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09ギネヴィア

 講壇に、手を付き彼女は項垂れる。
 憂いを秘めたその顔に浮かぶのは、しかし悲しみではなく悔しさか。

 ああ愛しき女(ひと)よ。私は貴女に幸せになってほしいと思っていた。この身の何と不甲斐なきことか。え? 何ですかベティ、もう時間? ベティ、空気を読みなさい。騎士とは女性に尽くすものですよ。もちろん私はノーカンで構いませんが。分かったから早くしろ? 判りました。では……。



セイバーのアーサー王伝説講義
第九回:ギネヴィア


 続きましてアーサー王の妻君、王妃ギネヴィアについて講義致します。
 Guinevereはグィネヴィア・ギネヴィア・グェネヴィア・グィナヴィーア・グウィニヴィア・グインネヴィアなど様々に読まれます。
 この名前はウェールズ語ではGwenhwyfarとなり、これが古いケルト語で「白い妖精」を意味します。なのですが、実は人名ではなく「美女」を指す慣用句だったとの説もあるそうです。
 古代ケルトにおいては女性の社会的地位は一般にそう高いものではなく、歴史書や政治の表舞台に名前が出る活躍をする女性は例外中の例外でした。
 初期のアーサー王伝説資料においても、アーサー王妃の名前についての記述はなかったのです。
 しかし彼女こそはアーサー王伝説における第一ヒロイン。そのために様々な事件を巻き起こし、ロマンスを生み出すトラブルメーカー的な性格に描かれるようになりました。
 最初こそは無個性であり、アーサーの妻というだけの存在でしたが、それでも彼女は美しく、気高く高潔な貴婦人であったようです。
 伝説がフランスに渡り騎士道の発達に影響されて、ロマンスや女性への崇拝が強調されるとその個性が変化していきます。
 力は弱く・日和見で流されやすく・夫を裏切る不貞の悪妻となっていくのです。
 そんな彼女を弁護させて頂きますと、古来、ケルトでは女性は謂わば財産であり、敵対者の妻君を手に入れ結婚するというのは、敵国を支配下においた印とも言える行為でした。
 日本でもヒデヨシという武将は多くの妻を持ち、女好きと呼ばれるようですが「敵国の王妃・王女を娶り、それ以上は敵でも殺さない」というのは世界中にみられる風潮であり、珍しいものではありません。
 つまり、王の好色とは外交であり、政治なのです。
 敵の皆殺しを命じたとされるノブナガのような王は狂王とされるのが世界史のスタンダードと言えるでしょう。
 しかしです。後の基督教の拡大により、この行為の持つ政治的意義が否定されます。
 よって「夫を裏切る不貞の妻」という悪評へと変じます。
 時代と背景により善悪正邪は変わっていく。彼女の名誉は時代に翻弄されるのです。

 それでは彼女の人物像をみていきましょう。

 ギネヴィアはブリタニア・コーンウォール地方の王レオデグランスの王女。その肌は色白で、波打つ黒髪は輝かんばかりに美しい。心は気高く高潔であり、白い妖精と例えられる美姫でした。
 アーサーが王として即位してすぐ、後ろ盾が必要だった若いころに婚約します。アーサー王との結婚の際に、かの有名な「円卓」がキャメロットに持ち込まれました。
 しかし良き妻であったはずがラーンスロットとの出逢いで一目で恋に落ちます。
 ですが再び弁護いたしますと、騎士道において騎士が愛を捧げる女性は既婚者でもよかったというのが中世後期フランスの騎士道・女性崇拝です。
 その愛は多分に精神的なものであり、敬愛であり献身でした。これに応えるのも貴婦人の勤めであったのです。もちろんフランスでのことですが。
 話を戻します。
 ギネヴィアとラーンスロットの不倫にアーサー王は気付かなかったとされています。不倫の発覚にはかのモードレッドが一役買っています。
 ラーンスロットの逃亡後、アーサーはギネヴィアに火刑を言い渡しますが、これは不本意であったようです。
 そして火刑寸前の彼女をラーンスロットが救出する際、ガウェインの弟達を殺してしまうことがアーサー王の破滅へとつながっていくのです。
 ラーンスロットに連れ出されフランスに渡るも教会の仲立ちによりアーサーの元へと返されます。
 しかしアーサーが再びラーンスロットとの戦いに出向くと、留守を預かるモードレッドはギネヴィアに結婚を迫ります。
 ここに幾つかのバージョンがあるのですが、ロンドン塔に身を隠す。修道院入りする。強引に結婚させられる。このあたりの話が多いのですが、中には自ら望み結婚してモードレッドの子供を産む。などいった話もあります。
 ですがこの後、モードレッドの裏切りを知って戻ったアーサー王が深手を負う。
 アーサー王がアヴァロン島に運ばれると、残りの人生を修道院で送ったというのは多くの物語で共通する彼女の終りです。

 フランス語ではGenevieve(ジュヌヴィエーブ)、十五世紀以降の近代英語においてはJennier(ジェニファー)という名がこの名前のフィーリングを受け継ぎます。
 つまり古語人名であるのですが、現代においても使用される名前だったりします。
 アーサー王妃に名前がついたのは十一世紀と遅く、その物語では「アーサー王の妻」として名前が出るだけで、それ以上何も述べられていませんでした。
 しかし十二世紀には、いきなり誘拐されるエピソードが描かれます。
 この頃はラーンスロットはいませんので、助けに行くのはアーサー王。さらう役はブリテンのとある王です。
 ラーンスロットの登場により、このキャストが変更されたわけです。役割分担であるとされています。
 この「さらわれる女・連れ去られた女性を取り戻す」という話は多くの神話に共通するエピソードであり、ギリシャ神話のペルセポネー・古事記のイザナミなどにも共通するモチーフと言えるでしょう。
 つまりギネヴィアはアーサー王伝説において「女性の役割」を一身に背負い、女性に関連するトラブルを発生させる役の多くを請け負っていたのです。
 その個性の理解には、古代ケルトの女性観と基督教の女性観の差異の理解が不可欠であり、ギネヴィアという女性は決して不貞で愚かな女性ではなかったのです。

 では今回の講義を終ります。質問を許さず、何も言い残すこともなく、セイバーは教室から出ていった。
 講義中、何も口を挟まなかったベティヴィエールが壁から離れ、講聽生の前に出た。
「次回は王の父君、ウーゼル王についての講義です。アーサー王出生のおさらいと、ペンドラゴン伝承をケルト文化の影響に絡めた解説がなされる予定です」
 ベティヴィエールはそう言うと、王を追って急ぎ講堂を後にした。

08ラーンスロット  10ウーゼル王
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