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黄金のおまけ#14.5bマジカルツアー・3日目

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 次の日の午前中、大広間で時計塔の一級講師、ウェイバー・ベルベットによる全生徒への特別講義が行われていた。
 タイトルは「新世紀に問う魔導の道」。持論を突き詰め噛み砕き、理路整然と一分の隙もなく展開していく講義内容は、まだ若い魔法使いたちを圧倒している。
 話は現代における魔法使いの存在意義から始まって、実社会での魔術師たちの活動内容や教会勢力との関わり合いにも及んでいた。薫のことなども例に出しつつも、しかし魔術師(a magician)の本分は研究にあることを強調する。
 話は魔法界の在り方にまで言及しようとしている。異界に引きこもる彼らに対し、一言もの申すつもりでいるらしい。
 そんな彼、最近ではロード・エルメロイ二世とも呼ばれると聞くウェイバー・ベルベットを眺めつつ、薫は昨日のことを思い出していた。

黄金のおまけ#14.5bマジカルツアー・3日目

 強烈な一撃を額に受けて薫が悶絶していると、ハーマイオニーが聞いてきた。
「薫、その男の人はあなたの知り合い?」
 涙目で、だけど薫は彼女に彼を紹介する。
「ええ、ウチのファミリーです」
 薫の紹介に、男、すなわちウェイバー・ベルベットはしかめっ面をさらにしかめた。
「誰がファミリー(マフィアの一員)だ?! 殺すぞ」
「えー? 先生と私、秘密を共有する仲じゃないですか」
「死ね」
 額に青筋浮かべたウェイバーと、不敵に笑う言峰薫。ふっふっふ。笑いながら見詰め合う。
 マクゴナガルがやって来るが、ウェイバーは副校長をギロリと睨む。ウェイバー・ベルベット、かつて英雄王にメンチ切って生き残った男である。もはや怖い者などありはしないのだ。
 しかし渋々といった感じでウェイバーは連れていかれた。そしてダンブルドアと言葉を交わすと忌々しそうに頷いた。
 何ごとかとざわめく生徒達。アルバス・ダンブルドアは立ち上がって前に出て、子供たちに語り出す。
「諸君。ホグワーツにまたもお客様がやってきた。今度は何と時計塔からじゃぞ。ワシもびっくりしたわい。彼は噂に聞く非常に有能な魔術師で、魔術師たちにものを教える一級講師じゃ。彼は以前、日本を訪れたことがあり、コトミネ・カオルに英語を教えたと聞くぞ」
 満面に笑みを浮かべたダンブルドアのその後ろ。ウェイバーがチッと舌を打つ。
「ふぉっフォッふぉっフォッふぉ。マスター・ベルベット。自己紹介などをお願いしよう」
 校長を睨み付けながら、ウェイバーは嫌そうに前に出た。
「魔術協会所属の魔術師。時計塔で講師をしているウェイバー・エルメロイ・セカンド・ベルベットだ。そこにいるコトミネ・カオルの後見人として、「そんなの聞いていませんよ」黙ってろ。ゴホン。コトミネがホグワーツにいる今日、明日、明後日を滞在させてもらうことになった。魔法使い諸君は気にせず勉強に励んでくれ。以上だ」
 パチパチと拍手が鳴る中で、薫は「えーっ」と不満げな声を上げたのだった。
 その夜の貴賓室。薫は彼に話を聞いた。
 マクゴナガルの問い合わせを受けた時計塔の職員が情報を流し、回り回ってお前が行けと何故かウェイバーにお鉢が回ってきたらしい。
 薫は思う。それは私のせいですか?
「やかましい。大人しくすると言った次の日に、ロンドンからスコットランドに飛んだお前に発言権など認めてやらん」
「ひどっ?! それは酷いですよ先生」
「なら少しはじっとしていろ。問題を起こすな。問題を引き寄せるな。なにより人を巻き込むな。いいな判ったな!?」
「そんなこと言うなよ。仲良くしようぜウェイバー、友達だろ」
「判った。お前の父親と王様にありのままを報告してやる」
「すみませんでしたぁぁああーっ?! ミスター! どうかそれだけはごかんべんを!!!」
 薫はソファーの上で土下座した。

「バジリスクだろうな」
 薫から話を聞いて、ウェイバーは呟いた。
 バジリスク。別名「毒蛇の王」緑色の大蛇で非常に長寿。体長は最長で15mにもなるという。
 牙に猛毒を持っているが、それとは別に恐ろしい魔眼を持っている。まず黄色い目の光を浴びると石になって即死する。眼の光を直接ではなく間接的に見ても生きたまま石化する。生きて石化した場合なら「マンドレイク薬」で回復も可能。
 オスは頭に赤の羽毛が生えている。ヒキガエルが温めた鶏の卵から生まれるとも言われるが、魔法使いが創り出した生き物であり、制御できるのはパーセルマウス(蛇語使い)だけだと言われる非常に危険な化け物だ。
 中世に創り出すことが禁止された魔法生物で、 牙の猛毒はフェニックスの涙でしか中和できない。そんなモンスターがホグワーツに潜む魔物だと、ウェイバーは結論づけた。
「で? どうする気だ」
 ウェイバーの問いかけに、しかし薫はポカンとした顔になる。
「は? こちらの方々にもメンツがあるでしょうし、私は何もしませんよ」
 疑惑の視線を送り続けるウェイバーに、薫は本当ですよと苦笑する。ウェイバーはフンと鼻を鳴らして腕を組む。
「ならいい。あと2日の間だけだ。大人しくしているがいいさ。言っておくが本当に手を出すなよ」
「判りました。まあ、蛇退治は教会はお手の物、石化だって基督教じゃ珍しい概念じゃないですけどね。キリストの弟子には石を意味する名の弟子だっていますし」
「ほう、黒鍵と摂理の鍵は使えるようになったということか?」
「洗礼詠唱も使えますよ」
「本当か? あの男にひれ伏すお前がか?!」
「まあ、それは私の修行のたまものということでどうか一つ」
「ふん、まあいい。なら遭遇しても即死することもないだろうさ。しかし気を付けろ。洗礼詠唱を習得した以上、お前は聖堂教会に近い人間と見なされる。魔術協会の人間との接触には十分に注意しろ」
 承知しました。すました顔の言峰薫がウェイバーはどうにも気に入らない。
「可愛い気のないガキだ」
「先生は可愛いですね」
 いやん、いやんと体をくねくねさせる言峰薫に、ウェイバーは渾身のアッパーカットを撃ち込むが、女の子はひらりとかわす。
 おのれ! デコピンは大人しく喰らうクセに避けるなよ!! やはりコイツは可愛くない!!!
 歯ぎしりするウェイバーの視線の先で、日本人の少女がふふんと笑っていた。

「以上で講義は終了だ。学生諸君の静聴に感謝する。サンキュー」
 ウェイバーの講義が終了した。大広間に拍手が響き、教師陣の中にも頷く者がいる。それなりに好評のようである。
 だがしかし、そこにおかしな奴が現れた。
「素晴らしい講義でしたね。しかし残念です。私ならもっと素晴らしい講義が出来ましたのに。ええ、そうですとも」
 黒いローブの中にあり、黄土色というかクリーム色というか、一応金ピカというか、そんな感じの派手なローブとベストとズボンとブーツの男がにやけた顔でさかんに口を動している。
「なんだ貴様は」
 ウェイバーのマフィアな視線も何のその。面の皮が厚いのか、その男は笑みを崩さずまくし立てる。
「ああミスタ・ベルベット。なかなか素敵な講義でしたね。んー。70点といったところでしょうか。私でしたらそうですね、85点は狙えたのですがそれはしかたがないことです。誰にでも得手不得手がありますからね」
 笑顔を振りまき続けるこの男、ホグワーツの教師の一人である。本年度から雇われた「闇の魔術の防衛術」の担当教諭ギルデロイ・ロックハート氏だ。
 ウェイバーの見事なおでこに青筋が浮かぶのを見たのかもしれない。マクゴナガルがロックハートをたしなめるが、何処吹く風かと知らん顔だ。
「どうですかミスタ・ベルベット。貴方はこうしてホグワーツで講義をしたのですから、今度は私に時計塔で講義をさせてはもらえませんか? これは我ながらナイスアイデアですね。どうでしょう?」
 これにはウェイバーも、何だこいつはと呆れた顔になった。
「ああ、才能のある貴方が私を恐れるのも判ります。しかし私に才能があるのは仕方のないことですからね。判りました。ではミスタ・ウェイバー、私と貴方で決闘形式の手合わせをするのはいかがですか? もちろん手加減はいたしますよ。貴方が大ケガしたりすれば大変ですからね」
「おやめなさいロックハート!」
 さすがにマクゴナガルが制止に入る。相手は時計塔の単なる講師などではない。一次は凋落したとはいえ、持ち直したエルメロイ派の有力者。しかもそのエルメロイ派そのものを、一人で持ち直したとも言える怪物なのだ。ロックハートのような口だけで立ち回るお調子者が、相手に出来るはずがない。それに彼は言峰薫の恩師でもあるという。こんなことでホグワーツが時計塔や聖堂教会の穏健派から睨まれてはたまらない。

「ウェイバー先生。私は友好のために来たのですよ。OK?」
 ウェイバーのスーツの裾を、言峰薫は引っ張った。ウェイバーは整理と分類、理論構築と技法解析の天才だ。しかし実技に問題ありで、へっぽこ属性の持ち主でもある。修練により腕は上げたはずではあるが、それでも彼は学者タイプで研究者。典型的な魔術師で、武闘派では決してない。そんな彼を矢面に立たせて怪我などされては大いに困る。貴方と私は秘密を共有するお友達、私を一人にしないでね(はぁと)
 薫に引かれてウェイバーは引き下がる。不機嫌なのはいつものことだ、これで何とか収めよう。
 しかしそこにセルブス・スネイプが割り込んだ。
「ミスタ・ベルベット、コトミネは貴方の生徒と聞いた。どうだろうか。ロックハートとコトミネを手合わせさせてはもらえまいか」
「「Huh?(はぁ?)」」
 意外な提案にウェイバーと薫が声を揃えて訝しむ。向こうの方ではマクゴナガルが目を丸くしている。
「コトミネ、君は父君より教会の騎士としての修練を受けていると聞いた。教会と魔法界の友好の証として、その戦い方を見せてはもらえないだろうか。もちろん君が勝っても我々は恨んだりはしない。ああ、心配することはない。ロックハートは決闘クラブを主催する実力の持ち主だ。全力でかかってもらって構わない。なに、噂に聞く教会の騎士の力を少しでも身に付けていれば心配することは何もない。安心してぶちのめしてくれ給え。もちろんロックハートは闇の魔術の防衛術の講師であるから弱くはないはずだが。ぜひ全力で叩きのめしてもらいたい」

 ……スネイプ先生。あなたロックハート先生のこと嫌いなんデスか?

 ちょっと呆然となった薫を後ろに追いやり、ウェイバーが前に出る。
「止めておけ。こいつの親は十代で代行者になった怪物だ。こいつ自身も騎士剣術、中国武術、それに魔術と祈りの力を重ねて使う武闘派だ。杖がなければ安定して呪文も使えん魔法界の連中では相手にならん。それにこいつはギルバート・キング、ギルフォード・キングという化け物にも鍛えられている。魔術に関わっていなければ、親と同じく十代で代行者を狙えるモンスターだ。止めておけ」
「先生。意外な高評価に感動です。でも私では代行者は多分、無理です」
「ちゃかすな!」
 むむむと唸るスネイプだったが、空気を読まないロックハートは笑顔で彼らに近づいた。
「なるほど、コトミネ、あなたはとても優秀なようですね。しかし無理はいけませんよ。貴女はまだ子供ですからね。それに女の子ですから戦いの技術を学ぶより、ダンスを覚える方が良い。どうでしょう。貴女が望むならとっておきのステップを伝授してあげますよ。ええ、きっと素敵なレディーになるのに役立ちます。でもそれでは今まで頑張ってきた貴女の心が納得出来ないかもしれませんね。判りました。私が貴女と決闘しましょう。それで貴女が負ければ貴女もきっと判るはずです。女性というものは家庭を守り、子供を産んで育てるのが何よりの幸せです。おっと、これは貴女にはまだ早いかもしれませんね。貴女を鍛えたというその、ギル……なんとかと、ギル……なんでしたっけ? その方たちも酷なことをしたものです。それにして私もギルデロイ・ロックハートなのですから、ちょっと紛らわしいですね。いいでしょう。コトミネ、貴女には特別に私のことを「ギル様」と呼ばせてあげましょう」

 ———— この瞬間、大広間のどこかで「ブチッ」とキレる音がした ————

「バカが、地雷原でスキップしやがった。もう知らん」
 ああコイツやっちまったよという感じで、ウェイバーは顔に手をやり視線を天に投げ出した。アーメン。神よ憐れみを。
「ハ、ハハハ、ハハハハハハ」
 薫はプルプルと小さく震えている。そして拳を握りしめ、ゆっくり開くという動作を繰り返す。
「ハハ、ハ、ハハハハハ」
 見たくはないが、仕方がないので見てみると、凄い笑みを浮かべていた。作ってる。完全に作ってる。その努力を認めよう。君に乾杯。
 嫌な汗が背中を伝う。頼む言峰薫、友好のために訪問したという事実を忘れないで欲しい。先生からのお願いだ。
「ハハハ、判ってマス。判ってマスヨー、ハハハハハ」
 震えてる震えてる。やべーな。日本への国際電話は何番だっけ?
(ウェイバーはホグワーツでは電化製品が使えないことを知りません)
「どうしましたか? ミス・コトミネ。ああ、私が恐ろしいというなら止めておきましょうか。女の子ですからね。仕方ありません」
 ……さらばだギルデロイ・ロックハート。3日ぐらいは名前を覚えておいてやる。
 ウェイバーは彼のために心の中で十字を切った。

 大広間に決闘の準備が整った。魔法界の決闘作法は、殺し合いなどでは決してない。1.5メートル程の幅をした長い絨毯を用意して、お互いに礼をし向き合い距離を取り、魔法を撃ち合う紳士的な勝負法だ。相手を殺す必要などはなく、一撃当てて吹き飛ばしたり杖を奪えば勝利となる。
 ニコニコと、言峰薫が笑っているがしかし誰も近づかない。教会の尼僧服に薫は着替え、キャタピラ構造のブレスト&スカートの鎧を着けている。腰にはベルトを巻いてポーチとアゾット剣を括り付けていた。手には宝石を飾った聖典の書を持っていて、それは聖典紙片を綴じる魔力炉だ。
 現時点での完全装備である。
 ふふふふふ、ロックハート・コロス。その唇の動きと日本語を理解して、ウェイバーは激しく後悔するがそれでも止めには入らない。保身というのも大切だと彼はよく知っている。
「 ———— 告げる(セット)聖典の書、魔力炉・起動」
 本の表紙に付けられた大粒のロードライトガーネットが周囲の大源(マナ)を吸い上げる。
「 ———— 接続(アクセス)聖典紙片、舞い上がれ」
 本のページがするりと抜けて、それが薫の周りをクルクル回る。一枚、二枚、三枚で止めておく。
「 ———— 黒鍵・顕現!」
 薫の気合の声がして、紙片は剣へと姿を変えた。全長1メートルほどの細身剣。今では使う者も少ない聖堂教会の武装「黒鍵」のアレンジ・イミテーション。
 薫はそれを左手の拳の隙間に挟み持ち、右手でアゾット剣を引き抜いた。

 何が可笑しいのか知らないが、ロックハートは満面に笑みを浮かべて得意そうにしている。
「ああ、皆さん! 私の声が聞こえますか?! 私の姿が見えますか?!」
 彼は手を振り腕を振り、生徒たちにアピールしている。それを仏頂面で見ていた審判役のスネイプに、薫は少し聞いてみる。
「スネイプ先生、やはり生徒が教師に対して過剰な行為をした場合、大きく減点されるのでしょうか?」
 言峰薫は一応グリフィンドールに属している。何か起こして減点されると、グリフィンドールの点が減る。
 グリフィンドールを目の敵にしているというスネイプは頷いた。
「たしかにそうだ。しかし、しかしだ。決闘などという場では少々力が入るのは当然だ。それにロックハートは闇の魔術の防衛術の担当なのだ。生徒の魔法を防げないなどありえない。もしも、そう、もしもであるが、君がやりすぎたなら減点せねばならない。しかしそれは本来ロックハートの過失である。よって1点。注意を促すために1点の減点で済ますことになるだろう。……存分にやり給え」
「アイ・サー(了承しました)」
 スネイプと薫はニヤリと笑い、後ろの方でウェイバーとマクゴナガルが天を仰いだ。

 生徒達が見ている前で、ロックハートと薫は向かい合う。

 1・2・3。ポーズを取ってステップを踏み、ロックハートが中央に進み出る。
 一。二、三。黒鍵を振り払い、アゾット剣を突き出して、薫も中央に進み出た。
 ロックハートは杖を、薫はアゾット剣を胸の前に掲げ持ち、騎士長剣のように切っ先を天に向けて視線を交わす。ロックハードは瞳の奥に侮蔑を浮かべてニヤニヤ笑い。薫は暗い瞳でニコニコと微笑んだ。
 スネイプの合図で礼をして、後ろを向いて大きく歩く。一歩、二歩、三歩。距離を取って再び振り向き、ワンドと短剣を突き付けあった。

「ああ、カオル、大丈夫なのかしら」
 ハーマイオニーの目の前で、薫が短剣をかざしている。いくら親が強くても、目の前にいる東洋人の少女が強そうにはとても見えない。
「何言ってるんだよハーマイオニー、ロックハートなんか楽勝に決まってるよ。なあハリー、君もそう思うだろ?」
 ロンの言葉にハリーが頷く。それがハーマイオニーには信じられない。相手は大人で先生で、本をたくさん出している有名人だ。彼の著作を読んでいるハーマイオニーには薫が勝てるとはとても思えない。彼女はぎゅっと目を閉じた。
「大丈夫ですよ。ハーマイオニー」
 え? 薫の声に目を開く。目の前にいる薫は自分を観てはいなかった。だけど彼女は話しかけてくる。
「見せてあげましょう。聖堂教会の騎士と代行者が、なぜ魔術師の天敵であるのかを」
 それはどういうことなのか? 言葉に出来ずたたずむ内に、スネイプの声がした。
「始め!」

「エクスペリアームス!」
 先手を打ったのはロックハート。相手の杖と体を吹き飛ばす「武装解除術」を発動する。ワンドは光の粒子を生み出して、それが塊となって薫を襲う。
「Amen!(かくあれかし)」
 しかし薫は気合一閃。左手に握る三本の黒鍵で斬り付けて、その呪文の輝きを打ち消した。呪文を剣で叩き切るという不条理に、生徒達がざわめきを強くする。
「What?!」
 ハーマイオニーが呆然とし、ロンとハリーも自分の目を疑った。対抗呪文をぶつけることもなく、剣で呪文を消滅させた?! 何が起きたか判らない。
 三人そろって混乱し、口をパクパクさせているとウェイバーがささやいた。
「あいつは聖堂教会の摂理の鍵が使える。基督教の摂理(ルール)に存在しない怪現象「逆行と歪曲」という魔術の作用原理を打ち消せるんだ。あの程度の呪文は通じない」
「それってどう、」
「いいから見ておけ。コトミネが仕掛けるぞ」
 三人は一斉に決闘場のカーペットに向き直る。
「我が指先にて指されし汝に呪いあれ。熱病呪弾(フィーバー・ガンド)」
 短剣を逆手に持った薫の右手、その人差し指から真っ黒な呪いの弾が飛ぶ。それはロックハートの胸に当たるが、一見何も起こらない。
「リピート(もう一発)リピート(もう一発)リピート(もう一発)」
 次々に当てる内、ロックハートがよろめきだした。
「私、知ってるわ。あれはガンドよ。指差した相手を病気にする古い呪いよ。きっとそうだわ」
「ガンドなら僕も知っているよ。昔の魔法使いが使った呪いだよね」
 興奮したハーマイオニーにハリーも相づちを打つ。ロンもそれに頷き、ウェイバーがそんな三人に説明する。
「これがあいつのタチが悪い所だ。摂理の鍵で魔術や呪いをキャンセルするクセに、場合によってカバラ(基盤思想)を切り替え魔術も使う。しかも専門は運動機能を高める強化魔術。その上、保護者とういう名の化け物から戦い方を教わっている。戦い方が対魔術師に特化していやがるんだよあのバカは」
 跪き、頭を振るロックハートに薫はゆっくりと歩み寄る。審判役のスネイプは、笑みを深くし後ろに下がる。まだ止める気はないらしい。
「まだやりますか?」
 冷たく尋ねたその先で、ロックハートはよろけている。そんな様子に指先を下げる言峰薫。だが次の瞬間、ロックハートは跳ね起きて呪文を放った。
「オブリビエイト!!!」
 先ほどの呪文をはるかに凌ぐ速さで呪文は撃たれ、薫の頭部付近に炸裂した。
「ロックハート!!! 何ということを?!」
 マクゴナガルが悲鳴にも似た怒号を上げた。
「決闘で、しかもこのような少女に「忘却術」の呪文を使うなどなんて非常識な!!!」

 オブリビエイト。それは記憶修正術ともいわれる相手の記憶を奪う術。魔法使いが一般人に魔法を知られたときなどに使う呪文であるが、可能な限り使用を慎むのが魔法界の常識だ。そんな呪文をロックハートは叩き付けた。教師たちから非難の声が幾つも上がる。
 ロックハートは顔を引き攣らせるが、それでも笑みを崩さない。勝ちは勝ちだ。勝ったとアピールしようと立ったとき、コトミネ・カオルが立ったままだと気が付き固まった。

「……やってくれましたね。一発目と比べものにならない強度でしたよ」
 薫はオブリビエイトを黒鍵で受けていた。しかし三本の黒鍵、聖典紙片が一撃で消し飛んだ。ショックでこめかみがひりひりする。
 これはつまり、この男が記憶を奪うクソッたれな呪文を使い慣れていることを意味すると判断した。
 どうすれば、使い慣れるほど忘却術に熟達する? 薫の心が冷えていく。
 ロックハートは引き攣った顔で目を見開き、しかし笑顔を忘れていない。気色悪いんだよこの野郎!!!
 彼が再び杖を上げようとしたその刹那、薫は前に飛びだした。

 ロックハートが杖を上げるまで0.5秒もかからない。しかしそれでも長すぎる。薫は一歩で5メートルを一気に詰めた。左手で彼の腕を跳ね上げて、しかし自分は体当たり。その際、左腕を折り曲げて、体を固めて肋骨に肘をねじ込んだ。
 八極拳、硬開門。
 ボボキッ。っと甲高いほどの音が鳴り、ロックハートは痙攣する。だが薫は止まらずに、体を下から跳ね上げる。
 右膝を鳩尾に叩き込み、右の拳で顎を突き上げた。
 通天砲。
 がきぼきっ。歯が打ち合う音が鳴る。ロックハートは仰け反るが、もうろうとして前に頭を戻してくる。
「ギルデロイ・ロックハート、貴様には「ギル様」を名乗る資格はない。———— 祝福神音(カノン・ロードライト)!!!」
 逆手に握ったアゾット剣のロードライトがバラ色に光り輝く。薫は剣を握った拳を引き締めて、崩拳(中段突き)を叩き込む。
 ロックハートは吹き飛んだ。ゴロゴロ転がり、ケツを上に上げて突っ伏した格好で停止した。ピクピクしているあたりちょっとぷりちぃ。
「ふっ。詰まらぬモノを切って(断罪)しまった。ぶべっ?!」
「やり過ぎだバカモンがぁぁああ!! それともっと魔術使えよ激バカが!!!」
 薫のケツにウェイバーの蹴りが炸裂し、薫は横に蹴り倒された。

「マフィア・キック?! 酷いじゃないですかウェイバー先生!」
 むしろヤクザキックである。しなだれる薫です。よよよ。
「やかましいわ! 貴様は魔術というものを何だと思っている?! 魔術師は学者であり研究者、哲学者であり芸術家だぞ!! この餓鬼ぁ、今日という今日は許さん!!! 来い! バカもんが!!!」
「ちょっとウェイバー先生、苦しい。苦しいです。首締まってます! もっと優しくもっとソフトに」
「シャラップ!!! お前は喋るな! お前はもう何もするな!! 箱詰めにして船便で日本に送ってやる。ジッとしていろ!!!」
「無理です! それはきっと犯罪です。いけません先生、マフィアなのはファッションだけにしましょうよ」
「死ね!!!」
 魔法使いに恐れられる聖堂教会関係者を引きずる時計塔の一級教師。
 マフィア強ぇー。時計塔の魔術師、超・強ぇー。一級講師、最強なの? ロード・エルメロイは魔王か?
 様々な風評など聞こえちゃいない。ウェイバーは薫を引きずっていく。
 審判役のセルブス・スネイプは笑みで顔をくしゃくしゃにして声を張り上げた。
「グリフィンドール減点! しかし一点のみ。一点のみだ! オンリー・ワン・ポイント!! オォォオオーン・リィィイイー・ワァァアアーン・ポイィィイイーント!!!」
 この減点に、何故かグリフィンドール寮生も含む七割くらいの生徒から拍手が巻き起こった。

 放課後の図書館で、薫は反省文を書いていた。羊皮紙に1メートル。この長さが憂鬱です。しかも隣のハーマイオニーは御機嫌ナナメ。どうも彼女はロックハート先生のファンであったらしい。納得がいかない。
「もう、カオルってばダメじゃない。ロックハート先生は本を書いている立派な先生なのに酷いじゃない」
 ぷりぷりと怒ってます。真面目なこの子はロックハートのようなパフォーマーに惹かれるのかもしれないが、それにしてもあれは違うと思うのだが。
 そして薫は実行の伴わないビックマウス(口だけ野郎)は好きではないし、気に入らない。不言実行・有言実行。それが漢(おとこ)の道である。そうです。男は背中で熱く語るのだ。
「ねぇハーミー。クィディッチの練習を見に行きたいなー。何て思うの、」
「ダメよ! 反省文を書くまで何処にもいってはいけないわ。マスター・ベルベットにも頼まれたんだから」
「あはははは。ハーマイオニーは真面目ですね。クソッ覚えてろよウェイバー」
「何か言ったかしら?」
「何でもないでありますっ!」
 仕方がないので反省する。確かにあれは、やりすぎた。
 羊皮紙につらつらと文章を書いていく。静かな時間が過ぎていき、ふと背中に視線を感じ取る。
 振り向くと、赤毛でそばかす赤ら顔。これで髪を左右に分けて三つ編みだったら赤毛のアンだが、彼女は髪は流している。何度も見たような特徴の女の子。とりあえず笑顔を送ります。
「あら、ジニーじゃない。どうしたの」
 ハーマイオニーが声を掛けると女の子はやって来た。名前はジニー・ウィーズリー。ロンやジョージ、フレッド、パーシーらの兄弟で、末っ子の妹さんであるという。
 ……何人いるのだウィーズリー。しかも全員グリフィンドール。もしや彼らは勇者の家系か?
 ハキハキした感じの兄らに対し、ジニーは大人しい少女であった。寝不足なのか、なんとなく全体的に弱々しい。
 別に用事があるわけでもなかったらしく。世間話などをして、しばらくしたらさようなら。控え目で大人しい一年生だ。
「でもねカオル、ジニーはもっと元気だったのよ。なのにだんだん大人しくなってしまって。私、少し心配しているの」
「そうなのですか。お友達はいるのでしょうか。やはり対人関係のストレスが最強で最悪ですがどうでしょう」
「そうね。I understand.(とてもよく判るわ)あの子、ルームメイトと上手くいってないかも知れないの。なのにロンは放っておけって言うの。酷いわ」
 正直に言うと、西洋人の少女の心の悩みなんてサッパリ判らない。ああ、私はやはり、日本人。
 言いたいことは全て言い、ぶつけ合って妥協点を探るのが欧米気質か? 根本となる行動原理が大きく異なる。単純に善し悪しなど言えはしない。
 ただ、考え方や文化が違う他民族・多言語が入り乱れる場所ではどうしても、まず自分の意見を主張することが必要だ。
 黙っているのは意見無し。意見がないならどっか行け。意見があるなら早く言え、では妥協点を考えよう。それが広い世界に求められるルールである。
 内気そうなジニーはそれが出来ないのかもしれない。それだとちょっと辛いかな。そんなことを思いつつ、薫は羊皮紙に書き込み続けた。

 ———— あれがジニーの言っていた教会の子だね。彼女を案内してあげたなら素敵だと思わない? ————

 どこかの本の片隅に、小さな悪意が綴られた。

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 あとがき
 キャラクターマテリアルに「彼にエルメロイ二世の名を与え、縛った」とあるのでウェイバー・エルメロイ・セカンド・ベルベットにしてみました。そんなにおかしいものではないはずです。
 なお、管理人(私)はロックハート結構好きです(本当ですよ?)
 次で帰ります。

 おまけのおまけ
 赤毛について。
 赤毛は明るい茶髪のことで、欧州では赤毛はキリストを裏切ったユダの色などと蔑む伝統があったりです。もちろん迷信(?)であり、今はそれほどではないはずですが「赤毛のアン」でアンが自分の髪を嫌がったのには理由ありです(赤毛のアンは割りと好き)
 Fateではルヴィアゼリッタが赤みがかった金髪がコンプレックスということになってるようですが、例えば。
「貴女の赤みがかった金髪は素敵ね。きっと貴女のお婆さんはキレイな赤毛だったのでしょうね?」
 などと言った日にはそれは「お前の祖母は裏切ったから生き残ったんだろ? そしてお前は裏切り者の血を引くんだろ」というような意味となり、殺し合いになるでしょう。南無。

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