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01炎の海とクマさんパンツ


「おのれ! おのれおのれおのれぇぇぇえええ!!!」
 炎が未だ吹き荒れ、辛うじて家々が崩れ落ちるのを耐えている状況下、人も建物も焼き尽くさんばかりの炎をものともせずに、怒りに満ちた声を上げる男がいた。
「なんだこれは! こんなものが聖杯だというのか?! 雑種どもめ。この我(オレ)を謀りおって」
 怒りにゆがんだ顔はしかし白皙で美麗であり、紅玉の輝きをもって辺りを見渡すその瞳と、逆立ち撫で付けられた金髪と併せて男の存在を際だたせていた。
 男は鎧をまとっていたが、その鎧も常のものではない。男の髪と同じく黄金に輝き、輝きと共に強烈な神秘の波動を撒き散らす。そんな黄金の鎧をまとってなお、男は鎧に勝って余りある威厳と風格をもって立っていた。
 その男はサーヴァント・アーチャー。
 霊地、冬木にて行われた聖杯戦争にて魔術師(マスター)の召喚に応えて現界した過去の英霊。
 幾多の英霊が集い、戦った聖杯戦争に勝ち残り、最後に残った剣兵すなわちセイバーのサーヴァントと決着を付けようとぶつかり合っていたのだ。

 炎が吹き荒れる。家屋が音を立てて崩れ落ちる。見ればあちこちに人が倒れている。ある者は圧死し、ある者は焼死。傷もなく倒れているのは煙を吸って窒息か? いずれ焼かれて死ぬだろう。
 だが人を死に追いやるのは実は火事ではない。
 炎と共に蠢く黒いモノがいる。アーチャーが叫びざまに吹き飛ばしたそれは、ひたすらに蠢く様を止めようとはしない。
 それは生きる者を呪っていた。生きる者にすり寄り、へばりつき、呪い殺す。それはそんな泥であった。

 −− 殺せ・コロセ・ころせ・殺せ・コロセ・ころせ −−

 泥はそんな囁きを繰り返しながら犠牲者達に絡み付き、呪いで染めて殺していく。

 −− 死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね −−

 アーチャーの視界の端で、倒壊した家の下敷きなった人間が呪いの泥に飲み込まれ、悲しげな声を上げて絶命した。彼はそれを汚らしいものを見下すかのごく冷めた目で一瞥し……。
「フン」
 鼻を鳴らしてそこからの移動を開始した。すでに彼の脳裏に死んでしまった者のことなど残ってはいない。いや違う。彼の歩くその周囲には多くの死体が溢れていた。多くの死に損ないも溢れていた。全ての生きる者が呪いにたかられて倒れ伏し、悲しげな表情で、苦しげな表情で死んでいく。
 だがどうでもいいことだった。
 この時代はくだらぬ人間が多すぎる。神代の頃のような神の尊き血を引く者など感じ取れない。そんな低劣な雑種などいくら死のうが構わない。いっそ殺し尽くした方が世界の清掃になるだろう。
 そしてこの街は猥雑に過ぎて汚らしい。統一感に欠け、都市としての美観などろくに考えられてはいまい。数千年の時代が経過した今この時ではあるのだが文化レベルは低いと見た。
 恐らくは金貨に換算でもしなければ美しいものの価値など判らぬような、低能で暗愚、低俗な馬鹿者共の住む国なのだろう。目障りなものが多すぎる。生きている価値の無いような、生まれたからただ生きているような下衆な輩には我慢がならない、そんな雑種は即刻に死ぬべきなのに、どうしてこうも多いのか。
 まあいい。雑種を追いかけ殺すのがこの聖杯というのなら、その存在には十分に価値がある。これだけ高密度の呪いなら、よほど魂が強くなければ耐えられまい。それはつまり心に確かな力を持たない有象無象、すなわち「雑種」は死ぬということだ。
「くっ」
 そこまで考えたアーチャーは、小さな頭痛に襲われ頭を振った。
「ちっ。この我(オレ)も呪いに影響を受けているということか。だが足りぬな、我(オレ)を呪いで染めたければ、この三倍は持ってこいというものだ」
 焼けた空を見上げると、その先には暗い穴。そして呪いを吐き出す黒い穴に届かんとする黒い塔が目に入った。
 そして次なる瞬間、強大な閃光が地上より放たれて塔と穴を真っ二つに切り裂いた。距離のあるここまで届く閃光の余波には聖なる波動、それはつまり、
「セイバーか」
 剣兵のサーヴァント・セイバーが、その剣の秘力を解放してあれを破壊したのだ。
 だがそれは本来、あるまじき行為である。何故ならあれは「聖杯」であったのだからだ。
 彼ら英霊は聖杯を求めた。求める気持ちがあったからこそ召喚に応え、サーヴァントとしてマスターたる魔術師の命令を聞きつつ戦ったのだ。
 呪われた聖杯であったとしても、自分たち英霊を呼び寄せたからには願いを叶えられるだけの力を持っているはずなのだ。でなければ英霊に召喚の呼び声は届かない。
 セイバーも聖杯を求めていた。その必死さは道化にも似ていてアーチャーを楽しませていたのだが、だからこそセイバーが聖杯を破壊するなど考えられない。
 しかし聖杯の破壊がなされた以上、この戦争は終わりである。戦いは勝者を生むことはなく、多大な犠牲者を煉獄へ落とすだけで終わる。
 セイバーの気配も消えていき、勝ち残っていた自分も英霊の座と呼ばれる世界の向こう側に還るのみ、であるのだが。
「受肉している?」
 一向に消えようとしない自分の体にいぶかしむアーチャー。サーヴァントとして現界し、魔術師の魔力により実体化してもそれはあくまで聖杯のバックアップあってのことである。聖杯戦争そのものを支えていた聖杯が破壊された今、アーチャーが存在し続けているのは彼が受肉、つまり魔力で組まれたかりそめの体ではなく、実在の肉体を得たことを意味していた。
「くくく、ははははっはははははははっっははっ。そうか! これがこの聖杯の力か! 我(オレ)に肉体を与え、この下らぬ現世を楽しめということか。ハハハハハハハハハ」

 アーチャーは嗤う。まだなお燃え続ける炎の中で、多くの死にゆくものが倒れてている煉獄の中で彼はただ嗤い続けた。
 そして火に焼かれて木材が割れた音がして、そんな瓦礫を踏み締める音がしてアーチャーが目をやると、視線の先に立ってこちらに歩いてくる者がいた。
 髪は焦げ、肌は焼けていた。黒く焦げた服の端は小さな火が燃えている。低くではあるが左手をアーチャーに伸ばし近づいてくる。右腕は焦げ付きが酷くだらりと垂れ下がって動く様子がない。
「ほう」
 近づく者をアーチャーは笑みを浮かべて見続けた。死に損ないではあるがこの者は、火に焼かれ呪いに犯されつつも立ち上がってここまで自分の脚で歩いてきたのだ。
 その眼差しはもはや虚ろではあったが、瞳に黄金の英霊の姿を映して歩み寄る。
「……金、ぴか、王……さ、ま。助、け、て、」
 そこまで言って力尽きた。膝が折れて跪くように地面に落ち、土下座をするかのように額を地面に叩き付けて倒れ込んだ。
 動かなくなったその者を見下ろしながらアーチャーはその顔に笑みを浮かべ、倒れた者に一歩近づいた。

Fate/黄金の従者 #01 炎の海とクマさんパンツ

 夢を見ていた。それは酷い夢だった。
 見渡す限り火の海で、家は崩れてさらなる炎を巻き起こし、鮮やかに輝く紅のベールが四方八方を覆い尽くしていた。
 人間が倒れていた。動かなくなった者だけでなく、まだ動いている者達も多くいた。
 しかしあれは何だろう? 人に擦り寄りへばり付き、染み込むように殺していく黒い泥のようなもの。
 体が熱い。当然だろう。あちこち焦げているのだし、服の端など燃えている。
 体が痛い。当然だろう。崩れてきた柱か何かで右腕を多分折られた。動かない。

 だけど一体これはなに?

 −− 殺せ・コロセ・ころせ・殺せ・コロセ・ころせ −−

 泥はそんな囁きを繰り返しながら犠牲者達に絡み付き、呪いで染めて殺していく。

 −− 死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね・死ね・シネ・しね −−

 体の中から声が聞こえる。数百人なのか数千人なのか、それとももっと多いのか、たくさんの声が一斉に呪いの言葉を投げかける。自分に向かって死ねという。
 いやだ。私は死にたくない。
 ただそう思うだけで立ち上がり、右も左も見渡せない炎の海を歩き続けた。
 これは酷い、酷すぎる。
 呪いの泥に捕らわれた多くの人がうめき声を上げていた。だが燃え上げる火の音が、怨嗟の声を塗りつぶす。しかしその姿は目に映る。見てしまえば理解も出来る。
 助けてくれ、と。タスケテ、と。そういう想いが判ったのだが、その全てを無視して歩き続けた。
 助ける余裕など無い。助ける力など無い。正直に言って誰かに私を助けて欲しかった。

 そして私はたどり着く。炎の中にあってなお輝く、黄金の鎧を纏った黄金の王様のいる場所に。

「目覚めたか」
 暗い暗い夢から覚めて、重い重いまぶたを何とか開けて耳にしたのは、そんな言葉であった。
 そこはそう広くはない部屋だった。白塗りの壁と梁の見える板張りの天井。自分が寝かされているのはベッドであり、スタンドの電灯が部屋を明るく照らしていた。
 自分に声を掛けたのはベッドのすぐ横、椅子に腰掛けた神父である。衿から覗くローマンカラーによりカトリック系の神父であろうと推測できた。男は二十代の後半から三十代になるかという所だろうか、髪は短く刈られ顔つきは精悍で、その体は引き締まって逞しい。
「そのまま横になっているがいい。お前は三週間近く眠り続けていた。体がなじむまで時間も掛かるだろう」
 返事をしようとするが舌が上手く回らない。それでもなんとか言葉を口にする。
「あ、の、ここは何処でしょう? 私、は、一体どうしたので、すか」
 神父は哀れむかのような笑みを浮かべている。
「ここは新都の外れにある教会だ。言峰教会とも呼ばれている。お前は新都の大橋近くで起きた火災で被害にあったのだ。憶えていないかね」
「は?」
 思わず間の抜けた答えを返してしまった。まぁ火事は憶えている。しかし「新都」とか「言峰教会」などという危険きわまりない単語はどーゆー意味なのか。記憶に間違いがなければそれはお気に入りの伝奇活劇ヴィジュアルノベルに出てきたやつではないでしょうか。
「ふむ、理解できないのも無理はない。この教会に運び込まれたとき、お前の心臓は止まっていた。それをなんとか蘇生したものの意識は戻らず、今日やっと目覚めさせることが出来たというわけだ。ところで自分のことは判るかね? 私はこの教会で神父をしているコトミネ・キレイ、言峰綺礼という者だ」
 彼は笑みを深くしてこちらを見詰めている。
「えと、あの」
 ちょっと待って欲しい。言峰綺礼ってなんですか? いや知ってるけど違うだろ。この胡散臭さバリバリの笑顔に威圧感がにじみ出ているオジサマが言峰綺礼?! これは夢? でなければ私は何だよ、この私は?!
 混乱していると別の声が掛けられた。
「ようやく目覚めたかと思えば寝ぼけているのか? けしからん奴だ。この我(オレ)が拾ってきて蘇生してやったのだから、すぐにでも全快し額を地にこすりつけて礼を述べるのが礼儀であろう」
 ぶわっと背中で汗をかいた。新都、教会、言峰ときて「我」と書いて「オレ」と読む「我(オレ)様節」の一人称を使い、更にこの無駄に偉そうな王様発言である。まるで人形が錆び付いた首を回すかのようにぎこちなく、声のした方を見ると壁により掛かり腕を組んだ青年が立っていた。
 黄金の髪、紅玉の瞳、そして身につけた値段の高そうなカジュアルウェアとブランド品に負けない青年自身の強力な存在感。これが王気(オーラ)というものかっ!
「ええと、王様?」
「ハハハハハハ。聞いたか言峰? 寝ぼけていても我(オレ)のことを憶えているとは見所のある奴だ。特別に許してやろうではないか、我は我を王と崇める者には寛容であるからな。感謝するがいいぞ。ハハハハハハハハハ」
 王様、何故か大喜びである。
「あの日、貴様はその身を火に焼かれながらも我(オレ)の前に現れた。そして我を王と呼び、助けを求め、我の前に跪いた。我を王と呼び我に跪くのならば貴様は我の臣下、我の民である。王はその願いを叶えてやらねばならぬ。よって我は死に捕らわれた貴様の命を我が財宝の力を以て拾い上げたのだ。我が財宝を施してやるなど希有なことであるのだぞ。この我に遇えたことといい貴様は非常に運がいい。喜ぶがいい。ハハハハハハハハハ」
「あの、王様は本当に王様なんですか?」
「ん? 何を言っているのだ。我は王の中の王であるぞ。それを感じたからこそ貴様は我に跪いたのであろう」
「あ、いえ、もちろん王様はすごい王様だとお見受けしますが、あの時は私も意識朦朧としてまして、以前ゲームとかアニメで見た英雄達の頂点に立つ最高の王様のイメージが重なったものですから、その、あの」
「英霊の頂点に立つ最高の王か! まさしくこの我(オレ)のことであるな。ハハハハハ。気に入った!!! 貴様を我の従者にしてやろう。名乗るがいい小娘」
「へ? あ、かおる、薫です。って、はぃぃぃぃっ!!!」
「そうか、カヲルか。ふむ、良き名であるな。よく聞くがいいカヲル。お前は幸運にも我が財宝によって生き長らえたが、恐らく貴様の家族は一人として生きてはいまい。今のお前の立場だが、この教会の孤児院がお前の家になっている。そうだな言峰」
 あっけにとられてパクパクと口を動かしているのを見ているのかいないのか、今度は言峰が話を進める。
「薫といったな。お前は身分を証明するものを身に付けてはいなかった。色々と照合してみたのだがお前の身寄りと思われる者も見つからなかった。残念だが家族も家も、お前には残ってはいないだろうな」
 神父さん。あなた神父さんなら全てを失った被災者に対して、傷口に塩をすり込むようなこと言わんでください。
「そこでだ、こうしてお前を拾い上げたのも神の思し召しかも知れん。お前のような幼い女の子を捨て置くなど神に仕える神父として出来ないことだ。よってお前には私の養女になってもらい、この教会に正式に引き取ろうと思っているのだがどうかね? ああ、言っておくが命を繋いだのはそこの男だが、全身のやけどを癒してやってのはこの私だ」
「あ、それはどうもありがとうございました。って、何言ってるんですか神父さん?!」
 勘弁して欲しかった。言峰綺礼の養子になって、かつ王様に従者にされたりしたら、もう人生終わりである。断らなければろくなことにならないのだが、ふとゲームの内容を思い出して戦慄する。
 たしか孤児院に引き取られた子供達って、両手両足を切り落とされ生きてるのか死んでるのか判らないような「生きてる死に損ない」状態で、その精気だか魔力だかを吸い上げられていたような。
 究極の二択?! 言峰さんちの子になるか、半アンデッド人間牧場に行くか?!
「……なぜそこで悩むのだカヲル。貴様は既に我の臣下だ。逆らうことなど我が許さぬぞ小娘」
 さっきまで笑っていた王様が不機嫌な顔になっていた。その視線は冷たく鋭く、そして殺意に満ちている。
「いえいえいえいえいえいえ! 光栄です王様。私のような身寄りを失った者を引き取っていただけるなど信じられないことです。この話、喜んでお受けいたします。神父様もありがとうございます。神父様さえよろしければ、是非とも養子にしてください。掃除でもお祈りでも一生懸命しますからどうかお願いします。どうかどうか」
 必死であった。後悔するのも生きてこそ。なにやら訳も判らないが、判ったときにはデッドエンドというのは非常に困る。遠い真理よりこの場のクリア。のど元過ぎれば熱さを忘れるともいう。とにかく今の危機をやり過ごせ!
 王様と言峰綺礼はニヤリと笑顔を浮かべて頷いた。
「当然であるな。カヲル、まずは休むがいい。明日から我の従者に相応しい者となれるよう、色々と作法を教えてやろうではないか」
 殺気を収めた王様はそんなことをおっしゃる。正直、こっちは泣きそうである。
「では薫。お前は今日から私の娘。言峰薫だ。この部屋はこのままお前が使うといい。目覚めてすぐだ、今日はもうこれで休むがいい。明日の朝、朝食を摂ってから詳しいことを話してやろう」
「あ、はい。何だかもう頭がいっぱいいっぱいなので、休ませてもらえると嬉しいです」
 こっちの言葉に言峰綺礼は椅子から腰を上げ、王様も壁により掛かるのをやめて背を向ける。
 しかし、そういえば言っておきたいこともある。
「あ、何か誤解されてるみたいですが、俺、男ですよ」

 −− 何故か沈黙が訪れた −−

 王様は背を向けたままで微動だにしない。しばらくすると言峰が含み笑いを漏らし始めたが、このリアクションは理解しがたい。視線を向けても言峰はニヤニヤとするばかりで何も言わない。
 そして王様が動いた。ずかすかと薫にベッドに歩み寄ると、体を起こしていた薫の肩を両手でもってがっしりと掴み、そして言った。
「何を言うのだカヲル。お前は女の子であろう」

 −− 再び沈黙が訪れた −−

 くっくっくっくっく。言峰綺礼が笑っている。
「いや、俺は男ですよ」
「カヲル。お前は目覚めたばかりで混乱しているのだ。今日はもう休むがいい。そして明日の朝にもなれば、自分が男であるなどという悪夢は忘れ、小娘であることに感謝するであろう」
 そういって髪をかき上げるが、薫は見た。王様の額に汗が光っているのを!
 今まで考えてもいなかったが、自分の体を改めて観察する。

 −− 小さくないか、これ −−

 何故かこっちから視線を外して斜め向こうに視線をやる王様。
 薫がぱんぱんと自分の体を叩き回し、毛布の下に手を入れてもぞもぞする。そして、
「んんんんんんなああああああああああああ!!! ”#$$%&’()0=?|」
 後半は意味不明な悲鳴を上げた。
「なんですかこれは?! これどういうことですか? 俺、男ですよ! 男でしたよね! 大人の男でしたよね! ねえ王様、王様!!!」
 そう、薫の肉体はどうみても小さくなっていた。しかも男ではなくなってもいたのだ。
「な、何を言っておるのだ小娘。お前など、我(オレ)が助け上げたときから女の子であったぞ、うん、そうだ。我がそう言っているのだ。その事実を有り難く受けいるのが従者としての勤めであろう、カヲルよ」
「どうして目を逸らすんですか?! こっち向いて話してくださいよ。一体何したんですか? 助けたって一体どうやったんですか?」
「ええい、うるさいぞカヲル! この我が助けてやったのだ。そして貴様は我の従者になると誓ったのだ。ならば男が女になって小娘になろうとどうということはない! それが法というものだ」
「んなわけないでしょうがぁぁぁぁあ!!! って、痛い痛い痛いっ」
 見れば王様が、薫の両肩をギリギリと強く掴み上げていた。
「カヲル。お前は女の子だ。オーケー?」
 微妙に泳いでいる目線を向けて、彼は言った。
「いや、俺はおとこって、痛い。痛いです王様」
 肩を掴むパワーが上がった。
「カヲル。お前はこの我の従者。そしてお前はまだ幼い小娘だ。オーケー?」
 汗と青筋を額に浮かべて王様は言う。
「いや、でもそれは、って、痛い。本当に痛いです王様」
 なんか爪が立ってる掴み方をされた気がした。
「カヲル。お前は小娘の割には賢いようだ。我を失望させるな」
 にっこりと笑い、しかし目が笑っていませんが王様はやさしく語りかけた。
「ゆーあー、あ、りっとるがーる。おーけー?」
「い、いえーす。あいあむ、あ、りっとるがーる」
 ちょっと涙が滲んできた薫ちゃんであった。

「判ればよいのだ判れば。うむ。喜ぶがいいカヲル。貴様は良い従者になる素質を持っているぞ。ハハハハハハハハハ」
 しくしくしく。ああ、薫の目から温かいものが出てきます。
「神父様〜。神父様〜」
「ククククク。薫。お前は火災で多くの悲惨なものを見た。そのせいで混乱しているのだ。いやいや何たる悲劇だ。幼い少女が自分を大人しかも男などと思うとは。私はその苦しみを思うと神父として胸が張り裂けんばかりだ。クククククク」
「言峰さん、あなた本当に神父ですか? なんでそんなに嬉しそうなんですか」
「何を言う薫。神に仕えるこの私が悲しまずして、他に誰が身寄りのないお前のことを慈しむというのだ。何ということだろう、こんないたいけな少女を誰一人として知らないとは、これ以上の悲劇などあるだろうか。ククク。だが喜ぶがいい言峰薫。神父として養父として私はお前を祝福する。この私の全身全霊を持ってお前を素敵なレディーに育ててやろう。クククククク」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ」
 薫は仰け反り、枕に向かって倒れ込む。
「うう〜。王様〜。王様〜」
 いい加減、気力の尽きかけている薫が、それでも力を振り絞って呼びかけるがかの王様は、いい汗かいたとばかりにさわやかな顔で額の汗をぬぐっていた。
「あははは。もういーです。寝る。きっとこれは夢で次に目が覚めたときにはきっとなにもかもが元通りに……」
「ふっ。そうだな。自分が男であったなどいう悪夢は忘れ、少女としてさわやかな朝が来るよう、この父が祈っておいてやろう。ククククク」
 薫は俯せになって枕を被った。
「ハハハハハ。よし。カヲルの処遇も無事に決まった。よきことである」
 王様、全然よくないです。反論はしかし口には出来ず、薫は枕を被り続けた。いや、そういえばこれは聞いておく必要があるだろう。
「あ、お待ちください王様。申し訳ありません。薫はまだ王様のお名前をお伺いしておりません。どうか従者にその御名をお教えくださいませ」
 根性で体を起こし、精一杯の敬意を込めて薫は王様に名前を尋ねた。
 その物言いに王様は喜び、名乗り、そして部屋から神父共々出て行った。

 ギルガメッシュ。それが黄金の王様の名前。

 ありえないだろ。一人になった薫は考える。
 新都、教会、言峰、王様、ギルガメッシュ。ここまで揃えばもう疑うべくもない。
「Fate/stay nightってこと?」
 好きな作品であり、好きな世界観であり、好きなキャラクター達が多く出てくる魅力的な作品であったが、なぜ故に自分がそこに割り込む???
 いや、落ち着いて考えると原作リアルタイムではなさそうだ。恐らくは原作の聖杯戦争の、前の回の聖杯戦争直後であると思われた。つまり十年前の大火災に巻き込まれたのだろうと考える。
 薫は思う。なんで言峰ペアの所なのか、と。神様、俺が何かしましたか。
 こーゆーのは普通、衛宮さんの家に行くのが王道だろう。士郎君の兄弟とかあるいはその代わりとか憑依とか、そりゃあ間桐の家に引き取られるよりはいいかも知れないが、個人的には間桐だって上手くやれれば悪くない。甘いかも知れないがFateの魔術で一番使えるのは間桐の蟲の魔術ではなかろうか。まぁ趣味もあるが。

 言峰綺礼の養子でアーチャー・ギルガメッシュの従者。 

 思いっきり悪役サイド、敵役サイドではないか。まぁそれ以前にいつ不興を買ってアンデッド人間牧場送りになるかもしれないが。しかし思ったより自分のウケは悪くないようだし、彼らも極悪凶悪でもなさそうだ。ひょっとしたらこの世界線ではやさしい人たちなのかも知れない。いや、言峰綺礼の性格の悪さは原作の臭いがするのだが。
 いやいやいや。それより重要なのは自分がどうするかだ。
 明日になって目が覚めて、その時点で元に戻っているならそれでよい。ドッキリ体験素敵なドリームだったと友人達との酒の肴にしてやる。

 ……だが、このままだったらどうするか。

 火事の記憶はある。夢だと誤魔化すには生々しかった。耳に残る怨嗟の声も、向けられた絶望の眼差しも、とうてい忘れることは出来ないだろう。原作通りにことが進むなら、あの地獄はスケールを増して実現するかも知れないのだ。死者が数人で済むハッピーエンドは3コースのみ、他の2コースはハッピーエンド(?)でも数万人の犠牲者が出た気がする。そしてバッドエンドやデッドエンドは40通りくらいあったような。それはまずい。外から見るならともかく、こうして体験していてそれはまずい。非常にまずい。
 ならばどうする。どうしよう。そんなことを考えながら、薫の意識は睡魔に負けて落ちていった。

 果たして次の朝は来た。
 カーテン越しに光が差し込み、窓の向こうからは小鳥のさえずりが聞こえるさわやかな朝。しかし。
「うう。太陽さんのばか、小鳥さんのばか。しくしくしく」
 そんな朝に毛布の中で丸くなって涙する、可哀想な少女もいることはいる。
 駄目だった。朝が来ても駄目でした。すっきりと目が覚めても自分の体は小さいままで、ここはきっと言峰教会。人生あきらめが大切である。薫は鼻をすすって体を起こす。
 ふと見ると、先日、言峰綺礼が腰掛けていた椅子の上にカーディガンらしき上着か何かが置かれていた。メモなどは無いがこれは目が覚めたら出てこいということか?
 薫は立ち上がり、寝間着の上に柔らかい上着を羽織って部屋を出た。
 どうも自分が寝ていた部屋は教会礼拝堂ではなく、裏手にある居住スペースの一角であったようだ。……考えれば当たり前だが。
 ここの更に裏手にはうっそうとした森林が広がっていている。教会は新都郊外の高台にあるようで、教会本体の建物の向こうには冬木市の新都であろう都市が伺える。
 あと、教会を挟んだ居住スペースの反対側には墓地があった。ざっと見てそんな感じだ。
 歩き回って、鍵の掛かっていない大きなドアを開けるとそこは応接間。その奥から電灯の光らしき灯りがもれている。きっとあそこに綺礼がいるだろう。
 なかば開かれているドアをコンコンとノックして中にはいると、そこは食堂のようであり言峰綺礼がテーブルに肘をついて祈るかのように手を組み、ギルガメッシュがずらりと並べたワインボトルとグラスの向こうにふんぞり返っていた。
「おはようございます王様、神父様」
「「おお!!!」」
 二人に向かって挨拶をした薫は見た。つまらなそうにしていた二人の顔、その口元がみるみるつり上がって歪んでいくのを! 笑顔だ! すごい笑顔ですよこの二人。
「おはようわが娘よ、さわやかな良い朝だな。この父の祈りが聞き届けられたようで何よりだ」
 薫の口元がひきつるが、そんなこと綺礼はお構いなしだ。
「こんな時間まで眠りこけているとはけしからん従者だ、だが小娘故に我は許すぞ、さあここに来て我(オレ)の杯に酒を注ぐがいい」
 王様もご機嫌である。それにしても朝っぱらから酒宴のごとき酒瓶の数である。もっともサーヴァントは魔力の供給がしっかりしていれば睡眠や休養はいらないはずなので、退屈しのぎに夜通し飲んでいたのか知れないが。
「あ、はい。でもその、あの」
「なんだ? カヲル、貴様は我(オレ)の従者であるのだぞ。この我が命じているのだ。喜びを以て酌をするのが勤めであり当然のありかたぞ」
「あ、それはもちろんのことで全く構わないのですが、その」
 ギルガメッシュと綺礼は訝しげに薫を見やる。
「お腹が空いているので、まずは何か食べさせてもらえないかと……」
 入り口でドアに体を半分隠すようにしていた薫のお腹が、ぐー。と小さく音を立てた。

「ハハハハハハハハハハハハハハ」
 王様の大笑いに送られて、薫は食堂から出る。同じく大笑いした綺礼に、食事を用意するからシャワーを浴びてこいと言われたので教わったバスルームへと歩いていく。
 服を脱ぎ、温かいシャワーを浴びて汗を流せば、嫌がおうにも自分の体が目に入る。
「うぅ、ツイてない……」
 ナニが付いてないのかはともかくとして、自身の肉体が少女のそれであるのをはっきりと認識する。ひょっとしてそれが目的でシャワーを勧めたのか? 憶えてやがれあの野郎。
 ぎこちなく体をタオルで拭いて、持たされた服に手を伸ばす。
「うっ!」
 そこには悪意が具現していた。いやそれ自体に罪はない。だがこの時、薫ははっきりと綺礼の濃厚なスマイル&含み笑いを感じ取る。あれは敵だ。俺の誇り、男のプライドを砕かんとする最悪の敵。それが言峰綺礼に他ならない。なんとしてでも生き残り、そして打倒せねばこちらがやられる。
 しかし今は屈辱に、耐えて、忍んで、涙をこらえなければ生き残るのは難しい。よって。
「ちくしょー。ちくしょー」
 そう言いながらも服を着た。

「ほう」
 食堂に戻った薫を迎えたのは、目を細めた王様の笑みだった。
 今の薫の服装は、真っ白なブラウスの上にクリーム色のカーディガンを羽織り、小豆色の膝丈スカートを穿いているというものだ。髪は乾ききっておらず長さも男の子のそれであるのだが、こうして服装を整えれば見た目完全に女の子である。
 薫はテーブルに近づき、ワインボトルを手に取った。右手でネックを、左手でボトムを支え、まるで赤子を抱きかかえるかのように大事に持ち上げる。ラベルは当然ギルガメッシュによく見える角度になるようにする。王様が手にしたグラスにゆっくりと注ぎ、七割ほどになったら注ぐのをやめて一礼しながら一歩下がってその場に控える。
「ほう」
 再び目を細めたギルガメッシュは笑みを浮かべてワインを飲み干した。グラスを突きだし、無言で酌を要求する。もう一杯を注いだところで、綺礼が薫の朝食をのせたトレイを手にして現れた。
 王様の許可をもらって薫は食事の席に着く。いちいち面倒ではあるが、王様の機嫌を損ねるのは非常に危険である。ここは一つ、可能な限り従順な従者として振る舞う方がいいと思うのだ。
「ところで薫。ああ、そのまま食事を続けて構わない」
 ミルクを注いだオートミールとトマトスープ仕立てのポトフのような野菜煮込みを堪能していると、言峰綺礼が聞いてきた。
 この食事は美味しい。食べる毎に、弱っていたのであろうこの体にエナジーが染み込むかのようだ。特にスープの中で少々煮くずれているジャガイモがいい感じだ。だがそんな食事の美味も、

 −− で、尋ねるが、お前はどちらのぱんつを選んだのだ? −−

 という綺礼の問いで吹き飛んだ。
 ついでに口に含んでいたスープとじゃがいもも吹き出した。
「げほっ。げふっ。な、な、な、何をいってるんでしゅか神父しゃん、げほっ。ごほっ」
 テーブルを布巾で拭きながら、言峰綺礼はニヤニヤ嗤う。
「服には二つの選択肢が用意されていたはずだ。すなわち、いちごぱんつとクマさんぱんつだ。そしてお前は選んだはずだ。自分の意志でパンツを選び、その手でもってそれを穿いた。喜ぶがいい言峰薫。お前はまぎれもなくぱんつを穿いた。それもかわいらしい女の子のぱんつだ。さあ答えるがいい。いちごぱんつとクマさんぱんつ。お前はどちらのパンツを穿いたのだ。そして語れ。己の意志でパンツを穿いたその瞬間、お前は一体何を感じた? 喜びかね? 絶望かね? 興奮したのか? 奈落の底に突き落とされたか? さあ答えるがいい我が娘よ、父には答えを聞く権利があるはずだ! クククククク」
「あ、あ、あ、あんたって奴はぁあああああ!!!」
 最悪である。
「まさか薫。どちらも選ばず「はいてない」などいうことはあるまいな。むぅ。許さんぞ。お前は既に神に仕える私の養女、それがパンツを身に付けないなどありえないこと。それは信仰に対する侮辱に他ならない」
「そんな信仰ありえねーだろ! 捨ててしまえそんなもの!」
 絶叫する薫にしかし、言峰綺礼はすました顔で首を振った。
「ふぅ、困ったものだ。まぁお前も微妙な年頃だ。背伸びをして大人のまねをするのも仕方がないということか。それにしてもぱんつをはかないのはいかんぞ、このおませさんめ。くくくっ」
「誰がおませさんだあああああっ!!!」
 言峰綺礼は笑顔で肩をすくめ、言峰薫は両手で頭をかきむしってわめき散らした。
「ハハハハハハハハハッハハハ、ゲホッ。ゴホゴホッ。ハァハァ。ハハハハハハハハハ。お、お前達、ハハ、こ、この我(オレ)を笑い殺す気であろう! ハハハハハハ。ハハハハハハハハハ」
 ギルガメッシュはグラスを放り投げて大笑いしていた。
「ああもう。王様、こいつに何か言ってください!」
 ビシッと綺礼を指さす薫にしかし、笑いを収めたギルガメッシュは諭すように語りかける。
「カヲル。このような歪みまくった異常者でも貴様の養父。父親だ。ハハハハ。それをこいつ呼ばわりするのは関心せぬぞ。ハハハハ」
 完全には笑いが収まってねーのだが。
「ハァハァ。それはさておき、カヲル。貴様は結局の所どちらのぱんつを選んだのだ?」
「……は?」
 思わず呆ける薫に王様は笑顔で語りかける。
「この我(オレ)の問いが聞こえなかったとは言わせぬぞ。答えよカヲル。一体どちらのぱんつを選んだのかと聞いたのだ」
 ふんぞり返り、どこまでも偉そうな態度の王様だ。
「つかぬことをお聞きしますが、なぜそんなことを気になさるのですか?」
「うむ、一つは言峰。そしてもう一つはこの我(オレ)が自ら選んだぱんつなのだ」
 そんなことをおっしゃる笑顔の王様。
「王様がなにやってんですかあああ!!! ぁぁぁ頭痛が」
 頭を抱え大きく仰け反り、くるくると不思議な踊りを披露する薫である。
「さあ、答えるがいい、お前はどちらのぱんつを穿いたのだ?」
「我(オレ)の問いに答えよ。カヲル、貴様はどちらのぱんつを手に取った?」
 綺礼はニヤニヤと笑っている。ギルガメッシュもニヤリと口元をゆがめている。ちなみに薫はテーブルに突っ伏して痙攣しています。
「「さあ答えるがいい。さあ。さあ!」」
 神様、貴方は俺を助けてはくれないのですね。薫は色々なものを諦めて、自分の選択を口にした。

 −− クマさんぱんつ −−

「なに!」
 信じられぬと言わんばかりに言峰綺礼が目をむいて立ちつくす。
 そしてその向こうでは、ギルガメッシュがグラスを掲げ、勝利の凱歌を歌い上げる。
「よくぞ選んだ! それこそが我(オレ)の用意した王者のぱんつだ! 熊とはすなわち森の王者。豊かな森の恵みとその支配権を象徴する森の王たる高貴な獣よ。さすがは我が従者である。この我(オレ)の目に狂いはなかった! 見たか言峰。やはりこの娘は我(オレ)の従者、迷わずに王者のぱんつを選んだのがその証拠だ! ハハハハ」
 神様、俺はもう訳わかりません。再び机に突っ伏す薫の気力は、まだ朝なのに限界に近い。
「ぬぅ、なぜだ。女の子らしくキュートかつポップ。そしてスイートでさわやかといえばいちごぱんつに他ならないと私は今までかたく信じていた。その信仰が覆されるとは未だ以て信じられぬ。薫、さてはお前、異教徒だな」
「だから神父さん、あんた本気でワケわかんねーって! ちなみに俺んちは禅宗の仏教だ!!!」
 びしばしとテーブルを叩く薫に、綺礼は立ち上がって宣言した。
「いいだろう、では早速洗礼のための学習を始めよう。なに、聖典を学び真実の信仰を身に付ければ迷わずいちごぱんつを選ぶようになるだろう。その歳でケダモノぱんつを選ぶなど罪深きことだと自覚するまで、この私が神父としてお前を導こう。覚悟するがいい。
 そして喜べ言峰薫。お前のタンスの下着棚には野菜&果物シリーズ。そして動物シリーズを用意した。よってお前のぱんつは実に自然豊かだ」
「それのどこが自然豊かだ! エコロジーに喧嘩売ってンですか、あんたはぁあぁぁぁ!!!」
 血管切れそうです。
「ハハハハハハハハハ。だ、だからお前、お前達。ハハハハ。この我(オレ)を、ハァハァ。笑い殺す気であろう、ハハハハハハハハハ」
 ギルガメッシュが腹を抱えて椅子からずり落ちそうになっていた。
「王様〜。王様〜」
「なんだカヲル。ははは。涙が滲んでおるぞ。はは。貴様も我(オレ)の従者なら、常に笑顔を見せように精進するがいい。ははは」
 体勢を整える王様ことギルガメッシュ。
「それにしてもカヲル。貴様はもっと言葉遣いに気をつけよ。さっきから聞いていればまるで餓鬼のような品のない語りではないか」
 口元に笑みを浮かべつつも、強い視線で睨み付けてくるギルガメッシュに薫はひるむ。
「ふ、そうだな。下品と無教養は人として最低だ。お前はもっと行儀作法に気を遣う必要があるようだ」
「あはははは。一体全体、誰のせいだと思ってますかこんちくしょー」
 お茶が入っているらしいカップを手にした言峰に薫は三白眼で睨み付けるが、当然彼は微動だにしない。
「カヲル。お前は我(オレ)の従者。もっと礼儀正しく、そして女らしさを身に付けよ。王の命である。判ったな」
 くくくとのどを鳴らすギルガメッシュ。
「いや、俺は男で、」
「薫。お前は養女。すなわち娘。当然それは女だ。そんなことは子供でも判る理屈だ。聡明なお前ならその程度の理解はたやすいことだな」
 くくくと含み笑いの言峰綺礼。
「まぁ、そりゃあそうですが、しかし、」
「「カヲル/薫」」
 ギルガメッシュと綺礼の眼差しが薫を射抜き、その動きを封じ込めた。
「ゆーあー、あ、りっとるがーる。おーけー?」
 ギルガメッシュが凶暴な笑みでもって睨み付ける。
 うっ、と唸ってたじろいでいると、綺礼も薫に語りかけた。
「ゆーあー、あ、りっとるがーる。らいっ?」
 くっ、と硬直していると、二人はにじり寄って薫の肩に、やさしく手を置く。そしてこう言う。
「「ゆーあー、あ、りっとるがーる。おーけー?」」
「ぃ、いぇーす。あぃあむ、ぁ、りとるがーる。……泣いていいですか」
「「ハハハハハハハハハ」」
 
 ぐれてやるっ! そう言って薫は食堂を飛び出した。さすがに限界を超えていたらしい。
 含み笑いを続ける言峰綺礼にギルガメッシュは語りかける。
「ずいぶんと変わったな言峰。ついこの前までは快楽は罪などと言い、あまつさえ愉悦は悪の道などとほざいていたのは、誰であったか貴様はおぼえているのか」
「ふ、なんのことだギルガメッシュ。そもそもそんな聖職者に娯楽を知れとそそのかしたのは、それこそ一体誰であったかな」
 ギルガメッシュは古代バビロニアの英雄王。されどここにいるのは召喚されし使い魔でもあるサーヴァント。言峰綺礼はそんなものに威圧されたりはしない。
「ふん。つまらぬ人生しか知らぬ男に悦楽の味を知る道を示してやったのだ。我(オレ)に感謝するがいい」
「そうだな、これが「楽しい」というものなら私はお前に感謝しよう」
「ほう。随分と殊勝ではないか。どういう風のふきまわしだ言峰」
 聖杯戦争が始まった当初、言峰綺礼は娯楽を知らず、悦楽を知らず、ただ自身の魂の安らぎと救済を求めていた。信仰では救われず、魔道をもっても救われずにいた自分。その彼に娯楽を知れ、そして悦楽を求めよとささやいたのがギルガメッシュだった。結果として彼らはマスターとサーヴァントとして最後の戦いに挑み、そして悲劇と災害は引き起こされたのだ。
 そして綺礼は悦楽を知った。死にゆく者の苦しみこそ、唯一心を躍らせる娯楽なのだと。言峰綺礼は他人の苦しむ様を見て、それを楽しむ異常者だと。
 ならば哀れな犠牲者であり、養女となった薫との生活は、きっと自分を楽しませる。綺礼はそう予感した。
 グラスを手に取り、ワインを注ぐ。そして綺礼は手にしたそれを高く掲げた。
「我が娘、薫に乾杯だ。あれの存在は私に楽しみをもたらすだろう」
「ほざけ言峰。あれは我(オレ)が拾い上げた我の従者ぞ。それを心しておけよ。しかしここまで道化の資質の秘めていたとはな、これからは貴様ら親娘に笑い殺されぬよう、気をつけねばなるまい。ハハハハハハハハハ」
 そう言いつつもギルガメッシュはグラスを掲げ、一気に中身を飲み干した。

 その頃、王様の従者で神父の養女となった薫は教会礼拝堂で祈っていた。
「ああ神様! あんまりです! ぐすっ、ひっく、俺が、俺がそんなに嫌いですか? 俺が何かしましたか? うう、神様のばかばかばか」

 こうして彼(というか彼女)の第二の人生は始まった。始まった途端に凄まじくつまずいているが、恐らくこれからさらに酷い目に、いや貴重な体験に遭うことだろう。

「うう〜。誰か助けて〜」
 ごろごろと何かが転がる音がした。

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あとがき

 はじめまして。だと思います。管理人の七音(ななおと)です。 
「ギル様従者もの」(そんなジャンルがあるかは知りませんが)にチャレンジすることにしましたが、思った以上にギャグテイスト。果たして良いのか悪いのか。自分としてはまーいいかと思っております。
 念のために言っておきますが、管理人はぱんつフェチではありません(笑)あくまであれはネタでありマクガフィンであります。あしからず。
 この二次創作作品はギャグ&シリアス、クロスオーバー路線で進めていこうと考えております。
(Fate/zero、ハリ〇ポ〇ター、ネギ〇!、月姫読本アインナッシュ討伐編、メルブラ、ReAct、DDD、???、Fate本編で終了)
 途中で力尽きないように気をつけます。一応は終わりまでの大まかなストーリーラインは出来てるんですけどね。
 最強主人公には絶対にしません。むしろ素質が限定的で苦しみます。クロスオーバーなので、それぞれの作品でB級スキルを集めさせようと思ってます。それによってなんとかギリギリA級くらいにしようと構想してます。
 感想はいただけると嬉しいですが、見に来てくれるだけでも十分です。カウンター回ってれば「あ、見てくれてるな」と思うことにしますので、TOPページは通ってくださいませ。
 オリジナル作品も読んでもらえると嬉しいです。

 次回「管理者(セカンドオーナー)遠坂凛」(仮)
 綺礼は薫をダシにして凛を挑発。以後長く続くことになるお嬢様合戦&薫へのお嬢様教育が開始される。
 というような話になると思います。以降は一回分がもっと短くなるでしょう。
 どうかお楽しみに! してくれるといいなぁ。描写文のクオリティはこれ以上下がらないように、そしてフェイトを知らない人でもそこそこ読めるように書くよう努力しようと思います。月に二回の更新を目標としておきます。
 以上 2007.8/8th

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