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Fate/黄金の従者#13 Special 2.暗い森

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 あの日。私、バゼット・フラガ・マクレミッツはおかしな男とであった。
 私は魔術協会に招かれてから二年が経ち、仮初めの居場所を与えられてはいたが、事実上は放置されていた。
 まるで骨董品のようだった。由緒正しいものであるから大切にはされている。しかし誰も手には取ろうとしない。倉にしまわれ、いずれ忘れ去られる。それが私の扱いだった。
 ……そんな私に意味はない。
 私は無意味に朽ちていくのが怖くて故郷を後にしたのだ。何がしたいのかも判らなかったが、自分に出来る何かがしたくて外に出た。
 そんな私が評価を得るのは簡単だ。何が出来るのか、どんな用途に適性があるのかを示せばいい。
 私は私の出来ること、多くの魔術師が嫌がる役割、血生臭い清掃を率先して引き受けた。

 戦いにおける魔術の実践。

 それが私の得意科目。今も昔も変わらない、他人より優れた才能だった。
 何度かの荒事をこなした後に、魔術協会は私の価値を認めて役職を与えてくれた。
 協会を束ねる貴族(ロード)らは優雅に、しかし見下すように、厄介者を見るように宣言した。

 —— まだ若輩であるが、特例としてバゼット・フラガ・マクレミッツを封印指定の執行者に任命する ——

 封印指定。
 それは特別な才能を持った魔術師に与えられる栄誉であり、協会から下される勅命でもある。
 他人には再現できない特異な魔術。
 その体質のみが可能とする一代限りの魔術の保有者。
 これらを「骨董品」として、総力を持って保護するという令状だ。

 ……つまるところ幽閉される。

 後世に伝えるために、貴重なサンプルとして魔術師を捕らえ、その性能が維持された状態で保存する。
 協会にとって善意(?)で行われる封印指定。しかし魔術師からしてみれば死刑宣告。
 彼らが優先するのは魔道の探求。自分の命の重みなぞ、とうに興味の内にない。
 日々を研究に費やす彼らにとって、封印指定など言語道断。標本(ホルマリン漬け)にされてしまえば、それ以上に魔術を工夫できなくなる。
 よって彼らは逃亡する。協会を離れた彼らは俗世に隠れ、思う存分やりたい放題、己の魔術を極め尽くす。

 野に下った魔術師は、大きく二つに分類される。

 一つは消息を絶ち、魔術を隠匿し血族のみに学ばせる隠者。
 こちらは堕落した魔術師だ。その才能が埋もれてしまう前に保護しなくてはならないが、反面、危険性は無に等しい。よほどの才能でなければ協会も追っ手はかけない。
 二つ目は自らの領地に引きこもり、全力で魔術を極めようとする賢者。
 こちらはより高みを目指す優れた魔術師。その才能は研ぎ澄まされて、いずれ大きな果実を結ぶだろう。

 だが、そこに一般の道徳など存在しない。
 タガが外れた賢者は神秘の成就のために、無関係の人々を簡単に犠牲にする。
 しかし知られずにいるのなら、協会は成果が出るまで放置する。魔術協会にとっての正義とは、魔道の探求なのだから。
 だが「神秘は隠匿すべし」の原則が破られた場合、早急に彼らの行いを中断させる。
 神秘の拡散を防ぐためだけではない。貴重な財産「封印指定」を守る為、彼らの肉体だけでも保護するためだ。

 怪事件が公になれば、正義を名乗る狩人が現れる。

 最大の敵は聖堂教会の異端狩り。彼らは魔術師だけでなく、その研究成果すら焼き尽くす。
 凶行を止める方針は同じでも、最終的な目的が魔術協会とは反対だ。
 魔術協会と聖堂教会は不可侵を保っているが、記録に残さないことを前提に今も殺し合いを続けている。
 結果、私の仕事は狂った賢者たちの魔窟に挑む事と、教会の代行者らと戦うこととなっていった。
 殺し合いが日常になって一年が経ったころ。私は封印指定の執行中に、敵であるその男と知り合った。神の名の下に咎人を断罪する、その神父と。

「手を組まないか、お嬢さん。お互い最後の一人のようだ、ここで潰し合うのは得策ではない」
 ごく自然に神父は協力を申し出た。彼は仲間を失い、私のチームも壊滅していた。
 死者を用いて生者の再現に挑む魔術師の庭(陣地)で、私たちは二人だけの生者となっていた。
 通常、代行者が独断で魔術協会の者と手を組むことはありえない。代行者は最高純度の信徒。彼らは信仰を守る為、私たちとは交じわらない。
 だが、この神父は特殊だった。
 魔術師に対して理解があるのか、軽蔑する様子もない。むしろ同胞を見るが如く笑みを浮かべて私を迎えた。
 私は答えた。
「協力に異存はありません。ですが私たちは仲間ではない。最後には奪い合うことになる。そんな相手に背中は任せられない」
 私は封印指定の魔術師を回収しなくてはならず、神父は魔術師の命を奪わねばならない。このまま事を成したとしても、最後はお互いが敵となる。
「それは要らぬ心配だ。私の仕事は殺す事。後のことはそちらに任せる。亡骸をどう扱おうが、私の知ったことではない」
 神父は言った。
 死体は私にくれてやる。自分は魂を滅ぼせればそれでいいと。
「いいでしょう、その言葉を信用します」
 私は自分でも驚くくらい、あっさりと神父の言葉を信じた。
 しかし思ったはずなのだ。
 この男は危険だと。聖者とは程遠い、毒を持った男だと。そう肌で感じたのに、その手を取ってしまった。

 ……後にして思えば。
 この神父は聖者ではなかったけれど。突き抜けた「ナニカ」を持った男だったのだ。

「私はバゼット。魔術協会から派遣された魔術師です。貴方は?」
 私の問いに神父は答える。
「私の名は言峰綺礼。教会の命を受けて日本よりこの地に来た。魔術協会に出向し、霊地の管理者(セカンドオーナー)代行などをしている者だ」
 不吉に笑う彼の目に、化粧気がなくスーツ姿で、髪をショートにまとめた泣きぼくろのある女。つまり私、バゼット・フラガ・マクレミッツが映っていた。

Fate/黄金の従者#13 Special 2.暗い森

 霊地冬木。新都郊外に建つ冬木教会裏手の森の中。時間は午後八時三十分。暗くなった森の空き地の真ん中に、言峰薫と衛宮切嗣、そして今日は小さな王様ギルガメッシュの姿があった。
 祈る薫の足下に、天球の魔法陣が展開されていた。
 魔法陣には十惑星がシジル(印楔)で刻まれ、神々の名がバビロニアの古代アッカド語で刻まれている。
 占星術(Astrology)の起源はメソポタミアのシュメール文明。シュメール人は十二進数や六十進数により星の動きを計算し、紀元前三千年には既に、歳差運動の周期を25,900とはじき出し、惑星に神々の名前を与えていた。
 すなわち、
 太陽:シャマシュ。 昼の光神。
 月 :シン。    夜の光神。
 水星:ナブ。    知恵の神、神々の書記官。
 金星:イシュタル。 愛と美の女神。
 火星:ネルガル。  戦争の神。
 木星:マルドゥク。 バビロニアの大神。
 土星:ニニブ。   農業と医療の神。
 などである。
 古代バビロニアでは既に西洋占星術の原型が出来ており、これらの神々がエジプト、ギリシャ、ローマの神々の原型ともなっている。
「エヌマ・エリシュ」にも「神々は自分に似せて星と十二宮の星座を描き、一年を定めて星々を配置した」とあるのだが、今となっては一部を除き、遥か古代の星座はよく判らない。
「イシュタル(金星)が天の雄牛(牡牛座)を地上に降ろし、干魃を起こす。と天の神が告げた」という逸話がギルガメッシュ叙事詩にあるが、これは星を読み取る占星術だったのではないかと言われている。

 薫は星に祈りを捧げる。
 占星術とは本来、占いなどでは決してない。というより占いは、運・不運を知るための術ではない。
 宇宙を知り、世界を知る。星を読み、この世の今と先を知る。神々(自然)より啓示を受けて、神々(星)から加護を受けて運命を変えるための術。
 科学と魔術が混然としていた時代に見出された天の知恵であり、神々の力を人が使うための神秘の技法。
 それが星の力を使う魔術「アストロロジィ(占星術・占星魔術)」なのである。

 静かに目を閉じ、祈りを捧げる言峰薫を、衛宮切嗣は無言で見守る。
 星の動きを図形化した天球儀魔法陣。星とは方角を示すものであり、同時に時間を示すもの。
 方位と時間を表す魔法陣(世界)の中央に立つ少女。彼女は星々の祭司であり、小さな世界を運営する神の役目を務めているのだ。

 ……しかし切嗣は皮肉気に口元を歪ませた。

 時間の流れを超越するなど簡単だ。日付変更線の上を移動すれば、昨日と今日を行ったり来たり、今日と明日を行ったり来たり、自由に人は移動する。
 時間というものの正体こそは、人の脳味噌が生み出した「認識」という幻想に他ならない。
 本当は、明日も昨日も存在しない。今というこの瞬間(とき)だけが無限に変化を続けるだけだ。

 —— この真実を狂わせる。魔術という幻想で、この現実を歪ませる ——

 それが封印指定の域にまで到達した魔術師「衛宮」家伝の魔術、時間制御の魔術である。
 とはいえ切嗣にはそれを極める気などなかった。
 よって制御範囲を自分の体内に限定し、数秒のみ「自分の時間を加速・減速する」戦闘魔術「固有時制御」を編み出した。
 これを薫に乞われたが、そのままでは使えないので時間制御を儀式魔術(フォーマルクラフト)で構築した。
 しかし、これ以上は無駄だろう。
 仮に世界に干渉しても、この子に時間は動かせない。薫と「衛宮」では属性が違う。素質も低い。ついでに言えば、彼女自身と時間制御魔術との折り合いすらも悪いのだ。
 薫が得意とする魔力放出(オーラバースト)と飛行魔術(火の鳥)は、魔力の流れが外向きだ。それに対して結界内の時間を操る時間制御は内向きだ。
 世界を閉じて、閉じた世界の事象を操る。境界を作り「壁」を生み出す通常の結界よりも、更に高度なこの魔術。結界の固定すら道具に頼る薫に使いこなすのはおそらく不可能。
 宝石、貴石、アゾット剣。金糸に銀糸に魔法陣。月齢を調べタットワの潮位(地の霊気)を計算し「時の流れ」を感じ取る。それがこの子の精一杯。
 薫自身も、本気で固有時制御を身に付けようとは思っていないはず。
 それでも彼女が固有結界もどきの固有時制御を知りたがったその理由。それはおそらく固有結界の展開法が知りたかったのではなく、魔術師の陣地攻略のための結界破りと組み合わせ、

 —— 固有結界の破壊方法こそが知りたいのではないか? ——

(一体、何と戦うつもりなんだい薫ちゃん)
 切嗣は、不安を覚えて眉を寄せる。
 まさか死徒二十七祖と呼ばれる吸血鬼じゃないとは思うのだが。
 そんなはずはない。彼女の誓いは「外道に墜ちた魔術師の抹殺」と聞かされた。それでいて教会と協会の橋渡しをしているのだが、それはそれ。これはこれ。
 それに固有結界は通常の結界とは違う。壁を生み出すのではなく「世界」を生み出し「世界」を侵す大禁呪。
 そんなものを破壊しようと思うなら。

 —— 世界を切り裂く「何か」が要るだろう ——

 そんなモノを、この子が手にするはずがない。この子が使えるはずがない。しかし切嗣の胸は騒ぐ。どうにも嫌な予感がするのだ。
 切嗣の後ろではサーヴァント・アーチャーが、ふふんと笑みを浮かべている。

 日が落ちると森の気温は一気に下がる。寒冷な気候を示す針葉樹林が、闇の向こうに伸びている。
 そんな森の一点に、炎が燃えて灯りとなって、二人の男女を照らしていた。
 男は神父。元とはいえ異端を狩る代行者たる言峰綺礼。
 女は魔術師。封印指定の執行者たるバゼット・フラガ・マクレミッツ。
 冷えた空気を焚き火の炎が温める。パチパチと音を立て、夜の静寂を和らげる。
 朱色の炎に照らされながら、バゼットは目を丸くする。
 目の前にいるコトミネ・キレイ、この男は決して他人と交わらない。誰も必要とせず、個人として完結した強さを持っている。
 そう感じていたのだが。
「ククククク」
 笑っていた。手にしているロケットを開き、中を覗いて口元を弛めている。そんな姿が意外だった。
 この男は強いが故に、通常の道徳からはかけ離れた人物だ。それ故に「悪」であると言い切れる。だからこそ裏表がなく信用できると感じたのだが。
「どうかしたかね?」
 気が付くと、男はバゼットに視線を向けていた。
「いえ、何でもありません。貴男がそのように笑うのが意外だったものですから」
 何ということか。呆けていた自分の顔を、この男に見られてしまった。きっと彼は失望しただろう。彼が共闘を持ちかけたのは、きっと自分ならば役に立つと考えたからのはず。
 なのに緩んだところを見せてしまった。

 ……いや、それを言うなら彼こそが、私に隙を見せたと言える。

「これは失敬。なに、家に残した家族のことを思い出してね。つい緊張が緩んでしまった。ぷぷぷっ」
 邪悪に嗤うこの男。間違いない。この男は歪んでいるに違いない。
「何か失礼なことを考えてはいないかね? リトル・レディ(お嬢さん)」
「そのような呼び方はやめて欲しい。私はもう一人前だと協会で認められている」
 これは失礼。少々拗ねた感じになった私の声に、言って神父は首をすくめた。
「どうやら私は代行者というものを誤解していたようです。貴方達は信仰と教会にのみ、その心を向けていると思っていたのですが」
「それこそ思い違いというものだ。我々は神にこそ仕えている。教会に仕えているのではない」
 なるほど。と頷きはしたものの、この神父はおかしいと私の何かが感じていた。
 何とはなしに見ていると、見るかね? と彼は言い、ペンダントのロケットを投げて寄越した。
「良いのですか、大切なものなのでしょう?」
 彼は焚き火を見つめ、手を組み祈りの姿勢となっていた。男のマイペースぶりに呆れてしまう。顔色をうかがう私が道化にも思えてしまう。
 ため息をかみ殺し、ロケットを開けてみた。

 笑みを浮かべた男が少女を抱え、キスをしようとしている。少女は嫌がり両手を伸ばし、必死に男の顔を抑えている。

「……なんですか、これは?」
 思わず力が抜けてしまった。含み笑いにそちらを向くと、男がクククと笑いながらこちらを見ていた。人の顔を見ながら笑うとは、この男やはり悪人だ。
「それは血は繫がっていないが、私の娘でね。年頃なのか扱いがなかなか難しい。ククク」
「はぁ。そうなのですか」
「君のような女性に会えたのも何かの縁か。年頃の女性の御機嫌を取るにはどうするか? 何かおみやげでも用意するべきなのか、是非に教えて欲しいものだ」
「残念ですが、私では力になれそうにない。私は魔術師です。普通の少女のようには暮らしていなかった」
「ほぅ」
 言って男は相好を弛め、少々悪戯っぽく頬を歪めた。
「私には、君がそう特別とも見えないがね。魔術師というなら私も魔術を習得している。師であった管理者の娘も魔術師で、私はその後見人だ。そして娘には管理者の娘に魔術を習わせている。魔術を修しているから特別なのではない。君は君であるが故に、息苦しさを感じているのだ」
「私であるが故に、ですか?」
 男は真面目な顔になり、そうだと私に頷いた。
「その息苦しさは君一人では消せないだろう。君は君を知るために、他者と交わる必要がある。君に向かって全力で「お前のここが歪んでいる」と諭(さと)す者に会うためにだ」
「貴男はそのような者と出会えたのですか?」
 私の問いに男は、ああ。と答えて手を伸ばす。私はその手にロケットを返した。
「焚き火の番は私が先にやろう。君は少し眠るといい」
 判りましたと返事をし、私は背を向け横になる。パチパチと弾ける音を聞きながら私は思う。
 誰も必要としないはずのこの男に、それでも必要とされたのならば、それは何にも勝る安心なのではなかろうかと。

「炎よ! 翼よ!! 火の鳥よ!!!」
 薫は天に向かっ手を伸ばす。足下に魔法陣は既に無い。背からは赤い翼が大きく広がり、右手に魔力が収束する。
「鳥よ! 天使よ!! 不死鳥よ!!!」
 詠唱の呪性に導かれ、右手の魔力が形を変えた。
 それは炎。それは黄金。
 薫の右手の手首の辺り、そこから翼が開かれた。苦痛に顔を歪ませながら、しかし薫は腕を振る。
「飛べ! —— フレイムファルコン ——」
 振り下ろした薫の手から「火の鳥」が分離し、羽ばたいた。

 ……二回羽ばたき、霧散する。

 ハァハァと、薫は呼吸を荒くする。痛い、熱い、焼き肉の匂いがして気持ちが悪い。慣れない魔術に体が痛い。魔術回路が激しく痛み、背中の「火の鳥」も熱を上げている。
「薫ちゃん、もう一回だ」
「……すみません。ちょっと休ませてください」
 最近、切嗣さんが厳しいです。背中の火傷、火災とは無関係とバレました。関係あるかも知れません。
 だまされた。などと言って項垂れていましたが、だまされる方が悪いのですよ切嗣さん。
 それにしても手首が痛い。骨まで炭化したかもしれない。
 今、練習しているのは火炎魔術「フレイムファルコン」
 体を軽く傷付けて、滲んだ血を媒介にして火炎を生み出す攻撃魔術。宝石や聖典紙片、魔導書などの「道具」に頼らず、詠唱と簡易儀式のみで発生させる術である。
「それじゃ次は足首から「火の鳥」を飛ばしてみようか」
「待ってください! 何ですかそれは?! 無理無理、無理です!!!」
 切嗣の指示に薫は顔を引き攣らせた。言ってることが無茶苦茶だ!
「無理なんですか?」
 首を傾げた子供のアーチャーに、しかし切嗣は「いいや出来る」と言い切った。
 小さな王様は満足にそうに微笑んで「やりなさい」と言うのです。王様に言われては、薫ちゃんは逆らうことが出来ません。
 切嗣は魔術師ではなく魔術使い。
 薫はやっと理解した。戦う事が出来るから魔術使いなのではない。戦闘に特化するのが魔術使いなのでもない。
 この人は「魔術」を単なる技術、あるいは手段の一つとしか思っていないのだ。
 何だかんだで薫は魔術が好きである。いちいち痛いし、苦しいし、命が掛かっているのだが、それでも魔術は好きだった。
 大源(マナ)を取り込み小源(オド)と成す。
 魔力を操り怪現象を引き起こす。
 事象を呼び込み神秘を顕す。
 祈りを高めて魔を弾く。
 想いを以て力と化す。
 そんな魔術はファンタジー! 魔術師とは探求者であり芸術家。魔術の実用性は科学に負けるが、楽しいと思えるほどにはお気に入り。
 しかし切嗣はそうではなかったようである。
 ナイフで殺せるならナイフ。銃で殺せるなら銃撃。魔術でしかダメだから魔術を使う。その程度にしか魔術のことを思っていない。
 単なる技術、単なる道具、使えるから使う。便利なものが他にあるならそれで良い。そうだろ? などと言う人なのだ。
 これならば、士郎の方が遥かに魔術にこだわっているだろう。彼は魔術で人を助け、役立つことに執着していた。
 むむむ。ということは「魔術」以外で人を助けられるなら、彼はボロボロにはならないか? いや、普通で届かなかったから限界超えて魔術に頼ったんだっけ? そんなことを考える。
「さあ、薫ちゃん。もう一回だ」
「……もう少し、待ってください」
 泣きそうです。
 切嗣が考案したこの呪文。薫の背中に刻まれた飛行魔術「火の鳥」を呪文で導き、攻撃魔術に加工したもの。
 飛行魔術を攻撃魔術にアレンジしろ。
 そう言われたとき、薫は顎が外れそうになった。そして同時に理解した。これが「魔術使い」というものかと。
「さあ、足首からも翼を広げて、それを飛ばすんだ」
「いや、無理です。切嗣さん。いくらなんでも無理だと思いますがどうでしょう? いや本当に」
 空中歩行(エアウォーキング)も「火の鳥」でやれとは言われている。
「無理じゃない! 君の「火の鳥」は強力だ。飛行魔術にしておくのはもったいない」
「いや、ですからその発想が既におかしくないですか?!」
「おかしくない。翼・火の鳥・不死鳥・流星。上等な概念を呼び込めるんだ。これを使わない手はないよ」
 言って切嗣は微笑むが、飛行魔術を攻撃魔術にする時点で、おかしいですよ! 切嗣さん!!!
 攻撃魔術などよりも、自動小銃の使い方でも教えて欲しい。
 薫の言葉に切嗣は眉を寄せ、たしなめるように口を開いた。
「薫ちゃん。薫ちゃんは道具無しで使える攻撃魔術って何があるかな?」
「道具無しですか? ……秘密です」
「いや、遠坂のお嬢さんから聞いているから」
「凛ーっん! 秘密主義はどうしたぁぁああ!!!」
 西の空に向かって拳を突いておく。
 で? 怖い笑顔の切嗣に促され、薫は秘密を白状します。
「ガンド(呪いの弾丸)と……、」
「ガンドと?」
 えーと。薫は視線を泳がせる。
 黒鍵は魔術じゃないし、宝石は道具だし、火炎呪文の発火には聖典紙片を使ってる。発動した火炎呪文の制御は自作魔導書(スペルブック)で補佐してる。洗礼詠唱は魔術と違う。ああ、そう言えば。
「ホーリーボルト(聖念擊)と、」
「ホーリーボルト。うん。それから?」
 切嗣のこめかみがピクピクと動いている。
「えーと、えーと。……えへっ」
 笑ってみました。
「頑張ろうね、薫ちゃん」
「……はい」
 でもいい加減、手首が落ちそうなので、霊媒治療をしておきます。

 切嗣は講義する。
「自動小銃(アサルトライフル)は優秀な武器だけど、君の場合は有視界距離なら黒鍵を使う方がいい。
 ……魔術師が相手の場合なら、だけどね。
 正面から戦うのなら、魔術師に銃が通じるとは限らない。それが強力な魔術師ならなおさらだ。
 だから銃で魔術師を仕留めようと思うなら、気付かれない距離からの長距離狙撃か、予想させないタイミングで使う隠し武器。この二つ以外に使う用途は考えられない。あとは目眩ましぐらいかな」
 ふんふんと薫は頷く。
「いいかい薫ちゃん。殺し合いでは相手より強くなる必要はないんだ。強さと強さで戦うのなら強い方が勝つだろう?
 でもね、それじゃ腕相撲と変わらない。
 覚えておいて欲しいんだけど、魔術師たちの魔術戦は決闘じみた遊びみたいなものなんだ。
 だから殺せる。
 後ろからでいい。罠にはめてからでいい。相手が戦う準備を整えていない時でいい。それを撃つ。暗殺者はそれでいい。
 でも忘れちゃダメだ。強力な魔術師は銃では殺せないこともある。そんな時には秘術を尽くして戦うしかない。
 銃を使い、魔術を使い、教会の祈りの力も使うんだ。薫ちゃん。君は決して弱くない。だけどやっぱり強くない。
 普通に銃を使うだけじゃ、君はきっと勝てないだろう。普通に魔術を使うだけじゃあ君はきっと殺される。普通に祈っているだけじゃ、君に勝利は掴めない。
 だからね薫ちゃん。君は力で勝とうとしちゃダメだ。戦術・戦略を以て相手を飲み込む。それが君や、
 ……いや僕のような、中途半端で、届かない者が戦うための、たった一つの道筋だ」
 切嗣は寂しそうに微笑み、だが薫は力強く頷いた。

 そして小さな王様は、フンと小さく鼻で笑った。

 夜明けと共に、綺礼とバゼットは村の中心へと躍り出た。
 山間の小さな村落、古くは街道沿いであったものが今では外れ、時代から忘れられたかのような古い風景が見て取れる。
 光が差し込む村にはしかし、生者の気配を感じない。
 朝の空気に屍臭が混じり、耳を澄ませば亡者の呻きが聞こえてくる。緩い風がまとわりついて、爽やかさなど感じない。
 人はいる。素朴な服に身を包み、日常を送っていたはずの村人たち。しかし走る綺礼とバゼットを見送る彼らの視線は虚ろ。口元は緩んで開き、首が傾く者もいる。
 よく見ると、村人達の体には縫い目が走る。人によってはウジ虫がたかり、あるいは腐った汁が垂れていた。
「朝になっても外にいるところからして、デッド(死者)やゾンビ(死体使役)とは違うようですね!」
 走りつつ、バゼットは綺礼に話しかける。少し声が大きくなった。
「フレッシュ(生肉)ゴーレム。……いや、フランケンシュタインの怪物(屍肉の人形・人造人間)だな。なるほど、ゾンビなどとは違うということか」
 息も切らさず綺礼は答え、冷たい視線を死体に送る。二人は村人達に構わず走り抜け、村を見下ろす館の前に辿り着く。
 石造りの館の前には人が集まり、群衆を為していた。その数、ざっと三十人。
「コトミネ、注意してください。彼らの中には私が倒したはずの者がいる」
「ふむ、黒鍵で貫いたはずの者もいるな」
 体中に縫い目を浮かべた者たちは、それぞれに得物を掲げ、しわりじわりと包囲を広げた。
 鉈を持つ者、棍棒を持つ者、鎌を持つ者、ノコギリを持つ者など、村人であろう者達がいる。そしてその後ろには、教会の僧衣を着て剣を持つ者や、法衣(ローブ)を着込み、杖と短剣、魔術師の証であるアゾット剣を手にしている者もいる。
 クッとバゼットは顔をしかめ、綺礼は平然と黒鍵を取りだした。
「灰は灰に、塵は塵に還らん。—— Amen. ——」
 綺礼は祈り、斬りかかる。
「テイワズ(戦勝祈願)。イーサ(氷結)ハガラズ(雹弾)スリサズ(棘の守り)」
 バゼットはルーン文字を幻視し身を重ね、自身の体を強化した。

 鉈を持った女の頭を、バゼットの拳が粉砕する。
 振り下ろされた棒をよけ、綺礼が老人の胴を剣で貫く。
 鎌を手にして迫る子供を、バゼットの蹴りが吹き飛ばす。
 掴みかかる老婆の首を、綺礼の剣が切り落とした。
 次から次に挑んでくる死者の群、しかし綺礼とバゼットは、たった二人でモノともせずに殺していく。
 だがしかし……。
「いかんな」
 綺礼は呟き後ろに飛び退き。バゼットもそれに従い、死者の群から距離を取る。
 倒したはずの者たちが立っていた。
 倒れている者達が、立ち上がろうともがいている。
 砕かれても、裂かれても、貫かれても、この死者たちは形を取り戻す。いかなる邪法かこの者達は、死体に処理され形を固定化されている。
 倒しても起き上がる。破壊しても肉が地を這い、集まって、人の形を取り戻す。死んでいるが故に殺せず、生のパロディーを続ける怪物たち。
 しかしそんな化け物を前にして、男と女は怯まない。
「さてどうするか。私は祈りを高めてみるが、君はどうする?」
「そうですね。では私はケーナズ(かがり火)で焼いてみるとしましょう」
 綺礼とバゼットが身構えたその時、パチパチと小さな拍手の音がした。死体の群の向こう側に、痩せた男が立っていた。色あせした髪、青白い肌、やつれた顔に笑みを貼り付け、嫌らしく頬を歪めている。
「いやはや、お二方ともお強いですな。私のしもべ達がこうも手こずるとは、全くもって驚きです」
 言って男はぎこちなく、身を縮めて礼をした。
「しかしこれは驚きだ。代行者と執行者が手を組むとは。共に命令に従う「エクスキューター」犬は犬同士、気があったということですかな? ハハハハハ」
 痩せた男は頬の歪みを強くして、青白い顔をさらに歪めた。
 そんな男をしかし綺礼とバゼットは取り合わない。綺礼は彼女に問いかけた。
「……あれからも屍肉の匂いがするな。自分の体も死体を使って維持しているのか。やれやれだ。フレッシュゴーレムなら治療修行のかたわら娘も蛙で作っていたが、死体や屍肉で組み上げる必要などあるのかね?」
「そうですね。人は死人になるのではなく、死体になると言います。要するに「物」となった肉体を永続性のあるものと捉え、呪性を帯びさせているのでしょう」
「手間がかかりすぎる。死徒(吸血鬼)化する方が早くはないのかね?」
「いえ、死体を組み込みながら「死」からは遠ざかり、なおかつ吸血衝動を起こさないところに長所があります。生きていながら屍肉を内部に入れていく。なかなか出来ることではありません」
「ほぅ。それは大したものだ。とは言えこれはいただけないな。死者は塵となって土に帰るべきだ」
「そうですね。特異性こそありますが、趣味が良いとはとても言えない。ただあるだけの時間など、骨董品にこそふさわしい。ようするに使えません」
「同意する」
 お互いを見もせずに、しかし二人は頷いた。
「ふざけるな!!!」
 痩せた男は怒鳴りつけた。その顔は大きく歪む。
「貴様らのような愚物に研究の価値など計れるものか! ハッ、ハハハハハッ。そうとも、死を迎えながら生を生き、死者となりつつ生者である!! 私は生死を超越した!!! ハハハハハハハ」
 痩せた男は狂ったように、身を仰け反らせて激しく笑う。
「お前達になど判るまい。うん?」
 にやついた顔のまま男は近くの死体、少女を指差した。
「この子供を見るがいい。この少女はつい一月前まで病気で苦しんでいたのだよ。それがどうだ! 私の手により彼女は二度と苦しむことなど無くなった!! 彼女の体は時を止め、この形を留めたままで私に仕えてくれている。素晴らしい!!!」
 顔の真ん中に縫い目が走る、彼女の顔は無表情。
「彼も見たまえ。彼は逞しい体を持ってはいたが、更に強くなりたいと私に願った。だから私は強くした! 同じ想いを持った男達をつなぎ合わせて、最強の男にしてやったのだ!! ハハハハハ。どうかね!!! 彼はとても逞しいだろう?」
 体中に縫い目が走る、巨漢の彼も無表情。
「そしてこの娘達を見るがいい!!!」
 男が腕をかざした後方に、五人の小柄な死体があった。
「私が作った娘達は決して大人になることなく、美しいまま、少女のまま、永遠に私と共に生きるのだ!!! ハハハハハハハ」
 並ぶ少女の死体の顔には、一つも縫い目は存在しない。陶器のように滑らかなその肌は、しかし血色が悪かった。
 男が放つ狂気の笑いが辺りに響く。しかしその片隅で、別に笑う者がいる。
「ククククククク」
 言峰綺礼が笑っていた。
 彼は魔術師の作品である娘達を見ながら目を細め、口元を歪めて嘲笑する。静かに響くその音が、侮蔑の意思を伝えている。
 嗤いながら、嘲りながら、綺礼は前へと足を進めた。
「ククククク。娘だと? そんな屍肉の人形が、お前の娘だというのか? くだらないな。お前は娘というものが少しも判っていない」
 なんだと? と魔術師は綺礼を睨み付け、は? とバゼットは少し呆けた。
 綺礼は笑う。
「娘とは、時には親のケツに蹴りを入れるくらいでなければ務まらない。そしてそれに親が蹴り返し、吹き飛ぶ娘が這いつくばりながら親を見上げる。それが親子というものだ」
「……どんな親子ですか、それは虐待では?」
 綺礼の言葉に男はひるみ、バゼットの言葉は誰も聞いていませんでした。
「ええいっ! やってしまえ!!!」
 男の声に応えて死体達が動き出す。それを綺礼とバゼットは迎え撃つ。

「Κύριε ἐλέησον, Χριστὲ ἐλέησον, Κύριε ἐλέησον.」
( Kyrie eleison、Christe eleison、Kyrie eleison. ——
 —— 主よ憐れみたまえ、キリストよ憐れみたまえ、主よ憐れみたまえ)
 
 綺礼は祈る。手にした黒鍵は破邪の秘力を身に宿し、仄かな光を刃に纏う。

「テュール、テュール(勝利を我に)。ケーナズ(かがり火)よ、手に宿れ」

 バゼットはルーン呪法で勝利を祈願し、己が拳に魔力を集める。魔力は赤い炎となって、彼女の拳を包み込む。

「「ハッ!」」
 綺礼の黒鍵が死者の心臓を貫いた。彼女はがくんと震え、ほんの数秒、目を見開き、そして崩れて腐肉となった。
 バゼットの拳が唸りを上げて死者を殴打した。拳が触れた次の瞬間、爆音と共に炎が生じて、彼の体は消し炭となって崩れ落ちた。
「!”#$%&’=?!」
 魔術師の男は屍肉の頬を引きつらせて悲鳴を飲み込む。目の前で彼の作りし作品達が、ただの死体に還される。
「……やめろ」
 娘の一人。キレイな髪の少女の死体が、代行者の剣に突かれて灰になる。
「……やめろ」
 娘の一人。キレイな目玉の少女の死体が、炎に焼かれて灰になる。
「やめろぉぉぉおおお!!!」
 男は叫び、掴みかかろうと前に出た。だがしかし彼は魔術師、神秘を求める研鑽者。戦いというものを、殺し合うという意味を判っていない。
 手を伸ばし、神父に手が届きそうになった時、言峰綺礼の姿が視界からかき消えた。
 え? 思わず動きが止まったその刹那、脇腹に衝撃が叩き込まれて吹き飛ばされた。
 がくがく震える体を起こして振り向くと、神父が肘を突き出している。

 —— 肘打ち?! —— 

 そんな馬鹿なと思っていると、横から爆弾を叩き付けられた。
 焦げた体で這いずりながら、元いた場所を見てみると、執行者が脚を振り抜いていた。爆弾ではなかったようだ。

 —— 蹴り?! ——

 馬鹿な、魔術師である自分が何をされているのだと、ぐらぐらする頭で考える。
 そこに剣が飛んできた。
 代行者が使う細身剣が、男の体に突き刺さる。摂理の鍵たる黒鍵は、魔術の作用原理「歪曲・逆行」を否定する。
「ぁ、ぁぁ、ぁぁぁ」
 魔力が霧散し、消耗する。彼の体を構成していた生きた屍肉が死んでいく。風に吹かれたかのように、体がどんどん冷えていく。
「お前は他の死者よりも弱いようだな」
 冷たい声に見上げると、神父が温度のない目で見下ろしている。その口元が小さく歪められ、
「 Amen. 」
 神父の小さな祈り共に、男の魂は天に召された。

 お昼の前に、全ての死者を処分した。
 結果として一つの村が死に絶える。明日にもなれば、死者は単なる死体として葬られる事となるだろう。
 バゼットが魔術師の遺骸を死体袋に詰め終わり、一息ついたところに言峰綺礼が現れた。
「お互いに生き残れて何よりだな、お嬢さん」
「コトミネ、そのような呼び方はやめて下さい。私はバゼット。そう名乗ったはずです」
 これは失礼。そう言うものの、神父に悪びれた様子はない。やはり彼は悪である。
 バゼットは魔術師の肉体を回収できた。後はこれを持ち帰り、保存係に手渡すことで封印指定は完結する。
「私はこれで引き上げます。コトミネ、貴男はどうするのですか?」
 魔術協会チームは自分以外、全滅だ。村の浄化は聖堂教会に任せたい。
「後続の部隊が到着するまで、私はここに残る。せめて死者のために祈るとしよう」
 薄ら笑いを浮かべているこの男、やはり信用できるものではない。
「そうですか。……ならば昨日言っていた「おみやげ」でも考えてはどうですか?」
 ふむ、と綺礼は考え込むが、彼はすぐに顔を上げ、バゼットを見て不吉な笑顔を浮かべます。
「ククククク、ふふ、ハハハハハハハ」
 バゼットに向かって言峰綺礼は近づいた。綺礼が一歩近づくと、バゼットが思わず後ろに下がる。
 近づく、下がる。近づく、下がる。彼女は壁際に追い込まれた。
「な、なぜ近づくのですか?」
 背中には汗が流れるバゼット・フラガ・マクレミッツ。彼女はこの時十八才。
「娘へのおみやげなのだが、君に是非とも協力して貰いたい」
 止めろ、来るな、近づくな。
「……何をですか?」
「ああ、考えたのだが、母親をプレゼントするというのはどうだろう?」

 —— は? ——

「そうか、弟か妹もセットというのが良いかもしれんな」
 そう言って、綺礼はズボンのチャックを引き下げた。
「!”#$%%&&’()0=、!、 !!、 !!!」

 —— 死闘が始まった ——

 その頃、夜の冬木では言峰薫が泣いていた。
「無理です! やっぱり無理ですから!!!」
「無理じゃない! さあ薫ちゃん、手首と両足から火の鳥を三連射だ!!!」
 優しかった切嗣さんは、一体どうしてしまったのでしょう?
 助けてと願いを込めて王様を見るのだが、小さな王様ギルガメッシュはあまり優しくありません。
「やりなさいカヲル。そうですね。クルクル回りながら続けて撃つと、キレイでいいんじゃないですか?」
「無理です! どこのスケート選手ですかそれはっ?!」
「いいね。よし、薫ちゃん、やってみよう。そうだね。技の名前はトリプルアクセルにしようか」
「切嗣さん! それは中二病じゃないかと思うのですがどうでしょうかっ?!」
 中二病? と、なぜか同時に首を傾げる魔術使いと英雄王(小)
 ……実は王様が小さいときは、相性が良いのだろうか? そうではないと思いたい。
「カヲル、ボクが命じます。火の鳥を飛ばせるようになったら背中の痕を消しなさい。いいですね」
 笑みを浮かべた王様が、冷たい視線で薫に告げる。
「うー。判りました。王様がそう言われるのでしたら、攻撃術式を習得したら火傷の痕を消すことにいたします」
 ニッコリ笑い、ギルガメッシュは頷いた。
「よーし、薫ちゃん。もう一回だ」
「だから切嗣さん! ペース落として欲しいのです!! ああっ、やさしい人だったのに。シクシク」
「泣くのは後だ。さあ続けようか」
「助けてーっ」
 泣いても止めてくれません。頑張るしかないようです。だがしかし薫は思う。命を燃やすこの魔術、いつかきっと役に立つ。

 涙を拭い、バゼット・フラガ・マクレミッツは森の中を疾走する。
 乱れた服を手で押さえ、藪をかき分けひたすら進む。果たして何処に向かっているのか、そんなことは判らない。
 逃げろ。ニゲロ。とにかく逃げろ。
 彼女は後ろを振り返らずに、森の中を駆け抜ける。

 半ば崩れた件の屋敷。積み重なった瓦礫の山が崩れ落ち、言峰綺礼が頭を出した。かき分け、這いだし、適当な場所に腰を下ろした。
 そして彼は息を吸い、ふぅと大きく吐き出した。
「逃げられたか。残念」
 言って綺礼はズボンのチャックを引き上げた。

 —— バゼットの封印指定・執行任務。失敗 ——


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 あとがき
 メラゾーマを習得中(違う)
 テーマは生と死の対比、そして生者と死者の間で……。いえ、普通にサラッと読んでもらえれば一番嬉しいです。
 バゼットの息苦しさが出ていると良いのですが、このオチでそれはねーだろと思わなくもありません。すまんバゼット、真面目な貴女はギャグ要員。ウチはそういうサイトなんだ(テーマはシリアスのつもりです)
2008.12/29th

 次回予告
 フランスで銃器の買い付けを済ませた衛宮切嗣と言峰薫。
 二人はドイツ某所の森の奥、アインツベルンの領地へ足を踏み込む。
 雪に覆われた白い世界で、父(キリツグ)と娘(イリヤ)は触れ合う事が出来るのか?
 スペシャル編で最も頭が痛いこの一編、構成は出来ていますが心臓に悪いです。
「アインツベルン氷雪結界攻防戦(仮)」
 戦争にはなりません。あしからず。

・「キリエ・エレイソン」について。
「Κύριε ἐλέησον, Χριστὲ ἐλέησον, Κύριε ἐλέησον.」はギリシャ語で「神よ憐れみ給え、キリストよ憐れみ給え、神よ憐れみ給え」を意味するそうです。
 これをギリシャ語ではなくラテン語で発音したものが「キリエエレイソン、キリストエレイソン、キリエエレイソン」となります。キリエが「神」、キュリオス(主)ともいふ。
 基督教で普通に使われる祈りの言葉で、それほど堅苦しいものではない様子。
「なむあみだぶつ」なんかに近いのかも知れません(ご家庭などで唱えるかは判りませんでした)

・ルーン魔術について。
 伝承を参考にはしています。↑(テュール)を二回唱えると「勝利の祈願」とかは本当にあったようです。描くばっかではありませんルーン魔術。でも現代魔術のルーン召喚などは参照外。
 作中のものはアレンジしていますので、引用などはしないで下さいませ。念のため。

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