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Fate/黄金の従者#5 酒杯

 秋の夜更けに鈴虫の音が静かに響く。
 冬木市新都の丘の上、言峰教会に隣接する外人墓地の更に奥、鬱蒼とした暗い森にぽっかり開いた空き地があった。
 星と月のみが照らすその場所に、僧衣姿の言峰綺礼とスポーツカジュアルに身を包んだギルガメッシュが佇んでいる。
 二人が向ける視線の先に、薫が立ち木を前に剣を手にして身構える。
 左右の手に握られているその剣は、全長が約一メートルの両刃剣。握り柄が十センチほどしかない細身剣だ。

 この剣は、聖堂教会の騎士団メンバー、代行者(エクスキューター)などが用いる基本装備の一つで「黒鍵」という。

 「黒鍵」の名は形状ではなく、その機能に由来する。
 教会の裏組織である聖堂教会は、聖典に存在しない怪異の類と戦うための組織であると言って良い。
 死徒と呼ばれる吸血鬼。伝説にうたわれる妖精、怪物、化け物たち、世界の摂理に反する魔術師や外法使い。そういったこの世ならざる者達に「世界の摂理(ルール)」を叩き込み、神の創り給うたこの世の法則に従わせ、その存在を崩壊させる「鍵」たる武装。
 これを聖堂教会では「摂理の鍵」と呼んでいる。黒鍵はこの「摂理の鍵」たる機能を持つ剣なのだ。
 一般に言うレイピアに外見こそは似ているが、黒鍵は投擲用の投げる剣。飛び道具としても使う剣である。
 薫は自然体から軽く両手を開き呼吸を整える。左右に手にした黒鍵の切っ先がかすかに上下した。
「ハッ!」
 声と共に右腕を下から振り上げ、黒鍵を目の前の木に投げつけた。続けて左手の黒鍵を、今度はオーバースローで槍のように投げつける。
 黒鍵の重心は剣の中心にあり、切っ先を相手に向けて槍のように投げると真っ直ぐに飛んでいく。
 握り柄が剣としては短いのは、投げるときに掌の中で転がして、切っ先を相手に向けて投げやすくするための設計だ。
 よって、剣としては真っ直ぐに投げやすいが、手に持って戦うとなると雑に扱えば落としやすい難しい武器とされている。
 聖堂教会では人気が薄いこの武器を薫はなぜか気に入り、綺礼は使い方を教えてくれとせがまれた。
「どうですかおじさま? 型はこれでいいんでしょう?」
 黒鍵は見事に突き刺さり、綺礼に振り向く薫の顔は、ささやかな笑みを浮かべている。そんな薫に綺礼も笑みを浮かべて歩み寄る。
「ふむ。悪くない。上からの槍投げの型、そして下からの突き投げはそれで良い。あとは横方向の振り込みと振り払いの型になるが、これは日本の手裏剣術で言う回転打法だ。難易度の高い技術に取り組む前に基本の二つを徹底的にやるがいい」
 はいと応えて薫は黒鍵投げを繰り返し、綺礼は時折注意を与えて指導する。ちなみに的までの距離は二メートル。まずは無理せず簡単なところからなのです。

「「 ―― 告げる(セット) ―― 」」

 投擲練習の次は戦闘実習、これは手合わせの中で行われる。
 向かい合った綺礼と薫、二人は同時に呪文(起動キー)を口にする。綺礼はただ魔力を体に巡らすだけだが、薫の体からは熱気により陽炎が立ち上る。自身の体を強化して運動機能も強化する。さらには手にした棒まで強化している。
 綺礼は目を細めて少女を見つめる。黒鍵の重さにも振り回される小さな体、だが自分を見上げるその目は強い意志を輝きとして映し出す。多少は武術か何かの心得があったようだが所詮は元一般人。小さくなった体では何が出来るということもない。
 よって綺礼は薫に基礎的なことから教えることにした。
 構えは自然体を基礎とする。黒鍵は投擲剣。中段の構えは投げには適さない。
 攻撃は突きを基本とする。突きの動作と投げの動作は近くしろ。強く投げたければ上段から槍投げをやれ。
 斬りつけるときは逃げろ、下がれ。接近格闘戦はするな。特に吸血鬼が相手の時は死ねる。摂理の鍵たる黒鍵ならば、魔術師の結界にもある程度は突破力を発揮する。中距離を保て。威力のある攻撃がしたいなら、聖典紙片を刀身に変化させる術を身に付け、火炎でも石化でも好きにやれ。
 正式に黒鍵を授けることはおそらく出来ない。投影魔術が無理なら紙片変化でやるが良い。凛にでも相談しろ。
 基本は体力だ。体を鍛えろ。ひ弱な体の繰り出す豆鉄砲など何の効果も望めない。殺したければ、強い力を出せる体に鍛え上げるのが何よりも重要だ。
 気持ちで負けるな。心が折れればそれで終わりだ。視線で殺せ。
 よろけるたびに、倒れるたびに、薫が痛みに耐えて立ち上がるその度に、綺礼は何度も助言を繰り返す。
 そして薫はその度に、はいと応えて言峰綺礼に攻撃を突き入れるのだ。
 ちなみに綺礼も薫も両手に木の棒を持っている。戦闘訓練を希望した薫であったが、さすがに訓練で死にたくなかった様子です。

 突き刺さってくるような薫の視線に綺礼は思う。
 吹き荒れる火の海で生き残り、サーヴァントに拾われて有無を言わさず従者とされて、マスターであった自分の養子となったこの娘。元は成人とはいうものの、よくも精神(こころ)が壊れないものである。
 洗礼こそやっと授けたものの、薫は神など信じていないだろう。
 本来は信仰心に反応して起動する「摂理の鍵」たる黒鍵も、薫は魔術的にアクセスしてやっと起動をさせている。洗礼詠唱(魂砕き)の習得も希望しているのだが、今のままではとうてい無理だ。もっとも信仰心は時間をかけて積み重ねていくものだから、将来的には希望はある。火属性というのも都合が良い。火は概念として、浄化・昇華・断罪に通ずるからだ。
 なに、自分のような男がなれる代行者だ。鍛え上げれば、十字架を掲げる良い殺し屋になるだろう。今のままではトオサカ子飼いの戦闘魔術師になり、聖堂教会のメンバーにはなれないだろうが、薫はそんなことは気にしないだろうと考える。
 なぜならば。
 炎に焼かれて全てを失い、自分の形を奪われて、性別すらも換えられた。主を奉ずる教会に引き取られて神を恨めず、神父でありながら魔術師でもある自分を養父とし、凛を師匠とし友としたため魔術師を恨めず、サーヴァント・アーチャー、ギルガメッシュに拾われ、救われた故にサーヴァントや英霊達も恨めない。
 火災の中を一人で歩きながら見捨てた者達の怨嗟の声は、悪夢となって薫をさいなむ。実際、よくうなされているようだ。凛の所に泊まりに行ったときにも相当にうなされたらしく、凛には事後承諾で暗示をかけたと言われてしまった。以来、多少は落ち着いた。
 そんな薫の心の内を思うと、綺礼はうきうきしてしまう。自分の嗜好は歪んでいる。人の苦しむ姿こそ、言峰綺礼の糧なのだ。
 そんな綺礼はともかくとして、薫の恨む気持ちには行き場というものがない。はずである。
 それでもなお、薫は運命(Fate)に挑むかのように歯を食いしばり、叩き付けられた地面から立ち上がる。
 その姿に、綺礼は暗くも熱い気持ちを感じずにはいられない。

 ―― 楽しい ――

 綺礼の顔に笑みが浮かぶ。まったくもって、薫は自分を喜ばせてくれる存在だ。今なら傲岸極まるギルガメッシュの言い分も判ってしまう。即ち、

 ―― もっと我(オレ)を笑わせろ ――

 それはきっと今、自分が感じているこの高揚感に違いない。言峰綺礼は薫に深く感謝しながら、小さな体を蹴り飛ばした。

Fate/黄金の従者#05 酒杯

「「 ―― 告げる(セット) ―― 」」

 そう言って、薫は魔術回路と経絡を直結し、練っておいた気を火属性の魔力に染め上げる。
 肉体に魔力を巡らせ強化する。運動という概念を形而上的に捉え、観念的に強化する。やっと憶えた物体強化(マテリアル・エンチャント)で、手にした棒を強化する。
 強化、強化、強化、強化しないと言峰薫は戦えない。
 訓練を無理矢理せがんだのは自分。なんとか黒鍵の使い方を教えてもらえるようになったのだが、信仰心が低くて摂理の鍵が起動しない。仕方がないので魔術的にパスを通して使っている。やはり神に泣きつくだけでは信仰心は上がらないようである。
 魔術はなかなか上達しない。いや、上達は早いのだが気持ちに実力が届かない。
 燃える液体が全身を駆け巡るような魔力の感覚。火属性の魔力は揺らぎやすく不安定になりやすい。経絡を使ったインチキ増幅法で、薫の魔力はむしろ多いと言ってよい。魔力の制御はそこそこ上手くやっている。強化魔術の維持については及第点だ。殴られようが蹴られようが、薫の強化は途切れない。
 その反面、強化倍率は二倍にも届かない。肝心の魔術の作用強度が簡単には上がらない。概念の捉え方が甘いのだ。
 ゼロから始めた身としては贅沢なこと甚だしいが、薫は焦る気持ちを止められない。
 まずは呼吸を整えろ。そして構えを整えろ。体を落ち着かせれば心も釣られて落ち着くものだ。
 薫はぐっと歯を食いしばる。

 どうしても、焦る。

 運命を変えることが出来るのか?
 綺礼の中の呪いと悪意、抑えることが出来るのか?
 裏切るのなら、一体誰を裏切ればいいのだろうか。言峰綺礼か? ギルガメッシュか? 遠坂凛か? それともまだ見ぬ衛宮士郎か?
 そもそも裏切ることなど出来るのか?
 みんなが幸せに至れるような未来を紡ぎ出すことなど出来るのか?
 力が欲しい。魔術が欲しい。強さが欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。
 小さい体はどうか大きくなりますように。魔術は強化のみだったが、今年中には変化魔術にも取りかかる。変化はまあいいとして、その先の投影魔術は無理だと言われた。
 強化、変化とくれば、具現化、特質、操作に放出。それはFateじゃなくてハンターXハンター、おめでとう連載再開! こちらの世界じゃ読めないけどね。
 ふらつく体で立ち上がった薫に、綺礼の蹴りが叩き込まれる。
 強化の隣は変化系と放出系っ! しょーもないことを考えながら薫の体は吹っ飛ばされた。

 サーヴァント・アーチャー、ギルガメッシュは、蹴り飛ばされる己が従者を紅玉の瞳で追いかける。
 さすがに綺礼には手も足も出ずに遊ばれているカヲルだが、倒れても叩き付けられても立ち上がる。
 戦場ならばトドメを喰らうばかりであるから、戦いと呼べるレベルに達していない。まあ当然であった。
 無様であるがそれを許そう。
 カヲルは今の世ではたった一人の我が従者、我が民なのだ。なに素質はある。意欲はこちらの想像を超えている。何せ自分よりも強くなるなどとほざくほどだ。
 寝ぼけていたことを差し引いても、この我(オレ)を超えようなどとは度し難い愚か者に違いない。ギルガメッシュはそう思う。
 だがそれが彼には心地よい。
 偽物と紛い物と理念のない出来損ないが溢れる醜悪なこの国、この現世において、カヲルの足掻く姿は本物だった。
 怯えているくせに自分になつき、つつけば泣きそうになる弱き者。されど笑みを浮かべて我(オレ)の周りをくるくると駆け回る。例えるならばカヲルは子犬か?
 自分の考えにギルガメッシュは口の端に笑みを浮かべ、ふっと小さく息を吐く。
 視線の先で、カヲルは再び立ち上がろうともがいている。
 立つがいい。傲慢にも我(オレ)を超えんと挑むがいい。ああ、そして、

 ―― もっと我(オレ)を笑わせろ ――

 そして薫は立ち上がる。
 クラクラときているのか頭を振って、再び剣をしっかり握る。
 ぶつぶつと聖句を唱え、Amen.(かくあれかし)という声が聞こえる。それを聞いた綺礼が笑みを深くする。
 ギルガメッシュには綺礼の心の内が手に取るように判ってしまう。あれは今、歓喜の中にいるに違いない。人が苦しみのたうつ姿を是とする者。聖職者になったのは間違いだと思わざるを得ない言峰綺礼。
 ギルガメッシュは紅玉の瞳で己のマスター、言峰綺礼に視線を送る。

 だが綺礼、貴様は気付いているか? 貴様が感じている愉悦は決して悪なるモノのみではないのだぞ?

 運命よ、変われ。薫の内なるその声が、綺礼とギルガメッシュに届くことはないだろう。
 だがしかし、それでも変わるものはある。きっと届くものがある。
 あがく薫を見つめるマスター&サーヴァント。この二人に小さな変化はすでに起こっているのだ。

 薫は呼吸を整えて、力を抜いて自然体の構えに戻る。ぜぇぜぇと音を立てる薫の吐息が、元の静けさを取り戻す。
 取りあえず気合を入れ直そう。
「我が業は主の御業。我が腕は神の御手。Ash to ash. Dust to dust. ―― Amen. ――」
 なんちゃって。ちなみに主とか神は薫にとってはギルガメッシュだ。いるか判らんカミサマよりも、王様を拝んだ方が100倍マシだ。
 ……もっとも、こんなんだから信仰心が無いと言われるのだが。
 魔力の揺らぎを押さえ込み、強化の魔術を安定させる。強化、強化、強化。強化の隣は変化と放出。だからそれはもういいだろ。
 ……あれ?

 綺礼は薫が立ち上がるのを待っていた。これはきっと立ち上がる。それが綺礼にはたまらない。かくして薫は立ち上がる。そして何を思ったか、薫は確かに聖句を口にした。
 ―― Amen. ――
 それを聞いた綺礼の心が、暗い歓喜に満たされる。たまらない。まったくもって素晴らしい。人は神を信じていなくても、たやすく神に跪く。艱難辛苦に立ち向かうそのために、祈りの言葉を口にする。
 それを祝福せずして何が神父か。
 喜びと共にもう一度蹴りをくれてやろうと歩を進めた綺礼だが、薫は大きく後ろに飛び退き待ったをかけた。
「どうした?」
「えーと、ちょっとまってくだい。なんか出来そうです。待った。ちょっと待ってくださいおじさま」
 左手の棒を横一文字に掲げて待ったをかけて、右手の棒で肩をこつこつと叩いている。
 待つことしばし。自然体に戻った薫の体から、はっきりと魔力が漏れ出した。
 綺礼は眉をひそめていぶかしむ。肉体強化(フィジカル・エンチャント)はその名の通り、肉体に魔力を帯びさせるのが第一原則、わざわざ魔力を外に漏らしてどうするつもりか?
 薫はとんとんとその場で小さく跳ねる。

 そして、最後に、その場で3メートルを超える跳躍をして見せた。

 できたよ。と、自分でも驚いているかのように呟いて、薫はこちらに向き直った。
 今のは何だ? 薫の強化はまだ弱い。さっきまでは1メートルの跳躍がせいぜいだった。それがなぜ、一気に高く飛べるようになる? 概念の捉え方に何かコツでも掴んだか? それならどうして魔力を漏らす? まさか火は赤いから3倍などとは言わぬよな?
「いきます」
 綺礼が問い質す前に、薫は体を沈めて身構えた。距離はおよそ6メートル。届かないはずのその間合いを、薫は一気に侵略した。驚く間もなく、綺礼は薫の切り上げを受け止める。接近すれば、薫の体から洩れる魔力が熱風のように吹き付けた。おかしい。強化魔術は使っているようだが、さらに魔力を外に漏らすなど無駄な消費に他ならない。
「ハッ!」
 至近距離からしかける薫の飛び膝蹴り。それはそれは綺礼の頬をかすめて頭上へと通り抜ける。頬に感じる焦げたような熱さを無視して頭上を見ると、頭上で上下逆さになっていた薫と目があった。
「回、転!」
 何の足場もない空中、しかも上下逆さの状態にも関わらず薫はスピンし、両手の棒で綺礼の頭部に連続攻撃。綺礼は防御しながら飛び退いた。
 一体何が起きている? 長距離の踏み込み、跳躍力の倍増、空中での運動加速、もはや強化魔術の範疇ではない。
「薫、お前は……」
 一体何をと聞きたかったのだが、着地に失敗して頭から墜ちた薫にその気が失せた。よく判らない養女である。
 痛ーいー。と、涙目になっても薫は立ち上がって身構えた。体から洩れる魔力の揺らぎが大きさを増していく。
 そして薫の視線に強い殺意が込められた。それは今日一番の気合が入った一撃か?
「いくぞ! 言峰綺礼!」
 火を噴くような激しさで、薫は高く飛び上がった。星空を背にした薫の体から、更に激しく吹き出す火の魔力。
「キェェェエエエーーー!!!」
 地上の綺礼に向かって、火を噴く薫が怪鳥の如く襲いかかる。薫は両手の棒を同時に叩き付け、綺礼は交差した棒で受け止める。
 インパクトの次の瞬間。綺礼の棒はへし折れ、薫の手にした二本の棒が木っ端微塵に破裂した。

「ククククククク、ハハハハハ、アーッハッハッハッハッ!!!」
 拳を握りしめ、目を見開いて狂ったように笑い声を上げているのはギルガメッシュだ。綺礼は不可解だという表情を隠せずに立ちすくんでいる。薫はいない。
 お互いの得物が壊れたその直後である。
「あち、あち、あついあつい。水水水ーーーーっ!!!」と叫んで居住棟の方に走っていってしまったのだ。
 その際に問いかけたが「オーラバーストですぅぅううう!」と薫は叫びながら行ってしまう。
 手を背中に回していたので背中が熱かったらしい。
「オーラバースト、だと?」
 何の魔術だ、それは? と綺礼が首をかしげていると、ギルガメッシュが笑いながら綺礼に近づいた。
「ハハハハハハハハハ。判らぬのか綺礼?! まったくもって面白い! さすがは我(オレ)の従者!! よりによってアレを使うか? ククククククク、アーッハッハッハッハッ!!!」
 たまらぬと言いたげに拳を振るわせるギルガメッシュ。どういうことだと目線で問えば、黄金のサーヴァントは顔を笑みで歪める。
「綺礼、貴様はカヲルに聖杯戦争の資料を読ませていたな? 貴様のことだ、行く場所など無いカヲルの苦悩を楽しむためだろうがな。まあそれはいい。カヲルの使ったあれはな。セイバーが使っていた技のそれよ! 全身から魔力を吹き出し、己を加速し力を上げるセイバーの技、それを真似たに相違あるまい。ククククク。よりにもよってセイバーを真似るか?! かの騎士王の如く、己の分をわきまえずに高みを目指すか?! 破滅を恐れず手を伸ばすか?! 許す! 我(オレ)は貴様を許すぞカヲル!! ハハハハハハハハハ。アーッハッハッハッハッ!!!」
 白皙の顔に凶相を浮かべて、ギルガメッシュは高らかに笑う。
「魔力放出による身体加速、そうか」
 綺礼はさきほどの薫の動きを理解した。体から魔力を漏らしたのは表面に魔力を溜めるため。それを一気に吹き出し加速。間合いを詰めたのも、飛び上がったのも、空中で回転したのもそれだった。
 最後に棒が砕けたが、あれは恐らく棒からも魔力を放出しようとしたのだろう。あいにく只の木の棒がそれに耐えられるはずもなく、木っ端微塵に砕け散ったのだ。
 なるほどと頷きつつ、なぜか鳥肌の立つ体を不思議に思っていると、薫がずぶ濡れになって戻ってきた。頭から水でも被ってきたようだ。
「あー、熱かった。おじさま、すみませんが火ぶくれできたみたいですので、あとで背中を診てくれませんか?」
 しゅんとした顔でそんなこという薫です。
「いいだろう。ところで薫。お前は、」
「カヲル」
 綺礼の問いかけを遮るギルガメッシュ。その表情はまさに満面の笑み。
「あれー、ご機嫌ですね。王様」
「カヲル、先ほどのあれはセイバーの魔力放出。そうだな?」
「は? ……あ、ああ?! えーと、はい。そうです、はい」
 実は某・天空闘技場の車椅子さんを思い出して真似したのだが、それ言ったら非常にまずい気がします。というか、セイバー思い出せよ自分。
「……なぜ目を逸らすのだ? まあよい」
 微妙に挙動不審な従者だが、ギルガメッシュはそんなものは気にしない。
「カヲル、貴様は先ほど「オーラバースト」とか言っていたが詰まらぬぞ? よって我(オレ)がその技に名をくれてやる。カヲル。たった今から貴様の使うその技は「火の鳥」と呼ぶがいい」
「おお! ”魔力放出・火の鳥” ですか? ちょっと格好いいですね、有り難く頂戴いたします。我が王よ」
「ハハハハハ。この我(オレ)が名付けてやったのだ、格好良いのは当然であろう?」
 薫。取りあえずノー・コメント。
「カヲル、良き余興を見せた貴様に褒美をやろう。特別だ。我(オレ)が稽古をつけてやる」
 え?
 呆けた薫を無視し、ギルガメッシュは空間の波紋から一降りの剣を抜き放つ。
 驚愕に薫は硬直する。今のは「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」?!
 サーヴァント・アーチャー、ギルガメッシュの宝具「王の財宝」それは黄金の都の宝物庫に通ずる次元の穴を開ける「鍵たる剣」とその効果だ。
 かつて世界中の全ての宝を所持していたという古代バビロニアの英雄王。ギルガメッシュの財宝は凄まじいことこの上無い。
 なにせ、世界中のありとあらゆる宝剣、魔剣、神剣、妖刀、祭器、神秘を秘めた伝説の道具は、彼の宝物庫から散逸したものとされるからである。 
 つまり、多くの伝説に讃えられる英雄達が持つ超絶の武具は、もとはギルガメッシュの物であり、英霊であるギルガメッシュはありとあらゆる宝具の原型を所持し、呼び出し、叩き付けることができるのだ。
 英霊の頂点に立つ最強の王。黄金のギルガメッシュの名に偽りはない。
 その在り方、心の強さ、魂の輝きとどれをとっても超一流。英雄ですら彼にとっては「雑種」に過ぎない。
 そのギルガメッシュが剣を取り出すのを、薫は見るのは初めてだった。空間に光の波紋が浮かび上がり、ギルガメッシュはそこから剣を取り出した。
「見たか? これが我(オレ)の宝具「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」よ。我は世界中の全ての宝を呼び出すことが出来るのだ」
「おおお!!! 今のが王様の宝具なのですね?! 凄い! 始めてみました!! ありがとうございます王様。薫は幸せ者です。この幸せをかみ締めて、今日という日を忘れないようにもう休ませていただきますね。そういうわけでオヤスミナサイ」
「待て」
 後ずさる薫を、王様は笑顔で呼び止める。
「カヲル? 我(オレ)は貴様を鍛えてやろうというのだぞ?」
 イカス笑顔の王様に対し、薫の顔は恐怖に震える。
「お待ち下さい王様! 私は死にたくありません! 第一、その剣も宝具というヤツなのでしょう?! 死ねます。それは死ねますよ王様」
「心配するな。手加減してやろうぞ。ハハハハハ」
「お待ち下さい王様! もう魔力が尽きてるんです! 燃費が悪いんですよあれ!! ぎゃあああ! 待ってください!! 待ってまってぇーっ!!!」
 この夜、逃げ切れなかった薫はギルガメッシュから宝剣の一撃を食らって死にかけた。そして綺礼の霊媒治療を受け、霊媒治療のやり方を教わることを約束してから気絶した。

 次の日の夜。
 言峰教会の地下礼拝堂へ続く階段を、薫は一人で下りていく。
 そこは霊地冬木における治外法権。言峰教会の地下礼拝堂は聖堂教会の活動拠点で、魔術協会の管理者(セカンドオーナー)たる遠坂凛も、この場所には入れない。そうなるように、知らないふりして凛にここをバラしたから。無論、綺礼には怒られた。
「帰れ」「来るな」「引き返せ」そういう意志が沸き立つ結界域を、薫は無視して降りていく。
 行き着いた地下礼拝堂は、澄んだ空気に満ちていた。音のない静かなそこを通り過ぎ、奥の奥へと歩を進める。
 そして地下礼拝堂の更に奥。そこは原作において、火災で孤児となった者達を魔術で「生きる死者」に加工して収容していた地下墳墓。
 薫が言うところの「アンデッド人間牧場」があるはずの場所だった。
 突き当たりに鉄で縁取られた分厚い木の扉。かんぬきを引き、薫は重い扉を押し広げた。

 光が漏れる。

 そこにあったのは「玉座の間」薫の進言によって設けられたその場所は、ギルガメッシュのためにしつらえた謁見の間となっていた。
 此所こそは、薫が運命をねじ曲げて生み出した運命(Fate)とは違う場所。
 赤い絨毯が真っ直ぐに伸びていき、奥には堅牢に組まれた樫の玉座が置かれていてギルガメッシュが腰掛ける。
 横手に丸いテーブルがあり、言峰綺礼が椅子には座らず立っていた。
 床と壁は滑らかな石造り。シャンデリアなどの照明こそは絢爛なのだが、それ以外はむしろ簡素で質実剛健な雰囲気だ。これは薫の趣味だったりする。
 ギルガメッシュは王であるが戦士でもある。飾り立てなければ権勢を示せない下等な王とは違うのです。とか言ってシンプルにまとめたのだ。ギルガメッシュもそれなりに気に入ったらしく、調度品を色々と飾り換えている。
 ここを掃除するのが薫の重要な役目であるが、油断していると調度品に宝具が混じっていることがあって危険だったりするのです。
「王様、薫、ただいま参りました」
 尼僧服の裾を摘んで身をかがめるその姿勢は貴婦人の礼。薫もいいかげん諦めてます。
 昨日の今日で血が足りない。さすがに数日は鍛錬もお休みだ。そう思っていたところを薫はギルガメッシュに呼び出された。
 鷹揚に頷くギルガメッシュ、その玉座の横に置かれた大きなクッションに薫はちょこんと座り込む。
 ここが薫の指定席。綺礼が神官ならば薫はさしずめ猫か犬であろうか。早く人間扱いして欲しい。この際ぜいたくは言わないので侍女でもいいです。それからお酒を飲みながら頭を撫でるのやめてください。クセになったら困ります。
 そんなことを思いながらも強くは言えない薫ちゃんです。
 座り込んだクッションの上で薫は思う。
 少しだけ、変えられたのだ。上を見れば、これだけはゴージャスなシャンデリアの輝きが目に入る。ここは光に満ちていて、死の影など欠片もない場所だ。
 未来はどうか判らないけど、孤児達がギルガメッシュの魔力供給源にされるのだけは止められた。
 当初、ギルガメッシュは地下に玉座の間を創るのが気に入らずにブツブツ言っていたのだが、それなら会社を作ってビルを建て、屋上に空中庭園を設けて神殿を作りましょう。と言ってみると乗り気になり、それまでの仮の場としてここに玉座の間を設けたのだが、完成すれば気に入ったようで、玉座に腰掛けふんぞり返る王様だ。
 そして、会社を持つことは一国一城の主になることだと薫が上申したときには、ならば我(オレ)はこの国に100のカイシャを設けて100国の王となろうぞ。と言い出した。
 戸籍の偽造から始まって、資金の調達、登記簿の作成、組織の立案、などなどなど、言峰綺礼に投げました。
 思えばよくも薫に稽古をつけてくれる気になったものである。
 お返しなのか、お茶とお花とエレクトーン教室に通わされることになったがこれはもう諦める。
「カヲル」
 ギルガメッシュの呼びかけに応じて、薫はクッションから立ち上がる。
「昨日、貴様が見せた余興はこの我(オレ)を楽しませた。よってここに褒美を取らす。いや、そんな顔をするな。剣の稽古はまた今度付けてやろう。今日の褒美は別の物だ」
 後ずさり、身をかがめて逃げ出す気マンマンの薫。王様はにこやかに手招きしますが、その笑顔は信用しても良いデスか?
「これだ」
 パチンと指を鳴らせば、光の波紋の向こう側から幾つも酒器が現れた。
 滑らかな磁器らしき白い瓶、黒い岩肌の太瓶、紅玉(ルビー)や緑石(エメラルド)に飾られた黄金の瓶、そして優美な曲線の白金の輝く瓶。それはどれも宝具。強い魔力を放っている。
「王様、どれも素晴らしい宝具かとお見受けいたします」
「当然であるな。我(オレ)が褒美にくれてやろうという物だ。我が財宝はこれ即ち至宝であるのは当然だ」
「えーと。私には酒器の類に見えるのですが?」
「その通りだ。どれも素晴らしき一品よ、これぞ王の酒であるぞ。ハハハハハ」
「そしてこれを私に飲めと?」
「うむ、まさに天上の酒である。綺礼の集めた酒も悪くはないが、我(オレ)の財宝は別格ぞ」
「それ以前に、私、これ飲んで平気ですか?」
 真顔で尋ねた従者の言葉に、王様と神父様は目を逸らしました。
「失礼いたします」
「待て」
 バックダッシュで逃げ出した薫の足に、王様は鎖を絡めて引き寄せる。
「ハッハッハ。どこへ行くのだ我が従者よ。我(オレ)の酒が飲めぬとは言わさぬぞ?」
「絡み酒っ?! いやそうじゃなくってですね、宝具の酒なんて普通の人間が飲んだら危ないと思いますっ!」
「そう硬いことを申すな。なぁに、お前は我(オレ)の従者。並の雑種とは違うのだ」
「そういう問題じゃないんじゃないでしょーか!!」
「カヲル、貴様は我(オレ)の従者。王たる我が臣下たる貴様の身を案じて酒を振る舞ってやろうと言っているのだ。ここは感涙にむせびながら平伏でもしてみせるのがすなわち臣下の礼節というものだぞ?」
「あははははは。お酒はハタチになってからということでどうでしょう?」
「……カヲル?」
「イタダキマス」
 ……王様を怒らせてはいけないのです。涙が零れてしまいそうなのも我慢しないとダメなのです。
 玉を磨いた真っ白な小振りの杯、それに薫はお酒を注ぐ。酒瓶を手に取れば、強烈な魔力の波動に手が痺れる。本当に飲んでも平気かよ?
 まずは白い瓶。王様曰く「黄金の桃蜜酒」回春と不老の薬効を持つらしい。おそらく仙酒の原型だと思われる。
「あー。桃の香りですね、これ。喉ごしにとろみがあって甘口なのに後味すっきり。あ、体がポカポカしてきます」
 飲んでみると何とも気持ちよくなってきた。
「よしよし。体を癒し、養生する酒だ。これで貴様の傷も癒えるだろう」
 そう言うギルガメッシュも酒を飲む。王様なりに気を遣ってくれたらしい。
 気落ち良くなったところで岩色の瓶。杯に注ぐ前から甘い匂いが漂ってくる。注いでみると金色の液体がどろりと漏れた。
「黄金の蜂蜜酒だ」
「王様、これは飲み過ぎると宇宙の彼方から変なの飛んできませんか?」
「……知らぬな。霊感を高める酒だ。飲むがよい」
 一抹の不安を覚えつつも、言われるままにいただきます。
 味が濃い。甘い。舌に粘り着き飲みにくい。ちょっと眉間にしわを寄せながら飲み干すと、ツンと鼻に抜ける感じと共に軽い目まいがした。そして目に映ったのは黄金の輝きだった。
「王様、王様が黄金に光ってますよー。きれいですねー」
 薫、ちょっと酔ってます。
 黄金の蜂蜜酒は霊感を高め、霊視や千里眼の力を飲むものに与える酒だった。ただし飲み過ぎると人の体を人外へ変容させることもあるので飲みすぎは危険です。
 そんな酒にもびくともしないギルガメッシュは、どろりとした酒もぐいぐいと飲んでいく。
「カヲル、貴様が見ている黄金の輝きは、この我(オレ)の魂の輝きよ。黄金のギルガメッシュとの呼び名は我の魂が輝く故だ。別に金持ちだからという訳ではないぞ」
「おおー。王様は魂まで金ピカですかー。眩しい! 眩しいですよ王様!!」
 手でもって目を隠そうとする薫。酔ってます。
 ふと、薫は綺礼を見てみる。普通だ。いや、何かおかしい。輝きが弱いというか、胸の辺りに何かある。黒いモノが何かある。薫は目を細めて「視よう」とした。そして視た。

 ―― しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ ――

 一気に酔いが吹き飛んだ。そして視界は元へと戻る。ほどよく暖まっていた体が冷や汗をかいて冷たくなった。震える薫の視線の先、綺礼は宝具の酒には手を付けず、自分で用意したであろうワインを手にして立っている。
「どうした?」
 顔面蒼白となった薫を見て、言葉をかける言峰綺礼。その顔には苦悩も苦痛も見られない。
「おじ、さ、ま、その、胸、の、呪い、黒い、……」
 とぎれとぎれの薫の声に、綺礼は口の端を笑みで歪める。ほう、と小さくと呟いた。
「見えたのか? これが? そうか神酒の作用だな? ならば教えておくぞ薫。これが即ち聖杯から漏れ出た呪いの泥だ。聖杯戦争のおりに私は心臓を銃弾で打ち抜かれた。以来、なぜか馴染んだこの呪いが私の心臓となって私を生かしている」
 平然と語る綺礼の顔には、恐怖もなければ苦痛の色も何もない。
 聖杯からこぼれ落ちた呪いの泥。それは「この世、全ての悪」という名の極大の呪い。それを馴染んでいると言い切り平然としているこの男、言峰綺礼を前にして、薫は強い目まいに襲われた。よろけた薫を綺礼が支えた。
「いかんな。神酒で上昇した霊感で、私の呪いに感応したらしい。どうするギルガメッシュ?」
「ふん、その程度の呪いに我(オレ)の従者が敵わぬなどとは言わせぬ。そもそもカヲル、これらの酒は既に貴様は飲んだことがあるのだぞ?」
「えええ?! そうなんですか?!」
 驚いたはずみで薫は何とか立ち直った。
「うむ。思い出すがいい。死にかかっていた貴様の命を繋いだ我(オレ)の宝具、それがすなわちこれらの酒よ。我(オレ)はこの四つの酒を用いて死にゆく貴様を救ってやったのだ。故にカヲル。貴様は既に神酒を飲んだ身だ、よって特に支障もあるまい」
「ということは! 残りのどちらかが性転換の酒なのですか?!」
「いや、そんな珍妙な酒など我(オレ)は飲まぬ。続けて飲ませたら溶けて震えて、拾い上げたら小娘になっていただけだ」
「なんですかそれはぁぁああ!!! 王様! それは絶対に殺す気だったでしょう!!!」
「飲ませて地面でぴちぴち跳ね出した時は、我(オレ)もビックリであったぞ。ハハハハハ」
「うぁぁああ……」
 がっくりと床に手をつく女の子。明らかとなった衝撃の事実に薫の希望は砕け散った。もうダメだ、ついに希望は失われた。神酒のちゃんぽんとは、良くも死ななかったよ偉いぞ自分。ほめてあげようこの体。生きているって素晴らしい。だけど今だけ泣かせてください。
「まあ済んだことはさておきだ、残り二つこそとっておきの酒である。疾く我(オレ)に注ぐがいい」
「ううう、ひっく、えぐえぐ。……それでそれはどんなお酒なのですか?」
 ルビーとエメラルドらしき宝石で飾られた黄金の酒瓶。指し示されたそれを手に取り薫は尋ねる。
「霊性の進化と変容を促す「黄金の林檎酒」だ」
「だから王様! それは私を殺す気でしょうぉぉおお!!!」
 きっとリンゴはやばいです。楽園を追放されたくありません。ここがそうだとは言わないが、他に行く所ありません。つーかこれ、教会に知られたら聖杯に認定されないですか?
 零れた涙を拭き取って、薫はお酒を注ぎました。気が進まないけどいただきます。一口だけで許してください。
「あれ? 全然平気だ」
 手に持つだけで魔力を感じる神酒であるのに、なぜかするりと飲み干してしまった。前の二つに比べて抵抗感も何もない。むしろ体に馴染むかのようだ。香りよく、味も良く、後味も良い。Very good.だ。
 それを見てうむうむとギルガメッシュは頷き、綺礼に目配せしていた。何かあるのか?
「よし、では最後のこれだ」
 あっさりと黄金の林檎酒をスルーして、最後に残る白金の酒瓶を指差すギルガメッシュ。
「王様、これはいかなる神酒なのですか?」
 振りまかれる魔力が桁違いのこの神酒、信仰心の薄い薫だが、これには神々しささえ感じられるのだ。
「うむ、これこそ究極の一品。神酒(ネクタル)である」

 げ。

「どうしたカヲル?」
「王様、今、ねくたる。とおっしゃいましたか?」
 薫の顔が引き攣る。
「そうだ。本来ならば神の血に連なる者だけが飲むことを許される天上の酒、それがすなわちこれである! この我(オレ)に使える従者ともなれば、神酒など飲み干すが当然よ」
「んなわきゃないでしょぉぉおお!!! 死ねますよこれ! 本気で危険です!! 実は死んでもオッケーとか思ってませんかギル王様!!!」
「何を言うか! まあ痙攣始めた時は我(オレ)もちょっと心配したが、貴様はこうして生きている! 問題などどこにもない!!!」
 実にきっぱりと言い切る、ザ・王様。きっと彼の辞書には「許す」という言葉はあっても「ごめんなさい」「許してね」などは存在しないのだ。
 杯に注がれた神酒(ネクタル)は光を放って揺れている。放射能とか出てないといいですね。
 綺礼に視線を送ってみるが、目を合わせてくれません。パパ助けて。などと思って良いですか? 言峰綺礼、貴方は笑ってくれるでしょうか?

 覚悟を決めて、いただきます。

 口に含んだその刹那、あまりの美味に舌が麻痺する。味と香りが突風のように広がり、頭蓋骨が内側から膨らまされて目玉が飛び出るのではないかと錯覚する。
 そして広がる神酒の「神気」これはもう魔力などと言うものじゃない。
 やばいやばいやばい。体が溶けるよこれやばい! 問答無用でぶっ倒れそうになったその時に、ギルガメッシュの声がした。
「耐えよ」
 ただ一声、しかし薫は杯を落とすことなく跪いた姿勢でなんとか耐えた。体の中で、ぶよぶよした何かが動いてる。それはきっと命の塊。そうか人はこれで動いているのか。それが神気の波動を受けて震えている。光の色に照らされる。慣れてきた。でもこれ、慣れてしまって良いものなのか?
 先ほどと変わって熱い汗をかく薫。たっぷり3分はしゃがんだままで、それでも落ち着きを取り戻して立ち上がる。
 ギルガメッシュは目を輝かせ、口の端をつり上げ言い放つ。
「よくぞ神酒を飲み干した。それでこそ我が従者だ。そして貴様に褒美と新たな役目を命じてやろう。
 カヲルよ、これら神酒の宝具であるが、どうやら貴様は「黄金の林檎酒」に多大な影響を受けたと判断する。先ほどもこれはすんなりと飲んでいたのがその証拠だ」
 そういうことかと薫は頷く。つまり既にこの体は「馴染んでいる」のか。
「これから貴様に宝具「黄金の林檎酒」の所有権を持たせてやる。これからはお前の魔力によって神酒を蓄えるようになる。
 カヲル、貴様はその酒を我(オレ)に献上するのだ。その際は貴様にも神酒の杯を取らせてやろう」
「ぶっ!!! な、な、何を言ってるのですか王様?! それはつまり宝具をくださるとかいうことでしゅか?」
 仰け反る薫だったが、ギルガメッシュは視線を冷たくして己の従者を静かにさせた。
「自惚れるな小娘。貴様が宝具を所有するなど千年早いわ。我(オレ)の言葉を理解せぬのか? まあよい、特別に講釈してやろう。
 カヲル、我(オレ)のこの身が受肉したとはいえ「サーヴァント」であることは知っているな?」
 薫は頷く。霊地冬木の聖杯戦争システムが用意した「サーヴァント・アーチャー」その箱に召喚されたのが「英霊ギルガメッシュ」だ。
「そうだ。そしてサーヴァントは現界のために魔力を常に必要とするものだ。我(オレ)は受肉を済ませた故に、常時大量の魔力を必要とはせぬが、それでも力を使えば消費に回復が間に合わぬ」
 ふんふんと頷く従者、薫。
「よって何か魔力の供給源を用意せねばと思っていたのだ。これらの酒器も、我(オレ)の宝物庫にて魔力を吸って酒を生むが、その魔力は我のモノ故、どうしても力を消費する」
 自家発電というのは無理だということですね。
「判りました我が王よ。これからは私がこの神酒を献上し、以てその身を支える力となれ。ということですね?」
 薫の物言いに、ギルガメッシュは満足そうに頷いた。
 薫は思う。悪くない。つまりアンデッド人間牧場から生気だか怨念だかを吸い出す代わりに、自分に神酒を造らせようという訳だ。これは良い。これで孤児が殺されるラインを完全に潰せるはずだ。ギルガメッシュも神酒より怨念が美味いとは思うまい。
 くれるなら武器が欲しいところだが、まあ無理だろう。そもそも酒器も貸し与えるということでもらったわけではないのだし。ただ神酒を飲ませてもらえるというのは大丈夫だろうか? 魔力が増えるといいけれど。
「よし! では皆の者よ、杯を取るがいい。綺礼、貴様にも飲ませてやろう。特別に許す」
 ふんぞり返るギルガメッシュに苦笑しつつも、綺礼は玉の杯を手にとって、薫はそこにお酌する。
「あはー。薫さんすみませんねー」
「ささ、王様どうぞ杯をこちらに」
「うむ」
「手強い! そして冷たいですよ薫さん!! ここは「何でお前がぁぁああ!!!」とか言ってツッコミを入れるのが、家族の絆ではないでしょうか薫さん?!」
 いつの間にか現れて、ふよふよと浮いているのはカレイドステッキ。おなじみ乙女ボイスのルビーちゃん。
「ささ、おじさまも杯をこちらに、とーとーとー。え? もういいんですか?」
「ああっ! 相手をしてくださいな薫さん、うさぎが大好きなルビーちゃんは、寂しいと死んじゃうんですよ?!」
「……ルビーちゃん。ウサギは本来単独で縄張りを持ち、繁殖期以外は単体で生活するものです。メスがオスを呼び込みますが、生殖行為が済むとすぐに追い出す独立心の強い動物なんですよ。ちなみに「うさぎは寂しいと死ぬ」というのは、うさぎは感情表現に乏しいので、しっかり世話をして様子を見ないと、不調や病気に気付かないで見殺しにしてしまうことからきています」
「あはー。薫さんは動物博士ですね。ルビーちゃん脱帽です!」
 シャキーンと伸びているのは、ひょっとして嬉しいのではないだろうか? ステッキの顔色が読める魔術師、言峰薫。力が抜けていくようです。
「おお! 同志ルビーか。よい。カヲルよ、構わぬから貴様の酒を振る舞ってやるがいい」
 ええー、と嫌そうな薫。ルビーは例によって着物の裾で涙を拭い(あくまでイメージです)綺礼とギルガメッシュに訴えかけて、薫に神酒を注がせます。

 白い玉の杯に、黄金の林檎酒がなみなみと注がれる。シャンデリアの光を受けて、酒は輝き、黄金の光を振りまいた。

 玉座のギルガメッシュが杯を高く掲げる。
 脇に立つ言峰綺礼が杯を胸の前へ。
 浮かぶカレイドステッキの杯はテーブルの上に置き。
 薫はクッションに座り、両手でもって杯を持ち上げる。そして、

「「「「 ―― 乾杯 ―― 」」」」

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あとがき
 長い。でもこれ以上削りたくなかったのです。そしてこれは前・後編に分けたくなかった。
 と、言うわけで、この話をもちまして、第一部終了です。
 いわば「従者転生編」といった所でした。
 薫が、なんとか世界に馴染むまで、という内容です。

 ……そのつもりで書いてたんですが、読み直すと微妙。

 第二部は名付けるならば「従者奮闘編」でしょうか。薫が運命(Fate)の流れを変えようと過激に行動を開始します。いつまでも弱いままではいられません。やっとオリキャラでないと書けない流れが書けそうです。

次回予告
 間桐との戦い・開始(仮)
 間桐桜、間桐臓覗、間桐慎二が登場。まだ初等部です。そろそろ見える「衛宮」の影。切継さんも出てきます。
 お気づきの方もいると思いますが、次回予告で(仮)と付くと100%違うタイトルになります。はい。
2007.11/12th

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おまけのおまけ
「黄金の従者」デザイン・ワークス

「薫/カヲル」について。
 言峰薫はセイバーと衛宮士郎のカウンターキャラとしてデザインされています。

 セイバーは王様、女だが男として生きた。戦士だが魔力も使う。魔力放出は体術であり、例えるなら烈風。
 薫は王の従者、元男だが女として生きる。剣を持つが魔術師。魔力放出は魔術であり、例えるなら熱風。

 衛宮士郎は正義の味方、自分より他人が大切、魔術の才能はない、しかし究極の魔術を持つ。
 薫は言峰教会の一員、自分が何とかしなければと思っている、才能は限定的だがある、突き抜けた力は持てない。

 こんな感じです。 
 薫はなんだかんだで人間らしいギルガメッシュは好きで、セイバーは理想を大事にしすぎ「概念化した偶像」として生きた化け物だと思っているとします。
 セイバーと正面から戦えば、当然薫に勝ち目はありません。一撃で死にます。
 あと凛とも対比した部分もあります。魔術特性「融解」などはその内ネタになるでしょう。
 火属性なのは「火はノーマル、風はノーブル」とのことで、才能は普通レベル以上にしたくない。という意味です。
 器用貧乏が懸命に頑張るような主人公です。ちょっとスキル(?)を書いてみます。

・強化魔術:まだ強化倍率が低い。

・宝石魔術:薫の特性「融解」は宝石の加工には適正を発揮するが、魔力の充填には向かない。
 魔力を多く注入すると宝石が液状化してしまうので、魔弾化してもランクEより強くできない。
 反面、傷物のクズ宝石を昇華・精製でき、小金持ちになれる。凛は最初からこれに気付いて狙っている。

・投擲(黒鍵)E−:聖堂教会の基本武装の一つ、細身剣「黒鍵」の投げ方を教えてもらった。
 まだきちんと真っ直ぐに飛ばない。黒鍵は借りている。多分、正式には持たせてもらえない。

・魔力放出「火の鳥」E−:火属性の魔力を吹き出し、運動行為を加速する。
 薫にとっては魔術であってスキルではない。移動にのみ作用。武器性能・耐久防御にプラス修正はない。
 取りあえず出来るというレベル。燃費が悪く、工夫しないと使い物にならない。
 これは通常の魔術が自身の小源(オド)で周囲の大源(マナ)に干渉して現象を発現させるのに対し、魔力放出が自身に取り込んだ魔力のみで放出・加速しないといけないためとする。
 現時点では自転車を思い切り漕いだ方が早い。

・神性D+:神酒により再構成された肉体は神性を帯びている。認識しているのはギルガメッシュのみ。
 神酒を飲むと一時的にランクが跳ね上がる。良い生け贄になる。修行次第で神官・巫女になれる。
 神霊召喚・浄化・昇華・洗礼詠唱などにプラス修正。死霊降霊・呪い・死霊術などにマイナス修正が付く。
 最後まで本人はこれに気付かない予定。戦闘面で有利に作用させるつもりはない裏設定。

・従者E:執事になるか侍女になるか貴婦人になるか、微妙。
 薫は衛兵などを希望しているが、綺礼は貴婦人、ギルガメッシュは侍女+貴婦人を狙っている。
 小ギルに言わせれば「貴女はジャパニーズ貴婦人・ヤマトナデシコになりなさい」とかになる。
 メイドにはなりません。というかメイドとはそんなに良い身分じゃないですよ?(現実として、ですが)

・レンタル宝具、酒瓶「黄金の林檎酒」
 霊性の進化を促す神酒。黄金の瓶にリンゴの樹の模様が彫られ、紅玉と緑石が埋め込まれた酒瓶。以後、薫の魔力と地脈の吸い上げによって神酒を造り、ギルガメッシュの現界を支える魔力源となる。普段は薫の体内に霊体としてあるとする。
 薫の魔力容量を無理矢理上げるための小道具。それでも凛より多くなったりはしない。戦いには役に立たない。飲んでも魔術回路が増えたりはしない。


さらに没ネタ
言峰教会、家族一覧?
 お父さん:言峰綺礼
 お母さん:ルビーちゃん
 お兄さん:大きなギルガメッシュ
 お兄ちゃん:小さなギルガメッシュ
 末の妹?:薫
 同い年のお姉ちゃん:凛
何を書いているのやら……。

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