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07魔女たちの夏休み

 夏の朝日が差し込む冬木市新都。
 その郊外にある冬木教会、通称「言峰教会」の門前に、黒塗りの国産乗用車が停車していた。
 エンジンがブルブルと低音を響かせるその脇に、教会の尼僧服に身を包んだ一人の少女が顔を寄せている。
「王様、おじさま。ちゃんと帰ってきてくださいよ、いいですね?」
 閉じたドア越しに後部座席をのぞき込んでいるのは言峰薫。朝日を受ける髪が光のリングを映し出している。
 薫が身を寄せている車の中には言峰綺礼とギルガメッシュ、既にシートベルトを締めていた。
 綺礼は僧衣に身を包み、ギルガメッシュはサマーカジュアルでキメている。いつも通りであるのだが、二人ともこれから海外渡航だ。
 綺礼は聖堂教会の一員として、外道に墜ちた魔術師の処分(抹殺)という任務を受けた。
 彼はかつて聖堂教会の戦闘員たる代行者(エクスキューター)であり、そして聖遺物の管理と回収を行う第八秘蹟会というセクションに身を置いていた。
 だが前回の聖杯戦争の三年前に、綺礼の手に聖杯戦争の参加資格たる令呪が浮かび、結果として彼はイタリアから日本の冬木に出向して魔術師である先代の遠坂当主、遠坂時臣の弟子となった。
 表向きは聖堂教会から魔術協会に鞍替えしたことになっている綺礼だが、その実はやはり聖堂教会の人間だ。遠坂時臣の元で学んだ綺礼は魔術に対して造詣が深く、魔術師に対する異端審問の仕事を割り当てられるようになっていた。
 薫が教会に引き取られてから三年間。綺礼は年に数回は、命がけの仕事に出かけてしまう。今回もそれであるのだが、それにギルガメッシュが同行するはずはない。
「ハハハハハ。心配はいらぬ。カヲル、お前は只、果報を待っておれば良いのだ」
 後部座席でいつもの如くふんぞり返るギルガメッシュだが、薫の顔には「心配です」と書かれているかのようである。
「王様、くれぐれも大事なきようお願いいたします。ええ、本当に」
「なんだカヲル? この我(オレ)が万が一にも害されるようなことがあるとでも思っているのか?」
「いえ、そうではなくてですね、明後日あたりに「中東で核ミサイル爆発」なんてニュースが流れないといいなー。なんて思っているのですが、どうでしょう?」
 王様はかつての自国ウルクがあった現イラクへ観光なのです。
「ふん、この我(オレ)を侮るなよ。我がその気になったのならば、核ミサイル如きの比肩で済むと思うなよ?」
 ニヤリと嗤う王様に、頭を抱える薫です。
「王様、どうか穏便にお願いします。観光の後は大事な仕事ですから遅れたりしないでくださいね」
「判っている判っている。心配はいらぬ。我(オレ)よりも綺礼に言ってやれ」
 ギルガメッシュに促され、薫は綺礼に視線を向ける。
「おじさま、ちゃんとお仕事(異端審問)済ませて帰ってきてくださいよ?」
 そんな薫の言葉に綺礼は薄ら笑いを浮かべて目を閉じる。
「判らんな。仕事に危険はつきものだ」
「あはは。嘘でも良いから帰ってくるって言うものですよ、おじさま?」
 それから、微妙に危険な発言は止めて欲しい。この車はキング・グループの物で運転手もグループの系列会社の一般人ですから。
 黙り込んだ薫の頭にギルガメッシュは手を伸ばし、乱暴にぐりぐりとなで回した。
「ハハハ、そんな顔をするな。疾く帰ってこよう」
「……王様、おじさまのことお願いしますね。おじさまも王様をお願いしますよ?」
 この二人には「連帯責任」という言葉を教える必要があると思う薫です。
 綺礼は教会の仕事、ギルガメッシュはイラクへ観光。その後に落ち合い、キング・グループ欧州支部設置のための下調べをすることになっている。
 薫は車の向こうに回り込み、含み笑いをしていた綺礼に小声で囁く。
(おじさま。難しいとは思いますが、聖堂教会と魔術協会の穏健派に、ちゃんと話を付けてくださいね? それから)
(判っている。魔術協会ではエルメロイ派を引き込めと言うのだろう? 先の聖杯戦争でケイネス・アーチボルトを失い、混乱に見舞われているエルメロイ派だ。聖堂教会とのパイプと交渉役としての利権を得られるとなれば食いつくだろう。まかせておけ)
(お願いします。おじさま)
(多少の大物が来てもギルガメッシュがいれば問題あるまい。受肉したあれをまさか英霊と見抜ける者もいないだろうしな)
(王様もお願いします)
 聞こえないはずの小声で囁く薫のセリフに、しかし英霊たるギルガメッシュは綺礼の向こうで頷いた。
 薫は車から一歩離れて前の助手席に向き直る。
「それじゃ専務さん。お願いします」
「おまかせください社長。君、会社の方に頼む」
「「何?!」」
 運転手に指示された何気ない言葉に、綺礼とギルガメッシュは目を剝いた。
「どういうことかな? 会社に寄っていたら飛行機に間に合わん」
 言峰綺礼、すなわちキング・グループ「顧問」の肩書きを持つ彼は腕を組み、しかし額に汗をかく。
「専務、まさか貴様は我(オレ)の旅行を邪魔するというのではあるまいな?」
 怒りの表情に顔を歪めるギルガメッシュだが、ちょびっと口元が引き攣っているのです。
 教会の殺し屋と古代の英雄王の視線を受ける専務さん、しかし彼は企業戦士なのである!
「はい。飛行機のチケットは夜の便に変更いたしましたので、キング会長と言峰顧問には夕方まで会社にて仕事をお願いいたします」
 薫、そしてギルガメッシュですら信用を置く専務さんは、にっこり笑顔で神父と王様からの殺意の波動を受け流す。
「悪いがそういうことなら私は降りる。夕方にここ(教会)に車を回してくれ」
「フン、なにも我(オレ)自らが手を下さずとも構わわぬだろう。カヲル、ドアを開けろ」
「クックックック。そうはいかないのですよ。おじさま、王様」
 綺礼が脇を見ると、そこで薫が嗤っていた。
「それはどういう、」
「銀行からの融資の案件、その書類が止まっているのです。それから例の買収の件も併せて銀行さんと話を付けてもらわないといけないのです」
 ちびっ子社長は綺礼をくわっと見開いた目で威嚇する。
「そ、そうか、なら綺礼を持っていくが良い。我(オレ)はここで待とう」
「会長?」
 綺礼越しに突き刺さる従者カヲルの熱い視線に、王様は自分でドアを開けちゃおうかなと思ったかもしれません。
「キング会長? 会長は、キング・グループを100の会社からなる企業グループに育てよう。そうおっしゃいましたよね?」
 ニコニコと笑顔の薫、対して視線が泳ぎ出すギルバート・キング(偽名)こと大きな王様ギルガメッシュ。
「そうであったな。うむ。社長が一国一城の主なら、我(オレ)が100のカイシャを築き100国の王たらんとするのは当然であるぞ?」
「……ええ、そうですよね。ふふふ」
 うつむいて低い声で方を振るわせる初等部五年の女の子、車の中の王様と神父様は見えない位置でお互いに体を肘で突いて警報を発しているのだが、車中では逃げるも何もない。
「王様、キング・グループは100社にはまだ遠いです。ですが成長を続けていますよね?」
「そうであるな。歯がゆいモノもあるが、まあそれは許そう。カヲル、貴様の努力、我(オレ)はそれを理解しているぞ?」
「そうですか、それは良かった。私はてっきり「飽きた」なーんて言い出したらどうしようかと思ってたんですよー。あははー」
 薫、綺礼、専務さん、運転手さんに視線を向けられたキング会長こと古代ウルクの英雄王、微妙に顔が引き攣りました。
「何を言うか?! けしてそんなことはない!」
「そうですよねー。会社に行くのをサボって孤児院の子供達と遊んであげるのは社会福祉ですし、仕事をサボって街を散策するのはマーケティング調査だし、書類を溜めてそれを私に丸投げするのは社長の私に勉強させるためなんですよねー。うふふふふふ」
 なんか黒い湯気が立ち上がる己の従者に、王様は目を合わせることが出来ません。
「おかげで私は会議のある月曜午前は学校に行けなくなりましたし、夏休みは会社でお仕事なんですよねー。うふふ。うふふふふふ」
 ああ、おいたわしい。とハンカチで目を拭う専務さん。
「……専務さん。二人を会社にお連れして。今日中に銀行からの融資の件だけはお願いします。
 それと新規案件一通りに会長と顧問、どちらかのサインをさせてください。最低でも私への委任状を、二人が留守にする二週間分の案件については作成してくださいね。子供の私のハンコじゃ社内はともかく、取引先は納得しません」
「承知いたしました。社長」
 あっさりと笑顔に戻る専務さん。企業戦士は逞しいのだ。
「待てカヲル。それならば綺礼がいれば充分だ。我(オレ)はそれまで待とうではないか!!」
 事実上の出社拒否を態度に表すグループ会長に、社長の目尻がつり上がる。
「まぁ、会長か顧問のサインをいただければ結構ですが、最低一人は必要ですし、一人では大変ですよ?」
「ハハハハハ。綺礼なら問題なかろう。さて、後は頼むぞ」
 そう言ってドアノブに手を伸ばすギルガメッシュであったが、反対の腕を言峰綺礼に捕まれた。
 くっとギルガメッシュが振り向けば、神父こと言峰顧問が嗤っていた。
「残念だが、一人より二人だ。共に逝こうではないか。なあ会長?」
 そう言って自分の腕をぽんぽんと叩く言峰綺礼。あの位置には恐らく令呪があります。その意味を理解して顔の引き攣るギルガメッシュ。
 令呪(コマンド・スペル)はマスターに召喚されたサーヴァントへの、三度限りの絶対命令権。
 マスターの証でもあるそれはサーヴァントに対して命令できる立場を示す聖痕なのだ。つまりこれは脅しである。一人で逃げるのは許さない。ああ彼らはマスター&サーヴァント。
 ちっと舌打ちし、不機嫌になる王様だったが、それでも彼は会長さんだ。しかたあるまいと言いつつふんぞり返り、運転手に会社へ行くように命令する。
「いってらっしゃーい。ちゃんと帰ってきてくださいよー」
 手を振る薫に見送られ、二人を乗せた車は走っていった。

 ふぅと薫は息をつく。
 グループの書類はともかく、ヨーロッパ支部の設置には、魔術協会のエルメロイ派を是非とも引き込んでもらいたい。
 先の聖杯戦争で、将来を期待されたケイネス・エルメロイ・アーチボルトが敗退して死亡。
 だがエルメロイ派は崩壊しそうになりつつも持ち直すはずだ。そこに付け込んで恩を売りつつネットワークを作っておきたい。
 まあ簡単にいくとも思えないが、繋がりさえ出来れば上等だ。七年後に遺物の入手を依頼できるだけの関係が出来ればいい。
 頭が痛い。何はともあれ、なんだか色々と忙しい言峰薫。初等部五年の夏休みが始まります。

Fate/黄金の従者#07 魔女たちの夏休み・前編

「それで薫は明日からどうするの?」
 ここは夜の遠坂邸。食事も終わって明日の分までデザート作りの真っ最中に、凛が薫に聞いてきた。
 作っているのはスイカを使ったシャーベット。チョコチップで黒い種を演出していて、それを小さなカップに分けて詰め込み作業。
「そうですね。お昼まで会社で仕事、午後は一日おきに間桐邸にお邪魔して、夜はここ(遠坂邸)でお勉強(魔術研鑽)ですね」
 薫は綺礼とギルガメッシュが帰ってくるまでの二週間、遠坂邸にお泊まりします。
 せっかくの夏休みだ。まとまった時間をかけて、色々とやりたいこともある。
 まず限定礼装「魔導書」の魔力生成能力を、もう少し上げておきたい。
 現在は真紅のロードライト・ガーネットが「炉」であり、血の色のアルマンディン・ガーネットが「接続経路・疑似神経」として機能している大雑把な構造だ。まずはこれを改めたい。ぜひ四大元素に対応させたいものである。
 オレンジ・ガーネットで「地」を。ルビーで「火」を。グロッシュラー・ガーネットで「風」を、そしてアクアマリンかサファイアを「水」に対応させて周囲への干渉力を高め、大源(マナ)の吸収能力を高めたい。
「そうね。じゃあそろそろ、コランダムとベリルの練成訓練をしたほうがいいわね」
 凛の指摘に薫はむむっと腕を組む。
 コランダムとはダイヤモンドに次ぐ硬度を誇る鉱石グループで、赤い物をルビー、それ以外をサファイアという。
 サファイアというと青い石をイメージしがちだが、実際には金色、無色、ピンク、オレンジなどのサファイアもあり、どれも希少宝石だ。
 またルビーであるが、ルビーとは赤い石全体を指し、古来はガーネットもルビーの一種とされていた。
「うーん、コランダムはルビー(紅玉)はともかくサファイアの青がどうも……」
 薫は渋い顔をする。宝石の属性は色彩に大きく影響される。赤いルビーは激しく燃える火属性で薫とは相性が悪くない。
 しかしサファイアは主に青い宝石、その性質は水属性かつ氷属性にも概念解釈を広げられる純度の高い澄んだ宝石(いし)、こちらは火属性・炎上である薫とは相性が悪すぎる。
 しかし頑張る価値はある。
 ガーネット・グループとコランダム(ルビー、サファイア)を抑えれば、光の三原色である「赤、緑、青」と、色の三原色である「シアン(碧)マゼンダ(赤紫)イエロー(黄)」をカバーでき、理論上はあらゆる魔術に応用できる魔術礼装が作成可能になる予定だ。
 そしてベリルという鉱石グループにはエメラルドとアクアマリンがあり、どちらも有益なヒーリング・ストーンだ。是非扱えるようになりたい。
 もちろんすぐには無理なので、アクアマリンあたりは大きいのを買ってきて、工具で加工することになるだろう。

 考え込んだ薫。それを凛は隣で静かに見守る。
 薫は凛の弟子であり、宝石魔術を修練している魔術師の卵だが、二人の在り方には違いがある。
 凛の属性は五大元素で「地・水・火・風・空」の複合五重属性であり、どの要素でも扱うことに苦労はしない。
 そして凛の腕には遠坂の家に伝わる「魔術刻印」がある。遠坂の魔術師が代々積み重ねた歴史であり遺産でもある魔術刻印は、それ自体が生きた魔導書のようなもの。凛が望めば魔術刻印自体が呪文を紡ぎ、魔術を構成してくれる。
 苦痛はあるし、元は他人の肉体にあったモノなので、免疫抑制剤のような煎じ薬を生涯、作り続け飲み続けねばならない。だが魔術とは危険なものなので、それをサポートしてくれる魔術刻印に文句などあろうはずはない。
 故に凛は自身と魔術刻印を使って魔術を構成し、宝石は主に補助礼装たる魔力の燃料タンクに加工している。
 まあタンクと言っても貯蔵量が凄まじいので、儀式魔術(フォーマルクラフト)で長文呪文詠唱(テン・カウント)を使うのに匹敵する魔力弾を宝石(いし)の開放だけで生み出せる。宝石は砕け散るのでもったいないけれど。
 だが薫は凛とは違う。
 薫は周囲の大源(マナ)に干渉するためのアンテナ、あるいは変換器(トランス)として宝石を使うことから始めた。
 魔力を込めても自身に宿る魔力以上を、薫は宝石に込めることは出来なかった。これでは魔弾にする意味がない。
 魔術刻印もないので、魔術を構成するには自分で呪文詠唱しつつ道具で補助するより他はなかった。
 そんな薫が考案し、凛が構成を手伝ったのが「聖典紙片」と「魔導書」だった。
 今のところ、薫は自作のマジック・スクロールを使用しないと火の魔術も満足には使えない。種火があれば操れるが、発火は今だ少々苦手だ。
 しかし紙片(スクロール)さえ作っておけば発火でも火炎操作でも、高い安定性と再現性を発揮する。
 宝石を練成昇華し、道具を作り、道具を使う「アイテム使い」それが宝石の魔術師としての薫のスタイルだ。
「聖典紙片」には、まず紙片を剣に変化させる術式が書き込まれ、次に「摂理の鍵」の式が書き込まれた。
 さらにロードライドを複数使い、小さいながらも魔力タンクと「炎上」の属性を加えて発火機能が付いたのは、ほんの半年前なのだ。
 そして聖典紙片の在庫が出来ると綺礼との訓練で激しく消費する。工夫を重ねてまた作り貯める。そんな薫の練成昇華は一日二個が最低ノルマで、聖典紙片の作成は週に二枚をノルマにしている。
 これが凛にはたまらない。ふざけやがってこの娘。キレイな宝石をバカスカ使い捨てるとは宝石の魔術師の風上にも置けはしない。
 ……しかし今は我慢のしどころだ。
 魔術礼装「聖典紙片」の術式が洗練されれば、使い捨てにされる宝石(いし)も、ぐっと減るに違いない。そうすれば、薫はきっと私のために宝石を練成昇華してくれるに違いない。嫌だとは言わせない。いいえ、嫌と言えるわけがない。薫、貴方が大好きよ。
 きっと未来は素晴らしい。宝石という卵を産む魔法のウミガメ。金のガチョウ言峰薫。私は貴方を逃がさない。いっそお嫁に来てください。当然ですが、他にお嫁に行くのは許しません。
「凛? 凛?!」
「なんでもないわ。おほほほほ」
 気が付くと、薫は気味悪そうにお師匠様から距離を取っていた。うふふ笑いは不気味です。皆さんも注意してくださいね。
 シャーベット作りに戻った二人だが、薫は凛に、小さな声で呟いた。
「凛、間桐に手を出しますから、あれ覚悟しておいてください」
 振り向く凛に、しかし薫は目を合わせなかった。もう言うことはないと、黙ってカップにスイカとチョコチップを詰めていく。
「……判ったわ」
 凛は小さく呟き、顔を背けてそっと唇をかんだ。

 次の日の昼下がり、どこか陰湿な雰囲気漂う間桐邸に夏のお嬢さんと化した薫が訪れた。
 袖なし衿なしの白いワンピース。上にサマージャケットを羽織り、頭に白い帽子を乗せている。
 魔術師の住処であってもなんのその、堂々と侵入していくお客様(インベーダー)。玄関のドアをノックすると、声を張り上げるまでもなく、間桐桜が現れた。
「こんにちわ桜ちゃん。慎二君もこんにちわ」
 今日もニコニコ薫ちゃんに、桜は小声でこんにちわ。玄関ホールの隅に立ってる間桐慎二はフンと鼻を鳴らして横を向く。
 何だかんだで桜の後ろに慎二がいる今日この頃、よしよし兄妹仲がよいのは良いことだ。しかし言葉にするとお兄ちゃんは怒るので、とりあえずはニヤニヤするに留めよう。

 ……段々と綺礼に似てきたと、凛に言われる薫です。

 予定通り、桜を連れ出すことにする。出て行く前に手土産のスイカシャーベットを慎二に渡す。ミニボックスに残すやつは公園でみんなで食べる分である。
「さて、では今日も臓覗おじいちゃんにご挨拶したいのですが」
 薫はそう言い、屋敷に進み入ろうと踏み出すと、通路の影から間桐臓覗が姿を現した。
「性懲りもなく来おったか教会の小娘」
 睨みをきかせる小心矮躯の老人から、今日も強烈な威圧感が向けられる。しかし夏のお嬢さんと化した薫の暑苦しさは、そんなものには負けません。
「臓覗さんこんにちわ。外は夏ですが、間桐邸の中は涼しげで良いですね。やはり壁の厚みが違うんですかね? 断熱には厚みが必要と言うことでしょうか?」
「知らぬわ! さっさと去ね」
 顔を見せればもう用は済んだだろうと、臓覗はきびすを返す。そして薫は今日も呼び止める。
 白い帽子を桜の頭に被せてしまう。それから一歩進んで背を伸ばす。気合いを入れろ、威厳を示せ。息を吸って下っ腹に力を入れる。
 臓覗を見つめる瞳に力を込めて、薫は今日も問いかける。

「問おう、間桐臓覗。汝は何故に、聖杯を求めるのか?」

 インベーダーが去っていき、臓覗は玄関ホールで一人になっていた。持っているのは手渡されたシャーベットの容器である。
 教会の娘は桜を連れて出て行った。そういえば桜を連れ出されてしまったと、後になって気が付いた。

 ーー 何故、聖杯を求めるのか? ーー

 来る度に、あの娘はその質問を繰り返す。
 聖杯。あらゆる願いを叶えるという万能の釜。そんなものでしか叶えられない願い。お前はそれを持っているだろうと、少女の瞳が言っていた。
 今から200年前、マキリの名を捨て間桐と名を変え、極東のこの地に来たのはなんのためだったのか?
 この身を蟲で補い、化け物となってまで生にしがみついているのはなんのためなのか?
 それは聖杯を手にするためである。そのためにマキリと遠坂は、アインツベルンの呼びかけに応じて英知を尽くし、聖杯システムを構築したのだ。今でもそれは憶えている。
 小娘は最近、真っ白な服を着て間桐邸に現れる。そして臓覗はアインツベルンの白い女を憶えている。だが。
「……思い、……出せぬ」
 それは老人の血を吐くような独白。顔に手をやる。指先がこめかみに食い込むほどに、その手には力が込められていた。
 決してスイカシャーベットでキーンときた訳ではない。

 その頃、桜を連れ出した薫は海浜公園に到着していた。
 冬木市を縦断する未遠川、こっちが深山町、あっちが新都だ。海浜公園があるのは深山町側の河口付近、冬木大橋も見えるこの場所が、冬木市最大の海浜公園。周囲に水族館やバッティングセンターなど、いくつかの遊ぶ施設があるため、デートスポットしても機能する。
 日差しのきつい夏休みの昼下がりでも、それなりに人が集まり賑やかで、木立のセミもミンミン・ジージーと賑やかだ。
 こっちこっちと、薫は桜の腕を引く。
 公園広場を横切って二人は進む。木立が作る日陰に隠れたその場所のテーブルに、遠坂凛が待っていた。
 その時、桜は暑さを忘れた。むしろ全身から冷たい汗が噴き出した。
 薫が間桐の家に来てくれたのは嬉しい。遊びに行こうと連れ出してくれたのも嬉しい。
 しかし、これは酷すぎる。
 脚が震える。意識がもうろうとなっていく。どうすればいいのか判らない。怖い、助けて、嫌だ、どうして?
 前後不覚に陥った桜の前に、言峰薫が顔を寄せてニコリと笑い、

 ―― 次の瞬間、桜の頭にカヲル・チョップが炸裂した ――

「ちょっと薫?! なにやってんのよ!!!」
 凛は思わず立ち上がる。あの子はもう一体何を考えているのか判らない。。
 綺礼が仕事でいないから、間桐の監視にバックアップとして協力しろと言われて、凛はここで待たされた。
 間桐桜を連れてくるから、凛は心の準備をしてくださいとは確かに言われた。
 連れてこられた桜は笑っていた。薫に手を引かれ、困った風でもあったが嬉しそうに見えたのだ。
 しかし、その笑顔が自分を見つけて凍り付いた。間桐桜は、遠坂凛の姿を見つけて間違いなく恐怖した。
 体を縮めて震え出す桜。そんな桜を見つめる凛はしかし、体が震えることはない。なぜなら凛は、霊地冬木の管理者(セカンド・オーナー)たる遠坂の後継者、そして何より父の跡を継いで魔術師となるという決意を既に持っているからだ。

 だから、桜が、五年前に、桜が、遠坂の家から、桜が、妹の、桜が、去っていくのを、桜が、ただ見ているしか、桜が、なかったのだ、桜が、悲しくても、桜が、二人とも才能がありすぎて、桜が、魔術を身に付けなければ、桜が、破滅すると、桜が、でも遠坂の後継者は自分で、桜が、魔術師の嫡子にならなければ、桜が、危険な魔術に踏み込まずに済むと、桜が、養子に行けば助かると、桜が、だから私は、桜が、盟約で会えなくなると判っていても、桜が、生きていてくれるのならと、桜が、それだけで良いと思って、桜が、居なく・なるのを・我慢してたのよ!!!

「その桜に何すんのよぉぉおお!!!」
 腰溜めの位置に構えられた拳を胸の位置に引き上げて、縦拳を一直線に叩き込む。
 少林金剛羅漢拳・基本八法の一つ。八極拳の基礎にも取り入れられた金剛八式「穿捶」を、凛は薫の背中にぶちかました。

 みーんみんみんみーん、じーっじーっじーっじーっ。
 セミの鳴き声がうるさく、天然の遮音領域となっている夏の公園、その隅にある木立の日陰のテーブル近く。
 夏の風情が満喫できるであろうその場所で、白いワンピースのお嬢さんが、片手を地面、片手を背中にやり、腰砕けになって泣いていた。
「ぬぅぅぅぅううう、のぉぉぉおおおお、り、凛、あなた、私を、殺す気、ですか? か、肝臓ぐぁぁあああ……」
 ぼてっと地面に額をぶつけて震える言峰薫。
「うるさい! あんたこそ桜に何すんのよ?! 桜、あなた大丈夫?! 痛くなかった?」
「え? あ、は、はい。大丈夫です」
 凛は桜を抱き寄せ、その頭を抱え込み、手で髪をすくようにして彼女のおでこから頭にかけてを優しく撫でた。
「あ、あの、」
「何? 桜?」
「えっと、なんでもないです。……あ! 言峰さんは平気ですか?」
「大丈夫よ。言峰の一族は殺しても死なないから」
 冷酷非情なお師匠様に、可哀想な弟子は非難の声を上げるのです。
「待ちなさい。凛、おじさまと私は教会よりです。吸血鬼じゃないんですから殺されたら死んじゃいます。というか、吸血鬼の血筋なのは貴女でしょう?」
 遠坂の大師父ゼルレッチは吸血鬼になっている。本当かどうかは知らないが、遠坂の家は吸血鬼の血筋だとも聞かされたこともある。多分、デマだと思うけど。
「そんなことはどうでもいいの! 薫、貴女一体どういうつもりよ?! 話によっちゃ許さないわよ!!!」
「は? あー、さっきの手刀のことですか? あれは古武道の「脳活」というやつです。一般に心臓の裏から瞬間圧を入れるやつが時代劇なんかでもやってて有名ですが、頭蓋骨の上部に二枚ある頭頂骨の間隙に、手刀で衝撃波を打ち込んで効かせる活法なのです。心臓に効かせるよりもマイルドで簡単なのですよ。知りませんか?」
「知るわけないでしょぉぉぉぉおおおお!!!」
「待ちなさい凛! なぜ手刀を振り上げるのですか?! 来るな! 来ちゃ駄目!! 来ないでぇぇええ!!!」
「一度、メソポタミアを見てきなさいーっ!!!」
「嫌ですーっ! おじさま助けてーッ!! 王様ーっ!!!」

 スペシャル・マッチ。言峰薫 vs 遠坂凛。
 開始1分38秒、勝者遠坂凛。カラテチョップ乱れ撃ちで言峰薫ギブアップ。

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 あとがき
 長くなったので前・後編に分けます。後編も細部を詰めるだけなので、そう時間は掛からない……。はずなのですが、くそぅ。
 とりあえず、オレ様的なオリジナル要素が発生するのはオリキャラ周辺だけに留めたい。んですけどね。
 続きます。
2007.12/12th

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