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Fate/黄金の従者#20.球技大会
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2年A組

2年C組



 チュンチュン、チチチ。
 五月晴れの青い空で鳥がさえずる。朝の光が優しく差し込む深山町の丘の上、私立穂群原学園の正門を、生徒たちが過ぎて行く。
 男子はライトブラウンの詰襟姿。女子は白いブラウスに黒のスカート、ブラウンのベストを上に着て、赤いリボンタイを結んでいる。
 生徒の中の幾人かが、ちらりと見るのは掲示板。道の横に設置されたお知らせ掲示板にはポスターや通知の紙が貼られていた。
 一人の女生徒が歩み寄る。
 髪は長く、しかし前髪は眉の高さで切りそろえ、掛けたメガネがキラリと光る。
 彼女、氷室鐘は腕を組み、フムと口を引き締めた。
「今年は何をやるのやら、だな」
 眼鏡越しの視線の先には一枚の張り紙だ。そこには『球技大会のお知らせ』とあった。

Fate/黄金の従者#20.球技大会

「去年は野球とバスケと、蹴鞠でしたっけ」
 2年A組の教室で、言峰薫が苦笑する。
「まぁ、蹴鞠だなんて風流ですね」
 ニコニコと笑顔なのは薫の後ろ、フランス人留学生の知得留さん。隣のななこも「おぉ、蹴鞠やってみたいー」と今日も元気だ。
 だがしかし、氷室鐘、蒔寺楓、三枝由紀香などは天井を見上げた後に顔を寄せてひそひそ話。
「わが校は「生徒の自主性を重んじる自由さ」が校風で、故に球技大会も学校は関与せず、生徒会が内容を決定するのだが」
 鐘がウームと腕を組む。
「んで、去年は生徒会が抽選で決めたんだよな。ランダム性高すぎじゃね?」
 楓が口を尖らせる。
「今年は何が選ばれるんだろうね」
 由紀香は少し不安げだ。
 開催される球技の候補。
 野球、サッカー。ドッヂボール、バレーボール、バスケットボール、テニス、フットサル、ラクロス、ホルヌッセン、アスフィリップルーパー、インディカペセパッロ、セパックアピ……、
(大丈夫なのか?! 球技大会?!)
(ウチの生徒会って、バカ?)
(ホルヌ、何?)
 更に顔を寄せ合った。
「いや、去年と同様、メジャー競技2つにマイナー競技1つというところだろう」
「そうだよな。まさか容赦なく全部抽選とかしないよな」
「うん、きっとその辺り考えてるよね。生徒会だもんね」
 留学生の期待をよそに、三人の不安は尽きない。
 昼になり、生徒会主催で行われた抽選会の結果が貼り出された。

 抽選結果
・セパタクロー
・ペタンク
・チュックボール
 以上3競技とする(生徒会)

「うわぁぁああ、微塵も容赦NEEEEEEE.?!」
「セパタクローは東南アジアで盛んな足でやるサッカー風バレーボールだな」
「ペタンク? チュックボールって何かな?!」
「あら、ペタンクは南フランス発祥の歴史のある競技なんですよ。小ぶりな鉄球でやるボーリング。敵のボールを弾いてもいいのでカーリングにも似ているかもしれませんね」
「マスター、あたし走りまわるサッカーとかやりたい」
「美綴さん、チュックボールって知りませんか?」
「アハハ。アタシは武道専門でマイナースポーツは知らないよ」
 生徒達がざわめく中、言峰薫は一人静かに立ち上がる。
「薫、どうした、……の?」
 遠坂凛が見上げた彼女の顔に笑みはなかった。目尻がヒク付き、口元が凶暴に釣り上がる。拳は固く握られて、足音がズシンズシンと聞こえてきそうだ。
「フフ、フフフ。運動部偏重で文系部活の予算が足りないと言ってたくせに、二度とやらないような競技のために、一体いくらで備品を買うつもりですかねぇ生徒会は。部活の支援とかで寄付金せびってこれですか。一成くんは何をやってるんでしょう。学生の自主性を尊重とはいえ、ガキに財布渡して好きにさせてんじゃねぇよボケが。
 ……凛、ちょっと生徒会室に行ってきますので」
「待って薫! ちょっと待って薫!! 私も行くから落ち着いて! ちゃんと薬飲んでる? 勝手に量を減らしてないわよね?!」
 遠坂凛に寄り添われ、ゆらゆらしながら薫は進む。
「薬はいや、もう量を増やすの嫌。フフフ。ちゃんと飲んでますし、結構安定しますよ。さーて、まずはC組で一成くんにお話聞かないと」
「うん判った。だから保健室にいきましょう? 大事な時期だから、心身症は治り掛けが大事なのよ」
「ええ、ですからストレス溜めないように、生徒会室に行って会計を締め上げます。ふっふっふ。創業社長をナメるなよ。ウチは株式非公開で資金調達どれだけ苦労してきたか。まぁ王様が動けば一発ですが。ガキ共に予算の大切さというものを思い知らせてやりますよ。クククッ」
 魂が擦り切れたような顔の幼馴染を、遠坂凛は宥めにかかる。
「そうね、薫は頑張ってきたものね。判ったわ。早く済ませて保健室行きましょうね」
 言峰薫に連れ添って、凛も教室を出て行った。それを呆然と見送ったクラスメート達。
 蒔寺楓は呟いた。
「言峰のヤツ、大丈夫か? つうか遠坂もあれは大変なんじゃないの?」
「あたし自家製ハーブティー、言峰にあげてるよ。カモミールティーとか落ち着くよ」
 沙条綾香の言葉を聞いて、級友たちは話題を移す。しかし彼女達の表情が、二人のことが心配だと告げていた。
 ──結局。
 次の日、競技が変更したと張り紙が出し直された。

・サッカー
・バレーボール
 体育の授業も含め全員が経験者であり、全校で競い合うに相応しいとの二つの競技。
・ペタンク
 ヨーロッパの古典競技、団体戦で行うことでボールは1セットの購入で抑える。

 このように変更されていた。
 なお、言峰薫は次の日学校をお休みし、遠坂凛は「疲れた」と言い、普段の優雅さ(猫被り)を放り出して朝から机に突っ伏した。
 氷室鐘がメモを取り出す。
「調べてみたのだが、チュックボールというのは、青少年の教育に用いられるスポーツなのに、妨害行為をするのはおかしいと考えて作られた競技だそうだ。あらゆる妨害を禁ずる超紳士的平和スポーツとして生み出されたハンドボール的な球技で、ネットに向かってボールを投げ、跳ね返ったボールが敵にダイレクトキャッチされなければ味方のポイントになる。投げる行為への妨害禁止。キャッチの妨害禁止。とにかく妨害を禁止する競技だった」
「へぇ、変わったスポーツだね蒔ちゃん」
「誰だよ、そんなのリストに入れたのは」
 由紀香は感心し、楓は呆れている。そして遠坂凛は机の上でうなされていた。
「鬼百合が、穂群原の鬼百合が……。かおる、お願いもうやめてー。興奮しないでー。停学イッちゃうからやーめーてー」
「遠坂、しっかりしろ。昨日何があったんだ」
 美綴綾子が介抱するが、凛は項垂れたままでした。

 サッカーに十一人+補欠で十数人。
 バレーボールはクラス2チーム+補欠で十数人。
 ペタンクは五人でクラス一チーム。
 そんな感じの人数割りで、球技大会当日と相成った。
 校庭に、生徒がズラリと列をなす。朝礼台に立つのは執行役の生徒会の人員だ。穂群原学園は生徒の自主性を尊重する。教師は基本、見守る役(だけ)だ。
(((では開会の挨拶です。生徒会書記長、柳洞一成くん)))
 何故か壇上に登ったのは、生徒会長ではなく2−Cの柳洞一成。彼はしっかり背筋を伸ばし、マイクを手に取りONにする。
(((えー、今年も晴天の日にこうして大会が開かれ、競技については多少の混乱があったものの、妥当なものとなった訳ですが……)))
 そこで一成は顔をしかめた。
(((俺が会長になった暁には、こんなバカな抽選は廃止したいところです)))
「「「7(ナ)2(ニ)1(イ)!?」」」
 生徒達がざわめくが、彼は一向だにせず言葉を続けた。
(((サッカーとバレーは皆が経験者であるので、見ごたえのある試合が楽しめるかと思います。ペタンクはほぼ未経験者のみと思われるので、これも拮抗したレベルの戦いになるでしょう。なお、ルールについては本日より中央掲示板に説明文が貼られましたので、そちらを見ればいいと思いますが……)))
 彼は再び顔をしかめる。
(((当日になって、よーやく説明する当生徒会はふざけすぎですな)))
「「「仲悪いのか?! 今の生徒会内部?!」」」
 生徒達のどよめきを完璧に黙殺し、柳洞一成は台から降りた。さすが次期生徒会長筆頭候補、というか既に奴しかいねぇよというのが実情です。

 サッカーは男女混合十一人。フィールドのゴール前で、手袋をはめたシエルが両手を広げた。
「しまっていこー」
 多分、彼女は何か間違えている。
「ぎゃはははは。アタシは今、風ーにーなーるー」
「よっしゃー、穂群の黒豹の速さを見せてやるぜ」
 ななこと蒔寺楓がフィールドを突っ走る。2年A組サッカーチームは攻勢だ。
 そこからズレた校庭の片隅で、ボールを転がす人だかり。ペタンクの競技が行われている。
「えいっ」
 気合を感じさせないモーションで、三枝由紀香は鉄球を的球目がけて投げて転がす。いい位置に停止して、周囲から拍手が湧き上がった。由紀香はクラスメートとやったやったと握手している。
 そして場所は体育館。
 ピーッとジャッジの笛が鳴り、遠坂凛はサーブを放つ、ネットを越えるとグニャリと曲がり、相手チームは取りこぼす。
 チーム2−A.ワンポイント。
「ボールの重心と回転方向、あとは空気抵抗をイメージすれば、変化球サーブなんて簡単よ。それっ」
 今度は拾われアタックが返される。そこへ沙条綾香が転がり込んで、ボールを真上に打ち上げた。
 眼鏡の奥の瞳は相も変わらず気だるげだが、どうして見事な回転レシーブ。その動きにはキレがある。
「さすが冬木の魔女」
「言峰、魔女って言わない」
「ごめんなさい」
 軽口を叩く内にもボールは動く。真下に潜り込むのはセッターの氷室鐘。
「薫嬢!」
「ハイ!」
 言峰薫が舞い上がる。体を反らせ、膝から下を振り上げる。床から膝まで1.5メートルにもなろうかというハイジャンプは、空中に停止したかのような抜群の滞空時間を作り出す。
 下から上がる鋭いトスは、まるで叩きつけるかのような速球だ。
「イヤァ!」
 それを薫はたたき落とした。
 電光石火のAクイック。飛んだアタッカーへの素早いトスと、バレー部員顔負けのパワースパイクに相手チームはブロックすら間に合わない。否、ブロックしようとジャンプをしても、薫の高さに届かない。
「やったな言峰」
 降りた薫は美綴綾子とハイタッチ。この勢いで、この勝負はいただきだ。
 技の遠坂、高さの言峰。隠れた名手沙条綾香。スポーツ万能美綴綾子。そしてクラスが誇る呉学人、策士・氷室鐘。
 本気で勝ちを狙ったバレーボールAチーム。
 もう一人メンバーがいるのだが、自分は普通、ナイナイと顔の前で手を振っています。

「こりゃあ優勝はいただきだな」
「うむ、今の調子なら決勝も硬い」
 美綴綾子はハンドタオルで笑顔の上の汗を拭い、氷室鐘が軍師扇でパタパタ扇ぐ。チーム2−A絶好調。
 そこに割り込む不敵な笑い。挑戦者は現れた。
「げぇっ?! 貴方達は!」
 言峰薫は仰け反った。
 バン! と、立ち塞がったのは次期生徒会長大本命の現・書記長、柳洞一成。
 ドン! と、現れたのはその柳洞の親友にして何でも直す天才工兵(バカ・スパナ)衛宮士郎。
 ズン! と、ポーズを取っているのは髪が緩く波打つ色男、弓道部員・愛の狩人。
「……誰?」
「ばっ、美綴テメェ同じ部だろ?!」
 間桐慎二です。
 いきり立つ慎二の世話は薫に任せ、チームを率いる氷室と柳洞は拳を合わせた。
「決勝で当たるのは我々だ」
「受けて立つぞ、書記長」
「ガン無視かよお前ら」
「まあまあ、慎二くん。正々堂々と戦いましょう」
 薫がなだめる慎二を他所に、二人は眼鏡越しに視線をぶつけ合った。

 バレーボール決勝戦。
 ネットを挟みチーム2−A.とチーム2−C.が向かい合う。
 氷室鐘が胸を張り、美綴綾子が肩を怒らす。しかし沙条綾香は微妙にやる気がなさそうだ。
 柳洞一成は南無と小さく頭を下げる。衛宮士郎は腕を組み、そして間桐慎二が女子に向かって手を振った。
「「「きゃー、間桐センパーイ!」」」
「兄さーん、衛宮先輩も頑張ってくださーい」
 下級生の一団のからの応援に、慎二と士郎は満更でもないようだ。
 戦いは始まった。
「くそっ、どうなってる」
 美綴綾子は焦りを隠せない。試合は始めから押され気味で推移している。
 遠坂の変化球サーブは拾われ、言峰の高いスパイクはブロックを超えるがこれも拾われ、敵の攻撃はこちらの隙を的確に狙って打ち込まれる。
 その中心にいるのは柳洞一成だ。
 2−C.の強さの秘密。それは司令塔・柳洞による頭脳プレー。
 自身はレシーバーとしてサーブを的確に打ち上げる。そして衛宮士郎にトスを上げさせ、間桐慎二に攻撃させる。
 言峰薫のアタックすらも、ブロックで攻撃ラインを誘導し、自分がそれを跳ね返す。
「衛宮、右へ上げろ。そこから間桐は左にクロスだ!」
 左右に振られてブロックが間に合わない。慎二は華麗にスパイクを決めた。
「きゃーっ、兄さーん」
 たちまち起こる声援に、彼は笑顔で手を振った。間桐慎二、運動神経はかなりいい。
「ムカつく、慎二ムカつく」
「凛、落ち着いて。どうどう」
 どんな時でも優雅たれ。遠坂凛すら冷静ではいられない。
 美綴綾子は振り返る。
「このままじゃダメだ。氷室! アンタの頭脳で対抗できないか?!」
 すると氷室はニヤリと笑った。
「ほぅ、私に奸計をめぐらせ、と?」
「せめて策略とか言えよぅ」
 彼女の眼鏡がキラリと光る。物理法則、運動力学、心理学に大宇宙までを一瞬で思い浮かべる氷室鐘。そして彼女は閃いた。
 ──これだ!
「どんな凄いパーツで組んだパソコンでもだ……」
 彼女はフフフと口端を歪める。
「……OSをツブせばただの箱でな」
(絶対ろくな事考えついてないな)
 美綴はオイオイと眉を寄せた。
 氷室は軍師扇をズバッと前に突き付ける。
「ヘッドだ! 頭脳を狙うが最善ぞ」
 突き付けられたその先で、しかし柳洞一成は眼鏡を指で直して不敵に笑う。
「ダメです鐘さん。不慣れなセパタクローとかならともかく、バレーボール1セットマッチではボールを集めても疲れる前に終わりです」
 薫に言われて鐘はクッと苦しげだ。
「ではどうする? 彼奴を何とかせねば勝機はない」
「おまかせあれ。一成くんとは、いえ、士郎くんや慎二くんとも長い付き合い。彼らの弱点は心得ているのです。つまり──」
 言峰薫に囁かれ、氷室鐘は邪悪にワラウ。
「それをやるかね薫嬢」
「ルールは守るものではありません。ルールとは、利用するものなのです」
 ククククク。二人の少女の暗黒面が燃え上がった。
 ゲームは再開され、一成にボールが飛んだ。彼は冷静に身を沈め、ボールの下に潜り込む。
「あぁん、暑ーい」
 言峰薫が体操着の上着の裾をヒラヒラさせた。きれいなおへそがチラリズム。
「ぐはぁっ?!」
 一成、痛恨のレシーブミス。跳ね返ったボールが顔面を直撃した。
「一成、大丈夫か」
「ハァ? 柳洞オマエ何やってるのさ」
 一成は鼻を押さえて痛みに耐えている。クククと笑う言峰薫。まさに外道。
 キマッたな。
 イェイ。
 無言で視線を交わす氷室鐘と言峰薫。一成が赤い顔で薫を睨むが、あさってを向く薫ちゃん。ぴゅーぴゅーと口笛なんぞを披露して、つまり彼女は確信犯だ。
 この技はカレイド殺法へそチラリ。
 人を惑わす夢幻の迷宮、変幻自在の万華鏡。見たか聞いたか、このスケベ男め!
 2−Aの反撃が始まった。
「チッ。衛宮ボール寄こせよ」
 間桐慎二が空に飛ぶ。正面に言峰薫が滑り込む。薫は慎二にささやいた。
「……好き(はぁと)」
 ぶーっ?!
 間桐慎二は墜落した。這いつくばった彼を見下ろし、言峰薫がクククと笑う。
「か、薫オマエなーっ!」
 叫ぶ慎二に、薫は黙って横を指差した。
「兄さん、兄さん、兄さん。────兄さん」
 妹がいました。
「薫お前バカヤロウ! 聞こえた? 聞こえたの? どうすんだよ薫、僕に何か怨みでもあるのかよ。この間遊びに連れて行ってやっただろう?!」
 うふふふふ。兄さんが薫センパイとデート。許せない。などと聞こえたかもしれませんが気のせいです。
 C組のペースは乱れ、得点差が消えていく。
「ええいっ。衛宮、左だ」
「任せろ一成」
 トスを上げようと屈んだ士郎の正面に、薫が高く舞い上がる。しかしそれはまだ早い。チャンス到来、飛べ慎二。
 だがしかし、そのタイミングすら薫の魔の手。
 タックイン(裾入れ)しない彼女の体操着は大きくめくれ、男子の歓声が巻き起こる。
 フワリと膨らむ秘密の領域。屈んだ士郎に丸見えだ。
「おぉうおぅおおぅ?!」
 意味不明な雄叫びを上げ衛宮士郎はボールを弾く。あさっての方向に飛んでいく。
「「衛宮ーっ?! というか言峰ーっ?!」」
 一成と慎二が罵声を浴びせる。固まる士郎の向こう側で、薫は胸を押さえてモジモジしている。
 カレイド殺法ブラちらり。ウブな士郎にその効果は抜群だ。
「士郎くん、見た?」
 薫の追い打ちだ。実に非情な女です。
 エッチ。サイテー。衛宮コロス。このスケベと非難が上がり、衛宮士郎は大ピンチだ。
「見た? 見たでしょ? 士郎くん、私の下着見たでしょ?」
 うつむきながら自身を抱きしめる言峰薫。その所作が演技であるとコートの誰もが判っているが、士郎の冷や汗が止まらない。ギャラリーの痛い視線も止まりません。
 汗をこらえ、怒りをこらえ、彼は修行僧のごとく表情を硬くする。搾り出すような声で彼は答えた。
「み、見ていない。俺は何も、見ていない」
 その嘘は、きっと優しさで出来ていた。
 C組のペースは乱れに乱れ、ついに同点に追いついた。
 薫と鐘がフフフと笑う。
「どうですか呉学人」
「キング屋。貴様も悪よのう」
「いえいえ、鐘さんには敵いません」
 まるっきり悪役だった。
(((うわー)))
 チームの味方が引いていた。
 一方、敵チームでは柳洞、衛宮、間桐がマジギレ寸前の危険な目付きになっていた。
「おのれ薫くん、しかし負けられん。あの天魔を撃ち落とす」
「女の子があんなのアリかよ。くそっ、慎二何とかならないか?」
「薫の奴、ふざけんなよな。チクショウ、僕がなにか悪いことしたのかよ」
「泣くな慎二。なあ一成、何とかならないか」
「こうなったら『目には目を、歯には歯を』だ。つまり……」
 男達は立ち上がる。反撃が始まった。

 高いトス。ソレに合わせて言峰薫がバックアタック。後ろからでもなんのその。高い打点のスパイクを、相手コートに叩き込む。コート中央には柳洞一成。身を屈め、腕をクロスしているのは左右に飛ぶためか? フッ。ならば足元に叩き込む。急所に当たったらゴメンあそばせ!
 薫が体を弓のごとく引き絞った。その瞬間、柳洞一成が動いた。
「暑いな」
 彼はクロスした両手で体操着をまくり上げた。割れた腹筋、キュートなおへそ。薫はそれを直視した。
「ぶべらっ?!」
 バランスを崩して墜落する。床を転がりお尻を天に突き上げた。
「ば、バカな?! それはカレイド殺法へそチラリDX.一成くん、極めているのかっ?!」
「薫、あんたもう黙ってなさい」
 床に手を付く言峰薫を遠坂凛が抱き起こす。
 氷室鐘は眉を寄せた。
「寺の子め、形振り構わず反撃に出たか。しかし流れは渡さんよ(美綴嬢、行け)」
 チームメイトに小声で指示し、受けたボールでトスをする。
「食らいな!」
 まさに飛ぼうとしたその場所に、間桐慎二が滑り込む。上等。止めれるもんなら止めてみろ。
「おい綾子」
 チラッと見ると間桐慎二のニヤケ顔。すると慎二は綾子に向かって……。
 チュッ。
 投げキッスを放った。
「ぶはっ?!」
 美綴綾子は腰が砕けて飛び損なった。ボールは落ちて、てんてんと転がった。
「な、何してんのよ慎二?!」
 赤い顔の美綴綾子、慎二は黙って横を指さした。
「センパイ。美綴センパイに兄さんが投げキッス。もう何もかも許せない」
 後輩がいました。
 両目を見開き、顔から表情が抜け落ちた間桐桜が立っていた。
 うふふふふ。部長、仲良くしてクダさいね。うふふふふ。げふっ。
「おぉおぃいっ?! 慎二?!」
「ハハハ。ザマぁないね綾子、でもボクに比べればまだまださ。ボクはなぁ、ボクはなぁ、泣いちゃうかもしれないんだぞ! 責任取れよバカァ!」
「アタシは無実だ潔白だ!!」
「犯人はみんなそう言うんですよ美綴センパイ」
「あたしは犯人じゃない」
 下級生の黒いオーラに、美綴綾子はタジタジだ。
「氷室さん、上げて!」
 これはピンチと遠坂凛が前に出る。試合の流れを取り戻せ。
 相手コートの中央右に柳洞くん、開けた左に衛宮くん。ならここはクロスで衛宮くんをかわして落とす!
「今だ衛宮、寄せて上げろ」
 思わず凛は見てしまった。身を屈め、レシーブ体勢に入った衛宮士郎の襟の中。鍛えた胸筋が作り出す男の谷間を。
「ぶーっ!!!」
 真っ逆さまに墜落した。言峰薫が激昂する。
「士郎くん、ひどい?! 見なさい! 凛が泣いてますよ!」
「泣いてないわよ! むしろ後で泣かすわバカ薫」
「なぜですか。そこはむしろ『衛宮くんコロス』と言うべきでしょうに」
「いや、俺は何もやってないと思うんだが」
 士郎は頬をかくが、遠坂さんに睨まれた。

 攻防は続く。
「よし。間桐、脱げ」
 慎二が腰に手をやり大きく回す。
「ぶーっ」
「あれ? 綾子お前何やってんの? ボクは腰に手をやっただけだぜ。ハハーン」
「そんな、もう何もかも許せない」
「違うー」

「おや、百円落ちてる」「あれは綺礼神父、撮影か」
 凛が固まり、薫が転ぶ。
「くっ、やるわね柳洞くん」
「酷いっ、私はドSでも一成くんを信じていたのに」
「君が言うかね薫くん。嘘も方便。それと俺はドSなどでは決してない」
「Sだな」
「Sだよ」
「Sだろ」
「Sですね」
「ドSです」
「やかましいわっ!」

 両チームのペースは乱れに乱れ、取っては取られの泥仕合。時間は過ぎて、ついにC組2点リードでマッチポイント。両者の息は絶え絶えだ。
 一成のサーブ。
 沙条綾香が滑って返すも横たわったまま動かない。力尽きたようである。
「何とか決めてくれ、薫嬢!」
「はい!」
 力を振り絞って高く飛ぶ。とにかくここはフルパワーでぶっ飛ばせ。
 狙いを定めようと視線を向けると、敵は六人が一列になっていた。意味不明で隙だらけだ。これはもらった。
「見よ。み仏の力を!」
 先頭の一成が頭上で合わせた両手を左右に広げると、並んだメンバーの多数の腕が追いかける。
 それは千手観音のようだった。
「えぐtheいるっ?!」
 薫はおかしな悲鳴を上げる。そして全身の力が抜けて墜落した。
 ピー。
 試合終了の笛がなる。しかし──
「あんたたち、いい加減にしなさい。両者失格!」
 藤村教諭がレッドカードを振り上げた。生徒の自主性を尊重とはいえ、やはり限度はあったのです。
「「「「「「あれーっ?!」」」」」」
 選手たちはバタバタと崩れて倒れた。

 全ての試合は消化され、生徒達が教室へと落ち着いた。
 戦いは終わり、興奮の残り火が選手達を少しだけおしゃべりにさせている。
「あたし達は準優勝だぜ。決勝の相手チーム、サッカー部員が七人もいてさー。でも知得留すげぇよ。スーパーセーブ連発だよ」
「惜しかったですね。でも蒔寺さんもセブンも大活躍でしたよ」
「よせやい。テレるぜ」
「マスター、わたし頑張りました」
 楓と知得留。そしてななこはイイ笑顔だ。
 なんとペタンクは優勝していた。三枝由紀香は小さなトロフィーを手にして嬉しそう。ビキナーズラックもあろうが才能があったのかもしれない。
 そんなクラスの一角で、女生徒数人がぐったりしている。
「まずいと思ったんだ。氷室に話を振ったのが間違いだった」
 顔に手をやる美綴綾子。
「そう言わないでくれ。この結果は計算外だ」
 メガネを直す氷室鐘。
「ねえ、言峰は大丈夫?」
 沙条綾香が気怠げな視線を向ける。言峰薫は机に突っ伏し、遠坂凛が優しく髪を撫でている。
 覗いてみると彼女は寝ていた。すやすやと安らかに、うっすら笑みを浮かべてお昼寝中だ。
「いい気なものね。アンタは」
 凛はそっと指を伸ばして、薫の頬をつっついた。

 ──── 運命(Fate)の聖杯戦争開始まで、あと8ヶ月 ────

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あとがき
 読みやすく、面白くなるよう色々と文章をいじくりました。魔術もないのにブッ飛んでいくな。アハハハハ。
 管理人(私)は真面目にお話を考えているのです。
 本当デスヨ?
 でもさすがにチュックボールでは……(苦笑)
2011.7/13th

次回予告
 冬木市深山の坂の上、遠坂邸にお客様がやってきた。
 ティーカップにティーポット。ティースタンドにはサンドイッチとスコーンとケーキを載せる。ボーンチャイナのカップに紅茶が注がれ、金色のスプーンが砂糖ミルクを攪拌する。
 それはちょっと優雅なアフタヌーン・ティー・タイム。
次回「遠坂邸でお茶会を」

おまけのおまけ
 次の日の朝、丘の上へと続く坂道を生徒達が歩いている。
 そんな生徒達の一人、蒔寺楓は鞄を担ぎハハハと笑う。
「早ぇえモンだぜ、あの地獄の球技大会も昨日のことのようだ」
「昨日だったがな」
 疲れているのか、背中を丸め気味なのは氷室鐘。
「私は足が筋肉痛でな」
 鐘はふくら脛を手でつまむ。楓も激しかったと同意する。
「由紀香のような楽な競技をやれば良かったか」
「あれは楽すぎだろ」
 ペタンクのことである。
 その朝のホームルーム。葛木宗一郎から通達があった。
「三枝由紀香は全身筋肉痛で欠席だ」
「「「どうやって?!」」」
 最弱伝説三枝の始まりである。

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