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02 遠坂の娘


 桜の花も散り消えて、すでに木々は緑の葉を広げている。その新緑が光を受けて鮮やかに輝く五月の初旬。私立冬木新都学園、初等部校舎の前に通学用バスが停車した。
 昇降口から背丈の違う子供達が次々に降り立ち、ある子供は真っ直ぐに校舎に向かって歩いていき、ある子供達は集団を作ってやかましくも賑やかに歩を進める。そんな中、周囲とは違う空気を纏った少女がいた。

 少女の名前は遠坂凛。

 可愛らしい顔立ちは間違いなく日本人のそれである。だが前を見つめる瞳には青みが差し、頭の左右からツーテールにして流された艶やかな黒髪は、ゆるくウェーブがかかって、少女に異国の血が混ざっていることを示している。
 彼女は初等部二年生、その体はまだ幼く小さかった。
 しかし背筋は見渡す中にいるどの生徒よりも美しく伸び、体の前で両手でもって鞄を提げて歩いていくその姿には、すでに気品が備わっていた。 
 彼女の周りでは空気の流れが違うかのようでもあり、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を向いて立っているだけなのに、そこにぽっかりと空間が空いている。騒いでふざける子供たちも、彼女から遠ざかるかのようにして駆けていく。
 もちろん、中にはおはようと声を掛ける生徒もいて、それには凛も笑顔でおはようと返事を返すのだが、なぜか彼女は校門前から動こうとせず、じっと道路の向こうを見つめている。
 待つことしばし、遠くから腹に響くエンジン音が聞こえてきた。
 なぜか鞄を持った手にぐぐっと力が入る遠坂凛。その視線の先に大型バイク、それもサイドカー付きのハーレーが滑り込む。
 ハーレーに跨っているのは身長が百九十を越える引き締まった体つきの神父であった。
 堂々と教会の僧衣を身につけ十字架まで胸に下げている。しかし頭に銀色のヘルメットを被り、ごついゴーグルを付けたその姿。正直、聖職者に見えるものではない。
 せめて僧衣を脱げ、ダメなら革ジャンでも着ろ。そう言ってやりたいのだが、ハーレーで堂々と校門前に乗り付けるこの男、すなわち言峰綺礼が自分の言葉を素直に聞くような性格ではないのを凛はとっても良く理解している。
 無駄な行為はつつしもう。
 時代はまさにエコロジー、心の燃費も大事です。だけど燃えてしまえxxxの贅肉。乙女の敵にはサーチ&デストロイ。ふっ。男には理解できまい。

「すげー」「かっこいい」校門の向こうから歓声が上がる。
 興奮した声を上げているのは主に男の子。なにしろ大型バイク、サイドカー、神父のコスプレ(注:本物です)。これで背中に十字架型のバズーカでも担げば、どこかの変身ヒーローかというものだ。
 しかし凛は知っている。言峰綺礼という男は生意気で、人を小馬鹿にする嫌な奴。真面目な顔をして凛をからかう悪い神父なのだ。
 こうやってバイクで学園前に現れるのも綺礼の作戦に違いない。この男はそうやって悪を隠して生きている。それはもう狡い奴なのである。
 だが遠坂凛はこの男に縁がある。綺礼は秘密の学問の兄弟子で、家族を失った自分の後見人でもある。腹立たしいことこの上ないが、綺礼には凛を見守り監督する義務と権利を持っている。奴はそれをいいことに手を換え品を換え、指導・監督という名の嫌がらせをしてくるのだ。

 そう。遠坂凛は、悪の神父、言峰綺礼と世界の裏側で日夜戦っているである!

Fate/黄金の従者 #02 遠坂の娘


「遠坂さん、おはようございます」
 凛がハーレー神父(属性・悪)と戦うための戦術と予算を考えていると、サイドカーから降りた少女が笑顔を凛に向けていた。
「おはようございます。言峰さん」
 凛も少女に笑顔を返す。この子の名前は言峰薫。悪の神父、言峰綺礼に引き取られた悲劇の少女、そして凛にとっては共に綺礼と戦う同志である。
「おはよう凛。今日も元気そうで何よりだ。そして薫。さぁ、今日もピカピカのランドセルを元気に背負う姿を見せてくれ。くくく」
 笑顔でランドセルをかかげるのは綺礼、それをなぜかファイティングポーズで迎え撃つのは彼の養女の言峰薫。
「おじさま。私はもう子供ではない。それを貴方は理解すべきなのです」
 そう言ってキレのあるジャブで牽制する薫。表情はマジ。
 凛の目の前で、薫と綺礼の視線が火花を散らす。その中心にあるもの、それは真っ赤なランドセル。
「何を言うか我が娘よ。ここで私が背負わせなければ、お前はきっとランドセルを手に持ったままで教室まで行くだろう。
 なぜ背負わぬ? 真っ赤なピカピカのランドセル。お前は何が不満なのだ? さぁ、背中を向けるのだ。今日もお前にこの素敵なランドセルを装着してやろう。
 そして是非、笑顔でスキップしながら駆けていく子供らしい姿を見せて欲しい。そんなささやかな父の願いを叶える。実に簡単な事だと思わないかね? さあ、こちらに来るがいい。そして腕を通すのだ。ククククク」
 柔らかくも妖しい笑顔の言峰綺礼に、薫は「冗談じゃねーぜ」と言いたげな顔を見せている。
「えぇい。毎日毎日、なぜランドセルなんですか?! 手提げ鞄で良いでしょう?! 
 長い人生、手提げ鞄を使用する期間は長く、ランドセルは短い。ならば手提げ鞄に集中する。それが大人の選択であると貴方が判らないはずはない! 凛だって手提げ鞄です! という訳で私は手提げ鞄が欲しいのです!」
 なぜか必死の薫に対し、綺礼はふっと寂しげな笑みを浮かべ、そして言った。
「薫。凛はもう手遅れだ」
「ちょっと待ちなさい綺礼! 手遅れって何よ! どういう意味よそれ?!」
 思わず突っ込む遠坂凛。被ったネコがめくれているが、咄嗟のことで気を回せないのは七歳では仕方がない。
「凛、私は憶えている。去年の春だな。初等部の入学式を控えた君は、おろし立てのランドセルを私に見せびらかし、ささやかに胸を張ったものだ。その姿は微笑ましく。私も頬を緩ませたものだ」
「待ちなさい綺礼。なんか微妙に悪意を感じたのは気のせい?」
「あはは、遠坂さん。気にしたら負けです。おじさまの言葉を真面目に聞いてはいけないのです」
 そう言って凛の袖を引いている薫の表情は、もはや私はあきらめてますと如実に語っている。
「だというのに凛。お前は早々にランドセルを放棄して、手提げ鞄に切り替えた。
 何がお前にランドセルを捨てさせたかのかは私は知らない。だがランドセルを捨てたその時、凛、君は子供らしさを放棄したのだ。
 見るが良い。そこら辺を走り回るランドセルの子供達を、まるで犬のようで微笑ましい。
 子供にはああいう無邪気な時期が必要だと、私は常々感じていた」
「おじさま。お願いですからもう少し小さな声でお願いします。今の発言はギリギリです。通学している私たちにも世間体というものがありますので、そこんとこ配慮して欲しいなー。なんて思うのですが」
「なのにだ」力強く拳を握る言峰綺礼。
「聞いちゃいねー」
「凛、お前はランドセルと一緒に子供の無邪気さ、そして何より可愛らしさを放棄してしまったのだ。それは早すぎる大人への第一歩だ。
 よって薫。お前には凛が失ってしまった年相応の可愛らしさを全身で表現して欲しい!
 そして凛とは違う可愛らしい女の子として華麗にランドセルを背負って欲しい!
 私はそう思っているのだよ。ククククク。
 判るかね凛、私の無念が。そして理解するのだ薫。これが父のすなわち愛の形だと!」
「「判ってたまるかぁぁぁあああ!!!」」

 校門前に二人の少女の絶叫がこだました。とりあえずレディーへの道は二人ともまだまだ遠い。 

 言峰綺礼を追い返し、いつも通り嫌々ランドセルを背負った薫を引き連れて、凛は教室へとたどり着く。
 ちなみに二人は同じクラスだ。言峰薫(ことみねかおる)は二年生のクラス編成に最初から組み込まれる形で編入している。よって出席番号は遠坂凛(とおさかりん)より前である。
 これはおそらく裏で綺礼が手を回したのだろう。それについては凛もなんら文句はない。廊下側の席でランドセルを置いてへたっているあの少女、言峰薫は凛が見ても不安定なのだから。
 驚くほど大人びた顔をする。怖いくらい真面目な顔をする。冷徹な思考を見せるときは無表情となるくせに、凛が彼女のことをよく知ろうとして、被災する前のことを聞こうとすると、押し黙って泣きそうな顔で困ったように笑うのだ。
 おかげで凛は、教会に来る前の薫のことはよく知らない。
 綺礼が言うには被災のショックで記憶と人格が混乱しているらしいとか。
 父親あるいは兄と自分を同一化して、自分を男だなどと言っていたらしい。綺礼による徹底した女の子教育によって最近はおとなしくなっているそうだが、以前はお小遣いで男物のぱんつを買ってきてそれを穿いたりもしたらしい。
 それを聞いた凛は、シンプルなピンクのぱんつをプレゼント。
 幼等部じゃないんだからキャラクターもののプリントぱんつはやめなさいと綺礼に言ってやったのだが、なぜか薫の顔は引きつり、綺礼のお腹が痙攣を起こしていた。納得がいかない。
 まあいい。凛は思う。
 薫は共に戦う同志である。しかし綺礼は去った。そしてここは教室。そしてここは彼女の戦場である、ならば言峰薫はその立場を変えて最強の敵となる。

 そう、遠坂凛は最強の刺客、言峰薫とも日夜戦い続けているのだ!

 国語算数理科社会。図工に音楽、そして体育。こなされていく授業の全てにおいて、遠坂凛は完璧だった。
 国語? 凛はすでにドイツ語と英語でも日常会話レベル以上を修めていた。
 算数? 凛が取り組んでいるのはもう算数ではない、数学、それも微分積分、確率統計レベルを理解して使いこなせる。
 理科? 遠坂家伝の学問、すならち魔術は宝石の魔術。凛は元素表や化学式を理解する。
 社会? 日本史、世界史、そして影の歴史である魔術史。宗教史だって勉強している。
 図工だって体育だって音楽だって、遠坂凛に敵う者はいなかった。
 そう、言峰薫が来るまでは。

「言峰さん、また百点です。この調子で頑張ってくださいね」
 算数のテストが返されて、薫が百点だったテストを受け取ってホッとした顔を見せている。周りの生徒達が彼女のテストをのぞき込み、自分が間違えた場所の答えを写しだす。
「遠坂さんも百点です。このテストで百点は言峰さんと遠坂さんの二人だけでした。皆さんも二人を見習うように」
 テストはやや難解だったと思う。もちろん初等部二年にしてはの話だが。
 私立であるこの学校では浄化作用が働くので授業中に騒ぐような生徒は一人もいない。学校は勉強をする所、生徒を退学に出来ない公立校とは違って、しつけに失敗した子供が生徒でいられるほどレベルが低い学校ではない。
 だからこそ授業レベルはそれなりに高かった。
 だが凛はほとんどのテストで満点を取っていた。学年が低いこともあり内容はまだまだ簡単。もちろん他にも百点を取る生徒はいるし、たまにはミスもあるのだが、遠坂凛ほど優秀な生徒はいない。
 自他共に認めるその認識を、言峰薫という編入生は覆す。
 テストは百点を取り続け、授業で質問されれば的確に回答し、明らかにレベルの違う工作を仕上げ、素人とは思えない運動能力を示し、見事な歌を披露した。
 ここに戦いの火ぶたは切って落とされた!
 そう、遠坂凛にとって、言峰薫は最強の刺客となったのだ!
 ……ちなみに凛は、薫が「七歳や八歳に負けたくない」とか「二年生のテストでミスは許されない」などという悲壮な想いで頑張っているのを知りません。

 午前中の授業が終わり、お昼も食べて、午後の授業は体育です。
 初等部二年はまだまだお子ちゃま。着替えるのも男子と女子が一緒である。
「言峰さん、かわいいぱんつだね」
 後ろの女の子が言い放った何気ない一言、それは薫のハートにえぐり込むかの如く突き刺さる。ああ、見ないで欲しい。僕のぱんつ。
「あー。本当だ、りんごぱんつだー。かわいいねー」
 判ってます。かわいいぱんつは幼等部まで。ランドセルを背負う戦士には、プリントぱんつは似合わない。七つのお祝いと一緒に卒業しないといけない、それが掟。絶対のぱんつルール。言峰綺礼、貴様はぱんつの世界を知るべきだ。
 子供達よ。そんな目で私を見ないでおくれ。そして後ろの男子、お前だお前。ボウズ、俺のぱんつを見るじゃねぇ!!!
「言峰さんって真面目で頭良いのにぱんつは可愛いよねー」
 ああ、ぱんつは関係ないのです。どうしたら判ってもらえるのでしょう? 人はぱんつではない。魂の在り方はぱんつでは決まらないんです。
(ちょっと薫? あなたどうしてまたプリントぱんつなのよ?!)
 二列向こうの凛の視線、それは雄弁に語っている。つまり相応のぱんつを穿け。しかし凛は知らないのだ。薫には自分のぱんつを選ぶ自由などないことを。
 そして言いたい。男の意地とプライドにかけて、ピンクぱんつといちごぱんつは死んでも穿きたくないのだと。ああ遠坂凛! 薫の気持ちは聡明な貴方でもきっと判らない! 判る? ふざけるな! ピンクぱんつを普通にはける貴様に、俺の気持ちなど判るものか!!!
 理不尽な世界に対して心の中で怒りと悲しみをたぎらせる可哀想な薫。しかし時間もないので着替えないといけない。
 用意したのは体操着、この学校はスパッツです。
 言峰薫はスパッツを手にしてこう思う。

 ビバ・スパッツ!!! (男女共用)

 スパッツ。それは戦う男達の戦闘服。リングの上で戦う強い奴、その腰回りを守る最後の砦、それがスパッツであると言峰薫は信じて疑わない。
 そのスパッツを穿いた自分はまさに男! スパッツを穿いているこの時だけが、薫の渇いた心を癒してくれるのだ。
 ありがとう校長先生! きっとブルマからスパッツに体操着を換えるとき、貴方の心には迷いがあったに違いない。しかしそれを乗り越え、栄光のスパッツ導入を決定したその勇気に、薫は尊敬を禁じ得ない。
 これがもしもブルマなら、もう逃げるしかなかった。
 クマさんぱんつも穿きました。ワンピースも着ましたよ、ええ。スカートだって穿いちゃいます。しかし! しかしである!! ブルマは! ブルマだけは駄目なのです!!!
 もしも学校指定がブルマなら、絶対に薫は逃げ出していただろう。行くところもない少女・薫はきっと、繁華街の路地裏に段ボールでお家をつくり、持ってきた沢山のぱんつの中で眠るのだ。
 しかし可哀想な少女は救われない。
 お腹が空いてお金が無くて、ぱんつを一枚ずつ売って小銭にしてしまう。残ったぱんつは思い出のクマさんぱんつと、どうしても穿けなかったいちごぱんつ。
 寒さに震える薫ちゃんは、いちごぱんつに火を付ける。すると炎の中に弓塚さつきが現れて、シオン・エルトナム・アトラシアを紹介してくれるのだ。おめでとう! 貴女も今日から路地裏同盟だよ!
 しかしいちごぱんつは燃え尽きる。一人になった言峰薫は段ボールハウスの中で、新聞紙にくるまってしくしくと泣くのです。関係ありませんが、新聞紙は結構あったかいです。本当に。
 大事なぱんつを失った薫の前に、やっと言峰綺礼は現れる。
 その左手には聖典。首から十字架を下げ、そして右手には、きっとブルマを握っているのだ。
 彼は言うに違いない。
「ああ、すっかり冷えてしまったね。さあ、このブルマを穿いて暖まるが良い。ククククク」
 路地裏で凍えて震える少女の股間を、ブルマは優しく包み込んで暖める。

 ……神様、いっそ殺してくれませんか?

 綺礼をブルマで絞め殺した殺人犯、言峰薫(七歳)は教会居住棟のバスルームで、ぱんつに首を突っ込んで首を吊っているのを発見される。シャワーと共に証拠が流れ落ちてしまった教会のミステリー。朝から涙が止まりません。
 密室ぱんつ殺人事件。真実のぱんつはいつも一つ! スカートの奥に隠された言峰薫の愛と悲しみ!! チャンネルはそのまま!!!

 ……ああ。私は鳥になりたい。

 しかしである、死んだとしても救いはないのがこの世界なのだ。
 棺桶から這い出ると、そこは玉座の真ん前で、目の前には金ぴかの王様がふんぞり返る。
「勇者(従者)カヲルよ。死んでしまうとは何事だ。次のレベルまであと十三万六千とんで八十二ポイントだ。この我(オレ)を失望させるなよ」
 そうです。何度死んでも王様の前で目が覚めてしまうのです。
 そうして所持金とお小遣いを半分にされ、あくまと戦うクエストは続くのだ。
 戦いに傷付き疲れ果てて教会に戻ると、妖しい笑顔の神父は尋ねる。
「お前が穿いたのはブルーベリーぱんつか? それともラズベリーぱんつか?」
 あっけにとられて固まっていると、神父は笑顔で頷き、勝手に話を進めていく。そして、
「正直なお前にはいちごぱんつを穿かせてやろう」とにじり寄ってくる。
 これが悪夢の連結システム(マスター&サーヴァント)この世界からはデッドエンドですら抜け出せない。
 くそぅ、いっそ欲しいぞ第二魔法(平行世界の運用)

 いい感じでストレスの溜まった薫は、体育の授業で鬼気迫る大活躍。それがまた凛を煽ってしまうのだがそれはまた別の話である。

 そんなこんなで授業も終わった。
 薫は週に三回、平日に二回と日曜日に遠坂邸に行くことになっている。
 遠坂邸の地下、石造りの祭壇がしつらえられたその場所で、薫は凛に秘密の学問を習っていた。
 世界の裏側に隠されし、神秘を扱う魔道の御業。
 すなわちそれを「魔術」という。
 世界に満ちる自然の力、大源(マナ)を自身の肉体に取り込み、この体の生命力である小源(オド)と併せて「魔力」を生み出す。
 そしてこの魔力を以て、超常の奇跡を操る力とする。これがすなわち魔術である。
 遠坂の家は魔術師として六代続く名門だ。霊地冬木と称される近隣の霊脈の管理、ならびにこの地に集う魔術師達の統率が、管理者(セカンド・オーナー)たる遠坂家の裏の仕事である。現当主はまだ子供の遠坂凛。実際の仕事は聖堂教会から魔術協会に出向している言峰綺礼が代行で処理している。
 その遠坂凛が、言峰綺礼に押しつけられて魔術を教えているのが彼の養女の薫である。
「どうですか?」
 半眼の薫が凛に尋ねる。その全身からは熱気が生まれていて、離れた場所から観察しても陽炎のごとき空気の揺らめきが見て取れる。それを見て、凛は頷く。
「うん。全身に魔力を行き渡らせる。これで身体強化(フィジカル・エンチャント)の基本は出来たわね。ちょっと魔力が洩れてるけど問題ないわ。火属性だし十分よ。合格! 明日からは動きながらの練習もやりましょう」
「やった!!!」
 凛から見て薫はできの良い生徒といえた。
 その属性は火属性。魔術回路は背中から右肩への一本と、右肩から右腕を走る一本の合計二本。
 火属性と聞き、火災を思い出して悲しそうな顔をしていた薫だが、すぐにそれを振り切って修練を開始した。
 それで最初に取り組んだのが、今やっていた身体強化(フィジカル・エンチャント)である。
 生み出した魔力を全身に行き渡らせる。薫が出来るようになったのはまだそれだけで、実際に強化を試みるのはこれからだ。
 しかし、強化魔術に関わらず、魔力を生み出し全身に流して均一に安定させるという、魔術師にとっての大事な基本であるその段階を、薫は随分早く達成したことになる。
 薫は気功法をやっていたらしく、外気(マナ)を内気(オド)と併せて陽気(魔力)を生むことが出来ていたのが大きい。
 この東洋医学の経絡ルートをサブに見立てて、メインの魔術回路に連動することで十分な魔力量とまあまあな制御力を早い段階で獲得したというのが今の薫の現状である。

 今日の実技はこれで終わり。二人で書斎に移動して、いつものようにティータイム。
「あー。紅茶美味しい。この一杯のために頑張っているわたしですー」
 凛の前で薫がへたれる。魔術の実技課題がクリアできて喜んでいるらしく、思う存分へらへらしている。
「それで薫。これからどうするつもりなの? 強化魔術を伸ばす方向で良いのかしら?」
「あー。魔術の方向性ですね。ちょっとまって」
 ずずーっと紅茶を飲んでから、薫は凛に真面目な顔を向けた。
「確認しますけど、私の魔力特性は火属性、詳細属性は「炎上」と「溶解」でいいんでしたっけ?」
「違うわよ。溶解じゃなくて「融解」よ。溶解は水属性による液状化。あなたの融解は「熱による固体の液状化」よ」
 むむっと眉間にしわを寄せる薫。魔術師はそれぞれ属性・特性があり、あるていど素質が特化しているものである。薫の特性は「火」であり火属性となる。
 そして火属性の中にも細かく分けてとらえれば、薫の詳細属性は「炎上」特性が「融解」となる。
「薫、いい? 「炎上」は燃えること。燃え上がること。火属性の王道といえる属性よ。火の魔術なら何にでも対応できると思って良いわ。
 それから「融解」は便利な特性よ。熱による液状化っていうのはつまり、魔力の浸透と対象の変化を得意とするの。宝石の形を変えるとかに使えるわ」
 なるほど。と薫は頷いている。
「薫は確か、強化を伸ばして、身体強化(フィジカル・エンチャント)、感覚強化(フィーリング・エンチャント)、物体強化(マテリアル・エンチャント)。概念強化(イデア・エンチャント)までやりたいんだっけ?」
「そうですね。強化魔術は基本だって言いますし、とにかく魔力の扱いそのものに慣れたいんですよ。なんというか、気と比べると魔力は外界への干渉力が高いというか、なんかしっくりこないので」
 なるほど。と凛は思う。気功では気を練るがそれは生命力に転化され、健康維持のために消費されるが、魔術師の魔術回路はそれを更に属性で染め上げ、世界に干渉する魔力と変える。干渉力が高いとは言い得て妙だ。こういうときに凛は薫を凄いと思う。とても一般的な同い年の子供とは思えない。
「あー。そういえば、魔力を固めて道具をつくる。なんていうのは出来るんでしたっけ?」
「魔力を固める? そうねぇ、強化、変化の先に「投影」っていう魔術があるわ。でも薫には向かないわよ? 「炎上」も「融解」も固体を崩す方向性を持ってるから、投影との相性は最悪じゃないかしら?」
 がっくりと肩を落とす薫。
「駄目ですかー。おじさまがやってるように黒鍵とか出したいんですけど無理かなぁ」
「黒鍵? ああ綺礼の持ってる剣よね、六十センチ……くらいの? 火属性は力業が得意だから頑張れば出来ると思うけど効率が凄く悪いわ。本物を強化した方が性能も良いし、投影はやめたほうがいいわよ」
 んー。腕を組み、唸って考え込む薫。どうやら養父である言峰綺礼のまねをしたいようだが、それを凛は許せない。
 この子は遠坂凛の弟子なのだ! 立派な魔術師にしてやろうと気合いが入る凛である。
 凛が、言峰薫の魔術師教育計画を考えていると、薫は何か思いついたようで、ぱっと顔を上げる。
「じゃあ聖典のページを剣にするのはどうですか? 折り紙みたいにこう、折り重なって剣になるみたいな感じで」
「変化魔術ね。いいんじゃないかしら。変化は強化の延長だし、概念強化が出来れば紙に剣の概念を持たせて形状変化させるのも難しくないし。ああ、紙に呪文を仕込んでおけば安定させるのも楽になるし、色んな属性が付けられるかもしれないわ」
「おお! さすが遠坂凛です!!」
 賞賛の込められた薫の視線、凛には少しこそばゆい。
「たいしたことないわ。あと治療魔術に興味があるんだっけ?」
「そうですね。強化と治療。とにかくこの二つだけはなんとかお願いします。遠坂先生!」
 そう言って凛を拝み出す薫。
 実は治療魔術は綺礼が凄まじく腕が良いのだが、術の理解と教えることには特に問題はない。綺礼との日々の戦いを考えれば、薫は是非とも自分の陣営に取り込みたい。
「いいわ。じゃあまず強化はこのまま伸ばしていく。身体強化、感覚強化、物体強化、概念強化。
 そうね、物体強化まで進んだら変化魔術にも取りかかる。そして概念強化と変化魔術が形になったら治療魔術の修行を開始する。これでどう?」
「ブラボーです! 先生」
 薫はぱちぱちと手を叩いている。しかしこれで終わらしてはいけない。それでは実技一辺倒、これでは魔術師でなはく魔術使いではないか。遠坂凛は半端な魔術師など許さない。
 にっこり笑って凛は続ける。
「あと降霊と召喚と占星術と占星魔術とタロットと自然魔術。ああ、魔術史なんかも座学で知識を入れておきましょう? それと遠坂は宝石魔術が本道だから、遠坂の系譜になった薫にも当然宝石のことを勉強してもらうわね。種類、属性、化学式。産地や加工方法、細工のデザインもやった方がいいかしら」
 笑顔の凛の向こう側、薫の顔が引き攣った。
「……え?」
 遠坂凛はここで追撃の手を弛めない。
「薫は私の弟子になったんだもの、薫がきちんとした魔術師にならなかったら、それは遠坂の恥になるわ。薫。貴女には絶対に一人前の魔術師になってもらうからね。ふふふ」
 にっこりと笑う凛の前、言峰薫が子犬のように震えています。それを見て、ちょっと可愛いなどと感じる遠坂凛。あくまはすでに目覚めている。
「えぇぇえええっ!!!」
 今にも泣きそうな抗議の声など、弟子の育成に燃える遠坂凛には届かなかった。
「さあ薫! あなたは立派な魔術師になるの! いいわね!」
「えと、あの、強化と治療が使えれば、あとはおじさまに黒鍵と洗礼詠唱を習って代行者ちっくに……」
「駄目よ! 代行者なんて人間じゃないわ! 綺礼を見れば判るでしょう?!」
「そうですねって、いえいえいえ、凛、それは言い過ぎです。言峰のおじさまはあれでも一応、人間です。ただ性根が歪みまくっているだけです。きっと人間なんです。でないと、でないと私は、私は、……えぐえぐ」
「なぜそこで泣くのかしら?」
「だって、私、「言峰」ですよ! 言峰綺礼の娘なんですよ! 戸籍的に!」
「……薫。強く生きるのよ」
「ああっ! なんですかその可哀想なもの見る笑顔は?! やめてください! 私はそんな可哀想じゃないんです! 違うんです! 涙なんか流さないんです。ううっ、違います、泣いてなんかいません。泣いて、泣いてなんかいないもん。うぇぇぇえええん」
 ソファーの上のクッションに顔を埋めてぷるぷると震える言峰薫。
 慰めようとして手を伸ばした凛の手は、しかし途中で止まって届くことはなかった。凛は思った。

 ……可愛い(はぁと)

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あとがき
 今回は抑え気味です。お前、これで抑え気味かよと言われそうですが、長くなってしまった以外は抑え気味です。なぜならば。

次回予告:カレイド・ツインズ公園デビュー(タイトル決定)
 ルビーちゃんの封印は破られた! 来ました。大物です!
 もう電波ぎゅんぎゅんです。
 十年前までさかのぼったら、これは書かなきゃダメでしょう。
 恥ずかしい歌。恥ずかしい踊り、恥ずかしいセリフ。表現力の限界に挑戦しようと思います!
(こんなことばっかり気合いを入れてどうすると自分でも思いますが)
 なんとか予想の斜め上を行くものを書きたいですね。
2007.8/23th

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おまけのおまけ

カヲル:こんにちわ。当サイトの裏コーナー「薫ちゃんのミニミニ王様講座」にようこそ。タイトルに殺意を憶えるわたくし、言峰薫と。
ギル:ええい、なぜ騎士王がレギュラーメニューでこの我(オレ)が隠れコーナーなのだ?!
カヲル:王様ことサーヴァント・アーチャー。ギルガメッシュでお送りさせていただきます。
ギル:ふん、まあいい。我(オレ)のことを知らしめる趣旨なら特別に許す。カヲル、説明を命ずるぞ。
カヲル:はい王様。当サイトにはアーサー王伝説講義というサブコーナーがありますが、良く考えたらアーサー王伝説よりギルガメシュ叙事詩の方がみんな知らないだろ。と管理人が気付いたそうです。
ギル:ちっ。あと一ヶ月早ければ、騎士王の代わりに我(オレ)のコーナーがあったということか。
 よしカヲル。管理人を殺せ。我が許す。
カヲル:お待ち下さい王様。さすがにそれはまずいです。管理人は生かさず殺さず、こき使ってやりましょう。
ギル:ほう、さすが我(オレ)の従者。並の雑種とは言うことが一味違う。ほめて使わす。
カヲル:ありがとうございます。では第一回は「伝説の背景」やはり何処を舞台とした物語なのかをまず、解説いたします。
ギル:我(オレ)はウルクの王であるぞ。
カヲル:王様(ギル)のご活躍の舞台はメソポタミア文明が背景となっています。恐らく一度は聞いたことがあるかと思いますが、それがどこかと聞かれると判る人はいないかもしれませんね。
ギル:何?! 文明の母たる二つの大河、それを知らぬのか? ありえぬだろう、それは?!
カヲル:メソポタミアとはギリシャ語です「二つの河の間」という意味になります。シュメール人の築いた文明ですのでシュメール文明とも言いますね。
ギル:メソポタミア文明=シュメール文明であるか。
カヲル:支配民族が数回入れ替わるのでそうとは言い切れないのですが、文明的には連続しているので構わないかと思います。
 さて場所ですが、現在のイラクがほぼそこに相当します。
ギル:色々ときな臭いところだな。
カヲル:で、イラクがどこか判らない人も多いと思いますので説明します。
ギル:何?! 現代の国であろう?! 判らぬのか?
カヲル:インドは判りますよね? あの下に出っ張ったところです。アフリカ大陸もオッケーですよね?
 その間にアラビア半島、右向きの長靴みたいな半島があります。サウジアラビアとかのあれです。
ギル:石油が採れるところだな。
カヲル:その東側の根本、アラビア海が深く入り込んだその先端に、二つの大河が一つになって流れ込んでいます。このYの字状の二つの大河がチグリス(東側)とユーフラテス(西側)です。この辺がイラクです。
ギル:うむ。ここが四大文明でもっとも古き、世界最古の都市文明の母なる大河であるぞ。憶えておくがいい。
カヲル:そしてこの二つの大河に挟まれた河の間にあった古代都市国家ウルクが王様(ギル)の生誕の地であり、ギルガメシュ叙事詩のスタート地点となっています。
ギル:ちなみにいうと我(オレ)は都市国家ウルクの王であり、バビロニア帝国はもちろん当時の都市国家バビロンとも無関係なのだぞ。まぁゲームに伝説的事実を要求するのは野暮であるがな。
カヲル:では今回はこの辺で。
ギル:もう終わり?!
カヲル:更新回数はアーサー王講座より上だと思われますので、小出しにするそうです。管理人の性格では、きっと長くなると思いますが。
ギル:まあいいだろう。我(オレ)を知らしめる良い機会だ。このコーナーのせいで更新が三日は遅れたのは秘密にしてやろう。おっとうっかり言ってしまった。
カヲル:ああっ! ひどいです王様! 管理人、けっこう気にしてます!
ギル:ふん。好きでやっているのだから、書くも書かぬも好きにするが良いのだ。
カヲル:それはそうですけどね、では次回またお会いしましょう。
ギル:むむっ?! そういえば、我の今回の出番はこれだけか?! 待てカヲル、待つのだ!!!

ーーフェードアウトーー

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