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黄金のプチねた#71 マジカルツアー・開始

 英国の首都ロンドン。その片隅、店が並ぶ通りの歩道を東洋人の少女が歩いている。
 切りそろえた前髪の下で瞳は輝き、楽しそうに辺りを見渡す。腰まで伸びた後ろの髪が、くるくる動く彼女につられて揺れている。
 少女とすれ違う通行人は、おや? と視線を向けている。少女は教会の尼僧服を着ているからだ。
 そんな少女は言峰薫。極東(Far East)からやってきた日本人。
 さりげなく、薫は辺りを見渡した。自分の横にはレコード屋、そして隣に本屋がある。人通りはややまばら。そんな中、薫は一人、ほくそ笑む。
 せっかく尋ねた欧州だ。大事な用件は全て済ました。
 キンググループ、フランス・パリのオフィスも見れた。色々と銃器も買って、荷物は送った。
 アインツベルンの城にも行けた。連れの男は一足先に帰ってもらい、お目付役はもういない。
 大英博物館を冷やかして、ロゼッタ・ストーンの実物なども見学した。だが地下(魔術協会)に顔を出すのは自粛する。生きて地上に戻れるか、確信が持てませんでした。
 しかし続く自分の時間。一度は行ってみたかったマジカル商店街を堪能しよう。
 そっと小さくサイドステップ。たった一歩で薫の姿は、ロンドンの街から消え去った。

黄金のおまけ#14.5bマジカルツアー・開始 (プチねた#71)

 Inn(酒場兼宿屋)「漏れ鍋」に、薫は足を踏み入れた。この店は魔法使いの御用達。英国の裏世界に形成される魔法使いのコミュニティー「魔法界」の入り口だ。ロンドンのストリートに面しているが、店の存在を知る者か、魔力を持つ者にしか入れない不思議の店である。
 そしてこの店の奥からは、魔法使いが集まる英国でも屈指の商店街「ダイアゴン横町」に行けるはずなのだ。
 ちょっとした広さのパブ(大衆酒場)は薄暗い。ランプやロウソクの灯りが所々に点在し、カウンター席やテーブル席には、クラシカルな衣装に身を包んだ魔法使いや魔女たちが談笑している。
 楽しげな会話の音が、パイプ煙草の煙と一緒にゆったりと流れているかのようだ。
 物珍しいのかこちらの顔を、魔法使いのおじさんや魔女のおばさんが見やってきていた。薫は小さく微笑んで、ほんの少し会釈した。すると皆さん微笑んで、こちらに笑みを返してくれる。
 よかった。この辺りに集う魔術師たちは、なかなかオープンであるらしい。
 時計塔やアトラス院では、地下に行くほど狂気度が上がると聞いている。怖い人ばっかりだったらどうしようかと思ったのだが、きっとこれなら大丈夫。小さく神に感謝する。
 おっといけない。イングランドは新教(プロテスタント)の国なのだ。バチカン(カトリック)系の自分にとってはアウェーである。油断は禁物。私(オレ)の後ろに立つんじゃねぇ。
 少々妄想を抱きつつ、薫はカウンターに歩み寄る。バーテンらしき初老の男に声を掛け、泊まりたいと聞いてみた。
「おや、お嬢さんは一人なのかね? 服装からしてこちらの生まれかな?」
 トムと名乗った男は目を丸くして薫を覗き込む。
「いいえ、日本から来たのですが数日の間、宿泊を希望します。噂に聞いたダイアゴン横町を散策したいと思っているのですが」
「なんと! はるばる東の果てから来たとは驚きだ。お父さんかお母さんは一緒ではないのかい?」
「あっはっは。一人なのですが、これでも仕事で欧州に来たのです。少しフリー・タイムを長めに取ったので、こちらにお世話になりたいのですがどうでしょう?」
 驚きつつもトムはうんうんと何度も頷いた。
「しっかりしたお嬢さんだね「漏れ鍋」へようこそ。聞きたいことがあったら何でも言いなさい」
 トムはウェイトレスを呼び止めて、薫の案内を命じてくれる。ボストンバッグを運んでくれて、部屋まで案内してくれた。
 部屋に落ち着き、一息ついたところにノックの音が鳴り響く。ドアを開けるとトムがいて、通りへの行き方とオススメの店についてのメモを渡してくれた。親切な人である。丁寧にお礼を言うと、気を付けてと念を押された。
 ……日本人は幼く見られると良く言われる。ひょっとして、七・八歳に見られているのではなかろうか。
 言峰薫、これでも初等部六年生。クラスでは真ん中よりも背が高いほうなのですが。
 考えるのはまたにして、薫は二階から一階へ。向こう風に言えば一階(二階)からグランドフロア(一階)へ降りていき、裏口の敷居をくぐって店を出た。
 そこは裏庭、行き止まり。
 しかし薫はメモを見て、レンガの壁に近づいた。壁に向かって手を伸ばす。
「告げる(セット)」
 魔力をその手にみなぎらせ、いくつかのレンガにタッチする。すると壁は震えだし、ごごごと音を立てて左右に分かれた。
 石畳の道と、左右に連なる古風なショップが現れた。通りには、おとぎ話に出てくるようなローブやマントやトンガリ帽子の魔法使いや魔女たちが多数行き交う。
 ショップのウインドウに目をやれば、そこにあるのは雰囲気妖しい魔術品。右も左も隣の店も、マジックアイテムを飾っているのだ。路肩にも、小物や飾りや呪いの品が所狭しと並べられ、行き交う人が手にとり賑やかに話をしている。

 こここそが、あらゆるマジカル・グッズが売られているというストリート「ダイアゴン横町(Diagon Alley)」だ。
 欧州各地に形成された魔術師達の隠れ里。時代と共に拡大した異界(異空間結界)は一般人が住む街のあちこちに口を開け、Wizardly(魔法)の関係者を受け入れる。基督教により迫害を受け、離れた島国(英国)に逃げた異能の持ち主達は、今も社会の裏側で息づき暮らしているのです。

 薫の頬は自然と緩む。道行く人は、その全員が魔法使いだ。ファンタスティック! 魔法ファンにはたまりらない。
 いやっほー。と叫びたいのを我慢する。だけどちょっとウキウキ気分。歌でも歌いたくなるというモノだ。
 だけど自分の格好は、基督教の尼僧服。これは少々いただけない。周囲から僅かであるが、警戒の視線を浴びている。
 まぁ、まさしく自分は聖堂教会(異端審問)の関係者ではあるのだが。しかし仕事は「こうもりさん」だ。魔法使いの皆様とは、是非とも親交を結びたい。
「というわけで、GO!」
 何にしてもお金が必要だ。交差点の角にある「グリンゴッツ魔法銀行」に薫は立ち寄った。
 白い建物の中に入ると、人間以外にも働いている者がいる。
 小鬼(ゴブリン)だ。背は低く。しかめっ面をしているゴブリン達が、窓口でお金の遣り取りなんかをしています。その光景にクラクラする。ステキです。
 薫も列に並んで窓口へ。ユーロ紙幣を一束出して、金貨に両替してもらう。
 ゴブリンが魔法界のガリオン金貨を袋に入れて差し出した。サンキューと、言って笑顔でそれを受け取る。ゴブリンさんは愛想がありません。
 それでも薫は御機嫌で、グリンゴッツを後にした。次は服をなんとかしよう。ここは一つ、魔法使いのトラディショナルなどを着てみたい。
 メモを見ながら通りを歩き、目当ての店にたどり着く。ドアを開けるとチリンチリンと鈴の音。二軒目は「マダム・マルキンの洋装店」だ。
 広く見渡せる大きな一部屋。ずらりと並ぶ衣料品。普段着から式服まで、あらゆるものがあるようだ。
「いらっしゃいませ。あら?」
 デスクの向こうのおばさんが、薫を見て目をパチパチさせている。
「こんにちは。服を一揃えお願いしたいのですが。そうですね、魔女に見えるような古風な感じで、少しフォーマルなものが欲しいのですが」
 とんがり帽子もお願いします。薫が言うと、おばさんはニッコリ笑ってやってきた。
「まあまあ、偉いわね。こんなに小さいのに。判りました。……well.でもどうかしら? とんがり帽子と魔女の服だと、あなたの素敵な黒髪が映えないんじゃないかしら? 私に見立てさせてもらえない?」
 どーにも子供扱いだが、悪い人ではなさそうだ。とんがり帽子は死守してもらい、後は見立ててもらうことにした。
 こっちに来てと手招きされて、行くとメジャーが宙に舞う。巻き尺と物差しがフワフワ浮かび、薫の体を採寸する。すげぇ魔法の無駄遣い。しかしそれに感動する。
 魔法界という異界に引きこもる魔法使いの連中は、日常的に便利な魔法を使うのか。
 将来、こっちに引っ越そう。多分無理だと思うけど。
 ふと見ると、店のおばさん。マダム・マルキンらしき女性が難しい顔でメモを見ていた。薫の視線に気が付くと、彼女はすぐに笑顔に戻る。
「どうかしたんですか?」
「ううん。何でもないのよ。ねぇあなた、こっちの服はどうかしら?」
 言って彼女が差し出したのはワイシャツと紋章入りの紺のネクタイに、ライトグレイのベストと同色の膝下スカート。そしてフード付いた黒いローブの一揃え。
「これはホグワーツの制服なのだけれど、これをアレンジするのはどうかしら?」
 ほぐわーつ? 薫が首を傾げていると、有名な魔法学校だと教えてくれた。
 入学してない東洋人が、制服ってのは拙いでしょう。などと言ってみたのだが、これをベースにアレンジするらしい。
 まずネクタイをシルバーに変え、ベストはクリーム色に変更。スカートをワイン色で黄色と緑と茶色の線が入ったタータンチェックの羊毛織りに置き換えた。
 黒いローブの開いた前、そこから見える服の色が明るく見えるコーディネイトであるようだ。
 せっかくなので革のブーツなども購入する。
 寸法直しをしばし待ち、さっそく服を着替えます。つば広のトンガリ帽子を頭に載せて、鏡の前に立ってみた。
「おおーっ」
 クラシカルな感じはしないが、現代の魔女っぽくて良いかもしれない。服の仕立てはしっかりしていて、下品な感じもしないだろう。
 良い感じだとお礼を言って、代金を金貨で支払った。
 うむ、祝・金貨で買い物。グレイト。
 トンガリ帽子を頭に載せて、薫はその身にローブを纏う。そして裾をひらりとひるがえす。
「Good.」
 次のお店にGOである。

 左右に並ぶ、不思議の店を見て回る。

 ギャンボル・アンド・ジェイプスいたずら専門店。
 魔法の悪戯グッズ専門店であるらしい。それでいいのか魔法界?
 魔法薬調合用の鍋屋さんなどもある。
 大きさ色々、色も色々。銅なべ、錫なべ、真鍮なべ。かき混ぜ魔法自動なべ、折り畳み式なべなどいう品までありました。魔女の大鍋や錬金炉は、日本にあるのでここでは買わないことにする。
 イーロップのふくろう百貨店。
 使い魔あるいはペットにするふくろうの専門店であるようだ。店先から店の奥までぎっしりと鳥かごが並べられている。色も大きさも毛並みも違う、様々なフクロウ見本市の様相を呈している。
 いいなフクロウ。薫は思う。しかし買う気は起こらない。
 薫には、霊媒治療の練習台にしたヒキガエルのパーツで造ったフレッシュ(生肉)ゴーレムがある。ただいま霊脈に潜ませ妖怪に育成中だ。成長すれば毒や幻の霧を吐く、便利な蝦蟇になるはずだ。
 使い魔はあれで充分。フクロウなどにするよりは、いっそコウモリなんかが良いかもしれない。
 でも中は見ていこう。
 そう思って店に薫が近づいたその瞬間、多数のフクロウが一斉に薫に視線を向けた。森の狩人フクロウの鋭い視線が、少女の体に突き刺さる。
 ひっと飛び退く薫ちゃん。この目付きには覚えがある。あれは去年の春のこと、飛行魔術で遠出の時に襲ってきた大きな鳥と同じ目だ。
 ヤツは言った。

 —— オマエ、卵ヲ産メ ——

 ……黒歴史(プチねた)である。薫は店から逃げ出した。
 ペットショップは他にもあった。こちらはフクロウ専門ではないようで、様々な生き物が置いてある。
 ヒキガエル、ねずみ、カラス、猫、オコジョ、フェレット、鳩、蛇にカナリヤ、蜘蛛なんかも売っている。奥の方には異形の生き物も檻にいる。どうも魔法生物に属するものまで扱っているようだ。
 興味深いがこれは駄目だ。日本に連れて帰れない。
 更に道を進むと、高級クィディッチ用品店なる店がある。クィディッチとは魔法のホウキに乗って行うスポーツであるらしい。
 ファイアボルト(炎の雷)という魔法の箒に500ガリオンの値段がついていた。わずか十秒で時速240Kmまで加速するらしい。……ちょっと欲しい。しかし高いのか安いのか判らない。とりあえず、次に行く。
 少し歩くと、高級ホウキ用具店なる店を発見した。こちらの箒はどうだろう?
 ショーウインドウを覗いてみると、様々な箒が並んでいる。

・コメット260号。練習用に最適。使いこなせば高性能箒にも負けない。16ガリオン。
・クイーンスイープ。コーナリングに優れた競技用、身軽で素早い人にオススメ。
・ブルーボトル。家族用で安全・安心。防犯ブザー内臓。
・ティンダーブラスト。1940年発売のロングセラー、スピードよりもバネがある箒が欲しい方へ。
・スイフトスティック。ティンダーブラストに速度で勝る。高高度での加速には不安あり。
・ニンバス2001。信頼性と扱いやすさはピカ一、最近のヒット作! 21ガリオン。
・ツィガー90。ホイッスル内臓。自動姿勢矯正など画期的なシステムを揃えた革命児。

「……欲しい」
 薫は小さく呟いた。つうか「ファイヤボルト」ってホウキ、無茶苦茶高い。プロ用ってことらしい。ヨシと薫は気合いを入れて、店の中に突入した。

「ふん、ふふふん、ふ〜ん」
 クイーンスイープの最新型を購入した。ニンバス(雨雲)とどちらにしようかと迷ったが、薫は今どき珍しい飛行魔術の練達者。姿勢制御用スラスターになるだろうと、小回りが効くものに決定した。
 日本に戻ればデッキブラシもあるのだが、あれはクセが強くて大変だ。買った箒の使い勝手を楽しみにしておこう。
「ふーんふーんふーんふーん。あ、」
 薫の足がぴたりと止まる。視線の先にある看板は「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店」
 本屋を発見! 突入します!! 薫は小走りで本屋のドアをくぐった。
 それなりの大型書店だ。二階三階と上に階段が伸びている。ふと薫は思い付き、店員を捕まえて魔法学校のことを聞いてみた。
「へぇ〜」
 新たに手にしたメモを見る。そして本棚と見比べる。
 ホグワーツという学校は七年制で、この書店でも指定の教科書が購入できる。教えてもらった教科書を、薫は試しに手に取った。

 薬草学。
 薬草の育成と、薬効ついて学ぶものらしい。マンドラゴラに風邪を引かせない方法なんかも書いてある。
 魔法史。
 魔法(呪文)開発の歴史と魔法界の内部の歴史などを学ぶもののようだ。
 呪文学。
 面白おかしな不思議呪文がいっぱいあった。妖精が使う呪文も含まれているようだ。
 変身術。
 対物、対人、対生物。凄い。人や物を別の姿に変えてしまう魔法の業だ! でもこれは魔法界の幻想から力を引き出せないと駄目みたい。
 闇の魔術に対する防衛術。
 魔術戦のようだが、命がかかっているというのに決闘じみた事が書いてある。
 天文学。
 天体観測と占星術・占星魔術だ。
 魔法生物飼育学。
 ドラゴン、グリフォン、ヒポグリフ。幻獣・魔獣を含めた魔法生物の飼育法を学ぶ学問であるらしい。面白そうだと薫は思う。幻想種、飼えるものなら飼ってみたい。
 魔法薬学。
 薫の顔が引き攣った。魔法界の魔法薬はなんでもありだ。これって外でも効果があるのだろうか? 材料の持つ理念や概念を工程によって昇華・練成。それを薬品に観念として宿らせるのか? 概念強化(イデア・エンチャント)型の錬金術なのかもしれない。

 面白い本が沢山ある。
 通販も利用できるようなので、魔法学校で使う教科書を全学年分、注文する。パリのキング・グループ経由で送ってもらうことにした。
 魔術書などは遠坂の家に行けば沢山あるが、自分のコレクションも欲しいのだ。
 ふと見ると、ブックカバーの写真の男が薫にむかってウインクしていた。これも指定の教科書だ。なかなかハンサムな男で、結構売れている本らしい。
『泣き妖怪バンシーとのナウな休日』『グールお化けとのクールな散策』『鬼婆とのオツな休暇』『トロールとのとろい旅』『バンパイアとバッチリ船旅』『狼男との大いなる山歩き』『雪男とゆっくり一年』『私はマジックだ』
「……」
 著者、ギルデロイ・ロックハート。薫は注文リストから、彼の著作を外すことにした。
 他にも面白そうな本は注文する。
 ホウキのスポーツ、クィディッチの本なども頼んでおいた。古代ルーン文字の本や占いの本も注文する。いつの日か、交渉時の話のネタになるかもしれない。
 代金は金貨を使って先払い。注文伝票の控えをもらう。日本に届くのが楽しみだ。
 ここはまた後で見に来ることにして、薫は再び外に出る。
 更に進むと、アイスクリーム屋を発見した。
 フローリアン・フォーテスキュー、アイスクリームパーラー。アイスクリームの専門店。
 一月初頭の寒い時期にもかかわらず、オープン・カフェのテーブルにはお客さんがちらほら見える。メニューボードを見てみると、アイスクリームのサンデー(sundae)があるようだ。
 うむ、歩き回って脳内のアイスクリーム分が低下している。健全な精神状態を保つため、アイスクリームの補充が必要だ。
 すかさず薫はブラックベリーのサンデーなどを注文する。チョコマーブルのアイスの上に、酸味の強いブラックベリーが散りばめられて、イエローラズベリー・シロップのオレンジ色が鮮やかだ。
「いただきます」
 寒空の下でも何のその。薫はぺろりと完食した。
 糖分補給で薫の頭も冴え渡る。フッとニヒルに笑みを浮かべて、薫は深く静かに調査を進める。ダンボール箱さえあれば、優れたスパイと化すだろう。

 見上げる薫の視線の先に、古ぼけた看板が掲げられている。

 —— オリバンダー杖店。MAKERS of FINE WANDS SINCE 382 b.c. ——

 紀元前382年の創業。シャレになっていない。
 ドアを開けて中に入ると、外の喧噪が嘘のように聞こえなくなり静かになった。
 二階部分まで吹き抜けの内装はかなり古く、歴史を感じさせる。左右の壁の棚には一面に小箱が積み上げられていて、それが全て杖(ワンド:棒杖)あるらしい。
「こんにちわ」
 薫が声を上げると、何かが滑る音がした。
 大きな棚に設えられたハシゴがスライドし、こちらに向かって滑って来た。ハシゴには白髪の老人が乗っており、こちらを見やってニヤリと笑う。
 古ぼけた長裾の背広を着込んだ老人は、かみ締めるようにしわがれた声で言ってきた。
「これは驚きだ。教会の人間が杖の店にやってくるとは。何の御用ですかな、お嬢さん」
「何故それを?」
 驚く薫に老人、オリバンダー老は笑みを浮かべた。
「見れば判りますぞ、お嬢さん。私はもう50年も杖を作り続けておりましてな。私は私がお売りした全ての杖と、全ての買い手を覚えているのですよ」
 杖作りの達人は、記憶術の達人でもあるらしい。いや、術ではないかもしれないが、凄い人だ。
「数は少ないが中には杖を持ちながら剣を取る者もいた。杖の材料を仕入れに出かけたときに、怪物と戦う教会の騎士達を見たこともある。お嬢さんの立ち方と歩き方、それと腕の広げ方は教会の騎士のそれとよく似ている」
 オリバンダーは薫を見つつ、うんうんと頷いた。
「Ah - um. 私はワンド(棒杖)を購入したいのですが、よろしいですか?」
 オリバンダーはニコリと笑う。
「もちろんですとも。何しろここはワンドの店ですからな」
 少々お待ちを。そう言ってオリバンダーは壁面の箱を物色し出す。そんな彼の背中を見つつ、薫は店を見渡した。
 ワンド(棒杖)とは、杖の中でも短いもので、指揮棒(タクト。英語ではバトン)程度の長さのものだ。
 ロッド(紳士杖)やスタッフ(長杖)なども欲しいのだが、既に廃れているらしい。
 短槍サイズのガルドルガンド(呪歌の杖)は持ってるし、ワンドがなくてもアゾット剣で代用できる。とはいえ本場の魔法の杖だ。買って帰って見せびらかそう。そういえば。
「オリバンダーさん。おみやげに、使いやすい杖を数本欲しいのですがどうでしょう?」
「お嬢さん、それはやめなさい。いいですかな? ここにある杖には、主に対して忠誠心があるのです。貴女が杖を選ぶのではない。杖が貴女を選ぶのですよ、お判りか?」
 愉快型とかインテリジェント・デバイスとは違うようだが、何本も買うものではないようだ。
 しばし待つと、彼は一つの小箱を差し出した。開けて中から取りだしたのは、20cm程の木の杖だ。杖と言っても薫の目には、木製の指揮棒に見えるような物だった。
「ぶどうの木で出来たワンド、芯に不死鳥の尾羽が使われている。21センチ。硬くて強い」
「ぶっ!」
 思わず吹いた。材料に物騒な物が使われている気がします。勧められるまま手に取って、言われたままに振ってみた。
「うわっ?!」
 ブスブスと音を立て、杖から煙が上がった。
「むむむ。力の通りが良すぎたようだ。それと木が硬すぎたようですな。しかし大体判りましたぞ」
 ごめんなさいという前に、焦げた杖を引ったくられた。気にした様子もないようで、彼は棚にかじりつき、次なる小箱を持ってくる。
「きっとこれで良いでしょう。ドラゴンの心臓の琴線とリンゴの樹。27センチ。しなやかで粘りがある」
「ぶっ!!!」
 再び吹いた。材料が、どうにもデンジャラスな気がします。
 引きつりつつも、言われたとおりに振ってみた。すると黄金の火の粉がキラキラと振りまかれ、朱色のオーロラが描かれた。
「ファンタスティック!!!(素晴らしい)」
 どうですかなと、聞かれて薫は頷いた。杖が手に吸い付くようだ。握った感じは柔らかく、腕が伸びたような一体感がある。
「そのとおり。それが相性の良い杖というものですぞ」
 オリバンダーが得意そうに口元を釣り上げた。
 お値段は金貨で8ガリオン。魔法の箒より安い。納得がいかない。不死鳥の尾羽の杖は7ガリオンだそうだ。更に納得がいかない。魔法界ではドラゴンや不死鳥の飼育に成功しているのだろうか?
 今日の買い物はここまでにしておこう。うーんと首を傾げつつ、薫はパブ「漏れ鍋」へ戻ることにした。

「おかえりなさい。お客さんが来ておるよ」
 薫がパブに戻ってみると、トムが声を掛けてきた。ほら、そこにいる男だと、言われた先を見る。
 一人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見て取れた。年齢は二十代前半か? こちら(欧州)の人で髪は黒。長く伸ばして左右に分けて、無造作に流しているようだ。
 ムスッとした不機嫌な顔をしている。
 着ている服はスーツにタイでジャケット、コート。一見して高そうなものに見える服装が、魔法使いや魔女が集まるこのお店では浮いている。
 薫は思わず口にする。
「……マフィア? あだっ?!」
「誰がマフィアだ」
 近づいた男は薫の額に素早くデコピンを叩き込んだ。クリティカルヒット! 薫はおでこを押さえて呻いている。
「のぉぉぉおお。痛いじゃないですか?!」
「やかましい。こっちに来い」
 男は薫の腕を捕り、テーブルに無理矢理連れて行く。しかし薫は逆らわず、トムにバター・ビールなるものをオーダーした。
「おひさしぶりです先生。ご活躍は風の噂に聞いております」
 薫の言葉に、男はフンと不機嫌に鼻を鳴らした。
 この男、時計塔に所属の魔術師だ。四年前には冬木市にいたことがあり、薫は彼に英語やフランス語を教えてもらったことがある。
 彼は睨み付けるように薫を見やり、そして小声で聞いてきた。
「まず教えろ。お前の王様はいないだろうな?」
「いませんよ。王様は冬木で、孤児院の子供達をみてくださっているはずです」
「本当だろうな」
 睨む男に、薫は笑顔のままで頷いた。ふぅと男は息を吐く。額の汗を拭い、琥珀色のウイスキー・グラスを手に取り煽る。
「コトミネ・カオル、お前何しに来た」
「いや、そう警戒されても困るのですが」
「ふざけるな。物騒な男を連れてフランス旅行。それからドイツでアインツベルンと接触だ。時計塔の監察部が空気を悪くしていたぞ」
「あれ? 先生は監察部なんかと関係があるんですか?」
「ないんだよ! なのにオマエが来たせいで、聞いてこいと突かれたんだ!!!」
「あー、それはすみませんでした」
 ペコリと小さく頭を下げる。そんな薫に、しかし男はしかめた顔を弛めない。
「判っているのか? コトミネ・カオル。お前の名前は協会に登録されてはいるが、ファーザー・コトミネ、つまり元代行者・言峰綺礼の娘なんだぞ。遠坂のコネを使ったキンググループの窓口は、貴重な表の交渉ルートとして重宝されてはいる。だがな、お前は「コウモリ」呼ばわりされている。信用されてはいないんだぞ。極東で大人しくしているから大目に見られているだけだ」
 それを聞き、薫はあははと苦笑する。
「来るなら遠坂の娘と行動を共にしろ。遠坂は魔法使いの弟子筋として、時計塔では名が通る。英国を歩きたかったら、教会からは距離を取れ」
 判ったか? 言って男は腕を組んだ。薫は彼にニッコリ笑う。
「心配してくださってありがとうございます。そうそう、マッケンジーさん達は元気にしてますよ。顔を見せに来てはどうですか? って、待ってくだ、ふぎゃっ!」
「余計なことは言うな」
 2発目のデコピンが炸裂していた。
 のぉぉおお、威力が上がってる?! などとのたうつ女の子。
「おのれ。レディーファースト文化圏の住人のクセになんたる所行。それでも貴男は英国紳士か?」
 恨めしそうな薫の視線。しかし男はそっぽを向いて、反省の色など欠片もない。
「で? どうなんだ」
「どうなんだと言われましても、ここへ来たのは100%観光なのですが。雰囲気を堪能し、本とかグッズとか買いあさっているだけです。あ、ワンド買ったんですよ。ほらほら」
「チッ。まあ良いだろう。時計塔には言っておく。用が済んだらさっさと帰れ。そして二度とロンドンに上陸するな」
「ひどっ! それは酷いですよ先生。全世界二万人の信者にダメージです」
「信者なんぞいてたまるかバカ。いいか? 時計塔に比べれば、魔法界の引き籠もり連中相手の方が安全だろうがな。それでも何が起こるか判らん。油断はするなよ」
「判りました。ああ、何か言ってましたね。えーと」
「You know who.(例のあの人)He who must not be named.(名前を呼んではいけないあの人)とかいうロックンロール(暴れ野郎)だ」
「なんですかねその呼び方は。大丈夫ですよ。さすがに関係しようがないですし。それに、」
 言峰薫はその口の、左右を釣り上げ裂けたように広げて嗤った。
「異界の中で同類の魔法使いを相手に暴れるだけの小物でしょう? 日本に来たなら挽肉にしてやりますよ」
 そう言って、東洋人の少女はクククと喉を鳴らした。
 それを聞いた男は不機嫌そうな顔を更にしかめる。調子に乗った小娘に、もう一発デコピンをお見舞いした。

 次の日の午前9時、朝食時が一息ついてパブ「漏れ鍋」は掃除中。しかし店にはお客の姿がちらほらと見受けられ、テーブルやカウンターで談笑し、くつろいでいるようだ。
 そんなお客の一人。隅のテーブルに陣取った薫はワンドを手にし、本を開いて眉を寄せていた。
 本は魔法学校1年生用で呪文学のもの。妖精がいたずらに使うような簡単なものであるらしい。

 Wingerdium Leviosa.

 ……発音が判らない。うぃんがーでぃうむ、れう゛ぁいおさ?
 何か違う気がする。発音記号がないと読めない辺り、こっちの言葉は難しい。
 うーんと一人、唸りつつ。やってみるかと杖を振る。
「ウィンガーディウム・レヴィオサ」
 浮遊呪文をグラスに掛けてみる。しかし少しも動かない。薫はウームと腕を組む。発音が悪いのか、杖とのリンクが悪いのか、それとも適性の問題なのか、何が悪いか判らない。
 知ってる単語の発音から類推し、組み合わせを色々試す。英語・ラテン語・フランス語、少しでも反応があれば良しとして、トライ&エラーでやってみる。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
 そしてグラスはふわりと浮いた。杖を通して魔力が作用し、小さな魔法が効果を現す。薫が喜んでいると、トムが笑顔でやって来た。
「おめでとう。お祝いに生姜クッキーはいかがかな?」
「いただきます」
 紅茶も合わせて注文する。少々味のきつい生姜クッキーを楽しみつつ、ミルクティーをゴクゴク飲み干す。
 そろそろダイアゴン横町のお店が開くはずだ。今日は魔法の薬や薬草を物色したい。面白そうなら専門の本なども探してみよう。
 そんなことを思っていると、目の前が暗くなる。見ると大きな男が立っていた。背が高く、2メートルは超えている? 横幅も中々大きいが、太っていると言うより全体のボリューム感が凄いジャンボな人だ。
 少々くたびれたローブを着込んでいる所からして魔法界の魔法使いなのだろう。高いところにある顔は髭で覆われ、見開かれた丸い目がこちらを見ている。黒々とした長い髪と長い髭はクセが強くてモジャモジャのフワフワだ。
「こりゃあ驚いた。娘っ子、お前さん東洋人だな。だがお前さんは杖を使って呪文を唱えた。だからお前さんは魔女だ。間違いねぇ」
 そう言って大男はうんうんと頷いた。まるで自分に言い聞かせているようだ。
「娘っ子、どうしてこんな場所にいる? お前さんみたいな魔女は学校に通ってないといけねぇぞ。学校はどうした?」
 そう言い彼は椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。男が座ると椅子はとても小さく見えた。薫はギシギシと軋む音を聞く。頑張れ、椅子。
「こんにちは。私はコトミネ・カオルと申します。日本から仕事で来ました」
 ペコリと頭を下げて挨拶すると、男は丸い目を更に丸くし、覗き込むように身を乗り出した。こんどはテーブルが軋む音を奏でる。
「日本か?! 知ってるぞ。日本にはな、クィディッチの強いチームがあるんだ「トヨハシ・テング」っちゅうんだぞ。知ってるか?」
 ……マジですか? 魔法使いというのは世界のあちこちに異界を形成しているらしい。

 大男はルビウス・ハグリットと名乗った。
 彼は先日聞いたホグワーツという魔女術と魔法の学校で、森番という用務員みたいなことをしているのだとか。今日はちょっとしたお使いで横町に来たらしい。
 急ぎの用ではないとのことで、話し相手をしてもらう。
「なんと?! コトミネ、お前さん時計塔の魔術師か」
「ミスタ・ハグリット。私のことはカオルで結構ですよ」
「判った。じゃあなカオル、俺のこともハグリットでええぞ。ミスターなんて付けることはねぇ。背中が痒くなっちまう」
 ハグリットは大きな肩を小さくすくめる。薫は気の良いこの男が気に入った。こういう人は好ましい。
「ハグリットは魔術協会の魔術師とは付き合いはないのですか?」
「ねぇな、大体おれは時計塔の連中は好きじゃねぇ。連中は工房に籠もりっきりで出てこんし、自分のことしか考えんろくでなしだ。研究のことしか頭にねぇ」
「あっはっは。全部がそうじゃないとは思いますが、否定できないところですね」
 言峰薫は苦笑する。そんな薫にハグリットはそうだろうと大きく頷く。
「それにな。あいつ等は嘘吐きだ。正直な奴は一人もいねえ。いいかカオル、お前さんは大人になっても正直でなきゃいけねぇぞ。正直にしていれば偉い人はきっと見ていて下さるもんだ。例えばダンブルドアだ」
「有名な人なのですか?」
 薫の問いにハグリットは眼を細め、モジャモジャの髭の下で笑みを作った。
「アルバス・ダンブルドア。世界で一番偉大な魔法使いだ。マーリン勲章勲一等を授与された大魔法使いでな、魔法戦士隊長。最上級独立魔法使い。国際魔法使い連盟議長。ウィゼンガモット最高裁主席魔法戦士などの肩書きなんかも持っているんだぞ。知らんのか」
「あはははは。そんな方がいるとは知りませんでした。なんだか凄い人みたいですね」
 そうだとも。ハグリットは嬉しそうに目を輝かせている。
「偉大なるダンブルドアはな、偉いだけじゃねぇ。昔、俺が誰からも信じてもらえなかったときダンブルドアは俺を信じてくださった。だからなカオル、お前さんも正直じゃなきゃいけねぇ。正直にしていればきっと偉い人は見ていて下さるんだ」
 嬉しそうに言うハグリットだが言峰薫は苦笑する。正直でないとダメならば、自分は助けてもらえない。きっと助けてもらえない。
 しゅんとした薫の微妙な空気を感じ取ったかハグリットは頭をかいた。それからふむと頷き、顔を寄せてこう言った。
「カオル、お前、日本から来たって言ったな? どうだ、せっかくだからホグワーツに来てみんか?」
「は? あー、いや、それはちょっと」
 時計塔(魔術協会)だけじゃなく、聖堂教会(異端狩り)にも伝手があるこの身だ。大人しくしていようと思うくらいの分別はあるのです。
「遠慮することはねえぞ。よし、俺が聞いてきてやる。お前さんはここにいるんだな? フクロウ便を飛ばしてやるから待ってろ。心配することはねぇ。きっと許可を貰ってやる」
 ハグリットは立ち上がり、のっしのっしと歩いていく。待ってくれ。私の話も聞いてくれ。
 しかし彼は止まらない。暖炉の前で振り返り、待ってろよと言い残して姿を消した。何か粉を振りまいて、パッと燃えると既に姿は消えていた。
 トムに尋ねてみたところ、暖炉と煙突がネットワークで繋がれており、ブルーパウダーという粉を使うと飛んでいけるのだとの事。もはや何でもありなのか。あははと引きつる薫だった。

 魔法の薬や薬草を中心に物色し、薬草図鑑やポーションの製法についての本を注文する。今日のところはこれで満足。三時過ぎには「漏れ鍋」に戻り、お茶を飲む。
 フクロウ便とやらはまだこない。暖炉を気にして観察すると、時々人が現れる。
 パッと青い炎が上がる。すると中から魔法使いや魔女が出てくるのだ。なんだかとても便利そう。日本の遠坂邸には行けないのだろうか。
 無理だろうなと思っていると炎が上がり、また魔女が現れる。
 髪を高くまとめたひっつめ髪、いわゆる玉ネギ頭の初老の女性。古風で落ち着いた色のドレスを着ていて、背筋が見事に伸びている。すました顔は厳格そうで、貴族の家の婆やさんとか似合いそう。
 その女性はトムと一言二言言葉を交わし、何故かこちらにやって来た。
 あれ? と薫が思っていると、女性はテーブルの手前で立ち止まる。
「こんにちは。貴女がハグリットの言っていたコトミネ・カオルですね。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔女術魔法学校(Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry)で副校長をしています。お会いできて嬉しいわ」
 その女性、マクゴナガルは四角い眼鏡の奥で眼を細め、口元を小さく弛め微笑んだ。

 彼女はホグワーツの副校長であり、同時に変身術を教える教師でもあるという。薫はマクゴナガル先生と呼ばせてもらうことにした。ハグリットに薫のことを相談されて、わざわざ会いに来たという。
「それはお手数を掛けまして申し訳ありません。ミスタ・ハグリットのご厚意に甘えてしまったようです」
 恐縮する薫にしかし、マクゴナガルは眼鏡の奥に優しい光を浮かべる。
「ミス・コトミネ。貴女の名前を聞いたときは驚きましたよ。何と言ってもキンググループのプレジデントですからね」
「いや、それは……」
 マクゴナガルの言葉に薫は苦笑する。
 彼女は自分の名を聞いて、それが時計塔と聖堂教会を繋ぐ新興の交渉窓口「キンググループ」の代表の名だと気が付いたという。ハグリットから薫の外見を聞き出し、その上で時計塔に問い合わせてコトミネ・カオルが来ていることを確認したのだとか。
 そして、協会と教会の交渉窓口を運営する薫に興味を持ち、会おうと考え出向いたらしい。
 薫はあははと苦笑い。
 キンググループ欧州支部は、フランス・パリにオフィスを置いて両キョーカイの書簡を右から左へ届けるだけの窓口だ。
 遠坂の伝手と言峰綺礼の名を使い聖堂教会の人物マップを作り上げ、エルメロイ派の協力で魔術協会の人物マップを作成した。
 これにより、派閥や主義・思想による勢力図を理解し、お互いの穏健派からの書簡を適切な人物へと送りつけ、あるいは会見の場を設けるという仕事をさせている。
 調停書や連絡文書には遠坂の家紋と言峰の名が入るが、これは名前を貸しているだけだ。勝手にやってもらっているだけで、コントロールは綺礼の知己の枢機卿やエルメロイ派の魔術師に丸投げしている。お互い穏健派として色々画策しているはずだ。
 今までは停戦状態とはいえ正式な交渉はなかったらしい。
 上層部の一部が個人で連絡を取っているだけだったのが、中立的な窓口で仲介されて意思疎通を図ることが可能になった。この点でグループの存在は評価されている。
 そしてコトミネ・カオルはプレジデント(代表取締役)とされているのだが。これは子供をトップに置いて実質放置、欧州では好きにやってくれとの処置である。株式は薫と綺礼と二人のキングで半分近くを保有するが、それは所持しているだけだ。お給料と配当金は出るものの、権力などは何もない。パリのオフィスに行けばお茶が飲め、手紙を送れる程度であった。
 ……それはそれで凄いことではあるのだが。
「謙遜することはありません。ミス・コトミネ、貴女の願いによって生まれたキンググループは魔術師と教会が連絡を取り合うことを可能としました。これはとても意義あることです」
「そう言っていただけると嬉しいです」
 そういい薫は頭を下げた。するとマクゴナガルはくすりと笑った。
「そうですね。将来、魔法界にも支部を作っていただければ、私たちも教会の上層部と連絡が付くのですが」
「あはははは。考えておきます。場所はこのダイアゴン横町でどうでしょう?」
 それはよいですね。そう言って、マクゴナガルと薫はふふふと笑った。

「あの、本当によいのですか?」
 暖炉の前で、言峰薫は少したじろぐ。
 とんがり帽子を頭に乗せて、ローブを羽織って手にはボストンバッグをしっかり握る。キャラメル色のブーツを履いて、買ったワンドを腰に差す。出て行く準備は万全だ。
 よかったら来て欲しい。
 ミネルバ・マクゴナガルはそう言って、薫をホグワーツへといざなった。
 VIPとまではいかないが「こうもりさん」を招待してくれるらしい。どうしようと悩んだが、魔法学校というのには興味もある。表敬訪問ということで、厚意に甘えることにする。
「では行きますよ」
「お願いします」
 パッと青い炎が上がる。二人は暖炉の奥の向こう側、異空間へと吸い込まれた。


次の話へ

 あとがき
 例によって長くなったので切ります。前後編にするつもり。もっと長くなるかもですが。
 しかし情報量が膨大で人物も多い。後悔することしきりです。うかつなクロスオーバーは自分の首を絞めますね。あはははは。
 いかにコンパクトにまとめるかが問題です。
 2009.3/28th

 ぷち予告。
 クリスマス休暇が終わり、クディッチの優勝決定戦が行われる前の空白時間のホグワーツ。そこに極東から一人の魔女が訪れる。
 日本から来たという女の子は、しかし魔法使いの天敵と通じているという。
 ……って、真面目な話にしたくない。遊びに行くのですよ! 遊びに!
 年度は「秘密〇部屋」です。

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