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 Fate/黄金の従者#12. Special#1. ハイウェイ・スター

 七月始めの夜の空気は湿気を帯びて、月の形を朧にさせる。昼の熱気が消えずに残る初夏の夜。時刻は十一時五十七分、もうすぐ日付が変わる頃。
 冬木市を分断する未遠川に掛かる冬木大橋。その深山町側の道端にワンボックスカーが停車していた。
 中にいるのは警備員の男である。勤務時間外なのか、少々ぼさぼさの頭には帽子をのせていなかった。しかし男は鋭い目付きで双眼鏡を覗き込み、耳にはハンズフリーのヘッドセットを付けている。
 男、衛宮切嗣が微動だにせず見るのは冬木大橋、その中央。
 フロントガラスの手前に置かれたデジタル時計がカチンと小さな音を立て、今日の終わりと始まりを教えてくれる。

 —— 時刻 00:00 ——

 切嗣の眼が細められる。冬木大橋の中央、その空間に波紋がうねる。そして何かが飛び出した。
「出た」
 それだけ言って、切嗣は車を発進させる。歪曲より飛び出したのは大型バイクとその乗り手、既に大橋をおりて新都へと入り込んでいる。出現したその瞬間から最大速度だ。切嗣の乗るワンボックスカーでは追い付くのは難しい。
 小さくしか見えないバイクであるが、切嗣がそれを見失うことはない。
 バイクは微妙に透けていて、霞が掛かってその姿は揺れていた。乗り手もバイクも仄かに光り、そこに実在感を感じない。聞こえるはずのエンジン音はしかし聞こえず、女がすすり泣くような音が何処からともなく聞こえてくる。
 六車線の大通りを透けた体で駆け抜ける暴走ライダー。この世ならざる異形の走り屋。

 —— 都市伝説(クロウリング・レジェンド)「ゴーストライダー」 ——

 時代が変われば形も変わる。首無し騎士や幽霊馬などが伝統的な「形」であるが、文明の発達により車やバイクを形取ったゴーストも、もはや珍しいものじゃない。
 呑気に思う切嗣だが、とても追い付けそうにない。むしろ距離を離されてしまっている。そんな彼だが別段あせることもなく、視線を右上に動かした。
 空を疾(はし)る星がある。
 新都のビル群、その上空から火の鳥が飛来する。赤い炎の翼を広げ、黄金の火の粉を撒き散らす。
 夜空を滑空するのは尼僧服に身を包む女の子。切嗣の視線の先で、魔術の翼を広げた言峰薫が加速する。

 夜風を切り裂き、薫は怪異(ホラー)を追い掛ける。
 先月に起きたバイクの転倒死亡事故、その数日後から真夜中に幽霊バイクが出現するようになった。
 事故までのトレースなのか、冬木大橋の中央に現れる。新都の大通りを駆け抜け国道へ右折。市外に抜ける森への道を走って姿を消すのだ。
 今はまだ実体化が弱く姿がぼやけ、霊感を持つ者にしか確認されてはいないはず。噂も大したことはない。
 しかし少しずつだが実体の密度が上がってきていた。視認レベルになる前に処分する。

 霊地冬木の管理者代行、言峰さん家の薫ちゃんはパパの代わりに今日もお仕事、真っ最中。

 薫の飛び行く速度は、軽く時速100キロを超えている。空気抵抗も強くなって呼吸がしにくい。風よけゴーグル下の眼を細め、薫は鼻で息を吸う。
 飛行魔術だけでは消える前に追いつけない。悔しく思うが修行不足だ。

 —— それでも敢えて、手を伸ばす ——

「はぁぁぁあああ!!!」
 気合と共に全身から魔力が迸り、輝き吹きだし、薫を前へと進ませる。
 飛行魔術「火の鳥」と魔力放出「オーラバースト」
 二つの魔術を併用し、怪鳥と化した薫は怪異の乗り手に肉薄する。
 街を抜け、森に入る手前で追いついた。バイクは大型、綺礼が所持するハーレーとは違う車種であり、前傾姿勢で乗っている。その程度しか判りません。
 そして乗り手はやや小柄、どこのヤンキーがモデルなのかは知らないが、髪を金色に染めているようだ。黄金のギルガメッシュを見慣れている薫の目には、それが汚らしくも見えてしまう。
 かき分ける風の中で薫はフンと鼻を鳴らした。
 どうでもいいことだ。消えてしまうまで距離もなければ時間もない。この追跡も数回目。これ以上逃がしては、保護者の視線の冷たさが危険域に達してしまう。それは困る、非情に困る。切嗣さんを真夜中に動員して監視させるのも少々気まずい。
 そう言うわけで、さようなら。
 時速で150キロを超え、向かい風の中では黒鍵も宝石も投げられない。全力飛行の最中ではガンド撃ちや呪歌の杖も使えない。
 そんな薫はベルトで肩から提げていたライフルを眼下に突きつけた。
 狩猟や狙撃に使用されるボルトアクションライフルの定番、レミントンM700には聖別された銀の弾丸が装填済みだ。綺礼に頼んで祈りを込めてもらった特製弾で、怪異の霊核を打ち砕け!

 ……薫の信仰心では銀の秘蹟武器(サクラメント・ウェポン)化は無理だった「宝石なら……」と視線を逸らす娘の姿に、綺礼がため息を付いていたのは秘密である。

 風が強くて銃身が微妙にぶれる。薫は銃を腰に構え、銃身を左手で握って無理矢理固定。槍のように先端を敵へと向けた。高度を下げて近づいて、至近距離からぶちかます!
 だがしかし、近づいた薫は驚愕に目を見開いた。
 バイクはやっぱり判らない。ツーリング用ではなくてレース用? 街で見かけるヤツと比べて大きいな。等と思う程度である。エンジンあるいは霊核から聞こえる女の悲鳴は、被害者の死を悲しむ声かそれとも恨みの声か。
 だが薫が思わず逡巡したのはバイクではなく乗り手を見たせいだった。
 白い肌。男と見るには細い顔(かんばせ)そして何より、金髪と、

 —— 髪から伸びた、一筋の髪(アホ毛)に覚えがあった ——

 乗り手がこちらに振り向いた。
 薫は我に返るがその刹那、背に衝撃を受けて墜落する。時速150キロでアスファルトに叩き付けられ、投げられた人形のようにクルクル横転、地面の上を何度も跳ねる。
 そして肘や肩、足首や膝をあり得ない方向に曲げた状態で道路にキスして停止した。薫の髪と服から血がにじみ、血溜まりを作り出す。
「薫ちゃん!!!」
 追い付いたワンボックスカーから切嗣が叫ぶが、既に薫に意識はなく、呼びかけも聞こえていなかった。

Fate/黄金の従者#12
 Special#1.ハイウェイ・スター


「どういう事よっ!!!」
 病室に入るなり、遠坂凛は怒鳴りつけた。
 梅雨明けはまだではあるが今日は晴れ。差し込む光がやや眩しい。白い個室のベッドには薫が横になっており、神父が切ったメロンを食べさせているようだ。
 神父の背後には金髪紅眼の青年が壁にもたれて立っており、部屋の隅には何故か警備員などもいる。
「凛、まだ午前中だぞ。授業はどうした?」
 薫にメロンを差し出しながら、真顔で尋ねる言峰綺礼。しかし凛の機嫌は直らない。
「早退したのよ! それよりこれはどういう事?! 休みかと思ったら「言峰さんは車に撥ねられた」って、寝耳に水よ!!!」
 凛は噛み付かんばかりに綺礼に詰め寄る。
「そうか、それは済まなかったな。なに、大したことはない」
 すました顔の言峰綺礼に、凛は更にヒートアップ。
「大したこと無いわけ無いでしょう?! 治療が得意なあんたが病院に薫を担ぎ込むなんてどうしたのよ?!」
「ふむ。怪我は復元できたのだがな。出血が酷くて輸血が必要だったのだ」
 凛は口をパクパクさせる。親子そろって霊媒治療を得意とし、訓練での挫傷や裂傷の手当に慣れた言峰綺礼と薫である。出血多量とは一体何をしたのやら。
 凛は薫に視線を向ける。頭と顔に大きなガーゼ、額と頬と首にまで包帯を巻いている。両腕には添え木を当てて、指の先まで包帯でグルグル巻きだ。ベッドの上の言峰薫、それでもなんとか目を逸らす。
 ……どうやら体を動かせないようである。
 凛はため息を一つ付く。もう怒らないからと親子に言って、事情を聞き出すことにした。

「ふぅん、綺礼は来週、異端審問の仕事で欧州に行くのね? その前に処理しようと祭祀の効きが悪い怪異を、力ずくで消そうとした。そういうことでいいのかしら?」
 聞いた話をまとめた凛に綺礼は頷く。このザマだがな。などと言って寝たままの薫を腕を撫でている。ヒーリングを掛けているようだ。
 穏やかな綺礼の表情。意外に思うがそれはさておき、何故にここまで大ケガなのか?
 そりゃあ薫は子供だが、鍛えているのは言峰綺礼と自分である。魔術が無くても並みの大人に負けないし、魔術を使って手段を問わねば、元・代行者(エクスキューター)たる綺礼とだって互角以上にやれるはず。
「あはは。おじさまに勝つのは無理ですよー」
 弱々しいが、やっと薫が声を出し、それに凛はホッとする。
 しかし聞かねばならないだろう。
 そもそも薫は機動力に特化していて「逃げる」ことを得意とする。熱くなると突っ込むクセがあるものの、怪我する前にトンズラするなど容易いことのはずなのだ。
 腕が折れたりサラシを巻いているのは今までだって見てきたが、動けない状態になったことなど過去にない。強いて言えば飛行魔術が刻まれた時がそうであったが、あれは例外とすべきだろう。
 尋ねようとした凛であったが、部屋の隅をちらりと見やり押し黙る。そこに立つのは警備員。見た目は完全に日本人。痩せてはいるが背筋は伸びて、鋭さを感じさせる男がいる。
 しかし、どうして、ここにいる?
 そんな凛に薫は気が付き、小さく息を吸ってから口を開いた。
「その人はミスタ・キリツグ。私が雇ったトレーナーです。数年前に引退した方なのですが、魔術協会に属さないフリーランスで、外道に墜ちた魔術師を狩る仕事をしていたそうです。ちなみに習っているのは、魔術を使わずに魔術師を仕留める方法です」
 薫の言葉に凛は振り向く。その顔に怒りと共に苦悩が浮かぶ。
「……薫、あんた」
 場の空気が重くなる。
 だが、それを笑うがの如く鼻を鳴らしたのは、金髪紅眼の青年ギルバート・キング。彼はその赤い瞳で、警備員を詰まらない物を見るかのように見下した。
「ふん、そのような男に不意を突く手段を学ぶなど、我(オレ)は端から気に入らぬ。
 だが下賤の者の小さき牙とて馬鹿には出来ぬ。慢心あれば地を這う蛇に宝をかすめ取られることもあろう。よって犬の扱いを学ぶのも必要かとも思い許したのだがな。それがこの有様だ。我を失望させたのだ。この罪は重いぞ猟犬」
 寒気がするような冷たい視線。己に向けられたものではないと判っていたが、凛は思わず後ずさる。
 しかし警備員の男は何も感じないかのように取り合わない。キング氏は笑みを深くし、凍る空気に凛の体が強張った。
「王様、今回のことは私のミスです。彼は私の指示通り動いてくれたのですよ」
「カヲル、貴様この猟犬を庇うのか?」
 彼は一転して面白そうに薫を見下ろす。
「飼い犬を庇うのも主人の器量の内。そうでしょう? 王様」
 あまりといえばあまりな薫の言葉、しかし黄金の青年は腹を抱えた。
「ワハハハハハハ。良かろう、カヲルに免じてその首をねじ切ること待ってやるぞ。だがな猟犬、我(オレ)の、」
「すみません王様、それより気になることがあるのですが」
 薫に割り込まれた王様は、ちょっと不機嫌そうだった。

「「セイバー?」」
 一歩身を引く切嗣の目の前で、この地の管理者(セカンドオーナー)遠坂の娘とアーチャーが声をそろえた。
 二人に見られる薫は寝たままの状態で頷いた。
 近づいて確認した「ゴーストライダー」の乗り手の姿が、資料で読んだサーヴァント・セイバーに似ているような気がするのだとか。
 それを聞いた言峰綺礼が、そう言えば走るルートは聖杯戦争の折りにセイバーがバイクを駆った道順と同じだな。と呟いた。 
「はぁ? サーヴァントがバイク?! しかもセイバー・クラス?!」
 遠坂のお嬢さんが目をパチパチさせている。
 まぁ、それがまっとうな魔術師の反応だろうと切嗣は考える。
 最高位の使い魔ゴースト・ライナー。その筺に過去の英雄「英霊」という亜神を降臨させたもの。それが聖杯戦争におけるサーヴァント。伝説に歌われし栄光の戦士達。それが七体も出現し、たった一つの聖杯を巡って戦った。
 そこまで思って切嗣は目を伏せた。

 もうどうでもいいことだ。

 戦いは終わった。手にしたものは何もなく、失ったものは大きい。今はもう、この手で守れる小さなものを守るのみ。小さな希望にすがるのみ。只それだけのために生きている。
「あんたと綺礼はウチの代行でしょう? なんで私が資料を見れないのよ!」
「聖杯戦争の資料は聖堂教会の正規資料です。見せるわけにもいかないのです」
「薫、あんたは私の弟子でしょう?! 貴女が見れて私が見れないなんておかしいじゃない?!」
「いや、それは「こうもりさん」の特権とでもいいましょうか、ほら、私は「言峰綺礼の娘」ですから」
 薫と遠坂の娘がやり合っている。どうせなら薫ではなく言峰綺礼に言うべきだろう。切嗣はそう思ったが、綺礼を相手にしても無駄と判っているから薫を相手にしているのだと気が付いた。
 遠坂時臣の娘、遠坂凛。なるほど流石に優秀だ。
「ですからー」
 薫の声が少しであるが元気になったような気がする。それに切嗣は安堵する。ベッドから離れ、水差しに手の伸ばした綺礼に近づき、切嗣は小声で囁いた。
「すまなかった。この件は僕が必ず片を付ける」
 切嗣は綺礼の顔を見られない。大丈夫だろうと高を括り、女の子に大ケガをさせてしまった。
 血のつながりはないとはいえ綺礼は薫の親である。ボヤキつつも薫が綺礼を慕っているのは切嗣にも判っている。自分が士郎という息子に救われているように、綺礼もまた薫という娘に救われているのなら……。
 などと思った彼の気持ちはしかし、
「その必要はない。薫がこのままおとなしくしているはずがない。衛宮切嗣、お前はあれに手を貸していればそれで良い」
 養父の言葉に軋みを上げた。
 切嗣が綺礼を見ると、彼はベッドの薫を見やり笑みを浮かべていた。しかしそれは慈愛に満ちたものではなくて、楽しくてたまらないという顔だった。
「言峰綺礼、貴様……」
 殺意の籠もった呟きに、綺礼はこちらに目を向けた。しかし彼の視線は詰まらない物を見るそれで、口元を嘲笑に歪めるのみだ。
 そんな二人をギルガメッシュが面白そうに眺めている。

「大体ね! 薫、あんた気流操作も出来ないクセに地面スレスレを飛ぶんじゃないわよ!!」
「失礼な! 気流操作くらい出来ますよ!! ……儀式魔術(フォーマルクラフト)なら」
「へぇ、それは何? 空を飛びながら儀式魔術を使う気なのかしら? 貴女が? へぇ、貴女が?」
「ぐっ、それは無理です」
「当たり前よ! あんたは蛇口が小さいの!! あとアンテナだってクセが強くて繋がる範囲が狭いのよ!!!」
「そうですか? バーストで放射は鍛えられたので、割と良い感じだと思うのですが。あとキリツグさんは「こっち側」ですから、隠語を使わなくても平気ですよ?」
「こっち側の人でも自分の特性をベラベラ喋っちゃいけないの!」
「あー、ごめんなひゃい。でもでひゅね凛。わひゃひはケガ人なのれふよ?」
「なによ、もう顔色が良いじゃない」
 凛は薫の頬を軽く摘んだ。微妙な空気の大人を余所に、少女二人はじゃれている。

 昼前になって遠坂凛は帰っていった。病室には薫と綺礼とギルガメッシュ、そして切嗣が残された。
 薫の回復速度は凄まじい。ベッドの上で体を起こし、頭と顔の包帯を取っている。
 お昼は何にしましょうか? 笑顔で尋ねる言峰薫と、さてどうすると悩む保護者の二人。切嗣は頭が痛くなる。
 平気なのかと尋ねてみれば、大丈夫ですと笑顔になって力瘤など見せてくる。これはさすがと言うべきか? しかし子供に無理をさせるつもりはない。切嗣は、ついと視線を動かした。
「なんだ猟犬? 貴様の目には全く以て我(オレ)に対する敬意が足りぬ。そんな貴様が生きているのは、カヲルが貴様を有能と評しているからこそだ。キリツグ、犬である己の立場。少しは弁えてみるのだな」
 サーヴァントの妄言に耳を貸す切嗣ではない。アーチャーの物言いなどは無視をして、言峰綺礼に彼は言う。
「薫ちゃんに無理をさせる必要はないだろう。アーチャーになら何とでも出来るはずだ」
 切嗣の言葉に綺礼は苦笑し、ギルガメッシュは怒りを示す。
「たわけが、湧き出た虫の退治など庭師の仕事だ。この我(オレ)に何をせよとほざくか愚か者め。我の従者たるカヲルが動くことすら過分なのだ。我を綺礼の走狗と見るなど罪であると知れ、雑種」
「王様、ぶっちぎりです。お願いですので抑えてください。どうどう」
 ベッドの上から手を伸ばし、薫がアーチャーをなだめている。もっと躾には気を付けよ、等と言われて彼女は苦笑。そしてこちらに頭を下げる言峰薫。ずいぶん苦労しているらしい。

 お昼は各自別れて食べることと相成った。薫はここで病人食だ。さすがに入院するらしい。
 では、と男達が退室しようとしたときに、薫は三人に呼びかけた。
「三日後の夜にリベンジします。すみませんが切嗣さん。ライフルの換えを用意しておいてください。それからおじさま。銀の弾丸に聖別をもう一度お願いします。弾は今日中に切嗣さんから受け取ってください。いいですか切嗣さん?」
 ほぅ、と笑みを浮かべた綺礼を押しのけ、切嗣はベッドに近づいた。
「だめだよ薫ちゃん。君は怪我をしたんだ。余計なことは考えずに、今は静養するべきだ!」
「あはははは。そうなんですけどね。おじさまの予定もありますし、やはり今週中にケリを付けたいのですよ」
「そんな無茶をする必要はない!!!」
 この子は違う。戦って当然のサーヴァントではなく、キレイ事をほざいて当然の英霊サマでもない。本当は、戦いなど知らずに生きていけたはずなのだ!!!
「……嫌です」
 言葉を荒げた切嗣だったが、そんな彼を薫はひと言で切り捨てた。その顔からは笑みが消え、歳に似合わぬ鋭い目付きが冷たく光る。
 ダメだ。この目をしている人間は、説得には応じない。
 切嗣は奥歯をかみしめた。薫は俯く彼を見て、困った風にあははと笑った。すみませんがお願いします。そう言いペコリと頭を下げるが、判りましたと下がれない。大人としての意地もある。
「僕が出る」
「は?」
 ベッドの上で、薫が首を傾げている。
「僕が出る。あれの原型(アーキタイプ)に「セイバー」が含まれるなら、僕が行けばきっとヤツは現れる」
「えええええ?! 待ってください切嗣さん! 貴方の仕事は私への教育と霊脈の監視です!! 今回はお手伝いを頼みましたが、これだって本当は契約外なのですよ?!」
「構わない」
「いやいや、ダメですよ切嗣さん! 貴方はおじさまとは違うのです!! 死んだら死んじゃいますよ?!」
「大丈夫だ。僕は君と一緒にアインツベルンの城に行くまで絶対に死なない。それまで君も死なせない」
「いや、私のことはいいのです。昨日のは本当に単なるミスです。次は絶対、こんな風にはなりませんから」
「そうだね、今度は僕も一緒に行くから大丈夫だ」
「……切嗣さん、人の話を聞いてます?」
「……薫ちゃん、人の話はちゃんと聞こうね?」

 —— あっはっはっはっは ——

 衛宮切嗣と言峰薫、二人の渇いた笑いが病室に木霊した。

 夕方の衛宮邸。その居間で、藤村大河が顔を赤くする。
 真面目な顔の切嗣が、大河の祖父である藤村雷画に会いたいと言いだしたのだ。これはひょっとしてあれですか? 娘さんを下さいとかお孫さんとお付き合いしていますとか、そういうヤツなのですか?! 切嗣さん!!!
 きゃぁぁああ。恥ずかしいっ! だって大河はまだ未成年なんだもんっ!!!
 クネクネと不気味に動く姉貴分から士郎が距離を取っている。親父、あれは何処の星の生き物だ? おにょれ、なんと生意気な?! でもそんなあなたを許してあげる。だって私は士郎の(ピー)になっちゃうの。そして(自主規制)で(自主規制)の(自主規制)なんだからねっ!!!
「行きましょう切嗣さん! 私たちの未来のために!!」
 藤村大河は立ち上がる! そうだ! 天国への階段を駆け上れ!!!
「えーと、大河ちゃん。悪いんだけど、大河ちゃんが考えているのとはきっと違うと思うんだ」

 —— ちーん ——

 大河は部屋の隅で丸くなり、畳に「の」の字を書き出した。
「爺さん、どうすんだよ? 藤ねえ泣いてるぞ」
「参ったな。いいかい士郎、女の子は泣かせちゃダメだ。後で損するからね」
 聞こえてますよ。切嗣さんのバカ。大河は目端の涙を拭った。

 切嗣は藤村の屋敷に通された。深山町の皆様から「藤村組」と呼ばれて親しまれる大きな屋敷、ここには厳つい顔の兄さん達が暮らしており「押忍」「チューッス」「おひかえなすって」等という専門用語が聞こえることもある。
 士郎には「雷画老人はヤクザみたいな人だよ」と教えたのだが「親父、俺は雷画爺さんはヤクザだと思う」と言われてしまった。
 いいかい士郎、世の中っていうのはね。思ったことを素直に言うだけじゃ生きていけないものなんだ。
 奥の和室に案内されて、切嗣は雷画と向かい合う。
 一代で藤村組を立ち上げた藤村雷画。老人なのだが着流しに虎皮の半てんを羽織っているあたり、まだまだ振るっているようだ。
 雷画は白髪を刈り込んだ角刈りをなで、シワの多い顔に野太い笑みを浮かべている。
「よぉ切嗣、テメェ、俺に話があるんだってな? あ?」
 子供が見たら泣き出しそうなヤ〇ザの親分、しかし切嗣は表情を崩さない。
「キンググループの薫ちゃん。あんたも知っているだろう?」
「なんだぁ? もちろん知ってるぜぇ。教会の嬢ちゃんだろ? ありゃあ大したタマだぜ。女だからタマはねぇがな」
 がっはっは。雷画は仰け反り大笑い。
「薫ちゃんがバイクに引っかけられて怪我をした」
「っはっはっは。……何だと?」
 雷画の顔から笑みが消え、眉間に猛獣の如きシワが寄る。
「それで切嗣、テメェ、俺に何しろってんだ? え?」
「潰してくる。バイクを貸してくれ」
 その言葉に藤村雷画は破顔した。
「ははは、そうかい。ははははは、そうかよ! 判ったぜ、俺の単車どれでも好きなヤツを持っていきな。ぶっ壊しても構わねぇから、嬢ちゃんを傷物にした馬鹿野郎をシメて来い!!!」

 衛宮切嗣を送り出した藤村雷画。ニヤニヤと笑いながらキセルをくわえた。紫煙を吐き出し、自分の膝をそっと撫でる。
(俺も歳をとったな)
 士郎の坊主と共に顔見知りになった衛宮切嗣。角が取れて緩んできたと思っていたが、キレた目付きは錆び付いていなかった。
 冗談ではない。切嗣のようなイッちまってる男に狙われ、無事で済むはずがない。
(……にしても、あの嬢ちゃんが入院かい。洋酒でも持って見舞いに行くかねぇ)
 藤村雷画、相手が子供だと理解しているのか大いに怪しい。

 三日後の夜が来た。
 切嗣はスーツの上にくたびれたコートを着込んだ姿で現れた。跨っているのは米国向け輸出仕様の大型バイク「V-max」三日がかりで限界までチューンしたらしい。士郎も手伝ってくれたとか。
 薫は尼僧服の上にキャタピラ構造のエプロン鎧を身に付ける。更にコウモリを意匠化したフェイスガードと、翼を意匠化した肩当て&スカート装甲を用意した。金属塗料で塗られた薫の鎧は、街灯の光を受けて黒く輝く。
 今回、薫はライフルを所持していない。切嗣の参加により作戦変更、二人がかりでやっつける。
 それはそれで良いとして。
「……ふぅ」
「なによ? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」
 切嗣のV-maxの後ろにはサイドカー付きのハーレーが停車して、凛がサイドカーにちょこんと座っていたりする。
「凛、よい子は寝ている時間ですよ?」
「薫、あんた喧嘩売ってるでしょう?」
「つーかですね、ウチが管理者代行なんぞをしてるのは、まだ子供である貴女に負荷を掛けないためだと判ってますか?」
「くっ、判ってるわよ! でもね、私の代わりに薫に負担が掛かっちゃダメなのよ!! どうして綺礼にやらせないのよ?!」
「うーん、祭祀の効きが悪いと行ってもスピード違反以外に害がないですからねぇ。おじさまに予定がないならじっくりと祭祀による浄化に励んでも良かったのですが」
「なら私と薫で祭祀をすれば良いじゃない?!」
「いやぁ、聖堂教会の術式なので、それはちょっと」
 うがぁぁああ!!! 凛が頭をかきむしる。
「まあまあ、これも私の修行のうちですよ、凛。……では情報の共有を。
 対象は「都市伝説・ゴーストライダー」午前零時に冬木大橋中央に出現し、新都の大通りを直進。国道に曲がり市外の森へと続く道を数キロ行って姿を消します。
 後方からの攻撃、または待ち伏せによる前方からの攻撃を試みた場合、走行の途中で姿を消します。
 先日のことから推測すると、追い付く、あるいは追い越した場合に本性を現し、こちらに攻撃をしてくるようです。
 攻撃手段は鞭か触手に類するものだと思うのですが、すみません。よく判りませんでした。
 今夜の作戦は、私と切嗣さんが零時にタイミングを合わせて走行開始、対象を追跡。市外に出たらこれを追い抜きます。本性を現したら私がバイクから離脱して攻撃を仕掛けます。何か疑問・質問は?」
「薫、これはいいのね?」
 凛がライフル、レミントンM700をかざして見せた。サイドカーには色々なものが隠してあるのです。
「今回はバイクに乗せてもらって風で護ってもらうので、黒鍵投げます」
 凛の視線を受け、切嗣が無言で頷いた。
「そのバイクで追い抜くことが出来るのか?」
「200キロなら問題ない。でも足回りの仕上がりが今イチだ。270以上は出さないつもりだ」
 綺礼の問いに切嗣が微妙に顔をしかめた。聞いてみるとV-maxというバイクは直線加速に優れているが、コーナリング性能はそれほど高くはないのだとか。正直とても怖いです。
 切嗣の後ろに薫は跨る。エンジンが生み出す鼓動が薫の体を振るわせる。切嗣の体に抱きついて、駆け出す時をしばし待つ。

 ……ギルガメッシュは来なかった。まぁしかたがないのかな。そんな事を考える。

 午前零時の少し前、跨る車体が温かい。綺礼もハーレーに火を入れた。
 二台のバイクのエンジン音が鳴り響き、カウントダウンが始まった。

 —— 3,2,1,Zero! ——

 V-maxの加速はポルシェを凌ぐ。その評価を遥かに超えて、エミヤ仕様の改造バイクは加速する。スタートから400m走るのに二十秒もかからない。すぐに冬木大橋中央を通り過ぎる。後方に歪曲を感じて振り向くと、歪んだ景色の中からバイクが飛び出し、あっという間に追い抜かれた。
「切嗣さん! なんか大きくなってないですかぁー!!!」
 風の中、薫は叫んで問いかけた。
 三日前よりゴーストのバイクがでかい。車体もほとんど透けてない。聞こえる悲鳴が耳障りで仕方がない。人の噂に存在を依存する都市伝説。思っていたより話が広がるのが早かったと言うことか?!
 そして通り過ぎた時に見た、乗り手の顔を思い出す。それはセイバーに似ていると言えなくもないものだった。
 ……どうしてさ?
 誰かに向かって叫びたい。だけど誰にも話せない。薫は少しだけ抱きつく腕に力を込めた。
「行くよ! 薫ちゃん!!」
 強い向かい風の中、切嗣は前を見つめて叫んでいる。
「お願いします!!!」
 行こう。今はまだ、立ち止まってはいられない。

 六車線の道路を二台のバイクが高速で駆け抜ける。
 前の車両を左右に避けて、次から次へと抜いていく。怪異なる走り屋は滑るようにスピードを上げていき、その少し後ろに切嗣と薫を乗せたV-maxが食らい付く。
 抱きついている薫は判る。切嗣は歯を食いしばり、必死にバイクを制御している。魔術回路を起動し魔力を巡らせ、その体を強化する。呪いに犯され力を減じた切嗣が、この瞬間の全ての力でモンスター(V-max)をねじ伏せる。

 ……頑張って。そう言う資格があるのだろうか? 考えないこともない。

 想定よりも遥かに早く、二台は国道へと右折する。ここからしばらく直線道路、ゴーストライダーはエンジンから高らかに悲鳴を上げて、スピードを上げていく。
 そしてV-maxが咆哮した。
 爆音の如き重低音が、耳をつんざく高周波へと切り替わる。凶悪に、猛悪に、エンジンの絶叫が夜の空気に牙を剥く。
 それは魔術ならぬエンジン工学が作り出した機械の魔性。四気筒のエンジンを高回転時に二気筒に変化させる狂気のシステム「V-ブースト機構」が覚醒した瞬間だった。
 吸気量が一気に増大、そのパワーで鉄の獣は狂気の加速を具現した。

 後に薫は語る。ええ、ちびりそうでした。マジで。

 二台のバイクが絶叫を振りまきながら、夜の道を突き抜ける。切嗣と薫は歯がみする。まだ足りない。このままでは追い抜けない。
 猛スピードで掛ける二台のバイク、このままでは消失地点まで二分と掛からない。予想外にゴーストが力を増している。V-maxでは追い越せない。
 だがしかし、V-maxが機械の魔獣であるならば、その乗り手は魔道の乗り手、世界を歪め「向こう側」に手を伸ばす神秘の使い手。

 —— 人はそれを「魔術師」と呼ぶ ——

「風よ! 風よ!! 風よ!!!」
 衛宮切嗣は風に呼びかけ、精霊を動かしてバイクを包み、向かい風を受け流す。
「術式「火の鳥」起動・展開!」
 言峰薫は赤い炎の翼を広げ、機械の獣に翼を与え、
「オーラバーストォォォオオオ!!!」
 そのケツに、火を付けた。

 そしてついに、風の鎧と炎の翼を与えられたモンスター(V-max)は、ゴーストライダー(亡霊)をブチ抜いた。

 抜いたところで振り向くと、セイバーもどきの乗り手の姿が水に流した墨のように消えていく。
 ヘッドライトが眼球へと形を変えて、ハンドルやクラッチペダルが昆虫の脚のように変じて伸びて、ガソリンタンクに血管のような線が走って脈動する。そしてタイヤに刃が牙のように生えだして、回転ノコギリとなって地面を斬った。
 本性を現した怪異(ホラー)は大きく跳ねて、二人の上から降ってきた。
「うぇぇぇえええ?!」(注:上?)
 まずい! このままでは二人とも潰される?!
「黒鍵・顕現、黒鍵・強化! 羽付サンダル起動・展開!! 術式「火の鳥」全力飛翔ぉぉおお!!!」
 薫はV-maxから飛び降りた。
 その勢いで左手の黒鍵を化け物の胴体に叩き込み、右手の黒鍵で前輪シャフトを絡め取る。
 前輪のノコギリが顔の横で回転して、心臓に非情に悪い。しかし気にしている場合じゃない。のしかかってくる車体の重みで体が沈むが、薫の足はアスファルトの地面に触れてはいない。
 空中歩行(エア・ウォーキング)用の魔術礼装「羽付サンダル」、術式を仕込んだブーツから翼が広がり、薫に空気を踏みしめさせる。化け物バイクに押されたままで、薫は地面スレスレを滑るように後退する。
 この速さで足など付けば、足の裏から挽肉になるだろう。そして押しつぶされれば頭と体が挽肉になる。薫はありったけの魔力を注ぎ、小さな体を空で支える。

 生ぬるい風が吹く、ここは冬木センタービルの屋上だ。フェンスとエアコン室外機の他には何もないはずの場所である。
 しかし運命(Fate)は流れを変えている。
 芝生が敷かれ、整えられた木々が生い茂り、多くの花が咲いている。半分以上に屋根のないオープンチャペルは、さながら古代の神を祀る神殿を思わせた。
 キンググループが運営・管理する空中庭園。ここは運命とは違う場所。
 神殿の柱の上にギルガメッシュが立っていた。その瞳は遠くを見つめているようだ。
 サーヴァント・アーチャーの目は「鷹の目」であるという。
 その遠視の力で街を見下ろしていたギルガメッシュは、手にした槍を持ち上げて勅命を言い渡す。
「我(オレ)の従者、カヲルの作りし魔の槍よ。汝の母の危機である。カヲルの王たる我が命じる」
 ギルガメッシュは宝石が散りばめられた投擲槍(ジャベリン)を宙に放った。
 空中に光の波紋が波打って、槍を宙に抱き止めた。その穂先はギルガメッシュの見つめる先へと向けられる。

 —— 飛べ ——

 ギルガメッシュはパチンと指を鳴らした。

 飛行魔術と空中歩行、黒鍵の形態維持と刀身強化。加えて身体強化とノコギリを逸らす作業を同時にやって、薫の魔力・体力・精神力はあっという間に消耗した。
 もう片腕を捨てて受け流す以外に手はないか? そう思い、左の肩にノコギリを寄せようとしたときだった。
 閃光が飛来した。
 光は怪異を貫き、その勢いが怪異の体を吹き飛ばす。空中でよろけて落ちた薫だったが、そこそこ減速したので大丈夫。ゴロゴロと15メートル転がる程度で静止した。
 この位なら飛行魔術の訓練で経験済みだ。時速80キロなら受け身だって余裕余裕! 痛む体に言い聞かせ、立とうと思ってつまずいた。
 ……体に力が入らない。魔力が尽きた。限界以上に出し過ぎた。
 複数の魔術、それも魔力をバカ食いする飛行系魔術の全力行使が、魔力と気力を尽きさせた。既に回復は開始してるが、全力戦闘には耐えられない?!
 負けてたまるか。倒せないなら時間を稼ぎ、綺礼が来るまで足止めする。
 怪異は一つ目のジャイアントホッパーみたいになっている。バッタ野郎が! 今夜はもう逃がさない!!
 視線にだけは力を込めて、立てない薫は怪異を睨む。お化けバッタ(仮)はギョロリと目玉を動かし薫を睨む。上等だ、動けないんだ。テメェの方からこっち来い。
 静かに呼吸を整えて、薫は力を取り戻す。一呼吸で一秒分。二呼吸で三秒分。駆ける力を貯めていく。
 飛び掛かろうと、足に根性叩き込もうとしたその時に、烈風が巻き起こる。
「風よ! 風よ!! 風よ!!!」
 振り向けばV-maxに乗ったままの切嗣が、天に腕を伸ばして竜巻を呼んでいた。
 魔術回路が衰えた衛宮切嗣、それがどうした?! 長文呪文詠唱(テンカウント)で生み出した、風の魔弾を受けてみろ!!!
「切り裂けっ!!!」
 烈風が一直線に襲いかかってクラッシュ音が鳴り響き、化け物はひっくり返った。だが切嗣もV-maxからずり落ちて、どうも立てない様子である。
「バギクロスとはっ! やりますね!! 切嗣さん!!!」
「……なにクロス?」
 イエ、コッチノハナシデス。どうか忘れてくださいませ。
 切嗣を背にして薫は立った。怪異はまだ生きて(存在して)いる。少しだけだが気力も戻った「摂理の鍵」をぶちかます! 震える足をねじ伏せて、薫は体を低くした。
 聖典紙片を黒鍵へと形態変化。祈りを込めて異形なる在り方を否定する。一本だけの黒鍵を振りかぶり、突撃刺突の構えを取った。

 —— キシャァァァァアアアア ——

 脈打つ怪異の胴が裂け、人ならざる叫びを上げた。殺意が吹き付け身がすくむ。それがどうした。言峰綺礼に比べれば、ギルガメッシュに比べれば、テメェなんざ雑魚でプーでぺーなんだよ、よく判らない雑種風情が冬木の道を走ってんじゃねえよボケナスが!!!
 目付きの危ない薫が力を込めたその時に、ライトの光が追い付いた。
「薫ーっ!」
 綺礼の操るハーレーのサイドカー、そこから凛は飛び出した。 
 髪をなびかせ、青い瞳は輝いて、最高高度で遠坂凛は腕を広げる。そして撃つ。
「Anfang.(セット)der erste Schlangmann.(攻撃・初弾)geheiligt Glocke.(祝福神音)」
 神秘・友愛・聖別の意味を持つロードライト・ガーネットが放たれた。祝福の魔弾はバラ色に光り輝き、怪異の体を蒸発させる。
「ちょっと凛! それは私の祝福神音(カノン・ロードライト)ぢゃないですかっ?!」
 思わす突っ込む薫に対し、凛はフフンとすまし顔。
「ふふん。あんたが使えて私に出来ない宝石魔術は存在しないわよ? ふふふん」
 おのれ遠坂! 天才はこれだからいかん!! つうか凛、今の大粒ガーネットはこの前、行方不明になったヤツじゃないですか?
「知らないわ。それにもう無くなっちゃったし、真相は闇の中ね」
 実にきっぱり言い切るあたり、遠坂凛はあくまである。力が抜けていくようです。
「ダメだ! まだ終わってない!!!」
 切嗣の声に我に返ると、エーテルの煙の中から足か触手が伸びて来た。
 何とか飛び退く凛と薫、その目の前に、溶けかかった怪異が顔を出す。仕留め損ねたということか。
「しぶといわね。綺礼! やっちゃって」
 凛の呼びかけに綺礼はしかしハーレーの上から動かなかった。ちょっと綺礼?! と叫ぶ声にもびくともせずに、言峰綺礼は腕を振り——。
 しゃがみ込んだ薫に騎士長剣(ロングソード)を投げ渡した。

「綺礼!!! あんた何やってんのよ?!」
 常に余裕をもって、優雅たれ。家訓を少し横に除け、凛は綺礼に怒鳴りつけた。しかし彼は薄ら笑いを浮かべたままで、自分の養女を眺めるのみだ。彼は厳かに言葉を紡ぐ。
「薫、この仕事はお前が始めたことだ。自分で片を付けるがいい」

 —— 一体、何を見ているのだ! このスカポンタンは?! ——

 これはもう蹴りを入れてやるしかないと、凛は踏み出そうとした。踏み出そうとしたのだが。

「ウォォォオオオオォォォオオオォォォオオオーーーッ!!!」

 薫の上げた雄叫びに、その足が止められた。
 薫は叫び、背中の翼が広がった。魔術の翼は周囲の大源(マナ)を吸収して小源(オド)へと変える。言峰薫が授かった魔道の翼、赤く変じたシュバインシュタインの術式が薫に魔力を注ぎ込む。それは火属性に染められて、火の粉となって噴き上がる。
 薫は半分目を閉じて、騎士長剣を抜き放つ。

「 —— 告げる(セット) —— 」

 薫は黒鍵と騎士長剣を体の前で十字に構える。そして唱える洗礼の聖句詠唱。

「私が殺す。私が生かす。私が傷付け私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 凛の背後で火薬の弾ける音がした。見ると薫のトレーナー、確かキリツグとかいう男が、拳銃で怪異を撃っていた。

「打ち砕かれよ。敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え」

 凛は魔術刻印に魔力を巡らせ、ガンドの呪弾を怪異にぶつけた。

「休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 綺礼が懐から黒鍵を取り出し、怪異の目玉を投げ貫いた。

「装うなかれ。許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を」

 薫は剣(ツルギ)を振りかぶる。刀身が光りを宿して明滅する。その形は刺突ではなく肩に担いだ斬擊姿勢。

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ与えられる」

 翼が大きく火を噴いた。火の粉が飛び散り風を焼く。

「許しはここに。受肉した私が誓う!」

 カッとその目が見開かれ、赤い翼の黒い天使が飛翔した。 

「 —— こ、の、魂、に、憐、れ、み、を!!! (キリエ・エレイソン) —— 」

 聖波動を切っ先に収束させる魔術礼装、騎士長剣(ロングソード)の一撃が、怪異の核を砕いて散らした。

 かくして怪異は崩壊し、件のゴーストライダーは二度と現れることもなくなった。出てきても、それは別のヤツである。それはそれで良いのだが。
「死ぬぅぅうう。洗礼詠唱と魔術の同時使用、……死ねるぅぅ」
 抱き起こした遠坂凛の腕の中、薫はゾンビと化していた。言っておくが比喩である。本当ならばお父さんが許しません。
「ちょっと薫、大丈夫?」
 しばしヘロヘロになってはいたが、薫は何とか立ち上がる。フラフラするが平気です。回復力には自信あり。
「まったくもう、綺礼といいあんたといい、言峰っていうのは無茶苦茶よ」
「あっはっは。否定できないのが悲しいところですね。特におじさまのことですが」
「まぁいいわ。騎士長剣も役に立つのね? ……えくすかりばぁ、とか言ってたら伸ばしてやるところよ」
「ええ、自粛しました!」
 薫は額に汗を浮かべつつ、えっへんと胸を張る。
「やるつもりだったんじゃない?! この馬鹿弟子が!!!」
「いひゃいれふよー凛。もー疲れひゃてまひゅから、やめへくらはひー」

 いつの間にか雲が切れ、月明かりが照らす空の下、少女達がじゃれている。それを見ている切嗣の胸の内に、思い出されるものがある。

 —— 幻想ではない!
 たとえ命の遣り取りだろうと、それが人の営みである以上、決して侵してはならない法と理念がある。
 無くてはならない! ——

 たった三回だったセイバーとの言葉の遣り取り。あの時あのサーヴァントは戦いの中にも誇りがあると激昂していた。
 だが切嗣はそんなセイバーを全く取り合うことをしなかった。
 馬鹿げている。戦場は地獄であり、戦争は地獄を生み出す行為に他ならない。そこにいるなら誰もが地獄の住人だ。地獄を生み出す化け物だ。
 ならば僕は最小限の犠牲で戦争を終わらそう。限りなく少ない犠牲を殺す役目を、自分の役だと決めて生きてきた。
 その戦いに誇りなどはなく、人の心も温もりも、尊厳も理念もありえなかった。目の前の悪をひたすら殺す。それ以外に何がある?

 —— だがしかし、殺し合いの只中に、光り輝く剣を掲げて、翼を広げる者がいた ——

 戦いの中に絶望しか見いだせなかった衛宮切嗣。だが彼の心臓は少しだけ早鐘を打っている。戦場という地獄にあって、それでも尊くあろうとする者の輝き。それを初めて彼は……。

「ああーっ! 何よこの槍?! 作ったのね?! 宝石を爆弾にした使い捨て、薫! あんたやりやがったのね?!」
「凛、優雅たれ。優雅たれですよ。どうどう」
「やかましい! 許せないわ!! 宝石(いし)に代わっておしおきよ!!!」
「ダメです凛!!! それのネタは抑止力(自主規制)が働きます?!」
「ネタって何よ?」
「イエ、コッチノハナシデス」

 星空が広がって、郊外の夜道を明るく照らす。雲はもう遠くに動いた。今年はもう梅雨が明けるのかも知れない。やってくる早い夏。きっと光が眩しいだろう。切嗣は思いをはせた。


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あとがき
「ありえない話」がテーマのスペシャル編、その一です。
 ありえない話なだけに、辻褄合わせに細部の省略がやりにくい。知恵熱出そうでした。
 冷静に考えて、スペシャル編は一本一本が中編または長編(文庫本一冊ボリューム)に化けうると気が付きました。大いに反省。
 それはともかく、衛宮切嗣・言峰綺礼・ギルガメッシュ・遠坂凛が協力するなど我ながらあり得ない。考えるのは楽しかったです。
 エンターテイメント性は出せたので、自分ではよいと考えます。スペシャル編は「お祭り」です。はい。
 さりげなく、藤村雷画がお気に入りです。
2008.9/14th

 次回予告
 異端審問に参加した言峰綺礼。出会ったのは、まだ若い女性魔術師バゼット・フラガ・マクレミッツ。
 共に仲間を失なった者同士、死体を弄ぶ外法使いを滅ぼすために、綺礼は共闘を提案する。
 タイトル「暗い森」

追記:「Vブーストシステム」について。
 フェイト/ゼロでは「四気筒のエンジン構造を二気筒に変化させ、吸気量を一気に増幅させて極限の加速を得る」と記述されていますが、これはファンタジー(夢・幻・でっちあげ)のようです。本当はどういうものか、調べてみました。

「Vブースト・システム」
 Vmaxに搭載された装置の名称。
 エンジンの回転数が6,000回転を超えた辺りから動作する。ガソリン気化部の下にある吸気パイプを繋ぐ空気弁が開き、8,500回転で全開となる。
 これにより1気筒当たりツインキャブ(2つの気化装置が連結された状態)に変化し、高回転時に大口径キャブレターを装着した状態を作り出し、多量の混合気(ガソリン&空気)をシリンダー内に送り込む仕組み。

 ……エンジンが高速回転したら、ガソリン+空気を送る量を増やしていく。最大二倍の燃料を燃やしてパワーアップ。
 そういうものだと思います。……多分。

封印指定(自主規制)
 おまけ「創作裏話」(こちらから見に行けます
 どんな風に書いているのか? という質問を複数頂いたのでちょっと書いてみたのですが、管理人(私)のエゴが出てしまったと判断し、一階層沈めておきました。
 小説を書くことに興味がない方、書くにしても二次創作にしか興味のない方には不愉快な内容であるかも知れません。興味のない場合は無視してくださいませ。

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