二人が真っ白なサンタクロースひげを付けているからだった。
「良い買い物しましたね」
少女。薫がひげをしごきつつ、隣の少年に声を掛けた。
「ああ、やっぱりクロースはふさふさで決まりだな」
少年。マサルは嬉しそうにそれに応じた。
二人でキラキラした目になっているのだが、周囲の皆様にはコンフュージョン。視線を逸らす人が続出する。
買い物は済んだ。マサルは電車で帰るというので、薫は駅までお見送り。こっちですと先導し、二人で並んで歩いていく。
奇異の視線も何のその。ふさふさの髭を装備した今、少年少女は無敵である。
—— その歩みが停止した ——
殺意の視線に背筋が凍る。悪意の籠もった冷たい流れが薫のうなじに吹き付けた。
「どうかしたのかい? ちょっと?!」
「ごめんなさいっ!!!」
言って薫は脇道に駆け込んだ。
追う先に、黒い影が駆けている。背を丸め、腕を前足か何かのように地に着き走るその姿。薫は背中に汗をかく。
繰り返される四夜の終末。そこに出てくる獣に似ている?!
(ちょっと待てぇぇぇえええ!!!)
あり得ない?! どうしてあれがここにいる?! 早すぎる、おかしいだろ?! 出現条件どうなのさ?!
半ば混乱しながら薫は翔る。目立たぬようにと思いながらも魔力放出(オーラバースト)で加速する。
しかし影には追い付かない。跳ねるように飛ぶように、黒い影は逃げていく。あれはこちらに気付いている。自分が追われていることを、あれは理解し逃げている。
(何者だ?!)
気持ちを切り替え、サンタクロースのひげを取る。視線除けの目玉石(アイアゲート)を起動する。袖口から聖典紙片を引き抜いて、黒鍵を形成する。
「ハッ!」
投じられた黒鍵は、かすめたものの影を外した。外された。
影は大きく跳ね、フェンスの向こうに飛び降りた。薫も飛んでフェンスを乗り越え、着地と同時に身構える。
そこは新都中央公園。魔術師・薫が浄化をするも、未だ怨念が渦巻く場所だ。
薫は周囲を見渡すが、特に気配を感じない。空気にも瘴気は混じらず、とりあえずは平静にあるようだ。
地に潜ったか空気に溶けたか、それとも誰かの心に潜んだか。黒い影は姿を消した。
薫は、ちっと舌打ちする。
マサルをおっぽり出してしまった。駅の近くに来てたから、迷うようなことはないとは思う。しかし悪いことをした。
探しているかも知れない。戻ってみるかと振り返る。その時、動くものを視界に捉えた。
—— うきゅ? ——
小さな子供くらいの大きさで、色は白だがヨークシャーテリアのように、全身が顔までもじゃもじゃな犬(?)が首を傾げていた。
なんだこれ? 薫が目をパチパチしてると、後ろの方から声がした。
おーい。の声に振り抜けば、マサルがこちらにやってきた。追い掛けてきたようだ。
彼はガシャガシャとフェンスを昇る。なかなかタフな男である。
「いきなり走っていってびっくりしたぜ。何かあったのかい? あれ? めそじゃないか?!」
え? と首を傾げる薫の前で、マサルとモジャモジャの怪生物が抱き合った。
「めそーっ」「うきゅーっ」
よく判りませんが、感動の再会らしい。
……しかし「めそ」って何? 名前か? まさか個体名とか言わないよな?
薫がじっと見てみると、めその背中に光るもの。
ファスナーだった。
「ちょっとマサルさん! ファスナー! ファスナー付いてます?!」
「いやだなぁ。ファスナーはちゃんと閉めたぜ」
「いや、貴男の股間の話ではありません。背中! そのめそっていうのの背中です?!」
「何言ってるんだい? そんなのある訳ないじゃないか。なぁめそ」
「うきゅー」
可愛く鳴く怪生物「めそ」、その背に薫は手を伸ばす。しかしそれがめその手で叩かれた。
薫は見た。もじゃもじゃの毛の下にある二つの目。それが邪悪に輝いていた。
—— 判定。こいつは危険な生き物だ!!! ——
「マサルさんっ! それから離れてください!! それはきっとデンジャラスな何かです!!!」
薫は必死に訴えかけるが、マサルはめそを抱きかかえ、笑顔のままでクルクル回る。
「何言ってンだい薫ちゃん。こいつは俺の友達さ! なあ、めそ!」
うきゅー。モジャモジャの怪生物が可愛らしく鳴いている。
……言われてみれば、別に瘴気を放っているわけではないな。
……妖怪変化の全てが危険かと言えば、そうではないし。
……彼が言うなら大丈夫のような気もする。何といてもセクシーメイツだ。
……それだけで全て許されてしまう気もする。
考え中。考え中。考え中。
「まぁ、いいか」
お持ち帰りいただけるなら、後はもう知りません。そういうことにしておこう。
薫は黒鍵を紙片に戻し、後ろに隠して収納した。もう一度めそを見る。
あ、ファスナーが少し開いてる。これはどうしたものだろう。
薫がジッと見ていると、めそは視線に気付いたようだ。
僅かに開いたファスナーの隙間から闇色の触手(?)が伸びて、ファスナーを素早く閉めた。そして絞るように触手が引き込まれて見えなくなった。
「マサルさん!!! やっぱりこれは危険生物です! 悪いことは言いません。すぐに教会に捨てに行きましょう!!」
「何てこと言うんだ薫ちゃん、君はそれでもセクシーメイツか?!」
ががーん。何故かショックを受ける薫ちゃん。
そうです。細かいことを気にしていては、セクシーメイツは務まらない(多分)
「ほら、めそだって泣いてるじゃないか」
見るとめそが「うきゅー」と泣きながらマサルの胸に顔をすりつけ泣いている。
それは多分、嘘泣きなのだが薫は涙目となって謝った。
「ああ、ごめんなさい。疲れてしまって優しい心を忘れていた私を許してくださいっ」
よよよ、と座り込んだ薫の肩に、マサルはそっと手を置いた。
見上げる薫にマサルはニカッと笑い、白い歯を輝かせてた。
「判ってくれればそれでいいさ! なぁめそ?!」
うきゅぅ、うきゅぅ。
頷きながら、めそはポンポンと薫の頭を叩いて撫でた。
「ありがとう、めそ。こんな私を許してくれるのですねっ?!」
「さぁ、立つんだ薫ちゃん。そして涙を抜くんだ。泣いていたら夕焼けに笑われちゃうぜ」
「くっ。そうですね。私は運命なんかに負けない。そう誓って頑張ってきたのでした」
「その意気だぜ! よし! みんなで歌おう!!!」
うきゅー。
—— ラララー ララララララー ルルー ラリラルルラー ——
陽の落ちた新都中央公園に、少年少女+1の歌が響いた。
あとがき
おかしいな。書こうと思っていたものから外れる外れる。これもクロスオーバーの化学反応か。
……相手を選べと突っ込みが聞こえてきます。
2009.2/1th