トップ 管理人プロフィール オリジナル小説 二次創作トップ ご意見感想掲示板 ときどき日記 メール リンク

 番外編・あの頃の食事風景

 ここは何処とも知れぬ不思議空間。タイガとブルマが切り盛りする妖しげな道場の、恐らくは斜め下にある教室である。
 聴講席に集う者は何故は二頭身であり、普段なら落ち着きが無くざわめきがあるはずなのだが……。

 はぁ。なんで私がこんな目に。
 いえ! 何でもありません。光栄であります。サー! 資料の用意は完璧であります!!
 どうぞ。と紙束を講壇に差し出しながら、下げた頭を傾け横を見る。


 ああ、衛宮君。あんな姿になって……(ちょっとだけ涙)

 講師らしき少女が壇上に立つと、教室には沈黙の帳が降りた。空気が凍り、張り詰めた。壇に手を乗せ。睨み付け。その少女は口を開いた。

「では講義を始める」

セイバーの「アーサー王伝説講義」 番外編・あの頃の食事風景

 アーサー王伝説の舞台は欧州だ。洋の東西で文化の系譜が異なることもあり、この極東では正しく理解されていないことも多いとと思われる。そこで今回は、中世ヨーロッパにおける食事風景を講義しよう。
 欧州の食事というと。
 全員がテーブルに着き神へと祈り、家長が「では、いただきましょう」などと言って始まる食事風景を想像するのではないかと思うがどうだろう?
 フン。そんなものは飢餓と戦争から解放され、農業が進化した後、最近の二百年程度の話だ。
 だが、そこにいたるまでには歴史がある。

 まずは中世の宴会風景を語ってみることにする。

 テーブルに載せられた料理に群がり、我先にとナイフを刺して肉を切り取り、手づかみでそれを取り上げ口に詰め込む。
 個人の皿はなくフォークもない。ナイフは自分で用意した物で、酔っぱらったらこれで宴会のメンバーと殺し合う。

 こんなものだ。

 基督教には「人間だけが神から与えられた食物を手に持って食す事ができる」という価値観があった。
 つまり獣のように直接噛み付き、がっつかず「手」にとり食すというわけだ。
 よって「手で食べ物を食べる」というのは神聖な意味を持っていた。
 親指、人差し指、中指の三本で食事を摘み、残りの薬指と小指に調味料を付けてしゃぶる。これが当時、優雅とされた手の作法だ。現代でもティーカップを摘んで持つ形に残っているようだな。
 スープですら手ですくって食べていた時代があったのだ。
 ついでに言っておくと、吸血鬼が人の喉に噛み付き血を啜るのは、手を使っていないから人間ではない獣の所業となる訳だ。

 ちなみに欧州に紅茶がもたらされたのは1600年代。一般に普及したのは1700年代だ。言っておくが始めは紅茶ではなく緑茶、もしくはウーロン茶だった。
 やがて肉料理の脂を流すにはウーロン茶が良いとされ、手間のかかる半発酵茶(ウーロン茶)より、安くて手間のかからない完全発酵茶(紅茶)の方がヨーロッパ人の嗜好とも合って中国の主流輸出茶となった。
 それから船で運ぶ途中で緑茶が紅茶になった。等というデマがあるが、乾燥させて緑茶として安定させた茶葉は湿気に強い。一年ていど船で運んでも発酵しない。無理に濡らせば腐るだけだ。覚えておけ。

 なんだ? 話が逸れてるだと? うるさいぞリン! そんなことは判っている!! 貴様は黙ってそこで見ていろ!!!

 話を戻すぞ。
 中世は政情が不安な暗黒の時代だった。
 いつ戦争が起こるか判らず、明日の平穏など信じられなかったこともあり、食事は優雅に楽しむ物ではなかった。
 奪う。もぎ取る。食い尽くす。
 肉や魚のメインディッシュが運ばれれば一斉にナイフが突き出され、良い部分を我先に奪い合う。限界まで頬張り、クチャクチャと音を立てながら話をし、唾などは床に吐く。手に付いた汚れはテーブルクロスの裾で拭き、口のヨダレもテーブルクロスで拭き取った。
 酔えば騒ぎ、手にしたナイフで殺し合いが始まり、衛兵が飛んでくる。
 これが中世の宴会風景だ。ちなみに特に誇張していない。
 余談だが「食事に七人以上が集まった場合、誰が殺されても参加者には責任はない」という法律ができたこともある。言っておくが事実だ。

 この様な野卑たる食事にはもちろん理由がある。

 中世ヨーロッパは文字通り暗黒の時代だ。慢性的な飢饉。猛威を振るう疫病。数百年続く戦乱。そんなものが日常だった。
 いつどうなるか判らない。だから今、食える物を腹に詰められるだけ詰めておく。という食事理念が求められた。
 ……手間を掛けた、きめ細かな料理?
 馬鹿を言うな! 貴重な食物で遊ぶな!! 無駄なく・ロス無く・手間暇掛けず、人間の燃料を用意しろ!!! それが中世に求められた食事というものだ! それが食事の本質なのだ!! 肉の一欠片とて無駄にはするな、殺すぞ!!!

 パンについても話しておこう。
 料理を載せる大皿の変わりに薄手の堅焼きパンが使われたことがある(8、9世紀頃)
 ちなみに中世、パンは普通、黒パンだ。殻などを完全には除かずに製粉したのだが、麦角病という麦に付く病気もあって厄介だった。
 皿変わりにもなるカチカチのパンは食べることもあったが、多くは犬に喰わせていたようだ。
 パンをそのまま食べるのは「はしたない」ことであり、貧民街の住民などに限られたのだとか。パンで食うより麦粥などで、庶民は麦を食っていたのだ。

 ただし、これには気候と食料生産の事情が深く関わっており、贅沢だったという話ではない。

 欧州の緯度は高い。ヨーロッパ人にとって南の楽園であるギリシャや地中海沿岸なども、この国ニホンの東京よりも北にある。
 ロンドンなどは冬になると三時を過ぎると暗くなる。そういう場所だ。
 そして寒いと穀物が育ちにくいのだ。
 種を蒔けば多くの実となり返ってくるのが穀物だが、この倍率がとにかく低い。当時の日本の稲作が七倍、欧州の麦が三倍ほどであったらしい。
 これでは穀物で食ってはいけない。だからパンは主食にならない。おつまみ、箸休め、飾り的で食える物。食事ではない軽い物。パンがないならお菓子を食べればいいじゃない? となるのだ。

 ではどうしていたのか? となるのだが、これを乗り越えていたのが「肉食」だ。
 寒くて痩せた土地でも豆科の植物は良く育つ。
 これを家畜、主にブタに食わせて太らせて、冬になる前に潰してハムやベーコン、ソーセージに加工し食いつないだ。
 欧州では主食(穀物)という概念が薄く、食事の中心はメインディッシュでそこにあるのは肉料理。となるのはこの歴史故だ。
 ブタは一年で大きく育つ。つまり毎年、収穫できるのだ。どんな貧乏人でも一頭のブタは持っていた。などいう記述もあるらしい。
 そしてブタは何でも良く食べる。木の実、キノコ、雑草、穀物、人の糞尿も食してくれた。これが大いなる福音でもあったのだ。
 中世欧州の町並みといえば、レンガや漆喰壁の二階建てや三階建ての建物が、石畳の道を挟んで並ぶ。というのが通俗的なイメージになるのだろうな。
 だがな、決定的に足りないものがある。

 何だリン? 止めろ? その先は言うな? 馬鹿を言うな! 歴史の真実を知るというのがこのコーナーの意義であろうが!! 貴様はそこで胸でも揉んでいろ!!! なに? コロス? 上等だ。後で道場に来るがいい。身の程を教えてやる。

 続けるぞ。ブタが人のクソを食えることが何故良いかという話だが、欧州で衛生観念がひろまったのは18世紀だ。
 それまでは、クソ小便は上の窓から路上に投げ捨てるのが普通だった。
 そう。石畳の道とキレイな町並みという中世のイメージに足りないもの。それは糞尿だ。
 いわゆる中世の町並み、その道に厚みが出来るまでクソを撒け。そうすれば実情に近い風景になる。
 ブーツやハイヒールがクソの道を歩くために生み出されたのは有名な話であろう。紳士のマントも投げ捨てられる糞尿から身を守るための傘のような物だった。
 ちなみにパリなどは臭くて凄かったらしい。下水も無くはなかったが短すぎて機能していないも同然だった。雨が降ると簡単に逆流し、クソを道にばらまいた。
 もっともそれが普通であり、そのクソを食わせようと街でもブタを放し飼いにしていたと記録がある。
 ただし当時のブタは猪豚というべき品種改良が進んでいないものだったので、ブタに襲われ怪我人や死人も多く出た。
 少なくとも暴れ馬や暴れ牛より、暴れブタが一桁以上多かったのは事実らしい。
 ただ、食料としては非情に優秀なブタだったのだが、衛生観念の未発達は致命的であり、疫病でブタが多く死んだ時は人間も多く飢え死にした。
 ちなみに牛はあまり食べられなかった。あれは太らせるのに多くの穀物を必要とする。王侯貴族であっても常時食えるような物ではなかった。
 食事のタブーが少ない基督教で、例外的に禁忌とされたものに馬があるが、迷い込んできた馬をみんなで食った。という記録が修道院に残っている。あまり厳しいものではなかったらしい。

 とにかく欧州では肉こそ食事。穀物はメインディッシュにはなり得ない。肉料理を食った後、ライスにシュガーを掛けてデザートとして食う。などが「普通の感覚」だ。
 主食(ご飯)+おかず。ではない。メインディッシュ(タンパク質)+その他。なのだ。
 ちなみに米と豆で食事を済ます日本人の食事は、宣教師には凄まじく貧相に見えたらしく「日本に行く者は貧しい食事が平気なこと」という記録が教会に残っている。

 寒くて穀物が多く取れない地域では、肉食が人を支える。
 そしてブタは一年で大きく育つので、肉食に相応しい。牛は太らせるのに大量の穀物を必要とするので、贅沢に過ぎる。これを覚えておくと良い。
 他の肉では皮や毛、腸など無駄のない山羊や羊。
 鳥は白鳥やアヒルや鴨の類、あと孔雀(不老長寿の象徴だったとか)
 魚はニシン、イワシ、サバ、その他。コイやウナギなども食べられた。
 飲み物は水、乳清(ミルクからチーズを取ったあとの残り汁)エールやビール。あとはワインか。アルコール類は香辛料を入れ味を濃くし、常温または温めて飲んだ。
 今のような爽やかなビールの登場は、中世が終わって16世紀まで待たなければならない。
 一応言っておくが、欧州の中世とは5世紀から15世紀の千年間だ。
 千年という長い戦乱の時代。寒冷な気候。まだ未熟な農業技術。それらが合わさり雑な、……いや、機能的な食事をしていたのがあの時代だ。

 時は流れ、豊かになったかに見えるこの時代だが、世界には大きく飢餓が広がる兆しがあるようだ
 中世欧州の食糧事情を知ったのだ。肉食の意味と「地産地消」という言葉の意味を併せて考えてみるのも良いだろう。

 これで終わりだ。そう言って黒様(セイバー)は壇上より降りて出口に体を向けた。
 数歩進むが歩みを止めて、口端をつり上げコロス笑みを浮かべる。視線の先には遠坂凛、彼女は親指で喉をかっ切る仕草を見せた。
 殴ッ血KILL。彼女の瞳が告げていた。上等だ。黒様は小さく呟き、少女と共に出て行った。

前の話へ  次の話へ


 番外編:ちょっとだけあとがき
 いや、調べたらこんな風でして、黒様に登場いただきました。次回からはアーサー王伝説のキャラクターを、数人ずつ紹介していく予定です。
 2008.8/14th
 あ、言っておきますが、欧州の中世は千年もあり、時間や土地によって差異が大きく、上記のようなものが全てではありません。また、大げさに書いたつもりはありませんが、大雑把にはなっています。念のため。

トップ 管理人プロフィール オリジナル小説 二次創作トップ ご意見感想掲示板 ときどき日記 メール リンク
inserted by FC2 system