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黄金の従者8.5 間桐兄妹、その後?

 冬木市深山町は、中央交差点で二分されてる。区画整理ではないのだが、山側には洋館風の建築物が多く、かつては外国人居住者も多かった。反対に海側には和風建築が多く、時代を感じさせる武家屋敷なども多くある。
 そんな武家屋敷の一つに「衛宮」をいう表札が掛けられた家があった。
 立派な土塀と門構えを持つその家屋、門から覗くと中のお家もなかなか立派な武家屋敷。それが深山の衛宮邸。
 その衛宮邸の居間で一人の少年があぐらをかいてくつろいでいた。
 彼の名前は衛宮士郎。この広い屋敷にたった一人で住んでいる高等部二年の学生だった。
 童顔に笑みを浮かべ、くせのある髪を手でかき上げながら台所を覗き込む。
「なあ桜。やっぱり俺も手伝おうか?」
 畳敷きの居間に隣接するキッチンから、それに応える声がした。
「大丈夫です衛宮先輩。先輩はバイト帰りでお疲れなんですから、今日は私に任せてください」
 そう言ってえっへんと胸を張る女の子、彼女は士郎の後輩だった。
 間桐桜。中等部で出会った友人の妹で、もう三年以上の付き合いだ。付き合いと言っても男女のお付き合いのそれじゃない。
 一年前に士郎は怪我をした。その原因が桜の兄であり士郎の友人である間桐慎二にあると責任を感じて、彼女は家事の手伝いをかって出てくれたのだ。
 大丈夫だからと断ったはずなのだが、いつの間にか週に二、三日、朝食や夕食を一緒に食べるようになっていた。

 ……というのは表向きの話である。

 士郎は慎二から頼まれた。
「頼むよ衛宮、桜の奴に家族の距離感ってヤツを教えてやってくれ。視線を感じて振り向くとアイツがいるんだよ! ホラーだよホラー!!
 僕だって一人になりたいときがあるのに、気が付くと桜に尾行されてるんだ。ボクは王子様だからたくさんの女の子達と仲良くしなくちゃいけないのに、視界のどこかに桜がいるんだ。なんとかしてくれよ衛宮! ボク達はトモダチだろう!!!」

 ……泣くな慎二。気持ちは判らなくもない。

 友人の必死な願いを断るわけにもいかないので、大事な妹を預かることにした。
 と言っても別に下宿させてる訳じゃない。食事を当番制で作ったりするだけである。
 最初は料理が出来なかった桜も随分と腕を上げている。特に洋食ではそろそろ抜かれてしまいそうだ。
 成長したのは料理の腕だけじゃない。出会ったばかりの頃は随分と痩せていたのだが、この衛宮の家に来るようになってから一年半で女の子らしく成長してしまった。
 なんというか、その、困る。
 しっとりとした長い髪、はにかんだ笑顔、めっきり女の子らしくなった曲線にどうしても目がいってしまう。
 いけない。友人から預かった大事な妹なのにと、士郎は頭を振って煩悩を振り払う。
「たっだいまー、今日のご飯はなーにかなー♪」
 お寺の友人から習った般若心経などを唱えつつ、心を静めているところに、元気で明るい声がした。
「あー。今日の当番は桜ちゃんなんだ。なになに? 今日は何かな桜ちゃーん」
 満面の笑みを浮かべ、その声がスキップしているこの女性は藤村大河、士郎と桜が通う私立穂群原学園の英語教諭であり、養父を四年前に亡くした士郎の保護者を名乗る、士郎にとっては姉貴分だ。
 キッチンの桜は振り返り、お玉を軽く振りかざしてエプロンを着けた胸を張る。大きいです。何がと言われると困りますが。
「今日は鶏肉の赤ワイン煮込みと、野菜とマッシュルームの白ワイン蒸しですよ藤村先生」
 ちょっと自慢そうな桜は笑みを浮かべ、藤村大河も大喜び。
「わーい、それはフランス? おフランスね? 桜ちゃんが来てからお肉が美味しくなったよー。最近はちょっとリッチにゴージャスだし、士郎も頑張らないと負けちゃうぞー」
「くっ、気にしていることを。でも本当に桜は料理が上手くなったよな」
「先輩のおかげです。兄さんも褒めてくれるようになりましたし、これからも頑張って先輩を追い越しちゃいます」
 えっへんと桜は大きく胸を張る。
 それに士郎は苦笑する。桜は慎二に懐いている。慎二も素直じゃないけれど、桜を大事にしてるのだ。
 だがこの兄妹、色々事情があるようで危険です。特に妹の桜ちゃん。彼女は兄が絡むと恐怖の高性能ミサイルのように何処までも追いかけていく悪癖があり、普段のおとなしさからは想像も出来ない行動力で慎二の後を尾行する。
 そして慎二は気の多い男なので、女の子達と遊びに行こうとするのだが、慎二曰く「振り向くと桜がいる」らしい。

 ……頑張れ慎二。

 口は悪いが自分の感情に正直な友人に、士郎は心の中でエールを送った。でも口には出しません。桜に聞かれると怖いから。
 できあがった料理を運び、並べたところでいただきます。
 むむむ、これは新境地。ワイン煮込みという新技で、桜は洋食の新たな地平に踏み出した。
 まずい。弟子に負けては師匠の威厳が保てない。和食という己の武器に磨きを掛けつつ、洋食に新たな戦力が必要か?
 肉も美味いが、野菜とマッシュルームのごった煮も味が染みててとても美味しい。ブルゴーニュ風田舎煮込みとか言っていたが、あなどれないぞ。田舎煮込み。
 などと思いつつも料理は美味しくいただく衛宮士郎。
「桜ちゃん、おかわりー」
「はい、藤村先生」
 元気よく茶碗を突き出す姉貴分に、ご飯をよそる妹分。
 九年半前に全てを失い、四年前に養父を失った士郎には、もったいないくらいに暖かい。
 二人にはとても助けて貰っている自分だが、いつか人を助けることが出来るくらいに強くなりたい。
「どうしたの士郎? そんなに美味しいかった? そーよねー」
 うんうんと頷いていると、大河がそんなことを言ってきた。
「なんだ藤ねえ、行儀悪いぞ。でも、うん。桜も、もう一人前かな」
 そんなわたしなんてまだまだですよ先輩。などと言ってえへへと笑う後輩に、士郎も自然と笑みを向ける。

 そんなこんなで食事は進み、大河と桜は部活動の話をしている。
「藤村先生、そう言えば備品の購入がどうこうと言ってなかったですか? 良かったら私が明日行ってきますけれど」
「うんうん、ありがとう桜ちゃん。でも大丈夫、美綴さんにお願いしたから今日行ってくれたんじゃなかな」
 そうでしたかと、ちょっと残念そうな顔をした桜に、大河は言ってはならないことを口にした。
「うん。間桐君も一緒に行ってくれたから大丈夫でしょ」
「え?」
「藤ねぇぇええ!!!」
 士郎は思わず絶叫する。大河は「へ?」という顔をしていたが、桜に目をやり自分の顔を引き攣らせた。

 ーー くす・くす・くす・くす ーー

 間桐桜は嗤っていた。
「さ、桜ちゃん? ひぃっ!」
 なんですか? と振り向く桜の首は傾いて、両目は見開き、お口もぱっくりと開いていた。
 ウォーニング! うぉーにんっ! ウォーニング! うぉーにんっ!
「待て桜! 落ち着くんだ桜!! 美綴は部長で慎二は副部長。そうだよな藤ねえ!」
「そ、そうよ桜ちゃん! だから二人きりでもデートとか逢い引きじゃなくて、備品の調達、」
「藤ねえ! 美綴と慎二を殺す気か?!」
「え? どうしてよ?! だって本当に、ひぃっ!!!」

 ーー うふふふふふふふふふふふ ーー

 桜さんが目を大きく開いたままで笑っています。お願いです。瞳孔開いたままはやめてくれ。夢に見そうで怖いです。
「先輩、電話貸してくださいね」
 のっそりと桜は立ち上がり、ゆらりゆらりと廊下に進む。
「えーと、桜ちゃん。何処に電話をするのかな?」
 大河の問いに、間桐桜は振り向かない。
「いやだなぁ、藤村先生。自分の家に決まっているじゃないデスか。兄さんがいるか確認しなくちゃいけないですから。
 ……それから美綴センパイの家にも電話しなくちゃ。
 もう、イヤだな。美綴センパイったら。私には兄さんしかいないのに。もう、本当に、もう、イヤだな。
 ……うふふふふふ」
 桜は廊下の向こうに消えていった。
 すまん慎二、すまない美綴。俺はキミタチの平和な夜を守ることが出来なかった。
「藤ねえ、一週間おかわり禁止な」
「えええええ!!」

 次の日の朝、桜は衛宮の家には来なかった。
「……恨むぞ衛宮。僕はお前を信じていたのに、衛宮。僕を裏切ったな」
「すまん慎二、でも今回は俺のせいじゃない。藤村先生のせいだから」
「くそぅ、藤村のヤツ! 僕だってたまには桜以外の女の子と街を歩いて、緊張から解放されたいんだよ! わかるだろう衛宮?!」
 慎二、頼むからそういう難しいことは俺のいないところでやってくれ。
 笑みを浮かべてお肌ツヤツヤの桜と、げっそりと頬のこけた慎二お兄ちゃん。何があったか怖くてとても聞けません。
 ああ、向こうでは涙目の美綴綾子が藤ねえにつっかって抗議している。長かったもんな昨日の電話。すまない美綴部長、今度道場の掃除をしてやるから許してくれ。
 衛宮士郎の日常は、こうして今日も流れていく。得難い家族と友人達に囲まれて、きっとこれからも続いていくのだろう。

 半年後に待つ運命の出会い、衛宮士郎はそれを知らない。


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おまけのあとがき
 ……桜が変わっているようで変わってない気がします(頑張れ慎ちゃん、君は桜の王子様だ)
 依存の対象が衛宮士郎から間桐慎二になっただけですが、管理人(私)はこっちのほうが桜は幸せかもしれないと思うのですがどうでしょう?
 ちなみに本作品で桜が衛宮邸に通うのは、薫の依頼のせいだったりします。そのうち本文中に書きますが、薫と切継は取引します。凛には内緒です。
 ああ、この二人を遠野兄妹と会わせてみたいっ!(笑)

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