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Fate/黄金の従者#08公園の勇者・前編
三年前に起きた大火災の記憶も徐々に薄らぎ、再開発でにぎわう冬木市新都の駅近く。その場所に雑居ビルが建っていた。
そしてビルの中の一室に、うぐいす色のジャケットを羽織った少女の姿があるのだが、デスクに向かうその姿は社会人にしては小さすぎてビジネス街には似合っていない。
少女の名前は言峰薫。彼女は初等部五年なのに仕事をしているチビッ子社長さんなのです。
ここはキング・グループの会長室兼社長室。現在不在の会長がいつも座るデスクは大きくて使い辛い。薫は応接用のテーブルに書類を広げて、むむむと眉を寄せている。
大きな王様ギルガメッシュこと、ギルバート・キングが指揮する不動産関連事業、証券取引事業は問題なし。企画段階の外食事業も王様が戻ってからで良い。
グループ顧問である言峰綺礼が責任者を務める人材派遣事業、冠婚葬祭事業も問題なし。
というか綺礼は名前だけ貸しているようなものなので、居なくてもあまり支障は出ない。書類が溜まる程度である。
しかし二人そろって不在というのはちょっと苦しい。
薫が社長と言っても、それはフリーペーパー事業と経理代行事業に限ってのことである。他の事業はギルガメッシュと綺礼が社長の肩書きを持っている。
ギルガメッシュと綺礼、そして薫が全事業の社長と重役を兼任し、トップにギルガメッシュが会長を名乗って君臨するのがキング・グループの体勢だった。
経理代行事業はグループ全事業の会計を受け持ち、お金の流れを統括しているので薫の発言力は弱くない。
しかし見た目は女の子。
主な幹部とは必ず一対一で会談し、グループの理念と活動方針を説明して協力を仰いでいる。
今の所は子供だからと反感を買ってはいないはず。社員の皆様、薫ちゃんには笑顔で接してくれている。
しかし、実務は各部門の部長や課長クラスにお願いしないと何も出来ない。
もっと頑張らなくてはならない。
薫の仕事は調停役だ。意見を取り上げ取りまとめ、グループの活動理念に合わせて活動方針を決めるのだ。大変だけれど慣れてきた。
ギルガメッシュから人の上に立つ超越者(オーバーロード)をしての立ち振る舞いを学び取り、言峰綺礼から人心掌握術を学び続けた薫の存在感は、グループ社員も認めている。
また、ギルガメッシュや綺礼では威圧感バリバリで社員が息が付けないようなので、薫が緩衝材になって張り詰めた空気を弛めていたりするのです。
王様のご機嫌を取るのが仕事であった薫だが、それも仕事を覚えるまでのこと。組織の動かし方と、資金と帳簿の働きを理解した後は、薫がグループ全体を統括することも多くなっていた。
そして王様と神父が仕事をサボり出すのが納得いかないのだが、まあ王様は王様だし。綺礼は本職が神父で霊地冬木の管理者代行、あまり無理は言えない。
しょうがないので保護者の代わりにお仕事お仕事。薫は書類に目を通し、サインとハンコを押すのだった。
先日パリから電話があって、王様は観光を、綺礼は異端審問を終えて合流したとか。
もとより心配はしていなかったが、ギルガメッシュが子供の姿になっているらしい。何があったのかは怖くて聞くことが出来ません。
数日後にはヨーロッパ支部設置のための交渉を終えて帰ってくるので、詳しいことはまた後で。
「よし」
薫は小さな手を伸ばし、書類の束を手に取った。
二人とも、早く帰ってきて欲しい。
遠坂邸の地下にある、ここは遠坂の魔術工房。主である遠坂凛が、机に宝石を並べて頬杖を突いている。
凛は弟子である薫のことを考える。
弟子にしてから三年たって、座学と一般的な魔術についてはだいぶ進んだ。
父である遠坂時臣の弟子であった綺礼に比べれば、薫の習得は遅いが、それは気にすることじゃない。
薫の養父、言峰綺礼は凛から見ても魔術の習得が早かった。
たった三年で全般的な魔術を修めてしまった綺礼の熱意は凄まじかったと、それは凛も認めていた。
だが凛は綺礼が苦手だ。
思い詰めているような表情で必死に学ぶあの姿、まるで苦しんでいるかのようで、嫌ならやるなと言いたくなったものである。
だが綺礼は修練を続け、父、時臣から信頼された。結果、凛は綺礼を兄弟子と呼ばねばならなくなり、父が逝った今では第二の師匠と呼んでいる。
だがすでに凛が綺礼から学ぶものはない。さっさと自分で学習して綺礼の知識レベルは追い越した。
一応の一人前と認められ、綺礼から魔術礼装アゾット剣を貰った。どうということのない品だが卒業証書の代わりなのだろう。
だが魔術研鑽は果てしなく続くのだ。並の一人前程度では、六代続く遠坂の悲願はとてもじゃないが叶わない。
知識と技能を受け継いで、更に上を、更に深みを、世界の向こう側にあるという根源を目指しつつ、遠坂の大師父キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの宿題である宝石魔術の究極を目指すのだ。
凛は頭を振って、こめかみをマーサージする。考えが逸れてしまった。
弟子たる薫の習得カテゴリーは、錬金・朴占・治療・解析・修復・降霊・召喚・エトセトラ。
頑張ってはいるものの、練度は低く偏りが大きい。
熱心に修練した基礎の強化と変化の魔術はまずまずなのだが、まだまだ応用できてない。錬金術も宝石加工、紙片(スクロール)作成、魔術薬に実践は限定している。
ホムンクルスを鋳造しろとは言わないが、せめてパペット(宝石の使い魔)位は使えるようにしておきたい。
もっとも薫は聖典紙片に「鳥」の概念を加えて折り紙のように使い魔を作るつもりらしいので、それならそれで良しとする。
ただ薫は道具に頼りすぎだ。あれでは魔術がその身に刻まれない。
儀式魔術や聖典紙片の術式なしでは強化と変化、あとは治療と加工と火炎操作くらいしか出来ないのが薫の現状だ。まったくどうしてくれようか。
魔術なのか体術なのか判らない魔力放出(オーラバースト)ばかり上手くなるのも気に入らない。空が飛びたければホウキを使うべきなのだ。
景気よく魔力をぶっ放すあの術のせいで、女の魔術師にとっての切り札、髪を結ぶことも出来ない。魔力が滞ると拙いから。
フォローに礼装で携帯魔力炉を用意したが、考え方が本当に戦闘魔術師だ。薫の過去を思えば強くたしなめることも出来ないけれど、どうせなら治療魔術師を目指して欲しかった。
薫は綺礼から霊媒治療を集中的に習ったらしく、霊体干渉により間接的にも肉体を治療する。
これはなかなか頑張っている。魔力容量の大きい凛の方が治療限界は高いが、術式の習熟度では薫が凛を上回る。好きこそもののなんとやらだ。本当に治療魔術師を目指して欲しい。
そもそも彼女は向上心と闘志はあるが怨念に欠けると言うか、戦いに向いているとは思えない。
例えば薫は呪いが上手くない。
彼女の呪いは何故だか効果が低い。ガンド(呪いの弾丸)魔術の修練を熱心に続けているが、フィーバー(熱病)系以外の呪いは効果が出ない。凛ならば煉瓦も砕く威力になるのに、薫のそれは紙すら破けない。最もそれは凛のガンドが強すぎるだけなので、薫のガンドがダメということではない。相手が一般人なら病気にはなる。
薫の呪いがダメなのは、おそらく教会暮らしだからなのだろう。
呪いが苦手な反面、霊体攻撃魔術は高威力を出せる薫だ、薫の頭の中では「火属性」が「聖属性」や浄化概念と結びついていると思われる。
薫は綺礼を慕っているし、薫自身がやや聖堂教会よりのポジションを取りたがっている節もあるので仕方がない。
魔術に関わる以上は聖堂教会の代行者(エクスキューター)になることは無理なので、綺礼のように「こうもりさん」になって魔術協会とのパイプ役になるのだろう。キング・グループをそのために利用しようとしているのが恐ろしい。あの子、本当に子供でしょうか?
凛はガーネットを指で突いて転がした。
それは薫が魔術で加工した石だ。「練成昇華」傷物の石を高純度の宝石に焼き直す、宝石魔術の錬金術への応用魔術。
宝石を様々な魔術に応用するのが宝石魔術であるが、薫はこれ以上の伸びが見込めない。
魔術特性が「融解」で物質干渉に優れるとは判っていた。予想通り宝石加工は身に付いた。だが薫はそこまでだ。
凛は引き出しから宝石箱を取り出した。開けばそこには大粒の宝石が十個もある。
父が逝った三年前、魔術師になるという決意を形にしようと思って無理して買った宝石たち。手に入れてから毎日どれかの石に魔力を注ぎ込むのを続けているから、すでに凄まじい魔力が封じられた魔術礼装と化している。
薫などはこれが作りたいらしいが無理だった。気合いを入れると宝石を溶かしてしまう薫では、魔力を宝石に貯められない。貯めても自身と等倍程度で頭打ち。それでは宝石を使う意味がない。
以前「なら百個使って一発を作れば……」等とほざいたので、泣いてごめんなさいと言うまでほっぺたを伸ばしてやった。ふざけるなよ言峰薫! 貴女には宝石の輝きが見えていないのか!! そんなことは遠坂凛が絶対に許さない!!!
おのれ薫! 凛がいくら練習してもさらさらと、あるいはドロドロと崩壊していく宝石加工、それをあの子は額に汗をかくだけでこなすのだ。そりゃあ「流動・転換」である自分の方が魔術師としての格は高いが、これは違う問題だ。
薫を逃がしてはならない。
段々とお金の大切さが判ってきた今日この頃、計算してみたらちょっとブルーな私の未来。少し恨むぞ宝石魔術。
しかし福音はもたらされた。
宝石の錬金術師、言峰薫がいる限り、宝石の購入額は半分以下にも出来そうだ。
そして彼女は社長さん。エクセレント! 色々な意味で素晴らしい。これはもう運命の出会いに違いない。
なんだか大師父の宿題をクリアして、根源にだって手が届くような気さえする。
そのために、薫には様々な宝石を加工出来るようになってもらわないといけないだろう。
ベリル(アクアマリン、エメラルド)は手つかず。
コランダム(ルビー、サファイア)はコツを掴んできたらしく、青い宝石が少しずつ大きくなっている。
ガーネット各種は時間の問題だろう。だてに今まで集中的に練習させてきた訳じゃない。
悪くない。
宝石魔術の使い手としては既に頭打ちとも言える薫だが、加工の魔術師としては素晴らしい可能性を秘めている。
もとより魔術刻印のない薫だ。一般的な魔術を超える高度な専門魔術は、その素質に合わせて選ぶより他にない。
ならばぜひとも宝石加工を極めて欲しい。
ーー そうすれば、そうすれば、そうすれば、ああ!!! ーー
凛は自分を抱きしめて、くねくねと体を揺らすのだった。
その日は雨が降りそうなネズミ色の空だった。
昼なのに薄暗い空の下、深山町の公園に間桐桜の姿があった。
頭には、薫に被せられてから借りたままになっている白い帽子を乗せている。両手で虫網を構え、肩から虫かごとスケッチブック入りの袋を下げていた。
今日は凜も薫もいない。魔女たちの集いはお休みだ。しかし桜は公園にやって来て、一人で蝶を追いかける。
これは桜の挑戦だ。
薫に連れ出され、凛に術式を与えられた。あの日から桜は蝶を追いかけた。
凜と薫が来ない日は、兄の慎二が助けてくれている。
捕まえた虫たちは間桐の家に持ち帰る。魔術回路を使わない蟲の術式支配。慎二はそれをマスターしようと必死になっていた。
魔力は全てに宿るもの、魔術回路がなくても儀式魔術(フォーマルクラフト)を用いれば魔術は使える。
以前、言峰薫が口にしたこと。凛はそれを、呪文と術式と魔力操作で実行して見せた。
魔力。その感覚を理解しようとする慎二を、桜も精一杯手伝った。魔力を出したり送ったり、吸い取ったりぶつけてみたり。兄妹でうんうん言いながら、その感覚を共有しようと頑張った。
結果、慎二は「これが魔力というものか」という感じを掴むことが出来たのだ。
普段は威張ってばかりの間桐の兄、慎二がすごく嬉しそうに笑顔を見せた。そして桜を褒めてくれたのだ。
ーー お前のおかげだ、桜 ーー
汗だくになってフラフラしているはずなのに、慎二はタオルを取ってきて桜の汗を拭いてくれた。シャワーを浴びてこいと言ってバスルームまで送ってくれのだ。
そして二人での昆虫採集が始まった。
お小遣いで虫かごを幾つも買って、捕らえた虫を飼育する。獲物は蝶が多いが、カナブンやカブトムシでもいけそうなので狙っている。セミはいっぱいいるのだが、すぐに死ぬのであれはパスする。
虫を捕まえては桜が術式を試し、慎二が術式をこねくり回して少ししかない魔力を工夫する。
それが桜と慎二、力の弱い兄妹の夏休みの研究となっていた。
慎二は蝶の捕まえ方も教えてくれた。要は鳥や魚と同じ、蝶は後ろに進めない、前に向かって進むだけ。だから頭に被せて捕まえろ。蝶には縄張りがあって決まった道をグルグル回っている。だから逃がしても待っていれば戻ってくる。待ち伏せてやれ。
そして地図を書いてくれたのだ。スケッチブックに色鉛筆で書かれた地図に、二人で調べた蝶の道を書いていく。毎日書き込みが増えていく。
しかし今日は慎二もお休みだ。頑張りすぎて熱が出た。一緒にいようかと思ったのだが、行ってこいと送り出された。ならば私は頑張ろう。
今日の狙いはクロアゲハ。
桜は虫網を振りかざしクロアゲハに襲いかかる。おとなしくしろクロアゲハ。間桐桜はクロアゲハが欲しいのだ!
桜は無茶苦茶に虫網を振り回す。そして祖父のことも考える。
祖父、臓覗は様子がおかしくなっている。
昼過ぎになると玄関ホールに姿を現し言峰薫を出迎える。そして彼女の問いかけを受けて難しい顔で沈黙する。彼女が来ない日も祖父はホールに現れる。目を閉じて何かを思い出そうとしているかのようなのだ。
薫と臓覗が向き合うときのあの空気、桜には何が起きているのか判らない。しかしそれでも桜は思う。
あり得ないことが起きている。きっと凄いことが起きているのだ。だけどそれが何なのか桜には判らない。
それが悔しくてたまらない。
蝶を追う。虫網を振り回すがクロアゲハはそれをかわして飛んでいく。はぁはぁと桜は息を切らして立ちすくむ。
悔しい。何が悔しいのかも判らないけど、なんだかとっても悔しいのだ。
桜は木陰に戻って深呼吸を繰り返す。十分もすればクロアゲハはまたここにやってくるに違いない。
ハンターと化した桜は蝶を待つ。絶対に逃がさない。
Fate/黄金の従者#08公園の勇者・前編
曇り空の薄暗い日でも夏休み。そしてここは公園だ。たくさんの子供達が歓声を上げている。
子供達は無邪気で明るく、しかし事の是非が判らない。もっと言えばどうでもいい。楽しいことが良いことだ、他のことなど関係ない。今の時代、この日本では当たり前、大人も子供も楽しいことが好きなのだ。もちろん全員ではないですが、階段で転んで泣いてる女の子など見捨てていくのが当たり前、だって助けるなんて面倒くさい。面倒くさいのは楽しくない。ボクタチはもっと楽しいことがダイスキだ!
だから、公園でサッカーをしていた少年グループの一人は、虫網を振り回していた女の子にサッカーボールをぶつけてやった。
さっきから邪魔だから。
「きゃっ」
サッカーボールが飛んできた。蝶を追いかけていた桜は、それに気付くことが出来なかった。背中に何かぶつかって、つまずいてから振り返るとそこにボールが転がっていた。
桜はハッと我に返った。ここは天下の公園だ。夢中で蝶を追いかけていたのだが、どうやら他人の邪魔をしたらしい。サッカーをしているところに虫網を振り回す自分が乱入すれば、さぞや迷惑だったことだろう。
桜は急いで立ち上がり、反省しながら木陰に戻ろうとその身をひるがえす。埃の付いた袋をパンパン叩いて歩いていると、再びサッカーボールが飛んできた。
「きゃっ」
よろけて地面に手を付いた。ボールが当たって痛かった。
桜には訳が判らない。この場から離れようとしてるのになぜ? 真ん中から離れようとしているのになぜ? そんな自分に狙ったかのようにボールが飛んで来たのはなぜ?
見上げると自分は男の子達に囲まれていて、そんな中の一人と目があった。
笑っていた。しゃがみ込んだ自分を見下ろしニヤニヤと知らない子供が笑っていた。
あの笑い方は知っている。あれは祖父の臓覗が自分を蟲の中に落としたときの顔によく似ている。でも最近の臓覗はあの顔はしないし、笑う顔にも怖さというか威厳がある。
兄、慎二もたまにこんな顔をする。でも違う。慎二の笑みには「しょうがないから助けてやるよ」というニュアンスが込められているのだ。どうすればいいのか判らない自分に偉ぶりながらも色々と教えてくれる慎二の笑みと、この子の笑顔は似ているけれど致命的に何かが違う。
腹が立つ。桜は自分の考えが気に入らなかった。他人にボールをぶつけてニヤニヤするような奴と間桐の家族を比べるなんて、何と愚かなことだろう。また兄に叱られてしまう。
「おい、お前。さっきから邪魔なんだよ」
「え? あ、ごめんなさい」
しどろもどろになりつつも、桜は謝罪を口にした。ボールをぶつけるなんて酷いとは思うが、邪魔した桜も悪かった。怒っているのは怒らせたから。たくさんの人を怒らせた。きっと自分が悪いのだ。
そんなことを思っていたら、被っていた帽子を奪われた。
「え? だめ、返して、ください」
それは困る。あの帽子は桜のものじゃない、言峰薫の持ち物だ。自分を外に連れ出してくれた少女の持ち物で、光を受けて輝く白いつば広の帽子なのだ。
しかし男の子達はいやらしい笑みを顔に浮かべてはやし立てる。汚い言葉を口にする。
桜には何を言っているのか判らない。どいつ語よりも難しい。それは特殊な人達の専門用語に違いない。
下品で無教養で、〇〇な親に育てられた〇〇な人間でないと使いこなせないその物言いは、誇りある者ならば「雑種」と言い捨て殺しにかかっても不思議でないほどのバカさ加減を極めている。
本物の馬鹿が相手では日本語(コミュニケーション)そのものが通じない。
そんなことは知らない桜は必死になって帽子を取り返そうとするのだが、嫌らしく笑う子供達の遊び(狂気)が止まらない。
桜には判らない。間桐の家で口には出せないような酷い目にあった桜だが、それでもあれには目的があったのだ。方向性というものがあり、何のためにやっているのか意図は察することが出来たのだ。
なのにこの子達にはそれがない。
当然だ、馬鹿には未来を思う知能はない。今しかない。今楽しければいい。人の痛みなど知らないし、困った奴を見るのが楽しいだけだ。
そして類は友を呼ぶ。全身から汚いナニカを放つニヤケタ顔の子供達。桜に理解できるはずもない。
やっと帽子を掴んだと思ったら突き飛ばされて尻餅を付かされた。
判らない、判らない、間桐桜は混乱する。どうしてこんなことをされるのだ?
怖い。今日は薫も凛もいない。兄も熱出して寝てるから、誰も助けてくれないのだ。
固まっていたらスケッチブックを奪われた。
その時、桜は恐怖を忘れた。
あのスケッチブックは凛に貰った大事なものだ。薫と凛と桜が昆虫採集の記録を書いている。
凛がまとめたドイツ語の呪文も書いてある。慎二が調べた訳文と、慎二と桜が考えた術式も書いてある。
慎二が色鉛筆で描いてくれた地図には蝶の道が書いてあって、それは本当に大事なもの。大切なものが少ししかない桜にとってスケッチブックは宝物。
なんで取られないといけないのかどうしても判らないし、盗られるなんてどうしても許せない。だから、
「返してっ!」
桜は、間桐桜になって始めて自分のために声を上げ、不条理に掴みかかった。
その少し前、公園に続く道を行く少年少女の姿があった。
少年はまだ子供で、クセのある髪は太陽に焼かれたように色が明るい。ムスッとした顔をしていて、肩にバットを担いでいる。
後を行く少女は学生らしく、夏休みなのに制服であろうセーラー服に身を包み、肩から竹刀袋を下げていた。頭の後ろでポニーテールにまとめた髪が、歩く度にひょこひょこ揺れる。
「ねー士郎。切嗣さんが帰ってきてるんだから家にいようよー」
「うるさい。藤ねえは帰ればいいだろ」
肩を怒らして進む子供、衛宮士郎に藤村大河は苦笑する。
士郎の顔に付いた絆創膏が後ろからでも見て取れた。公園に、いじめっ子グループみたいな子達がいるらしく、士郎はそれに絡まれてやられてしまったそうなのだ。
衛宮士郎は男の子。卑怯なヤツに負けたままじゃいられない。たった一人でも立ち向かう。
それは判るがバットはダメだ。大事になりそうなら止めに入ろうと思ってついて行く。藤村大河は衛宮士郎の姉貴分なのだから。
大河が内心で困ったもんだと思っていると、士郎がああっと声を上げた。
「あいつらっ!!!」
「ちょっと士郎?! どうしたの?」
走り出した士郎の先の公園で、男の子達に囲まれた一人の少女が突き飛ばされてひっくり返った。
「何してんだお前らっ!!!」
公園に、正義の味方が現れた。
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あとがき
ここで一度切ります。
薫、凛、そして桜。それぞれが一人でいる所を書きたかったのですが、凄まじく書きづらかった。
やはり一人ではドラマは生まれない。引き籠もりはダメですね(違う)
やっと、衛宮士郎を出せました。それだけで嬉しかった管理人(私)です。キターーーーッ と自分で喜ぶ変な人(自覚はある)になってました。
士郎には早く出て欲しい、しかし話は飛ばせない。いっそ言峰士郎にすれば良かったか? しかしそれでは”衛宮”士郎が消えてしまう。納得いかん。などと苦悩のループにおちいってました。自業自得ですが。
次回予告
後編:うなるバット。うなる妖刀「虎竹刀」。唸る八極拳&金剛八式。死人が出ないように気を付けます(出ません)
近日公開。構成と細部の調整中。
黄金のおまけ「間桐兄妹、その後」が付きます。
2007.12/29th
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