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黄金のおまけ2.5 嵐の前の平和な日常

 梅雨時には珍しく、澄み切った朝の日差しが差し込む言峰教会居住棟。
 その台所では、小柄な女の子が台の上に乗りながらコンロにかけたお鍋の中身をかき混ぜる。
 少女の名前は言峰薫。本当に少女であるかは秘密である。
 春先には少年のように短かった髪も長く伸び、もう少しで肩にも届かんという所、真剣に料理の出来具合を見るその姿は、緊張感を振りまくと同時に微笑ましさも感じさせることだろう。
 鍋から立ち上る湯気、そしてトマトとコンソメの香りが空気の流れに乗って広がる朝の風景。
「よし」
 言って薫は鍋に手をかけ持ち上げた。
 うんしょと言いながらキャリアに乗せて隣の食堂スペースへと運んでいくと、テーブルには教会の僧衣を纏った若い男が祈りの言葉を呟きながら椅子に腰掛け、手を組んで肘をついている。
 男の名前は言峰綺礼。
 この教会、冬木市新都郊外の丘の上にある冠婚葬祭用イベント施設、通称「言峰教会」の責任者である。
 本来の信仰の場、神父の説法と信徒達の集会所すなわち教会は道を下った丘の麓にあり、教会に孤児院が併設された形で運営されている。
 よってこの言峰教会、冠婚葬祭やクリスマスなどのイベントを受注していないときは人が少ない。というか言峰親子とその客人しか常時いる者がいないのだ。
 これには裏の事情もある。この冬木市は異能を持つ者にとって価値ある土地であり、表の住人達が知らない組織から管理を委託された管理者(セカンド・オーナー)と呼ばれる者、すなわち「魔術師」が監視・管理を行う土地なのだ。
 霊地冬木とも呼ばれるこの地では、時に凄まじいばかりの魔術戦が繰り広げられることがあり、その監視と監督、事後処理と神秘の隠蔽を行うのが、言峰教会の知られてはいけない存在理由なのである。
 よって責任者たる神父、言峰綺礼も只の神父ではない。その養女となった薫もまた常の少女でなく、そして客人もまた凡俗の人間とは異なる超常の者であった。
「おはようございます」
 食堂に姿を現した三人目の声、ありふれた挨拶のそれであったがそれを聞き、当人の姿を見やって綺礼と薫は目を見開いて硬直した。
「今日の朝食はなんですか? ああトマトスープ。キャベツとミートボール入りですか、いいですね。それとロールパン・サンドでハムとキュウリ、こっちはフレッシュですね。カヲル? コトミネ? どうしました?」
 薫と綺礼の視線の先にいるのは、無邪気な笑顔を見せる金髪紅眼の少年だった。

黄金のおまけ2.5 嵐の前の平和な日常

「ええと、王様?」
 カクンと下がった顎を何とか上げて尋ねた薫に、紅顔の美少年が微笑んだ。
「はい。よく判りましたねカヲル。貴女の王様ギルガメッシュです」
「……昨日までは大きな王様だったと思うんですけど、今日からは小さな王様なんですか?」
「アハハハハ。カヲルは面白いですね。大人のボクが気に入るわけです。うーん、実は大人のボクは最近退屈だったみたいです。なんか刺激も薄れて飽きちゃったみたいですね。という訳で子供のボクにバトンタッチです」
 小さな王様はにこにこしています。
「王様、申し訳ありませんが意味判りません」
 眼をぱちぱちとさせる王様の従者、言峰薫に小さな王様ギルガメッシュは、にぱっと笑って語りかける。
「ああ、特に気にする必要はないですよ? カヲル、貴女は普段通りボクに仕えてくれればいいのです」
 すました顔でのたまう小さな王様が、実は薫には恐ろしい。

 ーー サーヴァント・アーチャー。英雄王ギルガメッシュ ーー

 その在り方は傲慢ではあるが超越者として人間の上に君臨する者、すなわち「王」に他ならない。
 古代において王とはすなわち法をしく者であり、それは支配地域において「神」の権力を持つと同意義であった。
 薫の知るギルガメッシュもまた、己を神と同一視する思考を持っていたが時代を考えればそれは当然。そして神にも等しい「王」であるが故に、傲慢であるが己に跪く弱者には寛容であり、己以外を見下すものの別の言い方をすれば人が無能で低能、低劣であってもそれが当然と捉える性癖があった。
 つまり、少しぐらい失敗や失礼があっても結構怒られないし怒らない。実は優しい王様。それが大人のギルガメッシュ。
 だが小さな王様はどうだろう?
 己が神にも等しい王である。という思考はきっとある。同一人物だし。
 しかしこの小さな王様、瞳の輝きが大きな王様と比べて冷たい気がする。
 全てを見下すが故に弱者に寛容な大きな王様と違い、使える者と使えない者、有能と無能を見極めて切り捨てるだけの分別と非情さを持っているように見えるのだ。

「カヲル。どうかしましたか?」
 固まっていた薫の顔をギルガメッシュがのぞき込んだ。
「いえいえ、何でもありません王様。王様は小さくなったりも出来るんですね。ちょっとびっくりしました」
 薫は椅子を引き、ギルガメッシュが笑顔のままでその椅子に座ると、祈りを終えた言峰綺礼が口を開いた。
「それはお前の宝具の力か? ギルガメッシュ」
 王様が大人でも子供でも、まるで態度が変わらない言峰綺礼。彼もただ者ではない。
 綺礼に言わせれば英雄王ギルガメッシュといえどサーヴァント。すなわち使い魔であり自分はそのマスターだ。という所であろうか。それにしてもその胆力は薫もちょっと尊敬する。
「おはようございます。コトミネ。うーん、財宝の一つですけど大した宝具じゃないですね。服用することで子供の姿でいられます。ああ、ちゃんと大人のボクと記憶とかは共有しているのでその辺は心配要らないです」
「そうか、なら好きにするがいい」
 一つうなずき、ロールパンに手を伸ばす言峰綺礼。
「おじさま! そんなんでいいんですか?!」
「特に問題もなかろう。薫。スープをくれ」
「ボクにも配膳してください。冷めないうちにいただきましょう」
 怪現象を実にあっさりとスルーしていくマスター&サーヴァント。何というか大物であった。
 しかし、色々と諦めながらも言われたとおりスープを配る薫もまた、この環境になじんでいると本人は自覚していない。
「ふむ、今日のスープはトマトの香りがよいな。お前もトマトの扱いに慣れてきたようだ。これなら洗礼を授けるのもそう遠くはないだろう」
「おじさま、洗礼とトマトに関係はないでしょう。少なくとも聖典にトマトという太陽の実は記述がありません」
「くくく、そんなはずはない。ヴァチカンでは全ての僧侶がトマトの祝福で旅立っていくのだ」
「うそつけ」
「アハハハハ。カヲル、スープのおかわりをください、あれ? どうかしましたか」
 先ほどから自分のことをちらちらと見る従者カヲルに王様は首をかしげる。
「あの、王様にお聞きしますが、王様が小さくなられたのは財宝の薬の力なんですか?」
「そうですよ」
 そういって彼はにぱっと笑い、薫はぐぐっっと身を乗り出す!
「ひょっとして私が小さくなったのもその薬の影響で、ということは効果が切れれば大人に戻れ、」
「違います。カヲルに使ったのは別の宝具です。それと言っておきますが貴女はその姿で安定してしまいましたから、元に戻すのはボクでも無理です」
「ああっ! 無理だと言い切りましたね?! ううっ! 大きな王様でも「戻れない」とは言わなかったのに! 酷い!! やっぱり小さくても王様は王様です!!!」
 るーるーと泣きながらもスープを配る従者の薫。平然とそれを受け取ってスプーンを差し入れる小さなギルガメッシュ。やはり彼は冷たい王様だったのだ!
 そして言峰綺礼は二人を見ながらのどを鳴らして笑うばかりである。

 食事も終わって片付けをしていると、薫にギルガメッシュが話しかけた。
「カヲル。貴女はもう少し女の子らしくしなさい。大人のボクも言いましたが、ボクの従者なのですから淑女の振る舞いを身に付けてもらわないと困るんです」
 そんなことを言い出したギルガメッシュの表情は、まるで獲物を追い詰めることを楽しむ猛獣である。その向こうでは綺礼が面白そうな顔でこっちの話に耳を傾けているのが判る。
 ああ、無駄だと判っているけれど、どうか助けて神父さん。
「えと、あの、別に困ることはないんじゃないかと、」
「ボクが困ると言っています。カヲル?」
 口元こそ笑みを浮かべているものの、その視線は冷たく鋭い。
「申し訳ありません!!! ああでも、くぅっ。どうか! どうか三年待ってください。なんとか諦めます。頑張って色々と諦めますから、どうか三年の猶予を!」
「しかたないですね。じゃあ特別に待ちましょう。三秒あげますからちゃんと女の子になりなさい」
「無理です! というか三年が三秒になるあたり、小さな王様は厳しいです! 大きな王様ならきっと三分は残してくれると思うのですが! いや三分いただいてもちょーっと無理なんですけど」
 こまりましたねぇ。と腕を組むギルガメッシュ。しかし本気で困っているのは薫です。
「真面目なのはいいんですけどね。大人のボクに仕える態度は戦士か騎士のそれですよ。このままだと跪いてボクの手の甲に接吻とかしそうですし」
「あ、お望みでしたら、そうゆー礼の仕方もありで結構です」
 少なくとも淑女よりは騎士の方が万倍もマシです。そんなふうに思っていると、王様はふふん。と悪戯を思いついたような顔になった。
「えと、王様?」
 思わず後ろに下がる薫を、王様は壁際までゆっくりと追い詰めた。
 もはや後ろに下がれない! 薫ちゃんピンチ!
 ぴったりと壁に張り付いた薫を捕まえて、小さな王様はささやいた。
「カヲルが女の子になるために、ボクがキスしてあげましょうか?」

 まて。
 まってくれ。
 お願い。ちょっとまって。
 いやまってよ。まってぷりーず。

「ひぇぇぇえええっ!!!」
 飛び退こうにも壁が邪魔で下がれない。しまった! せめて七センチの隙間があれば、体当たりで壁など吹き飛ばして見せるのに!(魔術:身体強化による補正。攻撃+15。破壊成功率18%)
「ま、ま、ま、待ってください王様。な、な、何をおっしゃっているでしゅか? お戯れが過ぎますよ。いやだなぁ、もぅ」
 必死にもじもじするカヲルをギルガメッシュはしかし離さず、ふふんと笑い眼を細めてその笑みを深くした。
 ひぃぃぃいいい!!!
 心の中で絶叫する少女・薫(詐称の疑い有り)。
 ああ、七歳で男の子とキスだなんてPTAのお母さん達はきっとぷんぷんです。ましてや外国人のボーイフレンドだなんて知れたらクラスの女子生徒に吊し上げられ、今まで秘密にしていたあんなことやこんなことを吐かされてしまいます。

 まずい! 三日前、ついにみかんぱんつを穿いてしまった事実を知られたら、クールな言峰薫のイメージが!(注:そんなイメージはない)
 おお! 海洋の王者クジラぱんつ!! 我に大いなる海の力を!!!(火属性にてアクセス不可)

「待て」
 てんぱっている薫に迫る魔の手を防ぐため、立ち上がるのは言峰神父!
 おお! まさに彼は神に仕える愛と正義の使者だった!!
 この時の綺礼の決意に満ちた横顔は、薫をして彼を「お父さん」と呼んでもいいかなと思わせるだけの威厳に満ちていた。立ち上がれ神父! 少女・薫を救うのは、まじかる神父、君しかいない!
 こちらに近づきながら言峰綺礼は力強く宣言する。
「ふざけるなよギルガメッシュ。薫にキスをするなど私が許さん。それは父である私の役目だ」

 まて。
 まってくれ。
 お願い。ちょっとまって。
 だからまってよ。まってぷりーず。

「助けてぇぇぇえええ!!!」
 壁際でつま先立ちになったくらいじゃ王様からは逃げられない!
 真剣な顔から一変、さわやかな愛に満ちた表情となった神父もまた、薫の肩に手をかけた。
「ま、待って下さいおじさま。は、話し合いましょう!」
 必死である。しかし。
「クックックックック」
 綺麗の顔は喜びに満ちていた。最高、最強、最高潮。絶対に逃がさないという気合に満ちたその姿。世界中のパパさん達の憧れです。
「薫。クックック。お前を引き取ったその日から、くっくっく、私は常に考え続けてきた。クックック。神に仕える神父として、そしてお前の親として、お前をハッピーな気分にするにはどうしたらいいかということをだ。くっくっく」
 薫の肩を掴んだ綺礼の指が、ゆっくりと食い込んでいく。それは言峰綺礼の強烈な信念と信仰心の表れだ! しかし過ぎたるは及ばざるがごとしとも言う。綺礼が発するスゲェ波動。それは養女・薫を恐怖のどん底に突き落とす。もはや少女に出来ることはイヤイヤと涙声で言いながらもじもじすることだけである。
「そして私は答えを見つけた! 全てを失ったお前だ。この私がお前の家族となり仲むつまじく暮らすこと。それがお前にとっての「救済」であるに違いない。それには私とお前が仲良くなることが必要だ。よって私は薫、お前にキスをすると宣言する。くくく。さぁ、親子の親睦を深めようではないか。くっくっく」
「まってまってまってまって。違う! 全て違います! 私の願いはささやかなものです。もう十分です。お腹いっぱいです。そもそも救済とはキューサイの青汁とは違うのですよ。それを理解すべきです」
「アハハハハ。やっぱり貴方たちは面白いですね。大人のボクがここにいるのも判ります。コトミネ、その家族というのにはボクも入っていいのでしょう? というわけでカヲル。ボクも貴女にキスしてあげます」
 薫に顔を近づけていくマスター&サーヴァント。恐怖に引き攣る言峰薫。
「まってまってまってまって。あああ。ちょと待って。お願いです。待って! 待ってください」
「「んちゅぅぅうう」」
「ああああ! 待ってください!! ぎゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 言峰教会、割と平和な朝の風景である。

 私立冬木新都学園、初等部校舎の前に今日もサイドカー付きの大型バイクが滑り込む。それを見た遠坂凛は校門から離れ、停車したバイクへと近づき乗り手の二人にごあいさつ。
「おはよう綺礼。おはよう言峰さん。って、薫? どうしたの薫! 薫?!」
 言峰薫。口から魂がはみ出ています。
 あははー。と力なく笑っていてちょっと怖い。なぜかおでこと鼻先が真っ赤になっていた。おそらく強くこすったのだろうが、一体この親子は朝っぱらから何をしているのやら。
「ちょっと綺礼! どうしたのよこれ?! あんたまた何かやったんでしょう! いい加減にしなさいよね、春先から何度薫の魂を抜けば気が済むのよ! そのうち飛んでっちゃうわよ?」
「おはよう凛。すがすがしい朝だな。今日も元気そうで何よりだ」
 いつも通り、およそ誠意というものが感じられない綺礼のあいさつ。しかし今日は何やら微妙にハイテンションであるような? 首をかしげる凛の横に、ふらふらとしながらも薫が降り立ち、ランドセルを背負って歩き出す。
「ちょっと薫? 待ちなさいよ。って何よ綺礼」
 振り向けば、綺礼がバイクから降りて凛の腕をしっかりと握りしめていた。
「凛」
「な、なによ綺礼」
 いつになく真剣な表情で自分を見つめる言峰綺礼に、凛は少し緊張する。
「お前はいつも言っていたな。私と薫はもっと仲良くすべきだと。素晴らしい。それはまさに聖典に書かれし神の教えだ。さすが遠坂の当主、代々真実の教えを信仰していただけのことをある。私はお前を尊敬する」
「そ、そう?」
 それはつまり、この男が自分の助言を正しいと認めて悔い改め、何か父親らしいことをしでかした。そういうことだろうかと遠坂凛は考える。そして、いきなりのことに薫はびっくりしてああなった。そうなのだろう。
 ……ああ遠坂凜。君はまだ大人の世界のただれた愛を知らないのです。
「そして私は気が付いたのだ。この身は遠坂凛の後見人、つまり君の父親代わりでもあるのだと。それはつまり、私は凛。お前とも家族として情の通う暖かな関係を築く必要がある。そういうことだな?
 すまなかった凛。今まで私は薫にばかりかまけてしまい、お前をないがしろにしていた感がある。よって私はこれからは君に対しても家庭的な愛を与えていこうと思うのだ。どうだろう?」
 綺礼の言葉に遠坂凛は顔を赤くする。この男、真剣な顔をして女の子に何を言っているだ!
「そこでだ。親愛の表現としてこれからお前にキスしてやろう。凛。君に乾杯」

 まて。
 ちょっとまて。
 ナニイッテヤガリマスカコノオトコ

「待ちなさい綺礼、あんた何言ってるの?! 薫? かおるぅー!!!」
 叫びながら振り向いた彼女は見た。言峰薫がその手を手刀にして空気を切り裂きながら校庭を爆走していくのを! 謀られた!! 薫の奴、師匠の自分を見捨てて行きやがったのだ! おのれ宿敵言峰薫! やはり言峰の一族は遠坂凛の敵である!
「ククククク」
 はっと気が付いて自分を取り戻した彼女が見上げたこの男、綺麗の顔が嗤っていた。いつもの貼り付けたような笑みとは違う野太い顔の歪め方。薫が毎日のように見せつけられているこの笑顔を、しかし彼女が見るのは初めてだった。遠坂凛は恐怖する。しかし彼女は「遠坂」の娘だ。妖怪神父のデッドリィ・スマイルに怯んでなどいられない。だが、
「というわけで、んちゅー」
「ぎゃぁぁぁぁあああああ!! お父さーん!!!」
 初等部二年では限界があったのです。

「ああ神様、どうか薫をお許し下さい」
 机に突っ伏して神に祈るのは、神父の養女たる言峰薫。
 こっちの世界に来てから真剣に祈るようになりました。人は神に祈らずにはいられない。
 ああ! か弱き我が心を、どうか神よ許し給え。
「おはようございます。日直、礼を」
「きりーつ」
 懺悔の祈りを捧げること五分以上。担任の先生が来てしまった。しかし凛がまだ教室に来ていない。ああ我が友、遠坂凛はどうなってしまったのか? 彼女のことだ、きっと魔界神父言峰綺礼と激しく戦っているのだろう。そうだそうに違いない。遠坂凛を信じよう。彼女なら勝つ。
 毎日の懺悔が楽しみで仕方がない、などとほざく綺礼をぎゃふんと言わしてくれるに違いないのだ。
 ふれーふれー。遠坂凛。負っけるな負っけるな。まじかる凛。
 ええ、言峰薫はまだ立ち直っていないのです。

「……さん、XXさん。……」
 先生の点呼が進んでいく。
「遠坂さん。遠坂さんは欠席ですか?」
 あ。まずい。凛は登校しているのだ。ここは一つ、保健室によっているとか言ってフォーローしておくのが友人としての役目であろう。
 そう思い挙手して先生に言おうとした薫だったが。薫の耳が足音を捉えた。

 ーー かつーん。かつーん ーー

 なぜか響く硬い足音。

 ででっでっででん。ーー かつーん ーー
 ででっでっででん。ーー かつーん。かつーん ーー

 なんか変な音楽が頭の中でリフレイン。ぶわっと服の中で嫌な汗をかく薫。

 ででっでっででん ーー かつーん ーー ででっでっででん ーー かつーん。かつーん

 もう薫は理解した。これはあくまの足音だ。そうか、凛。君は敗れて魔界に墜ちたのだな。
 おーけー。俺は逃げる。
「すみません先生、気分が悪くなったので保健室に行っても良いでしょうか?」
 手を挙げて女性教諭に語りかける薫。その顔色は決して良くない。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですね。保険係の人、言峰さんを、」
「いえ、歩くの平気ですから一人で行けます」
「そうですか? では気をつけて……」
 カラカラカラ。教室後ろの引き戸が開かれた。そしてあらわれる、あくま。
 まるで強く擦ったかのような赤い額、握られたハンカチは深く裂けている。
 その目は血走って大きく開かれ、口元は左右に広がって耳に向かって急カーブ。気をつけないと本当に裂けちゃいそうです。眉間のシワがぴくぴくと痙攣し、こめかみの青筋がラブリー。ああ凛。怒った君もとってもキュートだ。でも首が微妙に傾いてるのと波打つ髪はなんとかしろ。そういうわけでさようなら。
「かぁぁー。おぉぉー。るぅぅー」
「「「「「ひぃぃぃぃぃいいいいいっ!!!」」」」」
 逃げられませんでした。
「げほっ。ごほっ。ごめなさい遠坂さん。私は気分が悪くなり、保健室に行きますので失礼します」
 そう言って凛の横を華麗にスルーしようとした薫だが、あくま遠坂の魔の手は狙った獲物を逃がさない!
「そう。じゃあ私が付き添ってあげるわ。先生、私が言峰さんを保健室に連れて行きます」
「え? あ、はい?」
 沢山のクラスメイトが息を飲みつつ引いている。生徒と一緒に逃げ腰になっていた担任女性教諭、頼むから出席簿に隠れようするのはやめてくれ。そして私を助けてください。
「先生、一人で行けますから大丈夫です。遠坂さんはどうぞ授業をうけ、」
「先生! 言峰さんは顔色が良くありません。私が付き添います。……いいですよねぇ?」
 それはニタリと歪む悪魔の微笑み。言峰綺礼に似ています。ああ! 綺礼お前を一生恨んでやる。ゴメンよクラスの子供達、世の中には怖いものがいっぱいだから、妖しいおじちゃんには特に近づいちゃダメだよ。
「行くわよ薫。うふ、うふふふふふ」
「どなどなどーなーどーなー」
 歌なんか歌ってみました。そして。
「凛。ここは二階、保健室は一階です! そっちは階段上向きですよ?!」
「うふふ、うふふふふ。話し合いましょう。うふふ。屋上とか良いわよねぇ」
「待ってください凛。オーケー。落ち着こうじゃないか遠坂凛。まずは一階、保健室だ。おーらい? ふにゅっ!!」
 クールに極めた(?)薫のほっぺたを。凛はつまんで引き伸ばす。結構伸びます薫の頬肉。
「いひゃい、いひゃい。ひゃめてくらひゃい。りん。ひゃああ、ひょっひは上でひゅ。ひひゃー、ほひぇんひひゅはひひゃでひゅー」
「うふふ、うふふふふ、貴方には師匠の敬いかたというものを徹底的に教えて差し上げますことよこんちくしょー」
「ああ、ゆゆひひぇー、ごめんやひゃいー、ゆゆひひぇくらひゃいー」
「許さないわ。許せないわ。おのれ言峰ーズ。この恨み晴らさでおくものか、主に薫で」
 ふにふにと薫の頬を引き伸ばし、遠坂凛は階段をのっしのっしと上っていく。
「やめひぇー。切れひゃうー、放ひひぇー、いひゃいよー」
 ああ涙が止まりません。

「酷い目に遭いました……」
 昼になり、額と鼻の赤みは消えたのに、まだ赤い頬を両手ですりすりしているのは薫である。恨めしげな視線の先の少女、凛は不機嫌そうな表情を隠しもせずにガツガツと給食をかっ込んでいる。次の授業は音楽の歌のテストなのに平気だろうか?
 じっと見ていると、視線に気付いた凛がギロリと睨みをきかせてきて思わず目を逸らしてしまう弱気な薫。
 そして昼あけの五時間目、音楽のテストで遠坂凛は歌の途中でこうなった。

「らららー、ひっく、」

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あとがき
 ごめんなさい。私は嘘つきです。
 カレイドツインズ公園デビュー。次回にさせていただきます。いえ、上の作品が公園デビューの前半部分の予定だったのです。
 私はコメディー作品を、シリアスパート+ギャグパートで構成し、シリアス部をしっかり書くことでギャグ部を浮かせることが出来る。などと考えております。
 で、今回の話はシリアスパートだったのですが……。(どこがシリアスだ、と聞こえてきそう)
 ルビーちゃんの電波に汚染されてギャグパート並に狂ってしまったのです(涙)
 ちくしょー、これじゃシリアスパートとして機能しないよ! と破棄しようかと思ったのですが、もったいない電波レベルなので再構成。おまけとして独立してみました。
 うそつきで申し訳ありません。以後気をつけますのでどうかご容赦を。
 ちなみに、今回の話は「凛にしゃっくりさせる」ためだけに作られた話だったりします。

ミニ予告:公園ライブには綺礼&子ギルも参加します。電波レベルは今回より上です(多分)

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おまけのおまけ

カヲル:こんにちわ「薫ちゃんのミニミニ王様講座」私、言峰薫と。
ギル:良いのか? 今回は「おまけ」だが。
カヲル:実は優しい大きな王様。サーヴァント・アーチャー・ギルガメッシュでお送りいたします。
ギル:まぁ気にしないでおくか。それでカヲルよ、今回は我(オレ)の何を知らしめるのだ?
カヲル:今回は、ぷち脱線講座として「ワイン」について説明させていただきます。
ギル:ワインだと?! 我(オレ)の王様講座でワインとはどういうことだ! 説明せよ!!
カヲル:はい。実はワイン造りを証明できる最古の遺跡はギルガメシュ叙事詩の舞台ともなった「メソポタミア文明」のものなのです。つまりワインの起源はメソポタミア(細かく言うとシュメール文明)にあるのです。
ギル:そういえば、我(オレ)もワインは飲んだものだな。
カヲル:ギルガメシュ叙事詩にはギルガメシュが赤ワイン、白ワインを船作りの大工に振る舞う。などいったシーンがあります。王様(ギル)の時代、つまり紀元前四千年から五千年ほどのメソポタミア流域の都市国家では、ワインの大量生産が行われていたようです。
ギル:ちなみに我が友エルキドゥはビールを振る舞われ、七つの樽を飲み干した。などいうエピソードもあるのだ。つまりビールも生産されていたのだぞ。
カヲル:そのようです。とりあえずワインについては、土器から判断して八千年前には生産されいたと思われます。他にもワイン壺を封印する粘土にマーキングするroll seal(ロール・シール)という道具が発見されており、これは六千年前のものと鑑定されています。
ギル:このロールシールとは印鑑、ハンコのような物だ。憶えておくが良い。
カヲル:ワインは少なくとも紀元前三千から千五百年にはエジプト王朝に伝わりました。
ギル:ピラミッドの壁画にワイン醸造の絵があるようだな。
カヲル:そしてワインが一般化したのはローマ帝国によるものが大きいです。
ギル:欧州、中東の歴史を語るとき、ローマ帝国はどうしても外せぬのだな。
カヲル:メソポタミア、エーゲ海諸島、ギリシャ、ローマ。そして現在の南フランス、マルセイユ地方に伝わるまでになったのが紀元前六百年頃です。
ギル:うむ、ワイン好きでなくとも何度となく耳にする地名であろう。
カヲル:ここから、勢力を伸ばしてきたローマ人によって欧州全域にワインが広がっていったようです。
ギル:我(オレ)も口にしていたワインが現代においても民の喉をうるおすか。歴史ある飲み物、それがワインか。
カヲル:ちなみに日本でワイン造りが始まったのは、明治時代の初めとなっております。
ギル:おお! まさに世界に広がるワイン文化!! 偉大なりメソポタミア文明よ!!!
カヲル:では今回はこの辺で。
ギル:ふむ、確かに脱線だがこれは許そう。さあ、我が杯にワインを注ぐのだ。
カヲル:はい。王様。

ーー フェードアウト ーー

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