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黄金のおまけ#14.5bマジカルツアー・終了

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 週末を迎えたホグワーツ、授業は朝からお休みだ。生徒たちはそれぞれに、学習、休養、団らん、そして箒で空を飛んでいたりする。
 そんな魔法学院の城壁から少々離れた森のそば、言峰薫は一人で歩く。とんがり帽子にローブを羽織り、魔女っ子ルックの言峰薫。しかし周りに人はいなかった。
 ウェイバーは校長室でダンブルドアやマクゴナガルと会談している。
 ハーマイオニーは朝食後、すぐに図書室へ行って予習復習、お勉強。
 ハリーとロン、フレッド&ジョージは箒に跨り空を飛び、クィディッチの練習に励んでいる。
 薫はこの日の夜に、ここを発つ。
 あちこちを一人で見てみたい。そう言ってハーミーやハリー、ウィーズリー兄弟の誘いを辞退した。そんな薫は外に出て、そして森へと歩き出す。薫の歩くその先に、一軒の小屋がある。
 テントを補強して山小屋にしたようなその小屋は、森番ルビウス・ハグリットの小屋だった。

黄金のおまけ#14.5bマジカルツアー・終了

「おお。カオルか、よく来たな」
 もじゃもじゃな大男、ハグリットが薫を迎えてくれた。小屋の中は割と広くて天井が高い。大柄なハグリットだが、狭そうにしている感じはない。
 入るとすぐに、大きな犬が寄ってきた。いかにもいかつい真っ黒な大型犬だが、どうやら人懐こいようで、尻尾を振って薫の足にまとわりついた。
「ファング! お客さまに悪さはいかんぞ! カオル。こっち来て座ってくれや」
 ファング君の頭をなでたりしつつ、薫はテーブルに案内される。
 頑丈そうなチェアに腰掛けると、彼は薫をキャンディーとケーキ、そしてミルクティーでもてなした。
 キャンディーは糖蜜ヌガーというソフトキャンディー。ケーキはロックケーキというそうだが、見た目がコンクリートで固めた煉瓦のようだ。ハグリットは手づかみでボリボリとかじっている。薫もまねるが硬いです。
 コリコリと、リスがクルミを囓るように削っていると、ハグリットがこちらを見つめているのに気がついた。
「なんですか?」
 笑顔の薫にハグリットは、ふぅと大きく息をつく。
「カオル、お前さんはおっかない奴だ。だがな、ファングが懐いたっちゅうことはお前さんは優しい奴なんだ。ああ、俺は始めっから判っていたともさ」
 もじゃもじゃな顔の真ん中にある二つの眼を丸く見開き、ハグリットは頷いた。
「I'm so sorry.(本当にすみませんでした)ハグリットには、私が聖堂協会の関係者だとは言いませんでしたよね。ごめんなさい」
 悲しそうに言う言峰薫に、ハグリットは明るい声で気にするなと手を振った。
「お前さんが謝ることは何もねぇぞ。第一、お前は嘘はついてねえ。全部を言っちゃいなかったが嘘吐きじゃねえ。なぁに、ちょいと舌がまわらんで言いたいことが上手く言えねえなんてことはよくあることだ。違うか?」
「そうですね。ありがとうございます、ハグリット」
 笑顔に戻った薫。ハグリットもモジャモジャな髭の下でにっこり笑った。

「……」
 薫は無言になっている。ちなみに落ち込んでいるわけではなくて、糖蜜ヌガーで上下の歯がくっついて離れなくなっただけである。しかたがないので口の中、歯の裏側からペロペロ舐める。その内に溶けてくれるでしょう。
「ハッハッハ。すまねえなカオル。そういえばロンも顎がくっついていたぞ。教会でも魔法界でも同じだっちゅうことだ」
 そう言う彼はいくつかのヌガーをまとめて頬張り、モグモグとかみ締めている。さすがは大男、色々と力持ちである。
「なあカオル、マスター・ベルベットはお前さんの先生だったってのは本当か?」
 ハグリットの問いかけに、薫は小さくうなずいた。まだヌガーが溶けてくれません。
「俺は時計塔の魔術師は好きじゃねえ。でもな、あの先生は大したもんだ。俺はあんまり頭がよくねえから難しいことは判らんけれど、ありゃあ立派な先生様だ。何せダンブルドア校長もマクゴナガル副校長も褒めていなさった、きっと大した先生に違いねえ」
 うんうんと頷くハグリット。
 いえ、実は結構へっぽこです。言いたいけれど言えないこのジレンマ。恐るべきはソフトキャンディー、エルメロイ二世の秘密は守られた。
「時計塔にマスター・ベルベットみたいなのがいて、教会にお前さんみたいなのがいる。こりゃあいいな。きっと将来はみんなが幸せになれるに違いねえ。カオル、お前さん大したもんだぞ!」
「むぎゅぅぅぅーっ?!」
 感極まったかのようなハグリットに肩を叩かれた。バシバシ叩くのを通り越し、ドカンドカンと叩かれて、薫はテーブルに沈没した。
 ヌガーのせいで息は苦しく、ハグリットがいい人過ぎて辛かった。

 その後、ハグリットに森の住人についての話を聞いた。広がる森は闇の森。魔物が住み着く危険な森だ。しかし賢いものもいて、例えばケンタウルス族なども住んでいるという。人間の上半身を馬の下半身が支えるケンタウルスは、星を読む予言の力を持っている。
 去年までは一角獣ユニコーンなども姿を見れたと彼は言う。
 また、湖にも不思議な住人が暮らしており、ウォーターピープルという妖精のような存在や、淡水棲の大ダコもいるらしい。
 他にも、校庭の隅に植えられた柳の木は近づくものを、枝をしならせ攻撃する。危ないから近づいてはいけないぞ。等という。
 聞けば聞くほどのステキさに、薫は頭がクラクラした。

 お昼までにはまだ少し。ハグリットの小屋をおいとました薫はホグワーツ城を散策することにする。
 吹き抜けの階段塔にたどり着いた。下から上を見てみれば、四角い塔の内側を階段が螺旋状に上っている。エレベータとかエスカレータがあったりはしないので、上に行きたきゃ階段を上るしかありません。
 しかしこの階段、時間ごとに動くのだ。ぎこん・ばたんと音を立て、下を支点に回転し、上る先が変更される。タイミングが悪いと行きたいところにいけなくなって立ち往生するらしい。
 そして薫の見ていた先で、降りる階段が向こうに行ってしまった。
 どうするか? 一階分くらいなら飛び降りてしまおうか?
 そんなことを思って身を乗り出すと、絵の住人に止められた。廊下に飾られた絵画の中で、貴婦人たちがお茶会をしていたようだ。うち一人のご婦人が、下をのぞく薫を「危ないですわよ」とたしなめる。
 言われて薫は飛び降りるのをやめておく。なるほど、絵画の住人たちが監視の目となり、生徒たちを守っているのかもしれない。ご婦人たちにお礼を言って、別のルートを模索する。
 そんな風に歩いていると、一人の生徒が声をかけてきた。
 赤毛でソバカス、赤ら顔。今日は前髪を左右に分けて、三つ編みにして前に流している女子生徒、グリフィンドール寮の一年生。ジニー・ウィーズリーだった。
「カオルは魔導書(ブラック・ブック)には詳しいの?」
 ジニーは鳶色の瞳で薫の顔を覗き込む。
「グリモワール(奥義書)に詳しいと言うほどではないですね。でも私はスクロール(一枚物)やスペルブック(呪文書)を自作したりしているので、ちょっとは知ってます」
 昨日と違い、今日のジニーは元気のようだ。しゃべるときに身を乗り出すのはロンと同じだ。彼女は薫のガイドをすると言い、ホグワーツ城の案内役を買って出た。
 そんなジニーだが決闘で使った薫の本に興味を持って、色々と聞いてきている。
「ねえカオル、魔導書には精霊や幽霊が宿っているものもあるのでしょう? 私、そんな本のことを知りたいの」
「精霊憑きですか? ……well(うーん)、時を経た魔術書が精霊を宿すことはあるそうですが、そう言ったものは記述に性格が左右されるそうなので、思想や波長が合わないと危ないと聞きますよ?」
 眉を寄せた薫の言葉をジニーは真面目に聞いている。
「あと、神あるいは生け贄を好む何かについての書籍の場合、生け贄にした人間の素材を装丁に使ってアンテナ兼フィルターにすることもあるそうです。
 つまり「生け贄」という概念を用いて神との接続を可能とし、「人間」という概念で強烈な波動から所持者を守るのです。中世以前では生け贄の霊を加工し、魔導書の精霊として宿らせることが多く行われたはずですけどどうなんでしょう? 実は聖典でもあるんですけどね、そういうの。
 でも魔導書にかかわらず、人身御供で武器とか城とか作るのは古今東西、珍しくないですから探せば結構あるんじゃないですか? ただ個人的には精霊憑きの魔導書などという危険物には近づかない方がいいと思いますが」
「そんなことはないわ! きっと優しい幽霊が憑いている本もあるはずよ! 魔法使いが書いた日記とかならそう言うのもあると思うの」
「ダイアリー(日記帳)ですか? なるほど、それなら多少マイルドな幽霊が憑いているかもしれないですね。あー、でもどうでしょう。そういうのは未練を残したイヴィル・デス(悪霊)なんじゃないですかね」 
 いいえ、違うわ。そう言ってジニーは首を振る。
 この子は本が好きなのだろうか? 本の登場人物とかと、お話ししたい年頃なのかもしれないな。
 そんな風に考えながら、薫はジニーに言われるままに彼女の後をついて行く。

 三階にある女子トイレを通過する。ここには「嘆きのマートル」と呼ばれる幽霊がいるそうだ。
 不思議と魔法が入り乱れるホグワーツであるのだが、過去には血なまぐさいこともあったらしい。当時レイブンクロー寮の生徒だったマートルという女子生徒、彼女は得体の知れない何かに襲われ、以後ゴーストとなって殺された場所であるこのトイレに縛られているらしい。
 生前から泣き癖のあった彼女のせいで、現在このトイレは水浸しで使用不能となっているのだそうだ。
 洗礼詠唱で強制的に浄化できない訳ではないが、薫はそれを自粛する。
 さまよう霊には同情するが、ここを管理しているのは魔法使いたちである。成仏させてもそれはきっと大きなお世話。胸の奥がチクチクしない訳ではないが、手を出すのはやめておく。
 ジニーと一緒にトイレの前を通り過ぎ、城の北側、城壁部分に位置する教室を覗き込む。そこは授業に使われていないようで閑散としており、北風で冷えないように窓も小さく薄暗い。
「ホグワーツには使っていない部屋がたくさんあるの。こんな部屋には秘密があって、隠し部屋に通じていたり、秘密の通路に入れたりするの。ジョージとフレッドは探検を繰り返してとても詳しいのよ」
「あはははは。あの二人ですか。確かにそういうの好きそうですね。ということは、この部屋にも秘密の通路があったりするのでしょうか?」
「どうかしら。必ずあるってことじゃないみたい。それに発見するのはとても難しいのよ。絵に描かれた果物をくすぐったりしないと開かなかったりするんだもの。大変なの。……カオル? どうしたの?」
 薫はよろけて壁に手をついていた。
 扉を開けるのに絵の果物をくすぐる魔法使い。そのイメージは現代社会に生きる言峰薫を打ちのめした。
 ああ、私って、ひょっとしたら常識的なのかしら。「普通」という言葉の意味を考えてしまう薫であった。
 なんとか薫が体勢を立て直して振り向くと、今度はジニーがよろめいていた。
「ジニー?」
 彼女はくらりと揺れてしゃがみ込む。床に手を着き首を振る。赤ら顔から血の気が引いて、病的に青くなる。
「ジニー、どうしたんですか。ジニー?!」
 呼びかける薫の腕に中で、ジニー・ウィーズリーは気を失った。
 何が起こった?
 ジニーを壁により掛からせて、薫は彼女を観察する。さっきまで元気だった彼女の体が、不自然な冷気を帯びている。この感じは霊に生気を抜かれた状態によく似ている。
 しかし、そんなモノはいなかった。いれば自分が気がつくはずだと言峰薫はいぶかしむ。それにホグワーツのゴーストたちは基本的には陽気な性格で、面白可笑しく暮らしているはず。生徒を襲ったりはしないと聞いている。
 ジニーの額に浮かんだ冷たい汗を拭き取って、どうしようかと考える。
 正直言えば、ここが城のどの辺なのかも判りません。とりあえずは三階だが、グランドフロア+三階なので日本的には四階である(はずだ)
 まあいいか。グランドフロアまで担いで降りて広間を目指せば、きっと誰かに会うだろう。そしたら保健室の場所を教えてもらい、そこに連れて行けばいい。
 そう考えて、薫がジニーを肩に担ごうと手を伸ばした。その時、教室のドアが開く音がして言峰薫は振り向いた。
 そして声を張り上げた。
「黒鍵・顕現! 剣群・円陣!! 聖別結界、起動・展開!!!」
 聖典紙片が黒鍵へと姿を変じ、それが床に突き立った。薫とジニーを守るべく、刀身が仄かに震えて光を放つ。摂理の鍵と聖波動の力によって、邪悪な力を跳ね返す。

 そんな結界の中から薫がにらむその先に、深緑色の蛇の頭が鎌首を挙げていた。

「毒蛇の王」バジリスク。ウェイバーから聞いてはいたが、まさか出るとは思っていなかった。
 薫は顔を歪めてきつく歯を食いしばる。
 油断していた。かろうじて聖典の書は所持していたが、魔女っ子装備ではなく尼僧服を着ておくべきだった。あれは裏地に護符を仕込みつつ、ダイヤモンド蒸着ワイヤーならぬコランダム蒸着防刃繊維を編み込んだ特別製。防弾チョッキ+ボディアーマーを上回る防護性能を持っている。
 なのに今着ているのはただの服、完全にミスだと歯がみする。
 大蛇はズルズルと音を立てて教室に侵入してくる。長い、でかい、そして太い。
 最大サイズ十五メートルとか言っていたが、これは殆ど最大サイズか? 頭もでかく、顎を開けばその口は、子牛くらいなら丸呑みできそうだ。胴回りもかなり太く、剣など刺しても致命傷になるとは思えない。
 そんなことより何よりも、こちらを見つめる視線によって、薫の体がこわばった。
「ぐっ?! 告げるっ(セット)!」
 魔術回路を起動して火の魔力を循環させる。魔術特性「融解」により、バジリスクが放つ石化の視線をなんとか防ぐ。
 しかし薫は焦燥を強くする。
 窓が小さく溝のよう、ジニーを連れては外に出れない。この部屋の入り口はバジリスクの向こう側の一カ所しかない。ジニーの意識は戻らない。彼女を守ったままでは動けない。
 自分だけなら逃げられる。
 しかしである。そういうことが嫌だから! そういうことをしたくないから頑張っているのだ!!!
 ここに来る前、痛めたせいで魔術回路が本調子に戻っていない。飛行魔術(火の鳥)さえ起動できれば石化に十分対抗できるが今は出来ない。身体強化(フィジカルエンチャント)と魔力放出(オーラバースト)が精一杯だ。
 どうする?
 祈りに応えて二人を守る黒鍵の囲いの中で、薫は自分に問いかける。
 答えが出るまで待ってはくれず、バジリスクは近づいた。蛇はしゅうしゅうと、音を立てつつ身をうねらせて、威嚇なのか頭をゆらす。
 バジリスクが近づくごとに視線の重圧は強くなり、薫の体が震え出す。
 心臓がキリキリ痛む。皮膚と肉が糸で縫われて固められていくような悪感に襲われる。そして体が固まっていくのだ。まずいと頭で理解する。それでもここから動けない。
 薫は手から黒鍵を取りこぼす。計6本の細身剣は床に落ち、はねた後に転がった。引きつった顔の薫は身をかがめるが、後ろに倒れて尻餅を突いた。
 バジリスクはそんな薫を獲物と見たか、鼻先を床に近づきするすると近づいた。言峰薫とバジリスク、その距離が近くなる。
 薫はハァハァと息を荒げてスカートをたくし上げた。鍛えられた少女の脚は、太くはあるがカモシカのように引き締まってすらりと伸びている。少し開いた薫の股に、蛇は鼻先を近づける。
 そして薫も股に両の手を伸ばし、
「だぁぁあありゃぁぁああっ!!!」
 渾身の力を込めて、拳銃を引き抜いた。
 リヴォルバーが火を噴いた。三点バーストを二回行い六連射、黒金の回転式拳銃マニューリンMR73がマグナム弾をぶちかます。
 それは至近距離でバジリスクの頭に当たり、蛇の鱗を打ち砕き、肉に食い込みえぐり込む。
 蛇は大きくうねりのたうつが、それでも魔物は死んではいない。殺せない。
「っぁぁああぁぁぁああ!!!」
 もう一丁の拳銃を、薫は怒号と共に蛇へと向けた。その拳銃はリヴォルバーでもなくオートマチックでもない中折れ式の単発拳銃。
 米国トンプソンセンターアームズ社の新型、G2コンテンダー・ピストル。
 一発しか弾を装填出来ないこの銃は、その代わりにマグナム弾を威力で遙かに凌駕するライフル弾を打ち出せる。
「オオォォオオオオ!!!」
 獣のような叫びと共に、薫は引き金に手をかけた。
 防弾チョッキを紙くずのように引きちぎるライフル弾がバジリスクの胴体に命中し、腹をえぐって血しぶきをぶちまけた。
 大蛇は苦悶の叫びを上げて暴れ出す。それを見る薫はしかし、チッと忌々しげに舌を打つ。
 致命傷にはほど遠い。つうか、魔法生物バジリスクは普通に殺して死ぬのかよ?
 体がこわばり手がこわばる。火の魔力を循環させて、指の動きをなめらかに。それから腕を溶かしていくかのように、動く範囲を広げていく。
 蛇は向こうで暴れている。正気に戻れば殺される。ここでもう一押しが必要だ。しかしマグナム弾でかすり傷でライフル弾でやっと肉をえぐれるような化け物に、通じる武器など今はない。あったとしても使えない。
 ようやく腕が普通になった。しかし使える武器がない。アゾット剣は魔力を解放したものしかないし、騎兵刀(セイバー)は折れて鞄の底にある。結界を保っているのが精一杯で、新たに黒鍵を形成するのも正直辛い。さっき落とした6本が落ちてはいるが、体がこわばり届かない。
 一瞬の逡巡の後、薫は懐からワンドを取り出した。ドラゴンの心臓の琴線とリンゴの樹から作られた魔法界の魔法の杖。それを手に取り呪文を唱える。

 ────  Wingerdium Leviosa ────

 浮遊呪文は効果を現し、黒鍵が浮き上がって薫の右手が捕まえた。
「うりゃっ!!!」
 三本の黒鍵がうなりを上げて飛翔して、蛇ののどに突き刺さる。そして薫は手を伸ばす。
「炎上!  Intesive Einascherung(我が敵の火葬は、苛烈なるべし)!!! 」
 火葬呪文がバジリスクの頭部を覆い尽くした。

「うっく、ひっく。……痛い。痛いよ」
 キリキリ痛む心臓を右手を押さえ、薫は床で丸くなっている。
 大蛇は逃げだし姿を消した。追いかけることなど薫は出来ず、固まりかけた自分の体を治療する。
 己の魔力の温もりが、生きていることを教えてくれる。ああしかし床が冷たい。気を失ったままのジニーは大丈夫だろうか。風邪など引かないといいけれど。
 力尽き、意識が消えるその前に、薫は不死鳥フォークスが飛んで来たのを視界に認めた。

 その日の夜に、薫とウェイバーはホグワーツ城を後にした。帰りは煙突ネットワークは使わずに、最寄りの駅から汽車に乗る。
 近頃の事件のせいで、子供を休学させて実家に呼び戻す親が増えているらしい。そんな子供たちの護衛もかねて、ロンドンへの夜行列車で帰ることとなった。
 最寄りのボグズミート・ステーションのホームでウェイバーの隣に薫は寄り添う。そっと小さくつぶやいた。
「いいんですかね。これで」
 バジリスクに襲われたあの後、フォークスがダンブルドアとマクゴナガル、そしてウェイバーを呼んでくれたのだそうだ。
 ジニーと薫は保健室に担ぎ込まれたが、特に怪我などは見あたらず、一同は胸をなで下ろしたとか。
 目覚めた薫から事情を聞いて、流石に顔を青ざめさせた彼らだが、結局のところ何もなかったことにした。
 言峰薫は戦士や魔術師としての価値よりも、外交屋(こうもり)としての価値の方が高いのだ。
 そんな彼女が事件に巻き込まれて負傷したなどと知れたら組織間で軋轢が生まれてしまう。
 それは避けたいという薫自身の意志もあり、事件はなかったことにした。バジリスクへの対応などは、ダンブルドア校長が対応を検討すると話が付いた。ジニーは何も覚えていないようなので、悪いが何も話さずごまかした。
「ふん。お前の役目じゃないだろう」
 ウェイバーは薫に目もくれず、それだけ言って口をつぐんだ。
「そうですね。まぁ、貴重な体験をしたわけですし、石化解除の修行をしておくことにします」 
 そう言っておくことにする。あと、土葬式典の再訓練とかいいかもしれない。
 薫がそんなことを考えていると、ホームに箒に乗った二人の少年が降り立った。
「コトミネ!」
 やってきたのはロンとハリーの二人だった。外出禁止のはずではあるが、抜け出してきたらしい。
「二人とも、減点されちゃいますよ?」
「大丈夫、そんなヘマはしないよ」
 済ました顔のハリー・ポッター、実はタフな性格なのかも知れない。
「そんなことよりコトミネ、ジニーのことありがとう」
 ロンが身を乗り出して言ってくる。そんな彼に薫はどういたしましてとお辞儀する。すると二人は不思議そうな顔をして、そろって眼をパチパチと瞬かせた。
「ハーマイオニーも来たがったんだけどさ、アイツ、箒に乗るのが苦手なんだ」
「そうなのですかロン、あー、でもそんな感じですねぇ」
 三人でアハハと笑う。そこに列車が到着した。ウェイバーと薫は乗り込んだ。向かい合うベンチに座り、窓からそっと手を振った。
 また会いましょうと気持ちを込めて、薫は二人に何度も腕を振り、ハリーとロンも見えなくなるまで手を振った。こうして薫はホグワーツを後にした。
「フン」
 ベンチにどっかりと座るウェイバーが、詰まらなそうに鼻を鳴らした。
「なんですか?」
「なんでもない」
 薫が聞くが、ウェイバーは知らん顔だ。薫は少し考えた。そしてニヤニヤした顔になる。
「ははーん。ウェイバー先生、さては私が涙ぐむとか思ってましたね? しかし先生、私は先生と違って大人なのです」
「やかましい! さっさと寝てしまえ!!!」
 ウェイバーが額に青筋浮かべて怒鳴りつけた。
 薫はベンチシートの上に横になり、尼僧服の上に魔法使いのローブを掛けた。とても疲れた。生徒たちの前で平気な顔して無理した都合、バテて眠くて仕方がない。
「おやすみなさい」
 腕を組み、目を閉じて動かないウェイバーに一言かけて、言峰薫は眠りに落ちる。
 こうして薫のオプション・ツアーは終わりとなった。薫は再び冬木教会へと戻り、彼女の日常を続けていく。


前の話へ

あとがき
 ……長いよ(ちょっと涙)
 精神年齢が下がった感じが出てると良いのですが。
 水銀メイドゴーレムは自粛しました。ウェイバーと共に助けにくる展開も考えました。登場したら「未来ビーム」といって触手を伸ばすヘンテコ妄想ロボ子になる予定でした。英国珍道中とか楽しそうですが自粛です。
 注意! 今回の話における数々の魔法に関する内容は、ハリ〇・ポッタ〇の世界観によるものであり、Fate/stay nightのものではありません。念のため。
 なお、彼の世界の魔法などが「〜の従者」本編で真面目に使用される予定はありません。
2009.7/28th

黄金の没ネタ。
 ホグワーツ・ルートがあった場合。一人なら薫はハッフルパフ寮に入るはずでした。子ギルが憑いてきます(この時点でアウトともいふ)
 凛がいるなら二人でスリザリン。慎二と桜もいるなら慎二はレイブンクロー、桜ハッフルパフ、凛スリザリン、薫グリフィンドール、を想定してました。
 構成に無理が大きい。途中で抜けるのが中途半端。時計塔との二重生活にもなりそうでまとまりに欠ける。ダラダラ続くだけの話になると判断。よって没。
 自分としてはホグワーツ好きですが情報量が多すぎです。それも好きですが。
 ウィーズリー兄弟が冬木に来るとか楽しそうです。遠坂邸の暖炉がばふっと灰をまき散らし「何事っ?!」と驚く凛に「How are you?(ごきげんよう)」と現れるとか。いやいやハーマイオニーがいた方が。
 ……妄想は続く(続きません)

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